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畢竟に咲く赤い花  作者: 玲瓏
第二章
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本当の生き方

 夏休みの日以降、都合のついた日を使って相元先生から様々な事を教わることになった。入っていた放送部も抜けて、顧問と生徒一人しかいない部活のように行われていった。授業よりも楽しく、日が落ちるまでの時間が早く感じた。帰っても母のパソコンを借りて復習し、先生の作ったゲームよりも負けない程面白い物を作る、と意気込んだ。

 ようやくゲームが作れた時、何にも勝る達成感を得ていた。一般に出ている物よりも簡単なゲームであるが、以前作った物よりは確実に技術力が向上していると断言できる物であった。

「どうした俊。完成したんだもっと喜んでもいいんじゃないか」

 内心、達成感の喜びの他にやり切れない気持ちがあった。

「一人で作ったゲームじゃなくて、先生も一緒に作ってくれたので、やっぱりまだ僕は一人前になれないんじゃないかなって」

 この、三人称視点……つまり、主人公の目線で進んでいくゲームは先生の力あってこそのゲームである。僕一人じゃ到底作ることができなかっただろう。人の力を借りて作ったという事に憂いでいた。

「ばかもの。そうか、だから俊はこんなに悩んでいたのか」

 先生は椅子に座った。夏休み、僕に教える時のような姿勢になった。

「中学でそんな事教わったかい。誰の力も借りずに生きて、自分ひとりでこの先、生きていけなんて学んだかい。違うだろう。他の人と助けあってって学ばなかったかい」

 先生は中学一年の総まとめを一文で言ってみせた。

「一人で生きることこそ、正解だと思ってます、僕は」

「本当ならな。だけどこの国、日本は違うんだよ。だってそうだろ。歴史で学んだか分からんが、一人で生きようとして結局生きられなかった国が日本なんだ」

「国民も同じなんですか」

「いや違う。そうさせようとしてるんだよ国が。一人で生きなくさせようとしてる。立派な例が体育祭とか文化祭とか、皆でやるだろ。一人では絶対やらん」

 いつものことだが、先生が何を言おうとしているのかは想像できなかった。手の内を見せない堅い先生だ。

「だから一人で何かができないっていうのは仕方ないことなんだ。特に子供の俊は、協力する事だけを学んできたからな。大人は一人ですべての事をやるものだって教わると思うが、間接的には結局一人で生きてない。保険やらがいい例だな」

 一人でできないのは仕方のないこと。先生は僕の想像した答えと全く違った言葉を言ってみせた。本当なら、一人じゃなくてみんなで成功させるものだ、と言うものではないだろうか。

 やはり、この先生は他の先生と違う。

「だけどな俊、お前のその考えは間違ってない。一人で生きてこそ人間は楽しいし自由なものなんだ。だけど、最後に言うぞ。このゲームを作った事はお前の人生の糧になる。喜んでもいいさ。物を作るっていうのはすごく難しい。完成するのは立派なことだ。世の中の天才はそれが分かってる。俊も分かるようになれ。なるべく早いうちからな」

 風の噂で聞いたが、相元先生は教師の中で評判が悪いらしい。社会人として成り立っていないのだと。生徒の間でも時々良くない言葉を聞くことがある。

 しかし僕は、この先生が担任になって欲しかったと心の底から思った。

 この事を、早速親に話した。相元先生はすごい。立派だ、他の先生よりもすごいと、神様を崇めるようにして親に話した。帰ってきてすぐだったので、母しかいない。

 ソファーに座りながら録画したテレビドラマを見ていた母は、テレビを消した。

「本当に良い先生なんだ。僕の作ったゲームを褒めてくれたし、本当の生き方だって知ってる。あんな先生滅多にいないよ」

「良い先生に巡り会えたのね、よかったわね。本当の生き方っていうのは気になるけど、教えてもらえるかしら」

 僕もソファーに座って、先生が言ったように話した。人間は一人で生きていくものだが、国がそう教えてないからできない。

「私もそこまで考えた事はなかったけど、当たってると思うわ、それ。授業参観で道徳を見に行ったけど、今も昔も変わらないなって思ったもの。人と人とが支えあって、って」

「でも、僕はそれあまり間違ってないと思うんだ。人間って弱いでしょ。だからさ、やっぱり協力しあわなきゃいけないと思うんだ」

 僕が話している間に持ってきた冷たいお茶を母は飲みながら話を聞いていた。うんうん、と頷いている。

「私からは何も言えないわ。それが俊の考えなら、それでいいと思う。私はあなた自身の考えを大切にしてほしいからね」

 母の言葉だ、と思った。母は良くも悪くも、僕の考えに意見を言わず、同調もしない。たまにその反応が嬉しい時があるが、例えば今とかは微妙であった。反論してほしいと思わないが、話が止まってしまう。

