⑭ サイドA カムイ
身体から力が抜けるのを感じる。
ハジメに顔を吹っ飛ばされ、その再生に殆どの力を使ってしまった。
もう狂気殺戮も、再生もできない。
腰にある煙幕のスイッチを押す。
白い煙がハジメと俺を包み込む。
まだ、固有スキルが隠密しかない時につかっていたギミック。
最後の最後に使うとは。
ハジメは完全に俺を見失う。
サーベルに力を込める。
ハジメの左横に回り込み、首筋目掛けて振り下ろした。
ハジメはこちらを見ていなかった。
なのに、盾を持った左手が頭を守るように上がってきた。
なんだ、これは。
幻だろうか。
盾の向こう側に人影が見えた気がした。
女性の姿。煙幕でハッキリとわからない。
だが、確信する。
アイだ。
ハジメを守っているのか。
盾とサーベルが激突し、火花と共に盾が砕け散る。
豪快に砕けた盾の破片が降り注ぎ、バランスを崩した。
態勢を整え、再びサーベルに力を込める。
最後の力。残りカスまで、注いだ全ての力をサーベルに込める。
燃え上がるような青い光がぼっ、と燃え上がる。
最後の最後。
全ての力を込めてサーベルを振るう。
ハジメの剣も自分の首に迫っていた。
突如、記憶が蘇る。
時が止まったようにハジメも、自分も超スローモーションになっていた。
そして、理解する。
ハジメの剣の方が早く、俺の首に突き刺さる。
これが走馬灯というものか。
100年以上前、初めて教室にやって来た。
「胸を見るな、変態」
目の前に座ってる女性がそう言った。
初めてかけられた言葉がそれだった。
銀色の鎧を着ていた。
中世の騎士の様な格好で、腰に剣を帯刀している。
机の上には銀色の兜が見える。
金髪の髪は長く、軽くロールしている。
瞳の色はゴールド。どこか気品のあるお嬢様のような雰囲気がある。
まるで漫画から出てきたような美少女だ。
年は高校生くらいだろうか。
しかし、一番目立つところはそこではなかった。
胸がデカイ。
溢れんばかりの巨乳が鎧に収まりきれず、そこだけ盛り上がっている。
鎧の横の部位が切りとられたようになっており、そこからはみ出て苦しそうだ。
スイカが二つ鎧の中に入っているのではないか。
胸を見るなというほうが無茶がある。
教室には他に四人にいた。
おカマっぽいスナイパー。
暑苦しい熱血剣士。
キザったらしいホスト。
そして、この中で一番異質な存在。
全身機械の何かが座っていた。
パワードスーツとでもいうのか、赤と黒を基調としたパーツは一つ一つが光ったり消えたり、呼吸するかのように点滅している。
顔も機械のマスクで覆われているため男性か女性か分からない。
こちらを振り向くことなく黒板をじっと眺めていた。
「私はアリス、ここのリーダーをしている」
アリスが俺の前に立つ。
表情が硬い。
笑えば可愛いのに、と思ってしまう。
「必要最低限の情報は教える。だが、私はお前を助けない。ここでは皆、自分の事で手一杯だ」
初めての印象は最悪だった。
「死にたくなければ、すべて自分でなんとかしろ」
だが、アリスは嘘をついていた。
「なぜ、俺をかばった」
「わからん」
敵の攻撃を受け、アリスは血塗れになっていた。
「自然と動いた。理屈なんてない」
アリスを守れる男になりたいと思った。
その日から俺は強くなる事を誓った。
死の危機を乗り越えて二人でゲームをクリアする。
完璧なハッピーエンドを目指して、何度も何度も周回する。
いや、俺はそんなものを望んではいなかった。
ただアリスといたかった。
ずっとこのまま二人で、ゲームを繰り返す。
本当にそれだけでよかったのだ。
だが、最後は突然訪れる。
腕の中で急速に冷たくなっていくアリス。
「アリス、アリスっ」
叫ぶ。だが、アリスの目は開かない。
「これでいい、いつかは終わらせないといけない」
「嫌だ。置いていかないでくれっ」
手の中のアリスがそっ、と俺の頭を撫でる。
「すまん、好きな者の腕の中で死ねるのは、かなり心地よい」
アリスは笑っていた。
「私の事は忘れて、お前も誰かに......」
「ふざけるなっ、俺はまた君に会いに行く」
アリスを抱きしめる。
「やめたほうがいい。お前は強くなり過ぎた。きっと私は弱い者の味方をする。お前を振ってしまうよ」
イタズラをした子供のように笑うアリス。
その口からは血が流れている。
「また、別の幸せを見つけて、今、ここにいる私だけが、お前の......」
最後は言葉にならなかった。
アリスの口からはもう微かな呼吸音しか聞こえない。
「間違えていようが、俺は何度でも君に会いに行く」
涙がアリスに降り注ぐ。
そのままアリスは動かなくなった。
ハジメの剣が喉に刺さった。
サーベルの青い炎が消える。
機械の継ぎ目。ほんの少しでもズレていたら剣は刺さらない。
ボロボロのハジメがそこを狙えたのか?
それともただの神補正か。
「見事だ」
さあ、最後の仕事をしなければならない。
ほんの少しだけ話せるよう、喉の一部を再生する。
これまでのカムイがしてきたように。
これからの事を話さなければならない。
機械のマスクを脱ぐ。
ハジメが驚愕する。
スキルの力で、いまの俺は若返っている。
同じ顔が見つめ合う。
「カムイ、お前はっ」
「そうだ、俺も同じだ」
喉に溜まっていた血を吐き出し、言う。
「デスゲームに巻き込まれたようだがこのゲーム作ったの俺でした」




