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畢竟に咲く赤い花  作者: 玲瓏
第二章
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ゲームの長話

 結局、ゲームが完成しないまま年は進んだ。中学二年生の夏休み、小五の僕が理解不能と言って挫けた本をもう一度開いた。

 分からない漢字が出てきたどころの話ではなかった。概念そのものが分からなかったのだ。理解が追いつかず、勉強すら疎かになり一旦やめようとようやく決意し、一度は売り飛ばす事を考えていた。

 今読んでみれば自然と考え方が分かってきた。夏休みだから落ち着いて読めるという事もあり、昔のやり方と同じ方法で勉強をしても自然と理解が追いついてきた。

 弟は僕が誕生日までに完成しなかった事は分かっていた、といって何も求めなかった。いつかの誕生日には必ず作る、という約束に変更し、弟もそれで納得した。

 中学に入ると、先生も知識のある人がいてプログラミングについて教えられる人を一人見つけることができた。今日はこの本を手に学校にいって、先生に教えてもらいにいくのだ。彼はゲーム会社から学校に上がったらしく、かなり効果的に勉強ができるだろう。

 相元(あいもと)先生はパソコンの置いてある部屋で待っててくれていた。

「おや、きたか。まあどこでも座るといい」

 白衣を着た先生は、相変わらずボサボサした頭をしている。朝の十時とは先生が言ったのに、眠そうにしている。

「その本、ちょっと見せて」

 僕は机の上、取り付け型キーボードの横に出した本を後ろにいる先生に渡した。少し重いので、先生の手がしっかり受け取るまで手を離さなかった。

 先生はペラペラと捲っていった。やがて僕の前に戻すと、一言だけ感想を述べた。

「だめだな」

「どうしてですか」

 思わず声に出した。

「これ見て分かったかい」

「ええ、わかりましたけど……」

「内容は全部覚えてる? 実際、ゲームは作れたの?」

 突っ込まれ過ぎると、僕は言い返せなくなった。もしかしたらあの理解したというのは錯覚で、実際のところは理解したつもりでいただけかもしれない。

 僕がその場しのぎに唸っていると、先生から口を開いた。

「例も何もなくて、あるのはサンプルのコードだけ。これじゃ覚えらんないよ。僕は一目見ただけでわかった。っていうか、僕は読みたくないね、文字ギッシリの本なんか」

「でも、他の本もこれと似たり寄ったりでした」

「だと思う。だから僕に聞くというのは本当に大正解だと思うよ。本を読むより、人に聞く方が楽しいし面白い。僕の研修の期間は文字を読むよりも人に聞く方が多かったなあ」

 僕は本を使わないのかと思って、こっそりと鞄の中に閉まった。

「例えば本の中にアニメのキャラクターとかがあったらやる気も上がるだろう」

「まあ……ですが、漫画とかアニメとか見ないので分からないですけど」

「そりゃいかん。今まで何も見たことはない?」

 子供の頃、二時間程のアニメ映画を見た事はあるが、それ以外は見ていない。弟がテレビを使ってみているが、興味はなかった。アニメよりもドラマで、漫画よりも小説だった。

「ドラマとか、小説なら」

「大人かい、君は」

 褒められているようで嬉しかったが、先生は決してそういうニュアンスで言った訳ではなかった。

「何かだめでしょうか?」

「いいか、これから大事な事を言うぞ、よく聞いておくんだな」

 先生はパソコンのスイッチを入れて、隣に座ると足を組んだ。

「最近じゃアニメを見る目も厳しくなってるが、いいか? 夢の世界に溺れるのは子供の特権だぞ。大人になったら嫌というほどありえないって思わされる。特に娯楽はな。ほとんどの大人は子供の心を置き去りにして、現実的に考えて物を見るようになって色々意見を物申す。特に今は少子高齢化の社会で、上からの意見のほうが数が多い。君のところの親はアニメを見るなと言ってる?」

「いいえ、言ってません」

「じゃあ君は現実的な物を見ずに、空想を見るんだな」

 パソコンにログインするためにキーボードを打ちながら、先生は言い切った。

「子供とか大人とか、そういうのは人間が勝手に決めた境界に過ぎなくて、本当はそんなのないのさ。現代人はそれに固執して、大人だからとかいって夢を無くすが、いつになっても持ってていいものだと思うね。少し話が逸れちゃったか」

