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畢竟に咲く赤い花  作者: 玲瓏
第二章
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勇気を得た少年

 相元先生の葬式へ行ってから、一週間は経った。

 遺品となったゲームで僕は遊んだ。最後、最後のボスだけができていないので、ただ遊ぶだけなら十分な出来具合だった。面白い、と思って、家のパソコンで勉強が終わった後毎日遊んでいた。

「どんなゲームなの」

 弟はそう聞いた。もう完成することはない。いや、完成させたくない。完成したら、僕はこのゲームの事を嫌いになってしまいそうだった。

 完成することはないゲームだから、ネタばらしをしても罪はない。僕は弟の前でゲームの中身を赤裸々にしていった。

「仲間を連れて、勇者が魔王を倒すんだ。色んなステージや武器があって、魔法もあるよ。ファンタジーの世界なのに銃も出てくるんだ。あはは、これは魔法使いが魔法を飛ばしやすいように使うっていう設定なんだけどね」

「へえ、なんか設定練ってあるね。すごいゲームじゃん」

 弟は、僕のゲームを覗き込みながら言った。ターン制のゲームで、立体のキャラクター達が自分のターンになったら攻撃するというゲームだ。

「設定は誰が練ったの」

「僕だよ。シナリオとか、世界観とかは僕が授業中に練ったんだ」

「すごいね! 全部一人でやったの」

「先生の力は借りなかったよ。だからちょっと自信ないところもあるんだけど、僕はそれなりにできてるとは思うんだ」

 僕はある日の事を思い出した。悲しみの記憶にまぎれて、嬉しさの記憶を失いかけていた。その記憶を思い出したのだ。

 シナリオや世界の事を相元先生は何よりも褒めてくれた。どうやら、一人の中学生が混みいった世界観を作れるのは稀らしい。それと、シナリオを完成させたことも何度も褒めてくれたことを覚えている。

 ――どんなに質が悪いと思っても、完成することに意味があるからな。

 ――僕のシナリオの質悪いかな。

 ――いや、そんな事を言ってるわけじゃあない。ただ突っ込みどころは多いぞ。

 ああ、あの頃は一番輝いていた頃だった。シナリオを褒められたことは、そして、努力を褒められた事は大きな成長に繋がった。モチベーションが高まり、色んなゲームに手を出したいと考えるようになった。

 同時に、別の道歩むという切っ掛けが生まれた日でもあった。

 シナリオライターという道も、ありかもしれない。

「まだ完成してないんだよね」

 弟は尋ねた。

「何が足りてないの」

「最後のボスがどうしても追加できなくてさ。構成とか、エンディングまでは考えてあるんだけど、ボスがいる部屋までいくとゲームは終わっちゃうんだ」

「へえ、じゃあ絶対に終わらないゲームなんだね」

「ゲームとして欠陥品だね」

 装備をしっかり整えて、キャラクターも成長させて、度重なる努力の末いざ最後の戦い。と熱い展開になって、そして終了。なんと滑稽なゲームだろう。努力の無駄とはまさにこの事を言う。

「でもなんか、物語としては面白いと思うなあ。なんか、終わらないっていうのが好き」

「終わらないのが好きって、拓也は変わり者だね」

「兄ちゃんさ。修学旅行とか、アニメの最終回とか悲しくなるだろ」

 小学校の卒業式でも感動してしまったのだから、否定はできない。何かが終わるという現象は、確かに悲しいものだ。

「兄ちゃんのゲームはそれがないのさ。終わりがない。だから悲しくならない」

「でもそれじゃあゲームにならないよ」

「でもさ、悲しくならないって、良い事だと思うんだけど」

 でもでも、弟はなにか言えば言い返してくる。たまに鬱陶しい時もあった。

 悲しくならない。その言葉が、異様に特別に聞こえた。

「でもなんか、モヤモヤするね。どうなったか分からないんだろ。例えば、そうだな。テストは終わったけど、結果が分からないっていう終わり方じゃモヤモヤしないか」

「兄ちゃん、屁理屈」

「屁理屈だったかな」

「僕は兄ちゃんの作ってくれたゲームが好きなんだ。だから、どうしても悪く見えないの。結末が分からなくても、別に僕はいいよ」

 慰めてくれてるのだな、と思った。

 最近は、父なんかも気持ち悪い程優しくしてくる。テニスの勧誘は止まらないが、特別扱いされてる気分だった。

 本心では、家族には無理してほしくない。特別扱いはそこまで好きじゃなく、居づらくなってしまう。

「ゲームやるかい」

「やっていいの!」

「うん。僕はちょっと休憩してくるよ」

 僕は席を離れた。弟は椅子に飛び乗り、マウスを弄り始めた。母の教育の成果で、この年齢でパソコンを使えるというのだから尊敬する。まだ小三だ。

 部屋を出る時に、相元先生からもらったゲーム会社の資料を手にした。母へ見せにいくのだ。これから僕は進路相談に向かうのだった。

 もう夕食の後で、母は洗い物も終えてソファーに座って腰を休めている。新しく買ったパソコンで作業をしているようだった。古いパソコンは、僕の物になっている。

「母さん、これ」

 資料集の、シナリオライターのページを開いて机の上に置いた。

 母は、パソコンからすぐに資料へと目を動かした。

「シナリオライター?」

「うん、読んでみて」

 母はマウスを手放し、両手に本を持って読み始めた。その間僕は冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を飲み、返事を待った。

