豆を入れれば鬼に効く
だが、一方タカラは平然としていた。
「……どうしました? もう諦めましたか?」
「いや。よく見てみ」
「……はい?」
言われてブルーマークが取り込まれたレキを凝視すると――
「な……バカな……!?」
レキの鎧は、全く溶けていない。
「……?」
レキもきょとんとしている。
「な、なぜです……?」
「それ、金属じゃないから」
「……は?」
レキの要所要所を覆う部分鎧は、見た目は金属そのものだが実際はレジン製である。
その上にメタルカラーの塗装を施し、つや消しのトップコートを吹いているだけなのだ。
つまり、どんな金属を溶かそうが、樹脂のレジンに効果はないのだ。
「それじゃライターを投入するぞ」
タカラはスロットにライターを放り込んだ。
彼がライターを持っているのはタバコを吸うからではない。
プラ板やプラ棒を熱して曲げる際に使用しているのだ。
さて、そのライターはレキの手元に現れた。
サイズで言えば、ワイドテレビほどもある。ちなみに、ゲームセンターの景品で、本体には人気アニメ『機動王ガンゾート』とのコラボでその絵が描かれているジッポである。
「そのフタを開いて中の車輪のようなものを回すんだ」
「ぶくぶく……」
はい、と言おうとしたようだが、スライマスター内の水分のせいで言葉にならない。
「な、なんですそれは。そんなもの……見たことがない」
「んー、まぁ当然ちゃあ当然か」
この世界では、つい最近やっとマッチが発明されたという。
ガスの利用法などまだ知らないであろうから、ライターがなくても当たり前と言えよう。
「あれはライター。火を出すものさ」
「しまっ……」
しゅぼっ。
スライマスターの体内に炎が放たれた。
水の中の炎というのはまるでおしゃれなアロマキャンドルのようで、光の反射も相まって非常に幻想的な光景であった。
姫やエポナなどはうっとりしていたりする。
だが、そんなことは言っていられないのがブルーマークである。
スライマスターの体内がごぽごぽと泡立っていく。
ブルーマーク本人が熱さを感じている様子はない。
どうやら痛みと違い、熱感覚は共有されないようだ。
寒冷地などでの対戦を考慮してのことだろう。マイスターが防寒しても神体がそうでないなら、神体に防寒着を着せるなどといった間抜けな必要が出てきてしまうからだ。
ともあれ熱を感じようが感じまいが、スライマスターがそのダメージを受けているのは間違いない。
「くっ、排出せよ! スライマスター!」
ぺっ。
「ひゃあっ!」
レキの体が投げ出される。
「……なめていたのは私の方だったようですね。……まさか、体内から炎の攻撃とは。こちらも表面に耐熱加工は施しましたが、中からでは防ぎようがないですからね……」
額の汗をぬぐいながらブルーマークが呟く。
実は、タカラは(姫経由で)ヤミタからスライマスターの特徴を詳しく聞きだしていた。
スライマスターが相手を取り込み、金属を溶解させることも知っていたのだ。
レキは一切金属を使っていないため、むしろわざと取り込ませることがチャンスだと考えたのである。
仮に中まで耐熱加工されていたとしても、向こうも攻撃法がない。
つまりノーリスクである以上、試さない手はない。
「流石はマイスターどのじゃ」
ハセ姫は腕組みして御満悦の様子である。
「いえ、奴がここで終わるとは思えません」
「え?」
ヤミタの指摘は正しかった。
スライマスターは、その体積をやや減らしたものの、まだまだ元気そうである。
「……だいぶダメージを受けてしまいましたが、これで終わりだと思って欲しくないですね」
ブルーマークはポケットから数枚の札を取り出した。
それぞれ文字とも記号ともつかぬものが描かれている。
「追加武装――神秘のルーン」
「ルーンだと!?」
ヤミタが叫んだ。
「なんなんだそれ? お前、言ってなかっただろ?」
「バカめ! その程度も知らんのか! 上位ランカーがよく使う追加武装だ。力持つ文字・ルーン。文字の形によって効果が違うとされる(、、、)」
「される?」
「そうだ。実際にはそんな効果はない。民間伝承でそう伝えられているだけのことだ。要は〝ひよこげるげが騒ぐ日は雪が降る〟というようなな」
そんなもの、聞いたことがあるわけなかった。
「っていうか、迷信なんだろ。問題ないじゃん」
「だからバカなのだ貴様は! 迷信だろうがなんだろうが、人口に膾炙しているものであれば、スロットに投入されるとその効果を発揮するのだ!」
「はぁ!?」
流石にタカラも大声を上げてしまった。
それはつまりひよこげるげ云々はともかく、日本で言えば豆を入れれば鬼に効くというようなものである。
「そんなデタラメありかーーーーっ!?」
「そう。わかってもらえたようだね。ではまず一枚目! 雷のルーン!」
