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畢竟に咲く赤い花  作者: 玲瓏
第二章
24/29

一日夢人

 なんだお前、それ。何してんだ。

 高校二年のクラス替えが終わり、その翌日。突然僕にそう言ったのは小原武人であった。印象的なその言葉は、彼から発せられた言葉というよりも、自然から発生した、地面からの言葉として受け取ることができた。

 その時僕は、ちょうど執筆をしていた。友人関係が広くなく、そしてあまり作る気がなく、趣味に熱中していたのだった。

 小さなパソコン、机の上の中央に乗せても人目を引かない程小さなノートパソコンを所持して執筆をしていたのだ。

 僕は咄嗟に蓋を半分ほど閉めた。

「お、なんだよなんだよ。いかがわしい物でも見てたのかよ」

「違う、違うって」

 周囲に聞こえるような声で彼は言った。慌てて否定したが、むしろそのせいで小原の言葉が信憑性を帯びていくことに気づいた。

「小説、小説書いてるんだ」

「下品なやつか」

「違う」

 僕は仕方なくノートパソコンを開き、彼に見せてやることにした。クラスで早速変なあだ名を付けられて注目はされたくない。

 ――彼は罫線の枠内に嵌められたピースに筆を添え、頑なにそれを外そうとしなかった。

 ちょうど、第一章が始まる所であった。中学の頃、相元先生と一緒に作ったゲームの中のシナリオを再び作ろうとしているのだ。

「へえ、何いってんのかさっぱりわかんね」

 小原の感想はそれだけで終わった。予想通りだ。彼みたいに、いわゆる不良みたいな人物に小説は難しいだろうと思っていたからだ。あまり決めつけるのはよくないと言われるが、どうしても人物に対する想像が先走る。

 想像が正解する頻度は高いものである。大体喋り方、髪型、目つき等で分類する事ができるのだ。

「でもなんかお前、すげーな」

 最初は彼の感想を聞いて達観していたが、まさか自分自身が褒められるとは思わずつい聞き返してしまった。

「すごいって、何が」

「いやさ。なんかお前、ここまで本格的にやってる奴初めてみたわ」

「本格的って、小説は大体こんな感じだよ」

「俺が言いたいのはそういうんじゃねーんだよ。お前、書きたくて小説書いてるんだろ」

「まあね」

 小原はパソコンの画面を覗き込むように見ながら話しているので、僕は勝手に緊張していた。あまり自信がないのだ。だが、学校で執筆していて、誰かがこうやって覗き込み褒め言葉をかけられたいっておもう気持ちも否定はしない。

 褒め言葉という養分は存分に家族からもらいながらも、まだ物足りなさを感じているのだ。

 小原は言葉を続けた。

「俺の周りの奴らさーやりたい事あっても実際にやんねーんだよ。プロサッカー選手になる! とか、何かプロになるとは言ってんだけど、何もしねーのな! 口先だけの奴が多くてちょいとうんざりしてんのさ、俺」

 不良、という分類から外してやってもいいかと考えた。高校生の不良の言うセリフにしてはよく周りを見すぎている。

「だからお前、行動力があって度胸のある奴だーって思って、褒めたんだよ! もういいだろこれ以上何も言わせるんじゃねー」

「そっちが勝手に喋ってるだけじゃないか」

「うるせー」

 小原はどこかに行ってしまった。厄介者がいなくなって執筆に戻ろうと画面に向かいあったところで昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、パソコンを鞄の中にしまって急いで授業の準備をした。

 授業中、行動力がある、という言葉がふと蘇った。ノートに書いている最中であった。

 今まで誰からも言われた事のないセリフだ。

 あまり自分を褒める事はしないが、周囲を比べた時に確かに、自分だけが何かをしていると言えるようであるのだ。生徒のほとんどはただ単に駄弁っているか、寝ているかの二択。何かを作り出そうという雰囲気は全く見受けられない。

 自分自身で勘違いしていないのは、周囲を見下すべきではないということだ。かつて前田先生が言ったように、学生は夢を探す期間。まだ見つかってない人がこれだけ多い中、自分がこれだけ熱中できる物を早い内から探しだせたことは幸運であると思っている。夢がない人物を見下してはいけない。

 五時間目の授業が終わり、今度は僕の方から小原を尋ねた。だらしない格好で寝ていたので、肩を叩いて起こしてやった。

「もう終わったのか」

 大きな背伸びだ。彼は眠気が覚めたみたいで、机の上に出してあった白紙のノートをしまった。

「何か用か」

「小原はなにか、趣味とか夢とかあるの」

 彼は一言二言、何かを言いかけたがやめたように口ごもり、しかし三度目口を開いた時ようやく言葉になった。

「作曲家」

 ふっ、と僕は笑った。

「いつも思うんだけど、そんなにおかしいかよ。みんな笑うんだぜ」

「いや、ごめんごめん。あまりに意外すぎて」

 だらしない身なり、丁寧ではない言葉遣い。第一印象で不良と受けた彼の夢がまさかの作曲家だ。ギャップに驚かされた。

「ベートーヴェンとか好きなの」

 僕は訊いた。

「オーケストラの方じゃなくてさ。ロックな方だよ、ロックなの。驚くなよ、実は俺はヴォーカルの才能に恵まれてんだ。カラオケ行ってもいつも高得点。最近の曲はほとんど歌いこなせるぜ」

