ロマン
「く……どうすることもできないのか……? 見てるだけなのかよ……っ」
「う……く……」
傷ついた体で立ち上がろうとするレキの姿。
もともと距離を取っていたところに吹っ飛ばされたため、ゴーレムとの距離はかなり開いている。
ゴーレムの方は勝利を確信したのか、のしのしと歩いてくる。
「レ……レキ……」
「だ、大丈夫です……そんな目を、しないで下さい。タカラ様の技術は、世界一です。だって……こんなに情熱を持って神体を作ってくれたマイスターはいませんでした。だから……私は、負けません」
レキはよろよろと立ち上がり、
「私が負けたら……タカラ様がダメだと思われてしまうから……!」
「あ……」
そんなこと、どうでもいいのに。
レキは、そんなことのためにぼろぼろになっているのか。
おれの、ために。
タカラの胸の奥で、何かが、ずっとくすぶっていた何かが、めらめらと炎に変じて行くような感覚がわき起こった。
何ができる?
レキのために、何ができる?
自分のために傷だらけになったレキに……
「……ん?」
確かに、レキは傷だらけだ。
だが、よく見れば傷のない部分も存在する。
「あのパーツは……」
タカラの脳裏に、制作時の記憶がフラッシュバックする。
「そうか! ……エポナ、神体の性能は素体の素材が反映されるんだったよな!」
「は、はい。そのはずやと思いますけど……」
「だったら……行ける!」
頭が回転し始める。
逆転のための方策が、脳を駆け巡る。
それからポケットの中を探ってみた。
中には作業の際に入れたままになっていた、いくつかの工具と素材があった。
その間にも、ゴーレムはレキに迫っていた。
「レキ! 動ける?」
「は、はい。大丈夫です」
大丈夫ではないのは、見たらわかる。
だが、レキはそれでもやると言っているのだ。
だから――
「今からスロットに、あるチューブを送る。それを奴の斧を持つ手に向けて放ってくれ」
「はいっ!」
タカラはポケットから言葉通りチューブを取り出した。
歯磨き粉のそれより二回りは小さい。
そのチューブをそのままスロットに投入する。
それは素体との比率で等倍され、レキの手に現れた際には抱き枕に近い大きさになっていた。
「な、なんだそれは。そんなもの見たことないぞぉ!?」
「行きますっ!」
レキは蓋を外し、チューブ本体を思い切り押し込んだ。
すると、中から灰色でゲル状の塊が飛び出した。
その粘度はまさに歯磨き粉のそれだったが、鼻につんとくる有機溶剤の匂いは決してそれが歯を磨くためのものではないことを何より如実に語っていた。
その灰色の塊は真っすぐゴーレムに飛んで行く。
「くっ……防御しろぉっ!」
『ヴぉっ!』
ゴーレムの自重ではかわすことは不可能。
斧を前に突き出し、それを盾のようにして受け止める。
「それそれっ!」
かまわずレキは灰色の塊を放ち続ける。
『ヴぉ?』
いつしかゴーレムの斧も、それを持つ腕も、灰色の何かでべしゃべしゃになっていた。
「お、お前ら何をしたんだぁ! 臭いしぃっ! ええい、こんなもの……」
「早く手を離さないと固まっちまうぜ?」
「へ?」
ゴーレムの手元などに付着した灰色の何かの表面が乾きはじめている。濃い灰色から薄い灰色になっていく。
「これはパテっていうものでね。外壁の隙間なんかを埋めるためのものなんだよ。固まったら動けなくなるからよろしく」
「な、何ぃいいいっ!? スーパーグレートゴーレム、早く手を外すんだぁっ!」
『ヴぉ? おおん』
ゴーレムは斧を捨て、パテをはがそうとするが、ねとねととしてなかなか除去できない。
実は、このパテが固まるまではもっと時間がかかる。
その上固まっても力をかけるとぼろぼろと剝離するタイプのパテなのである。
本来は対象の小さな傷を埋めたりするものなのだ。
だが、そんなことはマルサが知るはずもない。
「くっそお! もういいっ! 素手でぶっとばしてしまえ! あんなボロ神体なんか一撃だぁ!」