稲妻を記号化したような文字が書かれた紙がスロットに投入される。
瞬間、その札がスライマスターに貼り付いた。
そして紙は水気に溶け、文字だけがスライマスターに刻印された。
同時にばちばち、とその表面に電気が跳ねる。
「雷のコーティングだよ。触れればもちろん、黒こげだね。今度体内に入ろうものなら……ちょっと想像したくないな」
その雷を纏ったスライマスターが、もぞもぞもぞっ、と突進を始めた。
「レキ、つかまるなっ!」
「そ、そんなこと言われても……」
それは指示とは言わない。
がんばれ、みたいなものだ。
「って、こっちもそう言われても……」
タカラもそれは承知していた。
だが、打つ手がない。
レジンキャストが電気を通すのか、そんなの試したことがないからわからなかった。
どっちにしろ、感覚が連動している自分が耐えられるとも思えない。
そのタカラの動揺を見越し、レキはとにかく走りだした。
時間を稼ぐしかないのだ。
素材の重さで言えば、鉱石・金属系のものではない以上、大差はない。
それでも二足歩行のレキの方が、本来なら早い。
だが、ここは丘だ。
斜面では二足歩行より蠕動運動の方が向いている。
誰しも経験があるだろうが、坂道で走っていると足の移動が追い付かず動きが詰まってしまう。
しかし、足の無いスライマスターには関係ないのだ。
そうして、彼我の距離は縮まって行く。
「追いかけっこは終わりですよ」
「くっ……! マイ・マイスター、何か追加武装をっ!」
「で、でも……」
今回は事前に対戦が伝えられていたために、様々な道具は準備していた。
だが、絶縁体の準備はしていない。
まさか雷を纏っている敵がいるなんて思いもしなかったのだ。
絶縁体、ゴム……
「と、とりあえずコレでも!」
タカラが投入したのは、ゴム手袋だ。
素手で触るのはあまりよろしくない素材をたくさん扱う都合上、常備しているものだ。
それがスロットに投入されると、サイズ補正がなされ、レキの手に合う大きさで出現した。
「こ、これでどうしろと……?」
「そ、その……はめて」
完全にコンビネーションが噛み合っていなかった。
レキはとりあえず走りながらゴム手袋をはめたが、こんなもので電撃を防げるとは思えない。
というより、この世界にゴムという素材はないのでレキにはなんなのかすらわからないのだ。正確には、ゴムの木に類するものはあるかもしれないが、まだゴムが発明されていないのである。
もしタカラが落ち着いていたなら、レキがゴムを知らないことに思い当たるだろう。
しかし、そんなことまで頭が回らないほど動揺していた。
「ふふふ。これ以上時間をかけてもあれなのでね。ルーンを追加させてもらうよ」
「ええっ!?」
その場に居たほぼ全員が叫んでいた。
そうなのだ。
スロットは三つ。
ゆえに、まだスライマスターは強化される余地があるのだ。
「天の輝き……光のルーン!」
太陽にも似た一種の象形文字が書かれた札が投入される。
すると、再びスライマスターの体にルーンが刻印された。
「さぁ! 行け! スライマスター!」
ブルーマークの声に合わせ、スライマスターの全身がぷるるんっ、と開けたてのプッチンプリンのように震えた。
瞬間――
「きゃああああああっ!?」
「わあああああああっ!?」
稲光にも似た強烈な光が放たれた。
避けようがない。
視界全てを白が埋め尽くす。
「今だっ!」
ブルーマークの声だけが響く。
レキの視界が戻り始めた時、既にスライマスターは真正面まで迫っていた。
「わっ、わああああああっ!?」
レキは咄嗟に手を突き出した。
そしてそのままスライマスターを突き飛ばす。
そう、スライマスターの体に触れてしまったのだ。
「え?」
が、電気は通らなかった。
「な……ど、どういうことです!?」
ブルーマークが眼鏡をずり落としそうになりながら叫んだ。
確かにスライマスターにレキは触れたのだ。
「ゴム手袋……だから?」
本当に、電気を通さなかったのだ。
あんな100均のゴム手袋にそんな絶縁性能があるとは。
――いや、もしかして……
タカラの中にある疑念が生まれた。
だが、それについて詳しく考えている暇はない。
とにかく現状を乗り切る術を考えねばならない。
しかし、光を放って視界を奪ってくる相手に、どうやったら攻撃できるのか。
光を封じる道具?
光を吸い込むと言えばブラックホールしかないが、人類の手に余る存在である。厳密には人工的に生み出すことも出来るのだが、それは極々小の原子以下のサイズのものだけである。
どちらにせよ粒子加速器なんて持っている高校生など存在しない。
打つ手は、ない?
いや、発想を転換して、逆に何か光を利用できないか?
例えば、ソーラーカーのように光を取り込んで……
「あ」
タカラの脳裏に閃くものがあった。




