眠り
結局、ダンスバトルの後レキとは話さないまま、タカラは城の側にあてがわれたアトリエに戻っていた。アトリエは材質こそ違うものの、大きさといい雰囲気といいプレハブ小屋を連想させる。
中には仮眠用にとベッドも用意されていた。
「ここに住んでしまおうかな……」
自分の部屋にあったものはあらかた持ってきてもらっている。
ファンド、シリコン缶、レジンキャスト、パテ、スプレー類、デザインナイフ、ハンドピース(エアブラシ)……あらゆる道具が揃っている。
「……ん?」
デザインナイフの刃が取れている。もともと替刃式なので取り外しは可能なのだが、締め付けが緩んでいると外れることもある。
「危ないなぁ。どっか落としたのかな?」
とりあえず辺りを見渡して見たが、ない。
「おれの部屋の方に落ちてるのかな。まぁいいか」
デザインナイフの替刃を付け替える。
「これなんかも武器になりそうだよな……」
手の中でくるくると回して見る。
「そうだな……よく考えたら、おれの持ってるものなんてほとんどこの世界にないものじゃんか」
石油化学製品など、中世レベルの文化に存在するはずがない。
全体的に化学物質によって構成されているものばかりだから、まず誰も見たことがないはずである。
「これなら素材的に不利でも、上手く使って行けばなんとか……」
手持ちの道具で、戦闘パターンを考えてみる。
パテだけでも何種類もある。混ぜると固まるもの、光で固まるもの、ほっとくと固まるもの――
「……って、何で戦うこと考えてんだ」
帰り方がわかれば帰るのに。
と、
こんこん。
ノックの音がした。
「あ、タカラ様。ここにおっとったんですね」
入って来たのはエポナだった。
「あれ? どしたの?」
「タカラ様が頼んだんじゃなかですか。帰る方法があるのか調べてほしいって」
「ああ、そう言えば」
ダンスパーティの前に頼んでおいたことを、当の本人が忘れていた。
「ぴょろりー、ぴょろりー」
エポナの肩には太ったひよこが乗っていた。
「ええと、こいつ、何だったっけ?」
「ぴょろ!?」
ひよこはショックを受けてうなだれてしまった。
「もう、タカラ様ったら。ひよこげるげのぴよぷーじゃなかですか」
それも、忘れていた。
「悪い悪い」
ぴよぷーは頭を撫でると、すぐに機嫌がよくなった。
「ぴょろりー、ぴょろりー」
「それで、帰る方法は?」
「はい。神体大戦は、各国が威信をかけ国力を示す大会です。加えて、その順位によってランク付けされ、上位の国は下位の国から租税を徴収できたり、発言力を増したりできるとです。それは国に対する褒賞になります。一方マイスターにはまた別の褒賞が与えられるとです」
「別の?」
「願いを一つ叶えちもらゆる権利です」
方言でわかりにくいが、願いを一つ叶えてもらえる、らしい。
「え? どんな願いも?」
「いえ。あくまで個人に作用する程度の範囲のだけんごたります。前回の優勝者の願いは非公開やったんですけど、例えばある優勝者は不老不死にしてもろうたごたりますし、他には空を飛べるようにしてもろうたとか……」
「それでも凄いな……」
要は世界征服とか、自分以外の男絶滅とかそういったスケールのでかいことでなければ大抵の願いが叶うというようである。
「なら、おれをもとの世界に戻すくらい出来るかな……ところで、叶えてくれるのって誰?」
「精霊王グレートオベリオン様です。大戦の発起人にして管理者、万物の流転を司る存在です」
「へえ……」
なんだかよくわからないが、とりあえずタカラは〝神っぽいもの〟と理解した。
「あれ? ちょっと待って? おれをこの世界に呼んだ人なら戻せるんじゃないの?」
タカラがよく親しんでいるゲームやアニメでは、勇者として異世界に召喚される話も多い。つまり、召喚者がいるから飛ばされるわけである。
「呼んだわけではなかごたりますよ。レキ様と波長が合うて、というより波長が合いすぎたから引き寄せられたそうですし」
「そうなの? じゃあ、今までのマイスターとかは?」
「王様が選んだり、公募したりした人です」
「だったら、異世界から来た人とかは?」
「おらんと思います。昔話なんかではよく聞きますけど……」
「そんな……」
前例が誰もいないのに、なぜ自然に受け入れられる?
