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ガレキ  作者: がっかり亭
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Where?

夢野(ゆめの)(たか)()十八歳。高校生。

 学校ではまったく目立たず、いつも教室の風景のようになっている。

 そんな彼が、今日は周囲の視線を独り占めしていた。

「おいおい、アイツ何やってんだ?」

「小学生じゃあるまいし、工作か?」

 周りの声など聞こえていないのだろうか、タカラはお構いなしにそれを続けた。

 こねこね。ぺたぺた。

 鋭いヘラのようなもので、真っ白な粘土を盛っては削り盛っては削りしている。

 やがてだんだんそれは卵型、人の頭のようになってきた。

 するとその下部を楊枝のようなもので刺し、油粘土に突き立てた。まるでうち首獄門の刑だが、それを新聞紙をしいた机の中に入れる。

 どうやら乾燥待ちのようだ。

 それから、その粘土が固まったらしい棒の塊を取り出すと、また盛っては削り、盛っては削り。

 指などは粘土まみれで真っ白。

 だが、ひたすら作業を続けて行く。

 大きなクマのある目はぎらつき、どこか鬼気迫る表情だった。

「どうしたんだよアイツ……」

「さぁ……?」

 別段クラスメートとは仲が良いわけでも悪いわけでもない。

 タカラのことをよく知る者はいないが、それでもこれが尋常の様子ではないことくらいわかる。

 誰も近づこうとはせず、ただ遠巻きに見ていた。

 やがて授業が始まった。

 流石にその間タカラも作業はしなかったが、早く続きを始めたいらしくずっとそわそわしていた。

 そして休み時間になるとまた作業を続けたのだった。

 昼休みの間もそうで、昼食を取らずに作業に没頭していた。

 それはどこか妖刀を作ろうとしている刀鍛冶を連想させた。




 タカラは帰ってからも部屋に閉じこもり、ひたすら作業を続けていた。

 その部屋は、普通の人には何がなんだかわからないような道具のほかに、ところ狭しとアニメキャラのフィギュアが並べられている。

 そのうちのいくつかは資料用に買ったり、ゲームセンターの景品でゲットしたものだが、ほとんどはタカラの作ったものである。

 そう、タカラの趣味はフィギュアを作ることだった。

 プラモデルのように組み立てるのではない。

 一から作り出すのだ。

 これをフルスクラッチという。

 制作には長い時間がかかる。

 プロの原型師でもない限り、普通は根気よく粘り強く、ゆっくり作っていくものだ。

 だが、今回のタカラは明らかに一分一秒も惜しんで制作していた。

 彼の使っている素材は、石粉粘土――通称ファンドである。

 紙粘土のような感覚で扱うことができ、造形の初心者向けの素材である。

 ただその反面、固まりにくい性質を持つ。

 タカラは白熱電球で温めて乾燥を促進させながら、別の部位を作っていく。

 その際使っているヘラのようなものはスパチュラという。

 チュパカブラのような聞きなれない響きだが、ファンドやスカルピー(オーブンで焼いて固める粘土)を使ってフィギュアを作る際には必須の道具だ。

 やがて、バラバラながら人体らしき形にはなってきた。

 固まったところを今度はデザインナイフで削り、形を整えて行く。

 非常に地味な作業である。

 その作業を、タカラはロクに睡眠もとらず、食事もとらず、ひたすら続けた。




 翌日。

 今度は学校で固まったパーツにずっとサンドペーパー(紙ヤスリ)をかけているタカラの姿があった。

 学生服が白い粉にまみれようが気にしない。

 200、400、600……サンドペーパーは数字が大きくなるごとに目が細かくなっていく。

タカラは段々号数を上げながら、ひたすらに磨いて行った。通常であれば600程度で充分なのだが、今回は極めて目の細かい1200番でまで磨いていた。

 家に帰ると、今度は100円ショップでたくさん買ってきた木部用パテを使い、髪などを作っていく。

 髪のような先の尖ったパーツは粘土での造形は極めて困難かつ強度が不足する。

 そこでパテで作るのだ。

 ファンドと違い、このパテは固まるのが早いのも特徴だ。パテにはいろいろ種類があり、ポリパテなどは原型制作によく用いられるが、匂いが強烈なのでタカラはあまり好きではない。

