調査
水染君からの手紙が届いたその翌日、私は早速調査に乗り出した。調査の許可はすでに奈帆さんから受け取っている。
まず、改めて水染君という人物のことを知るために大学を訪れ、彼を知る学生たちに幾つかの質問をしたところ、色とりどりの言葉がノートに纏められた。
「水染は何考えてんのかよくわかんない奴でしたね。授業中とかは普通で、優等生とまでは言えないんですが、そこそこ頭は良い方だったんじゃないですかね。これといって特徴もなかったように思いますよ」
「なんか、惜しい子って感じでした。かっこ良かったんですけど、私には合わないなあって。付き合ってもつまんなさそうって感じで、私勉強嫌いなんで遊ぶんですけど、なんていうか遊びとは無関係って感じの人でしたよ、彼は」
「小さいコミュニケーションの中で生きてきた人だと思いますね。一度話しかけにいったことがあるんですが、なんていうか、会話が続かないんですね。俺は嫌われてんじゃないかって思ってそれ以上接しなかったんですけど。まあ、自殺するっていうのは驚くことじゃない気がしますね。友達はいなかったんですから」
「僕と同じ類の人だって気がしてました。彼とは気が合うかなって。だけどそんなことはなかったみたいで、僕が会話しようとしたらすぐに席を立ったんですよ。逃げるってわけじゃなかったんですけど」
「なんか、色んな教授とはよく話してたように見えますね。それも若い教授じゃなくて、三十代後半とかの。だから陰では媚売ってるとか言われてましたよ、あの人。でも俺にはそう見えなかったんですけどね。……なんでって、教授と話してる時はやけに楽しそうでしたし。俺目線、媚び売ってるってよりも大人と話してる方が良いって見えましたよ」
「かっこよかったですねえ。本当に、いなくなっちゃったのが残念です。クールでした、もう、本当。手に入れられないからこそときめくこの感じ、わかりますよね!」
その他、様々聞いてみたが共通することはどれも、冷静、クール、一匹狼、大人と良く話す。ことだけであった。つまり、私が認識している水染君という人物像となんら変わりはなかったのである。プラスマイナスゼロの調査であり進展はなかったが、基礎を固めるという点では役に立った。
次に私は、よく水染君と話してたと言われる教授を回った。
「社会風刺的な事をよく喋る子でしたね。いやあ、なかなか若者であそこまで考える子はいませんよ。ああ、社会風刺といっても政権とか、社会情勢とかじゃなくてね。もっと哲学的な内容で、特に活字離れとか若者の低能化を話題に出してましたね。彼と話すのは楽しかったですよ。残念でなりません」
「若者が嫌いって言ってたのがかなり印象に残ってるよ。これは危険な考え方で、先入観に囚われたらいけないよって注意喚起もしたんだけど、あまり聞く耳がなかったみたいだったね」
「なんか、私は好きになれない子だったわねえ。自分の意見はよく主張するのよ。だけど、言っているだけに見えるの。社会の陰口みたいなもので、何々が嫌いだ、何々がおかしい、って言うだけで自分から社会変えようっていう意志は見えなかったのよね。私が嫌になってるのを感じたのか、いつの間にか私のとこには来なくなっちゃったわね」
「彼が死んじゃう三ヶ月くらい前かなあ。やけに現実的な彼が夢っていう言葉を語りたがったんだよね。なんだろう。夢を持つことの必要性とか、夢を持つから人間はダメになるんだとか。よく彼と話したことはあって、彼は口数少なく言葉を述べてたんだけど、この日だけは多弁だったなって覚えてる」
「一般的な、模範的な生徒でしたよ。受講してる時もしっかりノートを取ってましたし、テストもそこそこ出来てました。ただまあ、そういう生徒にありがちなのが友好関係の少なさで、水染君もそうでした。あまり、私に話しかけてくれたことがないのでどういった子というのは説明できません、申し訳ないです」
浮かんできた新事実は、水染君は若い子が嫌いだということだ。そういえば、私との対談時も口走っていた気がする。その時私は深く触れなかったみたいで記憶には残っていない。
私が執務室に戻る頃はお昼時になっていた。結構な人数を調査して回ったのに時間が予定より大幅に余ったということは、それほど水染という男は語られない人物であったということだろう。それは即ち、彼の交友関係の少なさを裏付けるものであった。
疑問なのは、それほど若者嫌いな水染君がどうして小原君と彩香さんを認めたのかという所だ。小原君は幼馴染である。昔の水染君は今ほど冷めておらず、その時に出来た親友が小原君であることで、この説明はつく。
