もう一度 はじめから
密室。
気がついた時にはここに立っていた。
真っ暗で視界はゼロ。
両手を広げようとしたが、壁にあたり半分も広げられない。
上に手を伸ばす。
同じように、すぐ壁に当たる。
ほとんど身動きできない。
どこかに閉じこめられたようだ。
諦めて目を閉じる。
どうしてこうなったかを考える。
誰が何のために自分をここに閉じこめたのか。
何も思い浮かばない。
いや、どういうことだ。
自分の名前すら出てこない。
記憶喪失。
なにかのショックで記憶が飛んでしまったのか。
「おい、誰か」
自然と声が出ていた。
「誰かいないか」
返事はない。
正面の壁を叩く。
鈍い金属音がするだけで反応はない。
しかし、壁が少しズレて光が漏れる。
目が慣れてきて、壁ではなく、周りの素材がスチールか何かだとわかる。
どうやらここはロッカーの中のようだ。
ズレた前の扉を両手で押すと、軋きしむような音がして開いていく。
教室だった。
広い教室。
今は夜なんだろうか。電気はついているが窓から見える景色は暗い。
大きな黒板が正面にあり、その上にスピーカーと時計がある。時計は21時5分前を指している。
椅子と机が20組以上並んでいて、そこに何人か座っている。
異様だった。
座っている者達の姿が、だ。
「転校生か、タイミングが悪いな」
目の前に座ってる女性がこちらに振り向く。
銀色の鎧を着ていた。
中世の騎士の様な格好で、腰に剣を帯刀している。
机の上には銀色の兜が見える。
金髪の髪は長く、軽くロールしている。
瞳の色はゴールド。どこか気品のある貴婦人のような雰囲気がある。
年は20代の後半くらいだろうか。
しかし、一番目立つところはそこではなかった。
胸がデカイ。
溢れんばかりの巨乳が鎧に収まりきれず、そこだけ盛り上がっている。
鎧の横の部位が切りとられたようになっており、そこからはみ出て苦しそうだ。
巨大なスイカが二つ鎧の中に入っているのではないか。
「胸を見るな、変態」
そう言われて慌てて視線をそらす。
「どうだ、今回は?」
鎧巨乳が前の席の女性に尋ねる。
また異様な格好だった。
獣人というのだろうか。
獣の皮で作った様な服を着ていて、頭には、大きな獣の耳が二つついている。
背中には弓を背負っていて、腰に弓矢が入った筒がある。その下には大きな犬の尻尾が揺れている。
顔はキリッとしており、宝塚の男形のような美人だ。
髪は黒髪で後ろで無造作に括っている。
こちらも20代後半くらいの年だろう。
そして気になるのは右目にゴーグルのようなものが装着されているところだ。
格好は原始的なのにそのゴーグルだけは近未来の機械のように見える。
獣人女がそのゴーグルを触ってこちらを見る。
機械音がしてゴーグルが光る。
「スキルは強奪。敵を倒すことで、スキルを奪い身につけていく。つまり、今は何のスキルもないただの雑魚だ」
クールなハスキーボイスでひどいことを言われる。
「なに? ノースキルなの? ハズレきたね〜〜」
別な所から声がかかる。
教室の左前の方の席。
黒いスーツを着た男。
髪は銀色に染めていて耳と鼻にピアスが付いている。
一見するとホストにしか見えない。
二十歳かそこらだろうか。
軽い感じで話しかけてくる。
「こりゃ下手すりゃ初日に退場だね〜〜、ご愁傷様」
「可哀想だよ、シュン君。助けてあげなよ」
ホスト男の隣に座る女が甘えた声で話す。
こちらの格好はセーラー服だ。
だが女子高生には見えない。
大人びた仕草がそうさせるのか、ホスト男よりも年上に見える。
髪は茶髪でセミロング。
化粧が少し濃い感じでギャルっぽい。
「めんどくさいなぁ、アイがサービスしてくれるなら考えてもいいけどね」
「えーー、どうしようかなぁ」
はい、イラっときました。
状況は分からないがこんな奴らに面倒見られたくはない。
どんっ、と机を叩く音がした。
教室にはこの四人以外にもう一人いた。
教室の右端の一番前に一人ぽつんと座っている。
この中で一番異質な姿だった。
全身が機械のようなパーツで覆われている。
パワードスーツとでもいうのか、赤と黒を基調としたパーツは一つ一つが光ったり消えたり、呼吸するかのように点滅している。
顔も機械のマスクで覆われているため男性か女性か分からない。
こちらを振り向くことなく黒板をじっと眺めている。
この全身機械が机を叩いたのか。
俺と同じように、ギャルとホストのやり取りにイラッときたのだろうか。
黒板を見ると右端に縦書きで 、
『四月一日 三年B組』
と書かれている。
そして真ん中に横書きで 、
『本日のイベント』
『ゴブリン討伐ミッション 』
『二十一時スタート』
と書かれている。
ここは何処だろうか。
ようやく自分が異常な何かに巻き込まれたという実感が湧く。
キーンコーンカーンコーン
唐突にチャイムが鳴る。
大きな音にビクッとなるが皆平然としている。
慣れているのだろうか。
黒板の上にスピーカーがあり、どうやら音はそこからしたようだ。
「席に座ったほうがいい」
目の前の鎧巨乳が言う。
「席?」
自分の席があるのだろうか。
教室を見回す。
どれも同じに見えるが一つだけ真ん中のほうに花が飾っている席がある。
ここだろうか。
そこに座ろうとすると。
「違う。そこは前に死んだやつの席だ」
不吉なワードをスルーして椅子を戻す。
鎧巨乳が無言で前の方を指差す。
黒板の目の前、一番前の真ん中。
そこにプレートが置かれていた。
「シュウイチ」
プレートにはそう書かれている。
自分の名前だろうか。
思い出せない。
「机の中に携帯がある。そこから初期装備を選べる。早くしたほうがいい」
鎧巨乳の言葉に従い席に座り机の中を探る。
言われた通り携帯がある。
黒いスマホ。
『初期装備を選んでください』
確かに装備を選ぶ画面がある。
画面をタップすると三つの項目が現れる。
剣。弓。盾。
どれが正解なのだろうか。
悩んでいると再びスピーカーから音がした。
『三年B組ーーっ、黒板先生ーーっ!!』
大音量と共に黒板の文字が全て消える。人間の声ではない。機械で作ったような音声だ。
どうやらこれから始まるようだ。
異常な世界での異常なイベントが。