⑬ サイドB アリス その9 邂逅
巨大化したラスの拳が顔面に迫り死を覚悟する。
不覚にも剣を弾き飛ばされた。
自分よりも巨大な拳を避ける術は無かった。
ぼんっ、と肉が弾け飛ぶ。
だが、それは自分の顔面ではなく、ラスの腕だった。
「あ、ああああああっ」
左腕が消失し、うずくまるラス。
空気の抜けた風船のように身体が縮んでいく。
限界だったのだ。
そこには泣きじゃくるただの幼女しかいなかった。
ぽかぽかと残った右手で私の足を叩くラス。
痛みは感じない。
なのにこれまでで一番心に響く。
ラスの頭をそっと撫でる。
「うわぁあああ」
うずくまり号泣した。
ハジメは大丈夫だろうか。
ラスを抱きしめ抱え上げる。
「や、やめろ。何をするっ」
「ハジメのところに行く。そこにカムイもいるんだろう」
ラスが大人しくなる。
弾かれて転がっていた剣を拾う。
もとのサイズに戻っているので鞘に納める。
「ラス、君の剣は?」
「いらない。もう、持てない」
完全に力を使い果たしたのか。
ラスはもうただの大人しい幼女だ。
「行こう。決着を見届けに」
行けなかった。
迷った。
ルカの走っていった方に向かったのだが、いつまでたってもたどり着かない。
草原がただただ広がっている。
「方向音痴だな」
ラスに言われて黙り込む。
「迎えに来るのを待ったほうがいいんじゃないか」
確かに、ルカなら索敵でこちらに来てくれるだろう。
「うん、待とう」
腰を下ろそうとするとラスが小さい声で言った。
「だったら少し東に歩いてくれないか。そこで待ちたい」
東に何があるのか。
罠ということはないだろう。
ラスからは覇気が抜けている。
「いいだろう」
東に向かう。
「そっち西」
振り返り、今度こそ東へ向かった。
「あら、負けちゃたのね」
草原で倒れているクリスがそこにいた。
首から大量の血が流れている。
顔色はもはや死人のそれだ。
もう長くないのがわかる。
「大丈夫だ。カムイはきっと勝っている。まだ間に合う」
クリスの横に立つラス。
残った右手でクリスの頭を撫でている。
そのクリスと目が合う。
「本当に成長したわね。ルカもアリスも」
「貴方が私達を鍛えてくれた。感謝している」
薄っすらとクリスは笑みを浮かべる。
「ああ、次はきっと皆んなで仲良く出来ればいいわね」
クリア後、生き残りもう一度、周回する機会はあるのだろうか。
そして、皆が協力しゲームをクリアすることが出来るのだろうか。
ゲーム主催者側にあるハジメと共にいる限り、平穏な日々は難しそうだ。
「来たよ」
ラスの声に反応し、草原を並んで歩く二つの人影を確認する。
一つは片方しかない犬耳があるルカ。
そして、もう一つ。
ハジメの姿ではなかった。
全身機械が右手に首をぶら下げている。
倒れそうになるのを必死に抑える。
ハジメは負けたのか。
ルカはもう戦う気はないのか。
私はどうだ。
ハジメが死んだ今、カムイと戦う理由はあるのか?
「言っただろう。カムイが勝つって」
泣きべそをかいていたラスが胸を張っている。
私はどうすればいいのだ。
ルカの方を向く。
ルカは目線を合わせない。
死んだような表情で下を向いている。
「決着はついた」
機械のマスクを通した声は深く暗い。
ハジメの首を掲げる。
静かに目を閉じているハジメ。
どこか笑っているように思える。
全てを出し切ったのか。
後悔はなかったのか。
「これからラスボスを倒しに行く。ここにいる者達は俺とパーティーを組んでおけ」
「それを」
剣に手をかける。
「私が受けると思うか」
「アリスっ」
叫んだのはルカだった。
こっちを向いて首を振る。
カムイの提案を受けろということか。
「まさか、ルカは」
「ボクは受けた。ハジメは死んだ。ボク達が争う意味がない」
理屈ではそうだ。
だが、それを簡単には受け入れられない。
「絶対領域を使った。ラスとクリスもパーティーを外れている。触って再びパーティーを組んでくれ」
カムイが私の横を通る。
ぽんっ、と肩を叩かれた。
まさか、パーティーに入れたのか。
「貴様っ」
剣を抜く。
だが、それをルカのネットバインドが邪魔をする。
「ダメだ。アリス。動かないで」
カムイがラスのほうに向かう。
満面の笑みのラスがカムイに走って行く。
だが、その歩みが止まる。
「なんだ」
ラスの顔から笑みが消えていた。
「誰だ。お前は」
「カムイだ。わかるだろう」
なんだ? 何が起こっている?
「お前の事なら、なんでもわかる。寝る前に歌っていた子守唄も歌える。ラスと名付けたのも俺だ。他にも聞きたいことがあれば、すべて答える」
ラスは話さない。
じっ、とカムイを睨んでいる。
「だからこっちに来い。ラス」
「嘘だっ!!」
ラスが絶叫する。
「お前はカムイじゃないっ。お前は誰だっ」
泣きじゃくる。
どうして、ラスはカムイを見てそう思ったのか。
私にはわからない。
だが、それはラスにだけわかる違いだったのだろう。
「何度も何度も一緒に繰り返してきた。ずっとカムイだけを見てきた。オレにはわかる。お前は、カムイじゃないっ」
カムイは諦めたように空を見上げる。
そして、その機械のマスクに手をかけた。
ゆっくりとマスクを外す。
「ハジ、メ?」
右手に持っている顔と同じ顔がそこにあった。




