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畢竟に咲く赤い花  作者: 玲瓏
第二章
15/29

こんにちは、世界

 僕は土曜日、母に連れられて早速本屋へ向かった。朝家を出る時に母を急かしたのが妙に記憶に残っている。それほど自分の中で楽しみを見つけた事が、自分自身で不思議だったのだ。

 母が連れてきてくれたのはそこそこ大きな本屋だった。資格書、専門書、文庫本、小説新作から旧作まで、幅広く揃っている。僕は本屋に足を運ぶことがあまりなく、特に今まで訪れていた所とは格段に質が上だったので、好奇心が疼いた。

 専門書のコーナー、とりわけ芸術と書かれた地帯へ自然と足が向かった。

「多分そっちじゃないわよ」

 母は僕の歩みを止めた。

「ちょっとこっちにも興味があるんだ。見てもいいかな?」

「好奇心旺盛ね。じゃあ、私はゲームの作り方って書かれた本を探してくるわね」

「うん、ありがとう」

 専門書ということからどんな本が並んでいるのか想像が付かなかったが、デッサン講座のようなものから、理系科目や文系科目の大きな辞書のような本がいくつも並んでいた。どれも興味深いが、本の立ち読みは母に注意されてしまう。迷惑になるから、と言われている。

 さっきは足が自然と動いたが、今度は腕が自然に動いた。手にしたのは分厚い日本文学全集とタイトルに記述された本であった。

 中世の聖書のような表紙に惹かれたのだった。他の専門書と違って単調なデザインだったのだが、僕はそこに惹かれたらしい。しかし、それ以外にも何かしら手にするに至る理由はあると思うが、僕は気づかなかった。今日の目的はこれを買いに来たわけじゃないので、元ある場所に戻しておいた。

 他にも写真集や陶磁器等の資料集らしきものはあったが、どれもこれも僕にとってみれば退屈な物であった。

 母の所に行こうと思ったが、偶然母の方から僕の所へ来てくれた。

 手招きをしたので、僕は歩いて行った。

「あった?」

「多分ね、こっちこっち」

 母はIT関連と書かれたコーナーへ僕を案内した。

 こっちもこっちで専門書が盛りだくさんである。C言語やら、デバッグやら、聞いたことのない単語ばかりで気が滅入ってしまう。まさか、ゲームを作るためにC言語とかいう、日本語でも英語でもない新しい言語を学ばなければならないのだろうか。

「これなんだけどね」

 母が手に取ったのは0から始めるC言語と書かれた本で、これもまた分厚い。

「裏表紙を見てみると、この本一冊でとりあえずゲームが作れちゃうみたいよ。ただパソコンが必要だから……そうね、私のを貸してあげる」

「ありがとう。でもこれ、難しそうだね」

 若干子供向けになっていることが分かった。表紙にはデフォルメチックな狸の絵が書かれており、文字もカラフルで、先ほど見たような全集とは比べ物にならない本のように見えたが、母が取ってくれた本を粗末だと言いたくなかったし、何より実際僕は子供だ。大人向けの本を読んだところで意味は分からないだろう。

「頑張るよ、これ買って!」

 簡単なのでもいいから、早く何かを作ってみたかった。一般向けに発売されているようなゲームを作るのはまだ無理だろうから、妥協点は出てくるだろうが、それでも僕は納得した。

「最低でも一年は頑張りなさいね。あなたの夢なんでしょ、半年くらいで諦めちゃだめよ」

「分かってるって。諦めそうになったら学校の先生に相談するよ。それで完成したら友達に自慢するのもいいかも」

 心になかった事だった。そうだ、僕の友達の中にゲームを作った事のある人は誰もいない。先生にすら自慢できるだろう。もし完成度が高かったら他の生徒にまで僕の名前が知れて、一時人気者になるかもしれない。