 前田先生を思い出した。まるで面談をしているみたいだった。

「いいか、空想の世界に浸るのは悪いことじゃない。空想を知らなければ、インスピレーションというのは成長しないものだよ」

 パソコンが音を立てて起動した。いちいちタイミングがいい。先生が言い終わってから音がなり始めるので、先生もそれを計ってるんじゃないかと疑ってしまう。

「でも先生、ニュースとかで見ましたけど、ゲーム脳がどうとかって」

 母も一日だけそれを心配し、ゲーム脳という言葉を使っていたが次の日からは一切使わなくなっていた。

「時代遅れの大人の妄言だな。あんなの信じるに値しない。そもそもゲームというのは社会に歓迎されるべきものなんだ。考えてみろ、娯楽が増えたんだぞ。パチンコ、煙草、酒、以外に趣味がひとつ増えることになるってのは、こりゃ大きい。僕が分からないのは、どうして世間の大人はそれを受け入れなかったか、ということだな。色々考えたんだけど、僕はどうも納得がいかない結論になってね。ところで、君はゲームが好きなんだな?」

「はい」

「よろしい。ならゲームはたくさんやるって事を考えておくけど、ゲームってどうだい、簡単に操作できるかい」

「ええ、まあ。簡単……ですね」

 先生はニヤニヤしながら話を続けた。先生につられて僕もニヤニヤしてしまい、何か下品な話をしているみたいだ。

「大人は簡単じゃないんだよ、あれが。僕なんかはまだ現役で出来るけど、判断能力とか理解能力に欠けてくると、どうしても出来ないんだ。だからそんなゲームに腹を立てて全面的にゲームを否定してるんじゃないかって考えた事があったけど、暴論にも程があったな。でも面白いだろ。ものすごく現実的で、人間っぽいだろ」

「はい、面白いですね」

 相元先生とここまで話すのは初めてであった。なにせ授業を受けたことすらない。たまたま副担任に当たったというだけである。しかし、そんな僕にも積極的に心を開いてくれるこの先生の優しさは温かいものだった。口は少し悪いが。

「何もゲームを正義というわけじゃあない。勉強と遊びの両立が取れなきゃだめだからな。どっちかに偏ってちゃだめだって言いたいのさ。確か、君の親は勉強半分遊び半分という教育方針だったね」

 先生の情報力には驚かされた。

「どこで知ったんですか?」

「誰からも聞いてないよ。直感さ。だって君、成績はいいのにゲームとか好きだろう? だからそうじゃないかなって山を張って言ってみたんだ」

 運任せか。

 そういえば、先生はギャンブルが好きだと聞いたことがある。先生が言っていたのを聞いた。

「僕は普段こんなに喋ることはないんだが、じゃあなんでかっていうと、嬉しいからだな」

「そ、そうですか」

「そうとも。夢がある子がきたからね。特に僕の好きな分野の」

 先生はパソコンには手を触れず、僕の目を見ながら話をしていた。教えてくれないのかな、と焦ったが、まだまだ時間はある。それに僕も、先生と話していたい気分であった。

「あのクラス、どうだい。上手くやってけそうかい」

「ええ、嫌いな人は……あまりいませんね」

「立派だなあ。夢があって心が広い。だけどちょっと卑屈っぽいところがあるな。もう少し自信を持っていいぞ」

 中学に入って、自分が人見知りであることを実感した。担任の先生に言われたが、それは自信がないのでは、とも言われた。

「将来は君は人を動かすリーダーにならなけりゃならない。年下を育てるのが年上の仕事だからな。だけど、自信のない年上は誰にも教えられないし、むしろ教えちゃいかん」

 自信満々だなあ、と羨ましくなった。

「どうすれば自信って持てますか?」

 プログラミングと全く関係ない話題になってきていると気づいた。

「経験だよな、やっぱり。うん、経験だ」

「経験――」

 先生は自分の言った事を確かめるように二度頷いた。

「経験と、あとよく考えること。そしてポジティブシンキング。この三拍子が揃えばいいんじゃないか。君がだよ。すべての人間がこの三つを揃えれば全員自信がつくかといったらまた話は違う。あくまでも君に対して、だ。後これは絶対じゃない。三つのうちのどれかはいらないと思うが、それは君が取捨選択していけばいい。といっても、選択という言葉自体君はあまり好きじゃなさそうだ」

