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畢竟に咲く赤い花  作者: 玲瓏
第二章
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大学生となり

 平凡な高校生活は終わり、ついに大学生となった。アリの行列を追い続けるように人生は長いのだと思っていたが、最近ではあまりにも日が経つのが早く、アリの巣はすぐそこにあるのではないか、と感じるようになってきた。

 僕は焦っている。事実、親からも言われたのだ。

 コンビニのアルバイトを始めるようになり、ぼうっとする時間が自然と増えるようになってから焦り始めたのだ。

 僕は小説家の道を歩む、と言って生きてきているが、重大な欠陥がある。全ての小説家になくてはならない要素が僕には欠けているのだ。

 それは、最後まで小説を書き上げるということ。

 高校の頃から、アイデアのある限り何個の作品も書いてきた。時にプロットを練らずに勢いで書いた作品もある。おおよそ、自分の書きたい作品を書く事をしてきたのだ。しかし、どれも完成まではいかなかった。転じる所まで来て、終わってしまったのだ。

 作品への愛が失われてしまうのである。物語がどうなっていくのか、期待感も無くなり、発想は浮かばず、悩み苦しむ内に次のシナリオのテーマが浮かび、次へと……というのを繰り返しているうちに高校を卒業してしまった。だから焦っている。

「おい、何突っ立ってるんだ。暇なら掃除しろ、掃除」

「ご、ごめんなさい、今すぐします」

「すみません、だろう」

「すみません、今すぐ……」

 マネージャーに言われ、僕はほうきを持って店内の清掃を始めた。

 焦るあまり、無意識に浸る時間が増えているのであった。あまりに脳が焦るあまりに休憩を欲しているのだろう。ぼうっとする、という行為はなかなか理解を得られない物だ。

 バイト終わり、帰り道。夜道を歩き、テールランプが嫌になる程目に付く中、夜の香りを体に浴びながら考えるのだ。このままではいけない。何か作品を完成させなくてはならない。僕は小説家失格だ。

 大学で出来た友人で、唯一の女友達がいる。松枝亜紀だ。

「悩み事?」

 歴史学部の授業を終え、教室へ戻っている最中に松枝に相談があると持ちかけたのだ。彼女は悩み事があると解釈した。

「そうだな。それに近い」

「俊ちゃんがねえ。どんなどんな」

 興味津々であった。最近のニュースの話題を出す時よりも、他人の小説の話をする時よりも輝いた目つきをしている。

「小説を最後まで書く事ができないんだ。途中でいつも投げ出してしまう」

「あー、前もそんなこといってたね」

「いつのことだ」

「最初会った頃だよ。ほら、同じ教室で隣の席になって、お互いに自己紹介みたいな事したじゃない」

 松枝とは偶然が巡りあわせたというには当てはまりすぎる出会いである。たまたま隣の席で、向こうからほぼ強引に自己紹介を強いてきたのだ。最初は鬱陶しかったが、その内に個性的なのも良いかも、とおもうようになってきたのだ。

 心の内でしか言えないことだが、松枝は少し美人だ。その点にも惹かれた。今まで自分は女性には縁がなかったのだ。

「その時に話がノってきて――」

「思い出した。それで、どうすればいいとおもう」

「そうねえ」

 松枝はシンプルな、ハーモニカのような筆箱とノートを抱きしめるように抱え、必死に頭を使ってくれているみたいだった。

「私分かんない」

「やっぱりか」

「なにそれやっぱりって。じゃあなんで相談したのさ」

「相談係のアルバイトをしてるんじゃないのか」

「まあそうだけどさー! 大体その場合って結婚に関するトラブルーとか、友人関係がーとかだからちょっと専門外なわけよ。ごめんねー」

 期待していた分、やるせない気持ちがこみ上げた。

「武人ちゃんとかに聞いてみればどう? 最近はまた何か始めてみるみたいだし」

「何を始めたんだ」

 小原とは不思議な繋がりで、同じ大学にいる。学部こそ違うが。彼は芸術学部に入っているが、最近芸術方面に向いてないと気付き、失望しているらしい。

「格闘技」

「なるほど」

 芸術とは一切無縁であった。

「ボクシングとかやりたいんだって。昨日そう聞いたから、今日はまた別の道に変わってるかもしれないけど」

「キックボクシング、とか言ってるんじゃないか」

「あ、それあるかも!」

 松枝は目を丸くして笑った。

 すると、突然、彼女は手荷物を脇に挟んでまさに豆電球が頭の上に見えそうな程大袈裟に手を叩いた。

「八条さんに聞いてみよう!」

 教授の名前に心当たりがないので、近藤という人物とは誰かと尋ねた。

「これで解決だよ!」

 僕の質問は素通りされたが、彼女の自信満々な笑みに励まされた。

「どうしてそうおもう」

「八条さんは私の働いてる所の探偵事務所のオーナーでね」

 働いてる、と誇らしげに言うあたりアルバイトと正社員を勘違いしていると思うが、僕は何も言わずに松枝の続ける言葉を聞いた。

「八条さんも昔、小説を書いていて、今も書いてるんだって! だから、もしかしたら何か聞けるかもしれないよ」

「期待していいのか」

「あの人、とにかくすごいから期待してもいいよ」

 同じ趣味を持つ友人のいなかった僕は、彼女の言葉を信じる他なかった。高校時代唯一の失敗は友人関係の狭さであると実感している。外に視野を向ければ、同じ夢を持つ物同士悩みを共有しあい、励まし合うことができたはずだ。

