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畢竟に咲く赤い花  作者: 玲瓏
第一章
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会合

 私、奈帆さん、彩香さんの三人は水染君の弟拓也と小原君を交えて近くのファミリーレストランで自然と会合する形となった。夕食が間近なため大きな物は食べない。カフェといっても差し障りのない程に整った店舗とメニューに、午後五時に来るには適当な店である。

 ここを紹介したのは彩香さんで、水染君からの手紙に動揺しながらもしっかりと案内するところを見ると、しっかりした女性であることが分かった。

「初めまして……」

 彩香は席につくと落ち着いて私にそう言った。私もそれに続いて挨拶を述べた。

「彩香さんにも聞きたいことがあるんだけれど、いいかな」

 早速そう切り出した。彩香さんは大分弱っているみたいで、自ら何かを喋るということはなさそうな人見知り傾向の女性であったのだ。

 彼女は小さく頷いた。

「彩香さんの所に届いた原稿なんだけど、その文章は確かに水染君のものってことであってる?」

「はい。私はアシスタントマネージャーみたいな事もやっていたのですが、文章は水染君ので間違いはないと思います」

「あ、ちょっと質問が早とちりだったね」

 私も動揺しているのが知られてしまっただろうか。少しおどけた表情を見せても場の空気は和まず、他四人が私に注目している。

「二人はどうやって小説を作ってたのかな」

 店の色にちなんだ服を来たウェイトレスがちょうど飲み物を届けにきたところだ。私はカプチーノを頼んだ。彩香は待っていたと言わんばかりに「すみません、少し」と私に断りを入れてからオレンジジュースをストローで飲んだ。傍から見ても果汁たっぷりといった色合いで、氷の音と相まって良い雰囲気を出している。

 彼女は咥えたストローを外すと、ゆっくりと説明を始めた。

「まず、二人で物語の構想を練るんです。計画の中では、最初だけ構想を練るわけじゃなくて、ずっと構想を練ります。当初の計画通りに物語が進むことはありませんでしたからね。後二人でやったことは舞台を考えたり、ああ、そうそう。登場人物は二人の身近な人が面白いということで、各々人物の調査を行っていました。例えば、好きなものを聞いたり癖をみたり、調査方法は様々でしたが」

 私に説明する様子は亜紀ちゃんとは全く異なるもので、亜紀ちゃんよりも少し年下である彩香さんの方が大人に見えた。

「最初の計画を立てるのも二人でやったんだよね」

「はい。計画を立てて、構想を練って。実際に書いたのは水染君でした。私は水染君の書いた小説を客観的に見て評価する役です。誤字脱字のチェックや、場合によっては書き直し。一度も書き直すことはありませんでしたね」

 私と奈帆さん、それから彩香さんに届いた水染君からの小説は水染君が書いたものであると決定的に裏付けられた。

「あの原稿のシナリオは、二人が書いていたもの?」

「はい。Hとか、Sとか出てましたので。私達の小説では人物名はアルファベットの大文字で書かれているんです。細かな所から本来の小説という形を変えていこうということで、私が立案したものです。下手に人物名を考えるよりは、印象に残りますからね」

「斬新性を求めてたんだね」

「はい、こう言うのも悪いのですが、登場人物の名前を決める手間が省けたのは良い時間省略となりました。早く本文に移りたかったので。あ、ちなみに、その大文字は参考にした人の名前をとったものなんですよ」

 それが本当に斬新かはよしとして、彩香さんがほんのりとした笑みを浮かべながら語ったため、二人は意欲の満ち溢れる創作となっていたのだろうと分かった。個性が浮かぶというのはそれだけでモチベーションを高めるものだ。

「なあ彩香、途中までは何もナシで小説を書いてたんだよな」

 先ほどジュースを頼む時に追加で頼んだポテトチップスを食べていた小原君の手が止まり、汚れた手をナプキンで拭きながら彼は尋ねた。

「うん」

「何があったんだよ。なんでやめちゃったんだ?」

 奈帆さんが耳を研ぎ澄ませているのがわかった。彼女は私の隣に座っているが、感覚で分かるのだ。彼女が一番知りたいことだろう。活動中止の内容によっては本当に自殺の理由となってしまうからだ。