おとぎ話をそのまま鵜呑みにするなんて――
とタカラは考えて、そこで思い至った。
地球では科学が発達しているから、おとぎ話は架空の物語だとみんな知っている。
だが、中世の世界では科学は未発達だし、おとぎ話と現実は地続きに考えられているだろう。
だとすれば、何もおかしなことはない。
「じゃあ……とにかく優勝しないといけないってことか」
「そうですね。頑張ってください。私期待しとりますけん」
「ぴょろりー!」
「ほら、ぴよぷーも応援しとりますよ」
「って言われても」
ひよこに応援されても、別に嬉しくはなかった。
「全部で一〇〇カ国もあるんだよな……全部終わるまでどのくらいかかるんだろ……」
「一年です」
「はぁ!?」
長すぎる。
いくらなんでも長すぎる。
オリンピックが一月ほどであるから、タカラはせいぜいそのくらいだと考えていたのだ。
「全部の国と戦う必要はなかですし、同じ国と戦うこともできます。負けたら一ヵ月出場停止になりますが。とにかく一年でもっとも勝ち星をあげた国が優勝です」
「……」
エポナの説明も耳にはいって来ない。
一年。
それだけ家を開けたらどうなるだろう。
一月ですら不安はあった。
自分がいなくなって、家族はどうするだろうか。
悲しむだろうか。
それとも……
喜ぶだろうか。
一年も家に帰れないことより、そっちの方が、怖かった。
戻った時、あそこに自分の居場所はあるのか――?
「どげんしました? 顔、真っ青んごたりますけど……」
「あ、うん。ちょっとプレッシャーだっただけ……」
「もう、しっかりして下さいな。私たちの希望なんですから。……そういえば、レキ様も機嫌が悪かったですし、折角の一勝祭りなんですからぱーっと行きましょう」
「機嫌が悪かった?」
それを聞いてタカラは怪訝そうに顔をしかめた。
「あんなに楽しそうにしてたのに?」
「そうですか? ヤケを起こしているようにしか見えんかったですけど……それはタカラ様もそう……あっ、申し訳ありません!」
「いや、それはいいけど……」
釈然としない。
レキの機嫌が悪かった?
バカな。
「そうそう。タカラ様が帰り方を探しとるっち伝えましたら、もっと機嫌が悪くなったとですよ」
「ええ? どういうことだ?」
「わかりませんか?」
「……んー、あっ、そうか。おれが途中で帰ったら優勝できないもんな」
さも名解答だと言わんばかりのタカラに、
「……はぁ。これじゃレキ様も可哀そうですねえ」
「何が?」
「私もそこまで野暮ではなかですけん」
エポナは意味ありげに笑うと、「頑張ってくださいね」とだけ言い残し部屋を去って行った。
「……何なんだ一体……」
「ぴょろりぃ」
ぴよぷーにぽんぽんと肩を叩かれた。
「……ってお前も帰れよ」
「ぴょろ? ……ぴょろ~」
ぴよぷーは慌てて窓から飛び立った。
「……あいつ姫のペットの割には姫のとこで見たことないぞ。……自由な奴め」
小さくなっていくぴよぷーの背を見送りながら、タカラは呟いた。
「……」
そうして一人になったのだが、またベッドに横になると、タカラの心にふと寂寥感が襲ってきた。
一人きりの部屋に、フィギュアの材料と道具。
いつもと何も変わらないのに。
これが自分の日常のはずなのに。
「なんなんだよ。……くそっ」
結局、ダンスで疲れていたこともあり、その日はそのまま眠ってしまった。
それは、向こうでは暫く記憶がない、泥のような眠りだった。