問題なのは彩香さんだ。見た目は平凡な女子大学生。大学内で調べている最中、彼女は友人と喋っているのを目撃している。見つからないように観察してみたが、特に異能と見受けられるシーンには出会わなかった。
大学の近くにあるレストランで食事を終えると、次に私は彩香さんのことを調べることにした。彼女は主に女性との仲が多く、男性との関係は少ないようであった。
「あ、八条さんじゃないっすか! 彩香について? うーん、俺が好きになったのは守りたいからって思えるのと、顔が良いからっすよ。他の女とは違ってちょっと弱気だけど、しっかり自分の意見を言える子で、俺もたまに困るんすよねえ。ほら、俺が欲しい物をいうと、例えばゲームとかだったら、勉強は? お金あるの? 今の俺に必要? とかってもう、言葉で勝負してきて俺ってば参っちまいますよ。後、目標を決めたがるんすよ。これをやる、あれをやる! できそうになければ、ここまでにする! 妥協する! とか、まあ計画性がいいんすかね? あ、っていうか八条さん。食堂きてみません? ここのカツ丼セットがものすっごい――」
「女の私から見ても良い子で頑張り屋って思えて、ちょっと羨ましく思いますね。この大学に入ったのもしっかりと将来を見据えてたんですよ。……彩香はイラストレーターになりたいって一貫してずっと言ってますね。美術の専門学校に行かないのって聞いてみたんだけど、お金が無いって言ってたのはちょっと面白かったかな」
「ほら、女ってよく猫撫で声とかいって男の前では可愛い子ぶったり、女の前でもそんな風になったりするじゃないですか。中宮はそんなの多分なくて、いっつも素の状態みたいでしたよ。良いとこの家庭って思ってました。ただ、受講中よく寝てたり、絵を描いてて教授に注意されたりしてたところを見ると、大真面目っていう訳ではないんでしょうね。明るくて活発的な子だって印象は受けました」
「よく大学内で催しをする時とかに中宮さんの絵を見るんですけど、芸術的ではなかったですね。アニメ絵でした。可愛かったりかっこよかったり、漫画みたいだったりってレパートリーはあるんですけど、まあお年寄りには受けないでしょうねえ。あ、でも僕は好きですよ。特にデフォルメの絵はかわいいって評価もされてますし、画力のない僕から見れば相当ハイレベルですから」
「彩香は敵を作らない子だったよ! だから私じゃない人も安心して彩香の側に入れたんじゃないかなー。彩香も媚売るとかそんなことは一切してなくて、最初は色んな子から陰口は言われてたんだけど、次第にそれも収まっていったね。確かに可愛いんだけど、その可愛さを売ることもなければ自慢することもない。謙虚なところがあったからねー。あと、色々と話題も広いの! 絵は当たり前として、ゲームもやってるしアニメも見てる。スポーツも見てるし、音楽も詳しい。ただ嘆いてたのは、理系の科目難しいーって言ってたねー。なんか絵にもサイエンス的な何かがどーたらこーたら。あ、そうそう、絵に対する情熱もよかったね! しっかりとあれはダメ、これはダメって言ってる! なんか絵に対してはプライド高くて、人に譲れないーみたいな所があったかなぁ」
私の第一印象では、なんて大人しい子なんだろうと思っていた。挨拶や会釈は礼儀がなっていたが、自分から言葉を発するというのは苦手と思っていた。蓋を開いてみれば実際はそうではなく、友人とはよく喋り、元気であると知った時は人間の奥深さに驚いた。
水染君が亡くなった時、彼女は随分と気落ちしていたらしい。彼女の中に潜む謙虚さが表面を支配し、活発な部分がなくなってしまったという。彼女も、自分のせいで水染君が死んでしまったのではないかと考えたのだろう。すぐに元気さは取り戻したと聞くが、昨日の様子から見る限り、手紙のせいで再び塞ぎ込んでしまったのだろう。
彼女のことで教授に話を伺ったところ、あまり関わったことがないから分からないという返答であった。
ここで、私は水染君と彩香さんが相反していることに気づいたのである。水染君は大人の教授と付き合いが広く、彩香さんは若者との付き合いが盛んであった。
水染君が彩香さんに目を付けたのはここではないかと察することができる。
例の小説は実在する人物を登場させて物語は進んでいくと聞いていた。水染君は彩香さんとコンタクトを取る前から登場人物の設定の部分は目処が立っていて、若者と交流のない彼だけでは計画通りに小説を完結させることができない。そこで水染君は彩香さんに目を付けた。元々小原君と付き合っている人物だと知っていた水染君は簡単に彼女に会えたであろう。
午後三時に調査は終わり、簡単な寄り道をした後事務所に戻った。