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畢竟に咲く赤い花  作者: 玲瓏
第二章
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単純な理屈

 高校から大学へ向けて、僕は進路の事で迷った。シナリオライターになるということは相応の知識をつけなければならないし、物語の書き方だって学ばなければならないだろう。僕は今まで日記以外何も書いたことがない。

 同時に、人から物語を教わる事への嫌悪感もあった。

 人から教わってかく作品など、それは自分の作品ではないと思ったからである。今ある個性が失われてしまうのではないかとも考えられる。

 だが、文学を極めるための学校へ行かなくてシナリオライターになるというのも現実味がないのではないか。受験が近く、葛藤に追われていた。

 僕は初めて父からの誘いに乗った。日曜日、市民のテニスコートにいくことにしたのだ。父の車に乗りこむ時、父は言った。

「迷ってる時は身体を動かすことだ! 答えは身体が教えてくれるだろう!」

 どこかの引用文みたいだったが、聞いたことのない言葉だった。

 僕は後ろ席に乗り、父に悩み事を言ってみた。今日の誘いに乗ったのは、これが理由である。父ならなんと答えるだろうか興味を持ったからだ。

 車がゆっくりと動き出すと同時に、僕の口も動かした。

「専門学校にいこうか、普通学校にいこうか迷ってるんだ。専門学校にいけば知識はつけられるだろうけど。だけど、シナリオライターの専門学校にいったら、そこの先生の書き方に、その、洗脳されるんじゃないかって思うんだ」

 徐々に車は加速していった。背景が後ろへ遠ざかっていく。日曜日の町並みはいつもと変わらない。

「そうだなあ。俊は、人の真似をするのが嫌なんだろう」

「嫌、かもね。誰かの真似をした書き方は嫌だ。自分なりの書き方で、世界に作品を伝えたいと思うよ」

「はは、だよなあ。俺も同じだぞ。自分流って言葉が好きでなあ」

 白髪の目立ってきた髪は、父が年をとってきた証拠である。焦る必要はないが、時間の流れは倍以上に早く思えた。なぜか、早く決断をしなければならないと、僕は先走っているようだ。

「だけどよく考えてみろ、俊。人の真似ってできないんだぞ」

 僕はよく考えてみた。父はその時間をくれた。

「その人と全く同じ生き方をしないといけないっていう事だから、か」

「正解だ。有名人と同じ生き方をするっていうのはまず、無理なんだ。まず住んでいる場所が田舎か都会っていうだけで全然違う。生まれながらにして、誰も人と同じ真似をすることはできないんだぞ」

 僕の生き方も誰も真似できない、と考えた。人生の価値はそこに生まれてくるのではないかと思った。話の論点ではないので言葉には出さなかったが、とんでもない発想をした気がする。

「専門学校に行くか、普通の大学に行くかはお前自身が決めていい。俺は小説を読める男じゃないから何ともいえないが、少なくとも母さんはお前の才能を褒めてくれてるんだったな」

「うん」

 一度だけ、短編で小説を書いたことがある。起承転結のない、突発的に書いた物であったが、母は良く言ってくれた。その日、嬉しさで寝付けなかったことはよく覚えている。

「俊にセンスがないなら迷わず専門学校にいって知識付けてこいって言うところだが、その必要がないなら普通の大学でもいいだろ。いや、まあ好きに選べよ。俊の言う通り、俊の個性が失われるっていう事も確かに考えられるんだ。そもそもの話だぞ、昔は専門学校なんてなかっただろう。それなのに芥川龍之介や、福沢諭吉という人物が生まれた。そいつはつまり、専門学校なんて行かなくても小説家になれる事を意味してる」

 父さんにしては珍しく、矛盾なき長い言葉であった。本当に昔の時代に専門学校が無かったのかは別として。

「一度なるって決めた道が折れないなら、お前の選ぶ道を俺は信じることにするさ」

 市民体育館へ着き、テニスのラケットとテニスボールを借りると空いているコートへ行って二人で向かい合った。テニスは初めてなので、まずは教えてもらうところからだ。

 持ち方から打ち方まで教わり、とりあえず基本的な事ができるようになった所で勝負を始めた。

「父さん、今日友達はいないの」

「向こうにいるよ。親子水入らずってな」

 遠くにいるので、声をいつもより大きく出さなければならない。周りは知らない人が多かったので、少し恥ずかしく思えた。

「いくぞー!」

 父はボールを少しだけ上に浮かすように投げると、すぐさま横からラケットで打った。僕はラケットを握り、父さんと同じ振り方で返した。

 ボールは別の方向へ飛んでいってしまった。コートから大きく外れ、落ち込みよりも驚きの方が強かった。きちんとラケットの中央に当てたはず。

「はっはっは、下手っぴだ」

 父さんは子供のように、笑いながら言った。対抗意識が芽生えてきた。

「もう一回!」

 次こそは父さんに向けてボールを打つ。

 父さんは先と同じようにボールを放った。僕はさっきよりも力を込めて、よりラケットの中央に当てるように振るった。

 コートに引っ掛かった。分かったことがある。父さんはボールを打つ時心地の良い音を鳴らすが、僕がボールを打つ時は変な音が鳴る。

「次は僕が最初に打つ!」

「やってみろー!」

 最初の一撃を打つ時、運が良かったのか良い音がコート内に響いた。ボールがラケットにしっかりと当たった感覚を得て、ボールは父の方へ向かっていった。心の中にとどまらず、「よし」と声が出た。