マルサの命令にゴーレムは『ヴぉっ』と答え、地響きを立てながらレキに向かった。
一方のレキは、全身の傷から考えて、先ほどまでのような軽快な動きは期待できない。
「くっ……」
レキは悔しさからか小さく呻いた。
しかし、
「大丈夫。動かなくていい」
「えっ?」
タカラは優しく言った。
「ははは! あきらめたか。そうさ。斧がなくてもボク様のスーパーグレートゴーレムは最強だからねえっ!」
マルサはけらけらと笑う。
その声は、しかし、レキには届いていない。
レキは、タカラの瞳を見ていた。
その瞳は、語っている。
おれを信じて、と。
「……わかりました。タカラ様を信じます!」
レキは、一切の回避行動をやめ、その場に立ちつくした。
眼前にはもうゴーレムが迫っている。
「はははっ! やれえ! スーパーギガンテックボンバーパンチだあっ!」
残念な必殺技名に合わせ、ゴーレムは大きく右手を振りかぶり、
『ヴぉおおおおおんっ!』
剛腕を高速で突き下ろした。
その時――
「レキ! それを胸で受けろおおっ!」
「えっ……ええ!? は、はいっ!」
タカラの言葉に一瞬戸惑いながらもレキは胸を突き出し――
ゴーレムの鉄拳が炸裂する。
マルサも、ヨミーも、そしてエポナですら粉々に打ち砕かれたレキの姿を想像した。
だが、
ぽよーーーーーんっ
レキの胸に命中した拳は、凄まじい弾力に思い切り跳ね返された。
そのまま関節の可動域を超えて逆回転し、それどころかちぎれて真後ろにふっとんだ。
『ヴぉおおおおおおおおおおおおおおおお!?』
「ぎゃあああああああああああああああっ!?」
「えええええええええええええええええっ!?」
「おお、ロケットパンチ」
様々な声が交錯する。
「タ、タカラ様……い、一体何が……」
レキは自分の胸を押さえて、なかば放心したように言った。
「うん。キミはレジンキャスト製だ。だからそんなに強度はないんだ。だけど、思い出したよ」
「思いだした?」
「胸は別成形で、シリコンで作ったんだった」
「は、はぁ……」
シリコンはこの世界にはおそらくないのだろう。
誰もその意味がわからなかった。
ただ、一つはっきりしているのは、胸がぽよんぽよんだということである。
そう、全身傷だらけのレキの体の中で、胸だけは傷一つない。
「って、そういえば、マルサは?」
ふと目線を移すと、倒れているマルサの姿があった。
右手を押さえたまま、白目をむき泡を吹いて気絶していた。
「うむ。トニール国マイスター・マルサの気絶を確認。神体は残っているものの、戦闘の続行は不可能と判断。よって勝者LVリバー……ええと、そういえば名前なんである?」
「タカラだけど……」
「レキです」
「OK。勝者タカラ・レキ組である!」
ヨミーがそう高らかに宣言した瞬間――
「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
レキは、盛大に号泣した。
もう、涙に虹がかかるのではないかというほどに。
「ぐす……やったあ……やったあ……やりましたよタカラさまあああ!」
「うん……ってうわっ!?」
レキは顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、タカラに飛びついて来た。
ただ、その勢いがあまりにもつきすぎていて、そのままタカラは押し倒されてしまう。
「やったあ……やったあ……っ。ありがとうございますぅ。ありがとうありがとう……」
レキは感極まったまま、タカラに抱きついてありがとうと繰り返す。
「あ、あの、わかったから、そ、そのシリコンの弾力がね……思い切り当たってて、その……」
タカラは顔を真赤にして言うが、レキは感動しっぱなしで気づかない。
「やったあ……やったあ……」
「わかったから、離れてくれええええっ!」
こうして、タカラは記念すべき一勝をあげたのだった。