 ともあれこれである程度のパーツが完成した。

そこで今度はベランダでパーツにサーフェイサーを吹く。

 サーフェイサーとは、塗料のノリを良くしたり、パーツの小さな傷を埋めるのに使うものである。これを行うと灰色になり、パッと見には石化したように見えなくもない。

 



 更に翌日。

 タカラは生徒指導室へと呼びだされていた。

「どうしたんだ。一体」

 タカラの前に居るのは、担任かつ体育担当の郷田先生である。

「俺はな、たいていの事は大目に見る。若気の至りも時には必要だ。だがな……」

 彼は顔を曇らせ、

「薬物だけはいかん。アレは脳を委縮させ、歯を溶かし、肺を病ませ、心を破壊するんだ」

 彼は保健も担当しているので、この辺りは詳しかったりする。

「いえ、自分はやってないです」

「……正直に言うんだ。そのやつれた顔、落ちくぼんだ目、そして何より、全身から漂うシンナー臭。……お前を信じたいが、さすがにここまで揃っちまうとそうも言ってられんのだ」

「あー、なるほど」

 タカラはぽん、と手を打った。

「それ誤解です」

「ん? どういうことだ?」

「これは確かにシンナーの匂いですけど、ラッカーとラッカーの薄め液と水性ホビーカラーと接着剤とサーフェイサーとバリアーコートと離型剤と木部用パテとプラモデル用パテの匂いです」