 僕の中で理想像は徐々に膨らんでいった。楽しすぎる未来だ。

 家に帰ると自室へ走り、早速本を開いた。付録か何かでCDのような物がついていたので、とりあえず机の上に放置した。

 どうやら、ゲームというのはパソコンで作っているらしい。驚いたのが、あのキャラクターの動きや動作、何から何までパソコンで基板を作っているというのだ。コントローラーが押されるとそれを機械が判断し、画面上の物体をその通りに動かす。

 ただ、どうやってパソコンでできたゲームが別の端末でできるようになっているのかが書かれていなかった。また何か別の所に書いてあるのだろう、ということで僕は本の続きを読んでいった。

 パソコンの画面写真つきで説明がされているが、僕は母から使い方を学んでいた事もあり内容が簡単に頭に入っていった。なるほどなるほど。ゲームというのは文字が動かしていて、その文字がC言語というものか。そして命令することによって値が変化して……。

 とりあえず、何らかのソフトに英文と数値を記入していき、ゲーム、ここではプログラムと言われているが、それができているのだろうと想像した。大丈夫、ここまでは十分理解できている。簡単そうに思えてきた。母が貸してくれたノートパソコンで一度教科書通りに文章を書いて、プログラムを作ってみようと思い立ち、行動は早かった。

 付録かと思っていたCDはC言語を使ってゲーム作るために必要なソフトが中に入っているらしく、インストールするための物であった。

 ようやくソフトを使えるまで十分はかかった。訳の分からない設定を、これもまた教科書通りに行った。

 C言語はほとんど英語と数字で構成されていたが、中には記号を使う曲者もありいちいち本を見ながらじゃないと勝手に進められなかった。そして五行程度で終わる簡単なプログラムを作成した。

 実行すると、パソコンの画面に文字が出力された。

「HELLOW WORLD」

 ただこれだけの事であったが、僕は嬉しくなって言葉を読み上げてしまった。自分の思い通りに動いたのだ。

 簡単なプログラムなのにこれほどの喜びを実感することになるということは、大きなプログラムを作った時の達成感は想像を超える物だろうと思った。早くそこまで辿り着きたかったが、教科書のページを捲ってみるとC言語の種類だったり文法だったり、はたまたルールだったりとたくさんあることを知らされ、早まる気持ちを抑えた。

 それからも僕は様々なプログラムを教科書通りではあるが作っていった。最終的にはタイマーを作る所まで完成して、夕食の時間がやってきた。弟は珍しそうにパソコンを覗きながらも大人しく宿題をやっていたので落ち着いて学ぶことができた。

 しかし難しそうだ。三つの英文と使い方を覚えるだけでも時間を要した。途中エラーが発生した時は焦らされた。

 一階へ降りて席に座ると、父親が一番に口を開いた。

「どうだ、ゲームできてるか?」

 何も知らない父親は、僕がもうゲームを作ってると呑気に考えているのだ。

「まだまだ。ゲームを作るには色々勉強しなくちゃいけないんだ。簡単なゲームも作れないよ」

「へえ。大変なんだなあ。学校の勉強もあって大変だろう。なんか、ゲーム作る専門の学校とかないのか?」

 父は、シチューを掬い上げながら皿に注ぐ母にそう尋ねた。美味しそうな香りが漂ってくる。

「探してみたんだけれど、一つあったんだけど……ちょっと値段が高くて手が出せそうになかったの」

 母がお金を惜しむ事は珍しいことだったので、よほど高い所なんだろうと思った。今は塾やクラブ活動で精一杯だから、それ以上に増やされたら、多分お父さんよりも忙しくなるんじゃないかとも思った。

「高校を出て、専門学校に行くっていう手もあるかもしれないわね」

「専門学校?」

「ええ。今小学校って色んな事を教えてくれるでしょ? 専門学校っていうのは違って、自分で学びたい学科を学びにいける所なの。大学もそうなんだけど、もっと専門的になってるからきっと俊君の学びたい事だって学べるわよ」

