バインド
結局、この日タカラは何も材料を買う事はなかった。
作業しようにも、体はぼろぼろで、ろくに動けない。
ただアトリエのベッドで横になっていた。
だが、その痛みよりも、もっとタカラの意識を占めていたものがあった。
今まで、それがフィギュア作りにしか向いてこなかったため、本人も気づくことがなかったもの。
焼けつくようなそれは、内から内から次々沸き起こって来た。
初めて気づいたがゆえに、向ける先を見つけられない灼熱。
意外にも、その向ける先はすぐにやってきた。
「ヤキャバのチョコが負けたじゃと?」
ハセ姫は思わず声を上げた。
神体大戦の作戦会議のため、関係者たちは城の作戦室に集められていた。と言っても、タカラとレキ、ハセ姫にヤミタの四人だけだが。
その中で、周辺各国の動静をヤミタが報告したところ、事情がよくわからないタカラを除く一同に衝撃が走ったのだった。
「は。その前は、ガメスのハウルが負けております」
心なしか、ヤミタの表情もいつもより険しいようである。
無理もない。
ヤキャバのマイスター、チョコは前回十九位、ガメスのマイスター、ハウルは前回十五位と、双方なかなかの強豪なのである。
「むう。その流れから言えば次にくるのはウチじゃな……」
ハセ姫は部屋の壁にかけられた大きな世界地図に目を向けた。
タカラには読めないが、LVリバーの東にはヤキャバ、その更に東にガメスと書かれてある。
「それで、肝心の相手は誰なんでしょう?」
「……ドリメイト国のバインド」
ヤミタは青ざめた顔で、絞り出すように言った。
「……っ」
その場にいたほとんどの人間の息を飲む声がした。
「やはりか……ガメスの隣はドリメイトじゃからな……」
「それってヤバい相手なのか?」
一人だけ事情がわからないタカラは、我慢しきれずに聞いた。
「前大会の三位じゃ」
「三位かぁ、へぇ……って、ちょっと待て! 三位!?」
思わずタカラは吹き出していた。
この間戦ったのは四十九位。
それがいきなり今度は三位が相手とは……
「それって滅茶苦茶強いよね……?」
「当たり前だバカが」
「まぁ、ヤミタは無視するとして、棄権とかできないの? いくらなんでもまだ荷が勝ち過ぎてると思うけど」
タカラの言い分ももっともだった。
何しろタカラはまだ二戦しかしていないのだ。
「出来ません。この間のように対戦を受けるかどうか相手が聞いてきたなら別ですが、申し込まれた対戦を断ることは出来ないんです。……ただ、対戦中に逃走することは出来ます」
「え? そうなの?」
レキの答えは、タカラにとって全くの予想外だった。
「負けると二週間出場停止になります。そこでバトルフィールドから逃走すればそれを回避できるわけです。その代わり相手に勝ち星がつきますが」
「なるほど……でも、それなら何で初めから断れないんだ?」
「自分より弱い国としか戦わないのでは大会の意味がないからです」
例えば単純にポイントを稼ごうと思った場合、下位だけを相手にしていけばいいわけだ。
だが、そうなると実力が上の国が困る。
一番強くてもどこも相手をしてくれないのでは、ポイントが稼げず、実力と順位がまるで違ってしまう。
「じゃあ、その逃走もなくせばいいのに」
「下位の国ばかり次々狙われることがあるためです。その救済措置ですね。ただ、逃走はなかなか難しいですが、それに特化させている国もあります」
下位の国からすれば、上位に攻めてこられてばかりでも困る。
かと言って断ることを認めていては、先ほどの挙げたような問題が起こってしまう。
そこで生まれたのが逃走というルールなわけである。
「ふーん……」
「とにかく今の貴様の敵う相手ではない。逃げの一手を選択すべきだ」
「逃げきれそうか?」
「……」
ヤミタは答えない。ただその表情を翳らせただけだ。
「難しいってか」
「あやつの神体――フリーダは戦う芸術品とまで呼ばれておるからの。完成度、能力、どれも圧倒的だそうじゃ……」
言って不安になってきたのか、姫の語末は弱々しくなった。
「素材は?」
「あくまで去年の話だが、撥ね琥珀の身体に超合金ヒヒイロニウムの鎧を纏っていた。全身が金属でない分、動きも素早い。いや、そんなことは重要ではない。奴は……純粋に強い」
「そうですね。……前大会に一度対戦しましたが、どんな武器も効かず、こちらは一撃で粉砕されました……」
そのままレキは俯く。
「その上奴の追加武装は、あくまで噂だが国宝クラスの強力な武具だそうだ。前大会ではほとんど一瞬で勝負がついたためにその実体はよくわかってはいないが……」
「ちなみにこの国には……?」
「あったら万年最下位になどなるか」
ヤミタは嘲るように言ったが、
「悪かったの。何もなくて」
「あっ……」
じとー、と姫に睨まれた。
「も、申し訳ありませ……」
「よい。それよりもじゃ、今回は最悪一敗を覚悟せねばならんかもしれんな……」
「ダメだ!」
タカラは反射的に叫んでいた。
その場の視線が一斉にタカラを向く。
「あ……いや、その……絶対に負けたくないっていうか……その……」
「うむ! 素晴らしい。それでこそ我らがマイスターじゃ!」
姫は腰に手を当ててかんらからからと笑った。
「そうですね! 絶対勝ちましょう!」
レキもまた笑顔で、タカラの手を握り締めた。
タカラはその顔を見、しばし動きを止めた。
「……どうしました? 私の顔に何かついてます?」
「……へ? いや、そうじゃないよ」
ただ。
脳裏をあの時の町人の言葉がよぎっただけ。
だから、
「勝たないとなって思っただけ」
強く。
強く――
と、そこに、
「姫様っ!」
ノックも忘れてエポナが飛び込んできた。
「どうした騒々しい」
「は、はい。それが、ドリメイト国のマイスターが来とます」
「な、なんじゃと!?」




