スライマスター
星見の丘。
ここは夜には星がよく見えるLVリバーでも有数の観光スポット――と言ってもLVリバーに観光資源はほとんどなく、ここもこの国の中では、といった程度だが――であり、訓練に使われている場所とはまた別にスタンドが設置されている場所でもある。
ここには障害物が少なく、よく開けているが、それは有利にも不利にもなり得る要素だ。
レキは軽さがウリだ。
素早く動けるために、邪魔なものがない方がスピードに乗りやすい。
反面、遮蔽物がないことで極めて低い防御力を補えないことにもなるわけである。
さて、その星見の丘に、いくつかの人影があった。
片側には、タカラ、レキ、そしてハセ姫、ヤミタ、エポナ、ぴよぷー。
反対側には、メガネの好青年がいた。
にこにこして、特に何を喋るというわけでもない。
彼こそブルーマークである。
役者は揃った。
だが、対戦はまだ始まっていない。
というのも肝心のアイツ(、、、)がいないからだ。
「……遅い」
誰ともなく呟いた。
「何をやっておるのじゃアヤツは」
ハセ姫も憤慨している。
「呼んじょらんでも来るのに、呼んだら来ないっちゅうのはどういうこつでしょうかねえ」
「HAHAHAHAHA!」
と、そこに空からアメリカンな笑い声とともに流れ星が降ってきた。
でかい。
星は直径一メートルはある。数十年前の漫画のような丸い隕石だ。
その上に、立っていたのは――
「ヨミー!」
「HAHAHAHAHA! 人呼んで流星ジャッジ、参上であーーーる!」
本来はさっそうと着地するはずだったのだろう。
だが、星は地面に命中した瞬間バウンドし、そのまま丘の斜面を転げ始めた。
「わっ、わーーーーーーーーーーであるーーーーーーーー……」
ドップラー効果を残しながら、ヨミーと星は転がり落ち、はるか彼方で爆音を上げて砕け散った。
「……」
その場に居た全員が、いたたまれない気持ちになった。
「なんなんだよ一体……」
「待たせたであるな! それでは始めるである!」
「うわあっ!?」
先ほど転げ落ちたはずのヨミーはいつの間にかタカラの背後にいた。
ただ、ぼろぼろだったが。
「準備はよいであるな」
「お主以外はな」
「仕方ないではないかプリンセス。星見の丘なんだろう。星に乗って現れるのが礼儀というものである」
「どうでもいいですけど、早く始めませんか」
レキは少し不機嫌そうに言った。
「……ふぅむ。みんなの視線が何か怖いのである……それでは、バトゥュルストェィジステェンバァイ!」
もうなんのこっちゃよくわからない叫びと共に、結界が広がり辺りを包む。
「今日は見物人が多いであるが、流れ弾に注意してほしいのである。フィールドはあくまで範囲であってバリアではないであるからな」
それを聞くまでもなく、姫のすぐ側にはヤミタが立っており、いざという時はすぐに対応できるようにしていた。なお、エポナは鍋をヘルメット代わりに被っている。
「ではこちらも準備しましょうか」
バトルフィールドの形成と同時に、ブルーマークの傍に巨大な蒼色の液体の塊――矛盾したようだが、実際に宇宙空間のように液体が玉になっている――が現れた。
「これが僕の神体、スライマスターです」
ブルーマークはにこりとして言った。
「いざ、尋常に――バトル、スタアアアアアアアアアアアアアアアアアアトゥ!」
ヨミーの叫びと同時に、戦闘がはじま――らなかった。
どちらも動かない。
相手の様子を探っているのだ。
タカラにしろブルーマークにしろ、初見の相手である。
慎重になるのも無理はない。
その膠着を破って先に動いたのはブルーマークだった。
「さあお行きなさい。スライマスター」
ブルーマークの指示に従い、スライムがもぞもぞと動き出す。
蠕動運動によって動くそれは、見た目に反しかなりのスピードを有していた。
石があろうが関係なく進んでくる。
「こっちも行くぞ。レキ、パンチだっ」
「え? ……あれにですか?」
レキは怪訝そうに言う。
確かに効果がありそうには見えないが……。
「とにかく触ってみないことにはわからないだろ」
「はぁ……」
あまり乗り気ではなさそうに、しかしそれでもレキは走り出した。
双方の距離はあっという間に縮まり、衝突する。
レキの拳はスライマスターに命中していたが、その弾力性のあるボディを貫けなかった。
「ふふふ。スライマスターの装甲はその程度では貫けませんよ。……もっとも」
ブルーマークはぱちん、と指を鳴らした。
「な……!?」
ずぷ。
ずぷずぷ。
「こちらからは自由にできますが」
レキの腕が、めり込んでいく。
いや、飲み込まれていく。
「不用意に触れたのが仇となりましたね。スライマスターの体内はあらゆる金属を溶かします。例えそれがレベロント鋼であろうとヒヒイロニウムだろうとね。まずはあなたの鎧を破壊させてもらいましょう」
くいっ、と眼鏡を上げながらブルーマークは言った。
「くっ……」
レキは呻く。




