母さんへ
死にたい。きっと誰もが一度は抱く感情だと思います。そんな時、私たちを思いとどませる物は一体何なのでしょう?
私たちはそれにすがり、生き延びているに過ぎないのではないでしようか?
ねえ、母さん。
自殺って本当にいけないことなのかなぁ?
あなたが死んだら悲しむ人がいる。だから死んじゃダメ!
母さんも学校の先生も、大人はみんなそう言ってたよね。でも本当にそうなの?
僕が死んでも悲しむ人なんているのかなぁ?
あぁ……、何だか長い間一人のような気がするよ。学校にもずっと行っていない。家でも一人ぼっち。こんな僕の事、誰が愛してくれるっていうんだい?
なんて、こんな事言うと、母さんが聞いたら怒っちゃうかな?
でも僕、思うんだ。人は死ぬために生きてるんじゃないかって。生まれた瞬間から死へ向かっての行進が始まる。まるでネットで見たレミングスの行進のようにね。誰もが死へ向かって歩き続けている。その列からは決して逃れることは出来ない。
だから、少しくらいズルをして、その列の順番を変える自由くらいは奪わないで欲しい……そう思うんだ。
でも、今やその行列も僕一人……。もう順番も何もないんだけどね。
みんな分かってたんだ。僕たちは見捨てられたんだってこと。
僕たちがこの街に着いた数日後、一人が血を吐いて倒れ、病院に運ばれた。その翌日、その患者さんと、治療をしたお医者さん、看護師さんが死んだ。
それから先はあっという間だった。この隔離された街で、逃げることも出来ず、一人、また一人と倒れ、一ヶ月も経たないうちに、街のあちこちに死体の山ができた。
でも、その時はまだみんな希望を捨てていなかったんだ。きっと助けがくる。そう信じていた。
でも、一週間が経ち、二週間が経っても助けは来なかった。みんなの様子は徐々におかしくなっていった。
そして決壊したダムが崩壊するかのように、住民同士の争いが始まった。金など何の意味も無い。食料の奪い合いだ。昼も夜もあちこちから悲鳴が聞こえ、そして後には静寂だけが残った。
優しかった近所のお姉さんも男の人たちに襲われ、ゴミのように捨てられていた。
あっ、そうそう。ここに来て最初に話し掛けてくれた隣のおじさんは僕の家を訪ねてくれたんだよね。手には斧を持って。実はその時の事はあんまり覚えていないんだ。気がつくと父さんとおじさんが血塗れになって死んでいた。僕は震えながら母さんにしがみつき、泣いていた。母さんは泣きながら僕を優しく抱きしめてくれたよね。あの温もり。今もまだ身体に残っているよ。
まぁ、今思えば奪い合っていた食料だって何の意味も無かったんだけどね……。だって結局余りまくってるし。
それから数週間も経つと、外からは本当に何も聞こえなくなった。
窓から外を覗くと、この街は死体に埋めつくされていた。もう地面が見えないくらいだったよ。
生き残った人たちは家に籠り、死への恐怖に怯えていたんだと思う。
まあ、でも結局のところ死の運命からは逃れられなかったみたい。
そして、この街には本当に誰もいなくなった。
みんな……みんな死んだんだ……。
僕一人を残して……。
何故か僕は死ななかった。
生まれつき身体の弱かった僕に何らかの耐性があったのかはよく分からない。分かるのはここへ来てから僕の身体が前よりもずっと健康だということだけ……。
あぁ、意外と早かったね……。
灰色の防護服を着た人たちが次々と街へと入ってくる。きっとみんな死んだのが確認できたんだ。どうせそこらじゅうにあるカメラを見ながら安全な場所でずっと監視してたんだろう。もっと早く入って来てくれればたくさんの人が助かったかもしれないのに。
名目は救助隊。だけど、彼らの本当の目的は次回の計画に向けてのサンプルの摂取。そんなこと僕にだって分かるさ。
あっ、一つ訂正しておかなくちゃいけないね。
さっき僕が死んでも誰も悲しまないって言ったよね。あれは嘘だよ。多分僕が死んだら何十億の人たちが悲しむと思う。
だって僕の身体を研究することで、医学は飛躍的に進歩し、この計画はいつか成功するだろうからね。
母さんも言ってたね。僕が人類の最後の希望になるだろうって。
でも、悪いけどそんなのはゴメンさ。
僕は僕の意志で死に、人類に復讐するんだ。僕はみんなをモルモットにした奴らを許さない。
なんて……、格好いいこと言ってるけど、本当の理由は少し違う。
もう疲れたんだ。人間の醜さを見ることに。そして、大切な人が変わり果てた姿に変わっていくことに。
もう……何も見たくないよ……。
だから……もういいよね……母さん……
※※※※※※※
人類初の火星移住計画は失敗した。
そして、救助隊がサンプルとして持ち帰った住民の遺体から未知のウィルスが地球へと侵食。
その脅威に対し、既に最後の希望を失っていた人類にはなすすべもなく、地球は人口のほとんどを失うこととなる。
最後までお読み頂きありがとうございました。今は資格の為の試験勉強中で、息抜きに書いてみました。
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