二人の一歩
「お前さんは・・・・大丈夫か・・・・」
「はい・・・・もうだいぶん準備が出来てきました」
「そうか・・・・・」
ありがとうございますと女は、うっすらと笑みを浮かべたまま答える。
チラリと女は視線を一真に移す。それにつられてか栄吉も一真に視線を映す。
その後ろ姿は何とも頼りないものだった。
栄吉も長い付き合いでほとんど見たことがない雰囲気だ。
何分も前から、手にした湯呑に向けた目線を動かそうとせずじっとしている。
なんとも声をかけづらい状況だ。
そもそも一真は響に真実を伝えること自体にまだ反対だった。
それをここまで来たら言うしかないと、栄吉が強く推したためしぶしぶといった感じで了承したのだ。
それでも責任を感じているのだろう。
もっと方法はなかったのではないだろうか?
しかし響の力を封印している力は年をとるとともに弱まる傾向にあった。
そもそも封印の形も分らないという状況であったため締め直すという方法は取れず、そうホイホイと響の情報を漏洩するわけにもいかなった。
いつかはいわなければならないことだった、といってしまえば割り切れるかもしれないが、幼いころからの弟分だ。そうそうできることでもないだろう。
「一君落ち込んでるね・・・・・」
「ん?」
栄吉の後ろから小さな声がきこえてくる。
それは香澄の声だった。
響に真実を告げてからすでに30分、同じく事情を知っている香澄は響が去った10分後位にこの社務所に訪れていた。
その手には木製のお盆を持っており、胸に抱えていた。
「まあな・・・・・・」
「なにも言えないよ。私・・・・・・」
栄吉の隣で香澄は礼儀正しく正座で座る。
「大丈夫だ・・・・それより問題は響のほうじゃろ」
ズズズとお茶を栄吉がすする。その流れでうんと、香澄も頷く。
「大丈夫だよね?・・・・響君」
「・・・・・・」
答えることはできない。
今までにない経験だ。人の人生を変えることを言ったことは長く生きているが今までに一度もないのだ。
香澄は視線を一真の方へ向ける。やはりと言うべきか、来た時から全く変わらない雰囲気だ。
そもそもここの雰囲気がすごい。
もちろん香澄も事態は分っているが、来た時から落ち込んだような空気が流れているのだから来た方からしたらたまったものではないだろう。
「悔しいんだろうな・・・・一君・・・・」
「ん?」
ボソリと呟いた一言に栄吉は疑問符をうかべる。
「悔しいのか?・・・・・」
「うん」
迷いなくうなずく。よく分らないという感じの栄吉をよそに女はクスリと笑うと、
その動きに香澄が反応する。
「あなたは彼の事をよく分っているのね・・・・」
突然投げかけられた言葉にひょうを疲れたのか。なんだか少し恥ずかしくなる。
「そう・・・・ですかね?・・・」
つられるようにクスリと笑う口を手で隠す。
伊達に一緒に生活している訳ではないと改めて感じることが出来た。
ちょっと場が和んだ気がする。
よし!!と香澄は小さく強く決意すると、音をたてないようにソローリと一真に近づいていく。
「かーずーくん」
ギュっと、
突然香澄は一真の背中に抱きつく。
その突然の行為に祖父である栄吉は眼を丸くし、女は頬を少し赤らめながら笑う。
もちろん香澄からしたら、少しでも雰囲気を和ませようとする行為だ。
誰とでも仲良くなれる香澄だからできることだろう。
香澄からしても今までの生活で、一真がこの様な事をすると態度が慌ただしくなるのを知っている。
「・・・・・?」
しかし、予想に反して一真は無反応。
これはどうしたことか、と思ってしまう香澄はさらにギューっと抱きついてみるが全くの無反応。
「・・・・・」
どうしたものか、という気持ちだ。
「なぁ・・・・・香澄・・・・」
「ん?」
と、そんなことを思っていると一真が口を開いた。