「????????」

 郷田先生の目が点になった。

 もうほとんど暗号である。

「えーと、要するに塗料の匂いです」

 模型用品はやたらと有機溶剤が使われている。そのため換気に気をつけないと大変なことになる。

「塗装工場で働いてるのか?」

「いえ、そうではなくて模型です」

「模型っていうとアレか? 帆船模型みたいな」

「近いといえば近いですが……」

 そうしてタカラは模型について小一時間説明し、やっと解放された。「今度ラムちゃんのフィギュアを作ってくれ」と要請されたりしたのはまた別の話。




 そんなこんなで、とりあえず全てのパーツが揃った。

 プラモデルならばこれを組み立てれば完成だが、フィギュアにおいてはこれはまだ原型と呼ばれる状態だ。

 原型――即ち、複製の元となるもの。

 まずは枠を作ってそこに油粘土を敷き、その粘土に原型を半分だけ埋める。

 それからシリコンを流し込み、半日待つ。

 そこに至ってやっとタカラは食事と休息をとった。

 何十時間ぶりだろうか。

 もはや時間の間隔もなくなっていた。

 シリコンが固まると、裏返して油粘土を外す。

 そこにバリアーコートと呼ばれる液体を塗り、シリコンを流し込む。

 また半日待ち、剥がせば型の出来上がりだ。なお、バリアーコートないしはメタルカラーの塗料などを塗っておかないとシリコン同士がくっついてはがせなくなってしまう。

 そしてその型に離型剤を吹きかけ、ゴムで止めてレジンキャストを流し込む。

 レジンキャストとは、A液とB液があり、その2種を混合させることにより硬化し、プラスチックのようになるものである。

 ファンドではフィギュアとしての強度が足りないのでレジンキャストで複製するわけだ。

 ちなみにレジンキャストは混合する際、有毒ガスが発生し、また多量に混ぜると高熱を発するので扱いには注意が必要だ。何よりこぼすと大惨事になってしまう。

 レジンキャストは2、30分で硬化する。一般に固まる前をキャスト、固まってからをレジンという。

 型から外せば複製は完了だ。

 こうして出来たものをガレージキット、略してガレキという。

 一部の模型店などでは販売されているが、上級者向けのキットだ。

 ともかくガレキが出来たわけだが、これからがまた長い。

 まず、パーツとパーツをプラモデルのようにランナー(キャストの通り道が固まったためできる)がつないでいるのでこれを外す。

 それから型同士を接合して作っているので隙間には若干の合わせ目が出来るので削らねばならない。

 更に、パーツを洗剤と歯ブラシで洗う。

 レジンがシリコンにくっつかないように塗布した離型剤を落とすためだ。

 面倒だが、これをやらないと塗料が乗らないのだ。

 そう、次はいよいよ塗装である。

 タカラはエアブラシを用意した。

 空気の力で塗料を吹き付ける、スプレーをもっと繊細な操作ができるようにした道具である。

 ぽんぽんぽんぽん、コンプレッサーが音を立てる。

 タカラはマスクをして次々と色を塗っていく。

 色見本などない。

 全て記憶を頼りに、「彼女」の色を塗っていく。

 そうして塗り終わったらパーツ同士を接着する。

 それでようやく完成である。

 長い。

 とにかく長い。

 だが、タカラはそれらの工程を全く集中力を切らずにやり遂げた。

「で、出来たーーーーーーーーーっ!」

 タカラの雄たけびが木霊した。

「6分の1スケール、フルスクラッチビルド、オリジナルガレージキット、ワンオフもの……」

 知らない人が聞いたら、謎の呪文である。

 なお、訳すと「等身大との対比で6分の1サイズの、全て手作りの、アニメなどの元ネタのないガレージキットで、量産品でない」となる。

「会心の出来だ……」

 朝日を受けてきらきらと輝くフィギュア。

 後ろで纏められた長い桃色の髪は、エッジも綺麗に出ており、エアブラシによる繊細な塗りはレジンという素材を感じさせない軽やかさを表現している。

 ファンタジックな衣装は、露出が多いものの下品にはならない程度であり、またところどころ鎧に覆われ、どのパーツもレジンであるはずなのに、全く別の素材に見えた。

 ポージングもまた、活き活きとしている。ありがちなただ両手を広げただけというようなものではなく、このキャラクターならでは、と言えるような、躍動感のあるものであった。

 何より顔である。

 肌以外の目や眉や口は筆によるものなのだが、極細の筆に全神経を集中して描かれたそれは、生命をも感じさせるほどだった。

 そしてそれは――

「綺麗だ……」

 思わずタカラは呟いていた。

 自分のフィギュアにこんなことを言ってしまうようなことはまずないし、本人自身それは恥ずかしいことだと思っている。

 しかし、それでも呟いてしまったのは、出来上がったフィギュアが、自分の理想通りだったからだ。

 夢に出てきた女性の姿。

 それはタカラの理想の女性像。

「あーあ、この子が現実にいたらなあ……」

 よく考えてみれば、タカラは恋などしたことがなかった。

 まったく興味がないわけではなかったが、今までの人生、フィギュア制作に全ての情熱を注ぎ込んできたからだ。

 そうして、今回理想の女性像が完成してしまった。

 今まで奥の方にしまいこまれていた感情が堰を切ったように溢れ出して来た。

「……何やってんだろおれ」

 全ての力を使い果たしたゆえに、気づいてしまった。

 いくら理想通りの女性のフィギュアが出来たとして、それでどうなる。

 それはフィギュアへの愛情と、そしてフィギュアの存在意義・価値とは全く別の次元の問題。

 ガシャポンに大金使ってフルコンプしたあとに訪れる寂寥感の数倍の虚しさ。

「会いたい……」

 この娘に。

「会いたいっ……」

 瞬間――

「だったら、来て」

「え?」


 猛烈な震動と輝きが、部屋全体を包み込んだ。

 タカラの意識は、あっという間に途切れた。

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