 返事は遅かった。母は本を読むスピードが早いので、何度も読み返して、考えているのだろう。既に僕がこの道に進む事を考えているのは分かっているらしい。僕は日常で、滅多にこんな事をしない。

「でもあなた、ゲームとは関わるつもりがないって言ってたじゃない」

「このままじゃ終われないんだ。その資料を見て思ったよ、ゲームは一人で作る物じゃないって。先生と作っていく過程でも実感した。大きなゲームを作るには、たくさんの人が必要なんだって。だから僕は、例えどんなに小さな事でもいいからゲームの制作に協力して作りたい」

 夢を挫折した日、相元先生が死んだ、その日。僕は家族の前で夢を諦めた。その日にこぼした涙の味は忘れていない。

 憂鬱な日は続いた。しかしそれはさっき終わった。

「先生と作っていくうちに気づいたんだ。僕はシナリオを作るのが好きで、書く事が好きだ。人に驚かれるほど感動的な物を書いて、世の中に、今まで僕が学んだ事を教えたい。夢を持て、夢を持てって。僕は夢を持っていて、すごく楽しかった。みんなにその気持ちを教えたい」

 感情的になって言葉にする内に、ゲームを作りたいと願ったあの子供の頃の感情を思い出していた。かつて、夢を高らかに母の前で言って、今日もまた言うのだ。そして、今度は失敗しない。

「大変な道になるわよ」

 覚悟を求めるように、しかし優しさを忘れさせない口調で母は言った。

「もう挫けない」

「どうしてそう思うの」

「自信と、経験があるからだよ。子供の頃の僕は、期待しかなかった。だけど、今は違う。僕はシナリオライターの道に進むよ」

 早い内から決断を下すことは避けるべきことだ。父が言っていた言葉だが、僕は自分の未来を待てなくなっていた。

「これから何をすればいいか、わかるわね」

「そうだね。まずはこれから何をするか、それを考えることを始めるよ。でも……いいの? 会社員とかの方が、お金とか色々とよっぽど安定するのに、自分の夢だけを追いかけることになって、もしかしたら失敗するかもしれないんだよ」

 失敗する未来は見えないけど。

「いいのよ。親は、あくまでも子供の保護者。子供の夢と人生に干渉する権利は持ってないわ。あなたがしたいといったわがままをちゃんと受け入れてくれるのが保護者の努め」

 この家に生まれた事を、僕は心の底から喜んだ。

「母さんには、恩返しをしなくちゃね」

「楽しみにしてるわね。もし小説家を目指すなら、ベストセラーを生み出して、私に見せてね」

「小説家にはなれないよ。ゲームのシナリオを書く人になるんだ」

 母はゲームができないから、僕の作った世界を見ることはできないだろう。少し残念である。

「わからないわよ。才能が認められて色んな仕事がきて、小説家デビューすることだってあるかもしれないんだから」

「本当?!」

「小説家にかぎらず、良い事をたくさんして、良い結果を残せば、良い未来がくるの。この話前もしたわ」

 いつの間にか忘れていた話であった。

「でも、僕の良い事はもしかしたら他の人からみれば良い事じゃないかもしれないよ」

 学校の授業、国語の話であったのだ。自分では良い事をしたつもりが、実は相手からしてみれば余計なお世話で、悪いことだったという話が。たまに自分の行動を見返して、客観的に考える癖がついてしまった。

「良い事をたくさん知る期間、それが学生の期間。良い事をたくさん吸収しなさい、今は」

「でも、良い事って思ってたことが悪い事で、悪い事を吸収しちゃうかもしれないよ」

 弟のように、でもでも攻撃を仕掛けた。どうやら僕は調子に乗っているらしい。

「悪い事を吸収しないように教育してきたつもりよ」

「もしかしたらその教育も――」

「嬉しいのは分かったから、落ち着きなさい」

 母は資料集を僕に返した。反論を強引に止められたのは、少し面白かった。

「一度挫折を経験したあなたなら、強い心を持ってるわ。私は期待してるからね」

「うん」

「そしてね」

 母は、にっこりと笑った。

「拓也との約束も、遅くなってもいいから守ってあげてね」

「もちろんだよ」

 その日から僕は毎日日記を記した。いきなりシナリオを書くのではなく、日々あったことをまとめて、自分の考えを、小学生のような感想でもいいから書いた。些細な事でも覚えていたら全て記している。日曜日だけは書いていないが、その日は誤字脱字のチェックをしている。そのうち、日記を書くペースが早くなってきて、文章能力も上がってきていると実感した。

 五ヶ月経ち、ついに中学三年生という大きな受験期間が訪れ、学校でも文章を書かなければならない機会があるが、そこでも僕の文章は活躍した。先生に褒められる事もあった。ちなみに担任は竹内先生で、先生は相元先生の死を受け入れ、今では前と同じようにはきはきとした姿に戻っている。

 僕は挫折を、大きな失敗だと感じていた。ゲームが完成せず、それまでの努力は全てないものだと結論付けていた。

 しかし、道を変えてから大きな間違いだと気づくことになった。

 挫折という言葉は、いつの間にか僕の心で勇気という言葉に変わるのだった。

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