ダンス
翌日。
城下町では祭りが行われていた。
城はなだらかな丘の上にあるのだが、そこから下るとすぐに家々が建ち並んでいる。
湿度は低く冬が厳しい地方らしく、日本や東南アジアのような換気のよい開け放たれた木造の建物ではなく、木は使っているもののヨーロッパにあるような土壁の建物が多い。
雪も積もるのだろう。屋根は切り立ち、隣の家とはやや間隔が開いている。
その家々に、様々な飾りが施されていた。
モールのようなもの、七夕飾りに似た紙を連ねたもの、形の良い葉っぱ、綺麗な花、などなど。
そして、町中で人々は歌い、踊り、酒に酔いしれた。
一方、城の方では盛大なパーティが執り行われていた。
城の大広間には豪勢な料理が並び、音楽家たちが優雅な音楽を奏で、貴族や高官がダンスを踊っていた。
「オペラみたいだな……」
思わずタカラは呟いていたが、彼自身オペラを見たことはない。単なるイメージである。
もちろんダンスを踊ったこともないので、そのダンスや時折上演される寸劇などをただぼけーっと見ながら、隅のテーブルで料理に舌鼓を打っていたのだった。
見たことのない食材ばかりだが、美味い。
特に、からあげのようなものはジューシーで格別だ。
「……これ、あいつじゃないだろうな……」
ぴよぷーのまるまる太った姿を想像する。
ちょっと不味く感じた。
人間だもの。
「どげんかしましたか? 私たちが腕によりをかけちから作ったもんですけども」
「う、うん美味いよ」
「よかった。山んごつありますからね」
にこにこしてエポナは去って行った。
それからまた椅子に腰かけぼーっとしていた。
基本的に、賑やかなのは苦手なのだ。
と、そこに、
「タカラさん。どうしたんですか? 元気がありませんね」
今度はレキが現れた。
「ん、そんなことはないけど……」
「いけませんねー。タカラさんは主役なんですよ。もっとパーっと行きましょう!」
レキはタカラの手を引き、フロアに連れ出す。
「いや、いいよ。別におれは……」
「ほらほら。みんな楽しそうに踊ってますよ。なんだったら私と……」
「おお! タカラ殿ではないか。どこにおられたのだ?」
ハセ姫がタカラの姿を見つけ、小走りに駆け寄ってきた。
いつもは純白のドレスを纏っているが、今日はスリットの入ったタイトな真紅のドレスだった。そのドレスにはコルセットはつけられていないらしく、今日は心なしか顔色も良い。
また、ミンクに似た何かの毛皮を首に巻いているが、小柄なせいで若干埋まっているように見えなくもない。
「今回は見事であった。褒めてつかわすぞ」
やたら上機嫌なハセ姫はタカラの背をぱしぱし叩いた。
「そうじゃ。褒美に妾の相手をする栄誉を与えよう」
「相手?」
「ダンスに決まっておろう。ほれ、行くぞ」
「えっ、ちょっ……」
今度はハセ姫が無理やりタカラの手を引いた。
「あっ……」
レキは何か言いたげに手を伸ばしたが、二人はもうダンスの輪の中だ。
「おれダンスなんか……」
「妾が教えてやる。光栄に思うのじゃな。ほれ、ステップはこうじゃ」
「そんな急に言われても……」
「よく妾の足さばきを見よ」
ハセ姫はドレスの裾をたくし上げ、足を見せつける。
「ちょ……それは……!」
タカラが顔を真っ赤にすると、
「ふふん。マイスター殿はうぶじゃのう」
ハセ姫は満足げに笑った。
「それも無理なきこと。妾の魅力の前には殿方などめろめろじゃ」
〝めろめろ〟のニュアンスが若干舌足らずなのだが、本人はご満悦フェイスである。
「足が止まっておるぞ。妾をちゃんとエスコートせぬか」
「だから踊ること自体初めてで……こう?」
「うむ。中々筋が良い。次はターンじゃな」
ぎこちないながらも、タカラは姫をエスコートして踊る。
次第に慣れて来たのか、動きもなんとか見れるレベルになって来た。
初心者が上達するということは教え上手だということ。
そんなわけでハセ姫はどんどん上機嫌になっていくのだった。
「スピンのダブルじゃ」
「こうか?」
「そうじゃ。やるではないか」
何しろ姫と歴史的勝利をもたらしたマイスターのペアである。
いやがおうにもその姿は目立つ。
一方、レキはそれを複雑な表情で見ていた。
痛みでもあるかのように胸を押さえている。
そんなレキに、近づいて行く人影があった。
「精霊様。顔色が優れないようですが……」
「あ、あなたは……ヤミタさん」
「おお、覚えていただいているとは光栄の極み」
ヤミタはうやうやしく一礼をする。
「それはもう。私はあなたが生まれるずっと前からこの国を担当している精霊ですから……それに……」
「それに?」
「……いえ。何でもありません」
「ふむ……精霊様。よろしければ私めと踊ってはいただけませんか?」
「え?」
全くの予想外だったのであろう。レキは目を丸くした。
「でっ、でも……」
「いいではないですか。あのマイスターだって踊っているじゃあありませんか」
「そ、それは……」
レキはちらりとタカラの方を見た。
すると、楽しそうに姫と踊っていた。
「……わかりました。ではエスコートして下さいね。……もうどれくらい踊っていないかわかりませんから」
「勿論です」
ヤミタはレキの手を取ってホール中央へ誘う。
「奴に見せつけてやりましょう」
「えっ、えっ?」
「それ」
腕を高く上げ、レキの体をくるりと回す。
そのままの勢いで連続スピン。
「えっ、あの、それじゃ……やっ」
その軽やかかつスピーディな動きに、ついついレキも足を大きく床に開いてポーズを決めてしまう。
そのままダイナミックなダンスへ。
伴奏もいつしかテンポの速いものに変わっていた。
「む。ヤミタめ。妾より目立つとは」
「え? あれ? レキ……」
タカラもレキに気づいた。
楽しそうに踊っているレキ。
「……」
なぜか無性に、対抗心が湧いてきた。
「姫様。こっちも行きますよ」
「ほえ?」
タカラも姫の手を引き回転させる。
「はわっ、ちょっと待て。もう少しゆっくりでも……」
「それっ!」
「きゃ、……むう、こうなったらヤケじゃあっ!」
ヨーロッパというよりはラテンのそれに近い情熱的なダンス。
本当に姫は教えるのが上手だったのだろう。
タカラはこの短時間に驚くほど上達していた。
運動は今まで避けて来ていたが、本当は向いていたのかもしれない。
「こちらも負けませんよ」
「え、ええ。そうですね」
レキは痛むのか一瞬胸を押さえ、
「そおれっ!」
「うっ、精霊様……少しテンポが速……」
「負けちゃダメなんです」
こちらのペアもまた激しく踊り出した。
もはや大広間のダンスはこの二組のバトルのようになっていた。
他の来客は、みなこの戦いに見入っている。
「負けるかっ」
「負けませんっ」
タカラとレキは張り合い、視線のデッドヒートを繰り返す。
「じゃ、じゃから待たぬか。速すぎる……」
「せ、精霊様? いくらなんでもこれは……」
もはやタカラとレキの戦いに、ハセ姫とヤミタはついていけていなかった。
まるで独楽のようにくるくると、風車のようにぶんぶんと振り回される。
この不毛な戦いは、それぞれのパートナーが力尽きて倒れるまで続いたという。