 大学に入って反省を活かし、作家希望者が多いと思われる文学部に所属したのだが、案外作家希望者はおらず、友人の作り方を知らないせいでまた視野が狭まっている。

「いつ会えるか、聞いてもらえないか」

「いつでもいいと思うよ。八条さん暇だし」

「――オーナーなんだよな」

「そうだけど、どうかしたの」

 僕に比べ、松枝は友人というものが多かった。それは、このように上下関係を全く気にすることなく生きていけるからではないか、と言えた。

「今週の土曜日、昼頃会いに行くって伝えてほしい」

「土曜日ね、おっけー。その日なら私もいるし、一緒に話を聞いてあげる!」

「ありがたい」

 初対面の人物と二人きり、というのは、宇宙人と二人きりにされる程緊張しなくてはならないので、松枝の同席は心底喜んだ。変な事を口走っても松枝がなんとか処理するだろうからだ。

 土曜日の朝、子供の頃、ゲームを買いに行く日のように、修学旅行当日の日のように胸の中には希望があった。

 ちょうど弟も起きたので、一緒に顔を洗うことになった。

「今日は少しでかけてくる」

 土曜日の昼、約束はせずとも弟とよくゲームをして遊ぶのだ。だから今日できない事を伝えるために切り出した会話だ。

「どこいくの」

「ちょっとな。夢について語れる人物を松枝が紹介してくれたものだから」

「たんいは足りてるの」

 弟はまだ単位という物に触れ合わないながらも、親と僕との会話をよく聞いている。単位は大丈夫? と母が言うもので、弟も真似しているのだ。

「足りすぎて分けてやりたいくらいだ」

 小原の事を思って言った。彼の人生は今、戦乱の時代へ突入している。単位合戦だ。

「いってらっしゃい。先にゲーム進めちゃってもいいよね」

「仕方ないからな」

 一緒にシナリオを進めていくゲームなので、少しでも展開を見逃せば分からなくなるだろうが、今日は八条という人物に会う方が優先だった。この展開だけは見逃せないのだ。

 朝の準備を済ませるとリビングへ向かった。早速ソファーで寝転がっている父の姿と対面のソファーに座って本を読む母の姿がある。

「今朝は、昨日買ってきたお弁当を温めて食べてね」

 分かった、といって、冷蔵庫から弁当を二人分出して電子レンジで温めた。

「最近、疲れてるね」

 弟がそういうのも無理はなく、今まで朝食を作ってくれてたのだが、母はこの所弁当であったり菓子パンであったりと大雑把になってきているのだった。やつれているようには見えないが、何かに大変そうにしているというのは明らかだ。

「子供の前で言っていいのか分からないんだけど」

 弱気を見せる母に、僕は励ますように言った。

「言っていいよ」

 母はそれでも尻込みをする。すると、ソファーで寝転がっていた父が口を開いた。

「お金が無いんだ」

「僕のバイト代じゃだめなのか」

「足りてないんだ。父さんも出世を目指してるんだが、これ以上は上手くは行かなくてな」

 夢の相談をしにいくというのに、その前にリアリティの不足を知らない相談が降りてきた。相談というと少し違うかもしれないが。

「その事で母さんは大分悩んでるんだ。俺も最近知ったんだが、一人で抱え込み過ぎてたみたいでな」

「いつかは話そうって思ってたんだけど、タイミングが見つからなくて」

 僕は部屋に執筆作業で篭もり、弟は勉強とゲームで部屋に篭もり、父は会社で忙しく休日は疲れている。近頃はテニスに行くのすら億劫に感じているみたいだった。

 この状況で見つけるタイミングというのは、母にとっては宝物だろう。

 お夕食の時、四人で揃うのが基本となっているが、食事時にお金が無い、とネガティブな話題は相応しくない。母はそれを理解している。

「ごめんね、朝からいきなり変な事言っちゃって」

「大丈夫だ。これから店長に、シフトを増やしてもらうように言ってみる。元々、僕がこの家を出ればよかったんだが」

 甘えているのは重々承知であった。この家が快適で、執筆作業に適しすぎており、一人暮らしの魅力が皆無なのだ。

「ううん、俊はここにいていいのよ。どうしようか、迷っちゃって」

「母さんな、最近アルバイトの面接にいってるんだが、年齢もあって厳しいみたいなんだ。こういう事言わないからな、お前」

 何と声をかければよいのだろうか、僕には検討もつかない。弟も同じで、父さんも、母さんも何も言わなかった。電子レンジの電子音に救われて、僕は弁当を出すために行動を開始した。電子音がならなかったら、いつ動いていいかすらわからなかった。

「でも、諦めない所とかすごいよな。俺だったらもう諦めてるぜ」

「それはあなたの立場だから言えることよ。それに、プライドもあるもの。絶対に合格して働いてみせるんだから」

「就活生みたいだな」

「ふふ、そうね」

 箸を取る前に父さんが和んだいつもの空気に戻してくれたおかげで、感情の弊害なく食事ができた。だが、弟はまだ悩んだような顔をしていた。

 食事中、一切その顔が晴れる事はなかった。気になったが、この和んだ空気を壊すのは勿体ないと思い、聞くのはやめた。

 食事を終え、身支度を済ませるために部屋に戻った。弟はまだ食事中で、デザートのアイスを食べている頃だ。僕は外の三十度という気温に合った服装に着替え、家を出る前にリビングに寄った。

「じゃあ行ってくる。母さん、無理はしなくていい」

「ありがとう。行ってらっしゃい」

 僕は家を出て、八条探偵事務所へ向かった。現実的な悩みを、家から事務所までに向かう間に捨てなければならない。

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