 父はラケットを上手く使い、飛んできたボールを戻してきた。負けじと、僕は先ほどのラケットを振る感覚になりきってラケットを横に振った。先ほどよりも大きく力を込めた。

 なんと、空振った。

「くそう」

「サーブはよかったぞー! 上達が早いなあ。にしてもなんだ、楽しそうじゃないか」

「楽しく見えるならいいかもしれないね」

 僕はポケットの中に入れておいたボールを取り出して、再び初撃を決めた。今度は良い音こそ鳴らなかったものの、父の方へボールは飛んでいき、再び帰ってきた。

 空振らない、空振らない。

 ボールはラケットにあたった。一瞬、よし、と言いかけたがボールの飛んでいった方向を見て言葉は消えた。アウトコーナーに入ったのだ。

「最初はいいんだけどなあ。よし、ちゃんと打てるまで特訓だ!」

 次は父が先行であった。二回で交代しているが、テニスとはそういうルールなのだろうか。

 父が放つ。僕が打つ、ボールはあさっての方向へ飛んでいく。

 父が放つ。僕が打ち、ボールはネットに引っ掛かる。

 僕が打つ、父が返して、僕は打てない。

「なんだこりゃあ」

 ついに弱音が出てきた。テニスという競技は難しすぎではないか。

「慣れないうちはそうだろうなあ。いいぞ、もっと悔しがれ! ほら、来い!」

 先行のボールを打った。。本当にこれだけは上手に父の所へ飛んでいく。ボールが返ってくる。

 もうやけくそだ!

 どうなってもいい、という感情を込めて、今までよりも大きく振った。すると、ホームランを打ったかのようにボールは高く飛び、場外へ飛び出した。

「あっははは! お前やんちゃな奴だなあ!」

「わわ、ごめん!」

 やけくそになった気持ちが一気に冷めた。周りの人に迷惑をかけてしまう。

「謝るなって。ボール、取りにいくぞー」

 僕と父さんはラケットを持ちながら、受付のおじさんに一言告げてボールの飛んでいった方向へ探しにいった。茂みの中なので、ずいぶんと探すのには手間取りそうだ。

「道路に出てないといいがなあ」

「そうだね、本当ごめん」

「だから謝るなって。面白かったから」

 重い責任感がのしかかってきて、どうもやるせなくなりながらボールを探した。

「なあ俊、面白いだろ」

「うーん」

 唸ってみせた。全然上手に打てなくて、しかもボールを探す手間を増やしてしまったのだから。

「下手だし、あんまり」

 本音を言った。

「でも面白そうだったぞ。っていうか、充実してるっていうか、ちゃんと一生懸命やってるんだなってのが伝わってきたぞ」

「でも下手だし。それに面白いのは父さんなんじゃない」

 父はラケットで邪魔な草を分けながら話をしてきた。

「面白いってのはな、楽しい事だけじゃないんだぞ。くそーって腹立って、やけくそになったんだろ」

「そうだけど」

「面白いってのは、色んな喜怒哀楽があってこそ面白いって言えんだよ。父さんは最近それを知った。例えばースポーツで、父さんは友達に負けっぱなしで悔しいって怒ってるんだけどな、続けられるってのは面白いから続けられるんだ。っていうか、面白くないと続けられないし、上手くもならない」

 ゲームを作っていた頃を思い出した。エラーとか、バグとかが出て苦しめられた日を思い出した。喜怒哀楽はそこにも存在した。

「俊な、専門学校と普通学校、どっちかを選べって言われたら、面白い方を選べ。それが父さんの答えだ。単純だろう」

「単純すぎて不安になるよ」

 あっははは、と父は笑った。笑い声が大きい。僕は周りの目を気にしたが、誰も父さんを不審な目で見ている人はいなくて助かった。一般の通路の脇にある茂みの中でボールを捜索しているので、そもそもこの行為自体周りを気にすることであったが。

 父と話していくうちに、気にならなくなったが。

「単純でだめなのか? 考えてみろ。人間はいつか死ぬ。こんな単純な事でも大正解な世の中なんだ」

「なんか、よく意味が分かってきた気がする」

「おうよ。難しい道に進むな。単純な道を選べ」

 あったあった、と父はボールを見つけた。束の間の休憩時間であった。

「俺は、俊が努力家で真面目で、夢を曲げないっていう事と、正義感を貫く強い心があるって信じてるぞ。お前の選ぶ道に間違いはない。自分を信じろい」

 父は砕けた口調で締めた。すると大きく背伸びをした。

「さーて! 続きやるぞ、続き!」

「うん!」

 僕と父は、再びテニスコートへと戻っていった。

 僕は、先ほどよりもラケットを握る手の力が強くなっていた気がした。


 帰り道、車の中で目を擦りながらぐったりとしていた。もう夕方だ。お腹も空いてきた。

「俊、楽しかったか」

 父さんも疲れているようだった。車のスピードも、行くときより落ちている。

「うん、楽しかったよ。最後とか、上手になれたし」

「だろ。俺の誘いに昔から乗っておくべきだったんだ」

 僕はそのまま目を閉じた。幸福感が車内を満たしていたからだ。なぜだかは分からない。分からない事だらけだ。

 分からないなら、寝てしまおう。寝れば頭もスッキリして、また明日が来る。

 ……いや、まだ夕方だったかな。

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