 ご名答だった。優柔不断なのは、かなり欠点だ。

「大人になったらあまり許されない。今のうちから直しておくんだな」

 先生は言葉を切り、ようやくマウスに手を触れた。と思いきやポケットから∪SBメモリを取り出し、パソコンの端子に付けた。そのメモリの中には、様々な物が入っている。中には家族写真の物まで入っていた。

 複数個あるフォルダの中から、先生はほとんど英語で書かれた物を開き、ファイルを開いた。僕が家の、母のパソコンにインストールしたのと同じような画面がうつしだされた。

「ユニティって言うのを使った方がいい。こいつは優れもので、一人でゲームを作る時にかなり役に立つ。容量は必要になるがな」

 キューブの形をしたアイコンが特徴的であった。

「先生はなにかゲームを作った事はありますか?」

「ん、やってみるか?」

「あるならやってみたいです」

 僕は期待するように先生の動かすマウスカーソルを見守っていた。先ほどのフォルダを一個前に戻ると、プログラム集と書かれたフォルダが開けられた。そこには本当にたくさんのファイルが入っていた。これ全部、多分ゲームだ。

「すごい……」

「いやいや、まあ。全部学生、社会人になってから作ったものでね。社会人になると全然時間取れなかったんだけど、趣味だからどうしても作りたくて会社のパソコン使って色々作った物も混ざってる。で、どれだったかなあ、自分でやっても楽しいって思えるのがあったんだけど」

 先生はカーソルを泳がせた。一つ一つ更新日時を確認して、最終的に『ロボット(試作)』と書かれたファイルをクリックした。起動には少し時間がかかったが、大画面でメニューが表示された。ニューゲーム、オプション、終わり、などがある。

「まだ試作なんですね」

「まあな。本来、ゲームに終わりはないのさ。とりあえずやってみろ、すげーぞ」

「すごいですね」

 先生は困ったように僕を見た。

「まだやってない内からすごいっていうか」

「いえ、その自信が、です」

 困ったような顔が、納得したような顔になった。そんなことか、と笑みを浮かべながら呟いた。

「僕には真似できません。自分の作った物がどうしても綺麗な物に思えないんです。小学校の頃、図工でもそうでした」

 先生は腕を組み、先ほどプログラミングとは全く関係ない話をしている時と同じような姿勢に戻った。パソコンのモニターには、デモムービーが流れている。完成度が高いことは一目瞭然で、特にこのロボットの動き一つ一つが――

「俊さ」

 唐突に下の名前で呼ばれて一瞬で先生の方へ顔を向き直した。

「俊がゲームを作った時、そのゲームをプレイして最初にどう感想をいうと思う?」

 僕は子供の頃自由帳に書いたあのゲームを思い出し、実際に脳内でプレイしてみた。思い切って楽しいとはいえなかった。

「もう少し上手に作れたんじゃないかなって」

「それじゃあ終わんないよ。いつまで経っても」

 僕は眼差しをしっかりと先生に向けた。

「僕がこのゲームを開いたのは俊にやらせたいからであって、やらせたいと思うのは、自分が楽しいからやらせたいって思える。だって、そうだろ。自分で作ってつまんねえって思った物なんか人にやらせちゃだめだろうよ。だから声高らかに僕は言うね、このゲームは実に面白いってな」

 先生の言葉だけですべてが伝わった。僕の頭の中にあったもじゃもじゃ砕けたよくわからない考えが吹き飛ばされたように思えた。

「まあとりあえずやってみろ。俺が面白いって言うんだ」

 僕はニューゲームのボタンを押して、ゲームをプレイした。このゲームは主人公がロボットに乗り、3D画面を縦横無尽に駆け巡り敵機を倒すといった内容だった。

 時間を忘れて、一時間ほど遊んでしまった。先生もその様子を楽しそうに見ていた。

 このゲームは実に面白かった。

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