「ゲーム完成、とりあえずおめでとう。私は苦手だからできないけど、拓也にはやらせてあげてね。結構楽しみにしてるのよ」

「そうなんだ」

 若干拗ねた気分を除けて、意外のあまりつい声を出した。拓也は僕の作るゲームの事を話題に出す事がなかった事もあり、実は楽しみにしてないのではないか、と疑問を感じていたからだ。もしくは忘れているのかもしれないと思っていた。

「俊のいない時にどんなゲームが出来るんだろう、いつ出来るんだろうってね」

「言われたことないんだけど」

「拓也も気を使ってるのね。ほら、誕生日にあなた、完成させられなかったわ、ゲーム。話題にすると気に障ると思ってるんじゃないかしら」

 拓也らしい気の使い方だった。あまりに影が薄い使い方すぎて、本人が気づかない程に。

「楽しみにしてくれてるんだね」

「そうよ」

 ちょうど拓也が帰ってきたので、笑顔を意識しておかえりと声を掛けてやった。

「う、うんただいま。兄ちゃん元気だね」

「いやあ、なんでもないよ」

 最高に気持ち悪い自分が拓也の目には映っているな、と実感しながらも笑みは止まらなかった。自分の弟が可愛く思えてきた。

「へんなの」

 これ以上弟に誤解を与える前に、僕は部屋に戻って宿題を片付けた。

小学校の頃より量は少ないながらも難易度は上がっている。更に、復習の時間が大幅に伸びていて、ゲームを作る時間が大幅に減っていることは、僕の中で問題の一つであった。どうやって二つ、折り合いをつけていくかを考えなければならない。

 期末テストはまだ先なので時間はあるが、受験の事を考えると余裕はないが、弟の誕生日の事を考えても余裕がない。後三ヶ月だ。そろそろ仕上げてやらなければ弟も待ちくたびれてしまうだろう。

 既に自分の娯楽の時間は一時間未満になっている。弟と遊んでやる時間も少ない。それもまた父は問題視していて、今日の夕食でも話に挙がった。

「遊ばないのは罪だぞ」

 と、遊んでばかりの父が言うのだった。しかし妙に説得力を持つのは、さすが大黒柱だ。

「でもゲームも作りたいし勉強もしなくちゃいけないし」

「どっちも大切だ、おかしいことは何一つないぞ。だけどな、いいか俊、人の個性を育てるのは娯楽なんだぞ。勉強で育つのは脳だけだ。脳ばっか育ってもつまんねえぞ」

 うんうん、とこれまた遊ぶ事に長けた弟が頷いた。

「母さんだって、土日はほとんど自由にしてくれてるだろ。土曜日は塾があるが、それだって午前だけだ。土曜日帰ったら俊は何してる?」

「ゲーム作りのための勉強を……」

「疲れるぞう。そんなんじゃあ」

 父はいちいち大袈裟だった。母は僕の顔を見て、「物を食べながら話さないの」と父に注意を入れた。

「お父さん、兄ちゃんと遊びたいんじゃないの」

 弟は冗談めかすようにくっくっくと笑いながら言った。

「まあさ。それもあるよ」

「お父さんね、羨ましいのよ」

 母が父に代わるように言葉を続けた。その間、父は小さくなるように次から次へと物を食べていた。

「周りの人達が休日に子供と遊んだり、平日でもゲームをして遊んだりするっていうのを聞いてるからね」

 母も微笑みを交えながら言った。父は一度も母の言ったような事は言わなかったので、僕は気付かなかった。多分、弱気になるのが嫌いなのだ、父は。父なりのプライドがあって、そのせいで言えないのだなと思った。

「ったくよお、言うなって」

 家族の隠し事に触れて、距離感が縮まったような気がした。今まで意識していなかったが、改めて考えるようになった。いつも触れない物に触れたからだろう。

 一人よりも楽しい、と気づいたのは今が初めてだった。

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