 皿がテーブルに並べられると、タイミング良く弟が降りてきた。

「美味しそうだなあ」

 全員が決まった席につくと、揃って手を合わせた。

「もしゲームができたらお父さんにもやらせてくれ。好きなんだよ、こう見えて」

「勿論!」

「あ、僕にもやらせてよ。すごく面白いの期待してるよ」

「子供が作るゲームにそんなに期待しないでくれよ」

「でもいいんじゃない? 期待された方がもっと頑張れるでしょ」

「お、それもそうだな! 俊、お父さんも期待してるぞ!」

 容赦なく向けられた期待の眼差しに照れくさく思い、それ以上言葉を続けなかった。

「学校の勉強は疎かになってない? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。両立してやってけてるつもりだよ。今はまだ簡単なんだ。塾の方もね。テストだって良い点数を取ってそうなんだ。この前小テストをやったんだけど、それも満点だった。英語のね。単語にはかなり慣れてきたって感じ」

「そう。夢を追い続ける事も大事だけど、現実を疎かにしてはだめよ」

 はい、と父が返事をした。

「確かに、あなたもね」

 父は休日、テニスを家から歩いて十分程度の市民体育館の横に設置された専用のテニスコートで練習している。どうやら四人の仲間がいるらしく、父はその中で一番弱いらしい。負けず嫌いな父は絶対チャンピオンになって世界に行ってやると口癖のようにたまに語る。

 仕事で有給を取ってそこにいくこともあるので、母からの今の一言は効果があったらしい。

「体を動かすのもいいぞ、俊も明日どうだ。勉強ばっかしてたら退屈じゃないか?」

「ううん、平気。勉強したいし」

「明日は日曜だぞ。休憩した方がいいんじゃないか」

「それなら一日中ゴロゴロしてるよ。体動かしたら疲れるじゃないか」

「ん? あー、まあ確かにな。頭の休憩っていう意味だったんだが、お前体弱いもんなあ」

 物を食べながら喋っているが、母は既に諦めているようだった。ちなみに僕は飲み込んでから口を開いている。

 父は次のターゲットを弟にしたようで、目線を移した。

「僕は友達の家にいくんだ」

 次に父は母を。

「私スポーツは苦手なの」

 母は微笑みながら返した。

「なんてこったあ……俺の家族全員ノリ悪いぜえ」

「ぜ、なんて言わないの。口が悪いわよ」

「すみませんでした」

 恐れいります、と言って父は笑いを誘った。ゲームを作っている時とは違った楽しみが団欒の中にあった。

 ご馳走様、と食器を台所に置いて部屋に戻った。僕が一番乗りで、弟はおかわりをして二杯目を嗜んでいた。

 疲れていたが、知識欲が収まらない。ゲームを作るために必要な知識を今日中にでも得たい。どこか焦りにも思える気分でいながら本を開いた。僕は母から学んだ勉強法をここでも活かした。まずは復習から始めるのだ。最初からの方がいいだろう。プログラムも教科書を見ずに作ってみよう。

 同じエラーが発生したが、対処法は既に理解していてすぐに解決した。今日学んだ所は理解した、と判断し、続きのページを捲っていった。

 そのまま風呂にはいるまで、僕は本から目を離さずに次から次へと頭の中に叩き込んでいった。

「兄ちゃん、どこまでできた?」

 風呂に行く時、廊下ですれ違った弟は僕に訊いた。

「まだ勉強中。いつできるかは分からないけど、絶対完成させてみせるよ」

「どんなのを作ってくれるの?」

「そうだな。拓也は何を作って欲しい?」

「アクションっていうのかな。二人でできるやつ。敵を倒していくのがいいかも」

 弟もどうやら、僕が描いているゲーム像と似たような物を想像していた。その事が妙に嬉しく感じて、一つ面白い提案を思いついた。

「拓也の誕生日プレゼントにするってどう? 僕の作ったゲームをプレゼントするんだ」

 僕はこの言葉を一生忘れないようにすると誓った。遅くなったとしても、拓也には面白いものをプレゼントしてやりたい。一生遊べるようなものを作ってやりたいと思ったからだった。

「楽しみにしてる」

 弟と別れ、僕は将来像を更にふくらませていった。そこには楽しそうに自分の作ったゲームで遊ぶ弟の姿があった。

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