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畢竟に咲く赤い花  作者: 玲瓏
第一章
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何かしてやりたい

 今日も母は生気を失っていた。立派な仏壇の前で兄の遺影の前で手を上下に擦り合わせている。その手を不意に止めると間を設けて立ち上がりいつもの生活に戻るが、幸福は眼中にない様子であった。

「お菓子、何かない?」

 僕は温まった牛乳にココアパウダーを入れながら、聞く必要がないことを承知してそう口を開いた。

「あるんじゃない」

 母の言う事は正しく、机の上にある大きめのバスケットの中には小さめのビスケットが入った袋が入れてある。僕はそのことをとっくに知っていた。

「ああ、これ美味しいんだよね」

 母は何も言わない。僕は、何も言えない。

「それじゃあ、宿題してくるよ」

 二階へ上がり、自室へ戻った。制服を脱ぎ私服に着替えると、先ほど母へ宣言した事を裏切るように柔らかい生地の、片方のベッドに横になった。昨日新調した枕から特有の香りがした。

 前までは、ここは自室ではなかった。左右対称に置かれているもう一つのベッドには兄がいた。机は共有されているが、机と同じ材質でできたキャビネットは分けられている。

 部屋の中央にはカーテンの仕切りがあり、それで自分の部屋、兄の部屋と別々になっている。親はそれを境に拓也の部屋、俊の部屋としているが、カーテンはあまり役には立っていない。

 机の上に置かれたココアとビスケットを見て、本当に誰かがそこにいるように演出されていて趣があった。実は座ろうと思って椅子を引いて、思い直してベッドに向かったこともあり椅子は机の下に収められていなかった。それも演出を際立たせていた。

 何をどうすれば良いのか、僕には分からない。弟の僕に、兄は何を求めているのか。案内人となれ、というのが兄の願いであった。誰の案内人になればいいのかは分からない。

 それなら、誰を案内すれば良いのかを考えるところから始めれば良いか。

 考えてみたが、分からなかった。まあ、そうだろう。あまりにも今は材料が少なすぎる。材料の集め方すら知らない。

 八条さんに聞いておくべきだった。というよりも、元々そのために行ったんじゃなかったか。武人が来て雰囲気が壊れて思わず帰ってしまったのだった。あの人は嫌いじゃないが、真面目な話は似合わない。本人がそう公言したのを覚えている。

 母がうちひしがれているのを、僕は見たくなかった。だからさっきも聞く必要のない事を言った。母の気を逸らしてやりたかった。でも、それもいつもだめだった。今もこうして逃げてきた。帰るのだって遅れた。

 何をどうすれば良いのか、僕には分からない。息子の僕に、何かできることはないのか。

 経験論で物を語るにはまだ早すぎるから憶測でしか言えないが、悲しい時、一番支えてくれるのは家族だと僕は思う。兄も、母も、父も同じようにそう言うだろう。父は今、休養中に溜まった仕事の消化で帰りが遅く、その時間だけじゃ母を慰めることはできない。でも多分、父は少しでも支えにはなっているんだと思う。

 帰りも早く、あまり外に出ない僕だからこそ出来る事がある……憶測だが、根拠もないが、直感だが、そう信じたい。

 だが、今やるべきことが見つからない。

 誰かに相談しようとも、こんな小っ恥ずかしい事を誰に言えるものか。八条さんに聞こうと喉元まで言葉が出たが、結局は飲み込んだ。

 兄の意図もわからないし、母にしてやれることも分からない。十三年の生を得て一緒に暮らした家族の望むことが分からない。僕は悔しいと感じた。当たり前のように繰り返してきた毎日が、灰色になっていった。

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