 彩香さんは近くにいる水染君の母の目を気にした。それに気づいたのか、奈帆さんは鋭かった顔を綻ばせた。

「誰が悪いなど決めませんよ」

 よく彩香さんは水染君の家に言っていたと聞いていたが、母とは親しくないようである。奈帆さんは敬語で、初めて会うかのような態度で振る舞っている。

「何があったのか教えてほしいわ。彩香さん」

 彼女は再びオレンジジュースを飲んだ。

「予定が大幅に変わったんです。最後の最後で、結末の部分を変えようって水染君が言ったところから破綻は始まりました」

「予定が変わったのね」

「はい。私達はまず、結末を思い浮かべてから順に序章に戻っていくように小説を書いていました。ですので、結末は一番最初のうちに決まっていたんです。それを変えるとのことでした。私は反対しましたが、珍しく水染君は折れることなく意見を突き通しました。本当に珍しいことなんです」

 奈帆さんは頷いた。奈帆さんだけでなく、その場にいる全員が彼女の言う事に納得しただろう。水染君は意見を強引に推し進める性格をしていない。反対されたらすぐにでも引っ込めるような、弱気な子だった。

「具体的にはどんな風に変わったのかな」

「私達が作っていた小説は、一人の青年が夢を見て、その夢を叶えようと頑張る姿を書いてました。当初の予定では、ちゃんと青年が夢を叶えられる物語だったのですが、突然、水染君がそれをやめようって」

 流れるようなネタばらしだ。彼女は水染君から引き継いで小説を書くことはしないのだろう。

 そうか。この水染君からきた手紙はそういうことだったのか。

「水染君の作家としてのプライドは、こういう形で出てきたんだね」

 最初、私の言葉に場は迷っていた。初めに声を出したのは奈帆さんである。

「だから終わらせようとした……!」

「そうでしょうね。事務所のオーナー目線でもそう思います。俊君は小説をちゃんと終わらせようとして小説を書いた。彼の感情の憶測の中でしか成り立たない論ですが、間違ってはないかと」

 彼は終わらせたかったのだ。小説を。

「ですが、ただ小説を終わらせたいだけならこんな形で締める必要はない」

 一つ謎がわかれば、再び謎は訪れる。一歩進んでいるのか戻っているのか分からない。問題はなぜ水染君が手紙を送ってきたのかを考えるところにある。私の推理は、その問題から少し外れていた。今の閃きは、なぜ水染君が小説を書いたのか、という問題にしか結びつかない。

 一同は再び迷路の中に閉じ込められた。水染君の作った迷路の大きささえわからず、出口も分からない。一番深い所に閉じ込められているのは奈帆さんだろう。暗い部屋で、一人で。私達はその部屋に行くことは決してできない。水染君の母親にしかその部屋に行けないのだ。

「人の気持ちを考えるのって、こんなに難しいんですね」

 自嘲気味に彩香さんは答えた。

「いつも身近にいた彼の気持ちが分からずに、よくも小説なんて作ってましたね、私。悔しいですね」

 小原君でさえポテトチップスを食べる手を止めるほど暗澹たる空気が訪れた。

「いいんじゃないんですか、それで」

 今まで一言も喋らず、時折小原君と一緒になってポテトチップスを食べながらコカ・コーラを飲んでいた拓也が口を開いた。

「と、いうのは……えっと?」

 彩香さんは詰まりながらも聞き返し、奈帆さんは下がりかけていた顔を戻して拓也を見た。

「兄は知られたくないからこんなことしてるんじゃないんですか」

「拓也、どうしてそう思うの?」

 母の問いかけに、拓也は迷いながらもしっかりと言葉を続けた。

「えーっと。だから、こんなことする必要ないと思うんだよ。何か伝えたいなら、こんなまどろっこしいことしないで、ちゃんと言うと思う。兄は。だからこの手紙に深い意味なんてないんじゃないかなって」

「じゃあなんでこんなモン送ってきたんだよあいつは。素直に言葉を伝える必要がないなら、そもそもこれを送る事自体間違ってんじゃねーの」

 小原君の言い分も、拓也の言い分も間違ってないのである。何かを残したいなら変なことをせずに残せばいいのだ。そうすれば確実に相手に心が伝わる。もし逆に知られたくないのならば、何も残さなければいい。

 なら、その中間だったのだろうか。知られたくもあるし、知られたくもない。

 ううん、と一同は拓也と小原君の応酬に、さらなる迷路へ迷い込んでいくこととなった。

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