「じゃあバンドを組んで、その中のヴォーカルになって、世界に向けるっていうのが夢じゃないのか」

「まあそうだけどよ。あー、これある意味お前の趣味と似てるかもしれねーけど、何か創りたいわけよ。歌うっていうのはあれ、歌わせられてるんだろ。つまりなんだ、人が書いた物を歌ってるだけってんだ。いやーなんかなー。それじゃあなんか、違うんだよなー」

 彼とは、他のどんな友人と話すよりも面白味があった。先ほど不意に話しかけられただけなのに、すぐに打ち解けている。僕は人見知りで、初対面の人とはほとんど緊張して自分から言葉を発することができない。それが、彼とは自然に、前々からの友人だったかのように話せてしまう。

 前世があるならば、きっと彼は親友だったのだろう。だから、自然と話せているのだろう。

「シンガーソングライターになれば」

「なんだそれ」

「自分で曲を作って自分で歌う人だよ」

「そんなのいんのか! ならそれに決まりだな! よし、たった今夢が決まったぜ。俺はシンガーソングライターになる」

 嬉しそうに彼は言っているが、作曲したいと考えた事のない僕に、その道がどれほど険しいものであるかは想像ができなかった。

「曲作れるってすごいな。もう何曲か作ってるのか」

「いいや、まだ。これからだ。これから調べる」

「頑張れ」

 次はちょうど音楽の授業なので、教室からは移動しなければならなかった。後五分で始業なので、僕は早めに移動する事を考え、小原とは別れた。

 六時間目は活き活き自分の夢を友人に語る小原の姿が目立っていて退屈しなかった。友人からは、無理だよ、と言われていたが、それでも胸を張って堂々とシンガーソングライターになると言っていた。

 小原が、一般的な高校生のように思えた。

 帰る時間となり、特にアルバイトも部活も入っていない僕はまっすぐに家に帰るのだ。今日は帰り際、小原に応援の一言を与えた。彼は元気よく応じた。

 帰ると、シンガーソングライターについて調べてみることにした。純粋に、興味があったからである。仮に彼が本当に才能に恵まれ、その道を選んだとすればそれを題材とした小説も書けそうで、実際に文章にしてみると面白いのではないかと思ったからだ。

 調べてみると、真に題材になりそうである。僕の目指す物と同じ、もしくはそれ以上の試練を必要としているからだ。音楽の知識が必要であったり、様々な楽器の知識を入れたりと非常に大変そうで、もし小原が大物になるものならば尊敬に値する。音楽関係の知識に貧しい僕だからこそだ。

 多分、小原は今僕と似たようなサイトを見ているのだろう。その時、彼がどう思っているのかが楽しみである。いつもより明日の登校が楽しみである。

「作曲家になりたいの」

 プライバシーなどお構いなしに覗いてきたのは弟だ。

「僕じゃない。僕の友達がこれを夢にしてるんだ」

「へえ。すごいね」

「僕もそうおもう。もしかしたらなれるんじゃないか。あいつは他の生徒と違ってる所があるからな」

「兄さんが認めるなら、多分そうなんじゃない」

 今日の夕食は、シンガーソングライターの話で盛り上がった。父さんが冗談めかしく自分もなると言い出したが、母に止められた。年齢的にもう無理らしい。

 次の日、学校にて席に荷物を置くとすぐに小原の所へと向かった。小原も僕の事を待っていたらしく、座りながら向こうが先に口を開いた。

「俺無理だわ」

 第一声がそれだ。

「僕も調べてみたんだけど、難しそうだな。音楽の専門学校とか行かなくちゃならないんだろ」

「それ以前に俺、楽譜読めねえんだよ。音符とか見てもわけわかんねーの」

 どうして作曲家になる夢を持ったの、とは言えなかった。多分彼は、その場の雰囲気が全てなのだ。自分がやりたいと決まったらとにかく何も考えずに口に出す。

 実際に行動に移してみるとそれができずに、諦める。それが彼なのだ。

「諦めるの少し早いんじゃないか。まだ一日だけだろ、勉強してみるとか」

「めんどっちーのさ! できれば勉強なんかしたくなくてよお」

「気持ちはわかるな」

「お前勉強大好きじゃないのかよ。そんな顔してるけど」

「仕方なくやってるってだけで、好きって事じゃないんだ。勉強が嫌いなら、体を動かす方の夢を見つけてみればいいんじゃないか」

 肯定するような否定するような、小原はどちらとも言えない声を出しながら机に上半身を預けた。腕を交差させ、その中央に頭を乗せる。

「今はまだいいわ。そのうち勝手に見つかんだろ」

「え? ま、待ちなよ。もう少し頑張ってみたらどうだい」

「今はなんのやる気も起きねーや。だからそれでいいんだぜ。夢って無理して探すもんじゃねーだろきっと」

 僕は反論しかけたが、寸前で制した。危ない所で、もう少しで自分の考えを押し付けるところであった。それだけはやってはならない。せっかくできた友達と喧嘩別れする事になるかもしれないからだ。小原とかはきっと、人にとやかく言われるのが嫌いだろう。

「そうだな。今はのんびりするのが正解だ」

「お前が羨ましいぜ」

 始業のチャイムと同時に小原とは離れた。彼は昨日の六時間目とは打って変わって、いつもどおり机と仲良しそうにしながら授業を受けていた。

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