一真の反応にむしろ自分が恥ずかしくて離れそうになった時の一言。逆に離れられなくなってしまった。
こうなってくると本格的に恥ずかしいのだが
「な、なぁにかな~?」
「俺・・・・アイツのこと・・・・わかっている気でいたよ。 馬鹿だよな・・・・分かるわけないのに・・・・・言われて初めて気づいたよ。・・・・・なぁ・・・・・俺はあいつに何もしてやれないのかな・・・・・・」
「一君・・・・」
驚きだった。
香澄にとって一真からの相談など初めてだった。いつも何かつらい時は一真が相談にのってくれていた。
そんな頼れる存在からの相談は一真が本当に自分でどうしていいか分からなくなっているのことを感じさせた。
香澄は思ってしまう。
自分にとって頼れて困難も自分の力で解決できると思っていた人物は完璧などではないことに。
ただ強いだけで弱い部分だってしっかりとあるのだ。
人として誰でも悩むようなことで悩むときがあるのだ。
初めて見せる一真の弱さを見たからこそ香澄は一真の悩みにより一層答えてあげたいと思う。
「私・・・・安心したよ。一君が相談してくれて」
「え?」
「一君は気づいていないと思うけど、初めてなんだよ。こんなに自分のことで相談してくれるの」
「そう・・・だったかな?・・・・・」
そうだよ、と香澄は小さな声でささやく。
「いつも回りの人のことを考えて、自分の辛いことなんかを相談してくれなかったから、私、頼っちゃったり、逆に悲しい時もあったよ。 ・・・・・私は一君に助けられてばっかりでなにも助けてあげられないってね・・・・」
「・・・・・」
そんなことはない。どれだけ助けられたか・・・・・
そう香澄に伝えたいはずなのに、言葉にすることができない。
一真はその理由が分かっていた。
伝えても香澄はそうは思てくれないだろう。
一真が思っている『助け』と香澄が思っている『助け』は種類が違うから。
「でもそうだよね。一君はほとんど神様として一人で悪鬼を倒してきたんだもん。私が相談にのることはできない・・・・・」
こういうことだ。
一真にとって香澄の『助け』は、いつもの生活をささえてくれることだか、香澄にとっての『助け』は戦う一真を助けてあげられないこと。
それが分かっているからこそ一真は弁解することができない。
それを言えば、香澄を傷つけてしまうかもしれないから。
「だけどこの事なら私も助けてあげることができるよ」
香澄はさっきまでの力強く抱きつくのではなく、まるで宝石を包むかのように優しく力をいれる。
「一君・・・・私の仕事・・・・知ってるよね」
「・・・・看護師だろ」
うん
と香澄はしっかりと頷く。
「うん。看護師だけに限らずなんだけど、医療に携わる人って、きっとほとんどが体を不自由なく使える人じゃない。だから私たちは体に障害を持っている人たちの気持ちを理解することはできないの・・・・・」
経験したことでなければ、わからない。一真の頭に今自分が悩んでいる根本ともよべるものがはっきりとうかぶ。
「でも、それじゃダメなんだよね。理解ができないのはどうしようもないよ・・・・・でも理解しようと努力することはできるし考えることもできる。そういうことをするから・・・・経験したことないことでもその患者さんのことを考えて取り組むことができるんだと思う。」
「・・・・・」
「一君は一生懸命響君のことを理解しようとしているじゃない。忘れないで・・・・一君は響君の気持ちをすこしでも理解しようと頑張っているんだよ。それは私が保証するよ」
「・・・・・・ありがとう。でも・・・・・」
「根拠はあるよ」
「え?」
一真の考えを否定するために香澄は遮る。
「それはね・・・・・」
一真との思い出。それは確かに香澄が、経験したこと。一真が自身のことを理解してくれようとしたことを感じ知っているからこそ断言できる。
「私のために一真君はいつも真剣に、軽はずみに理解したように言わなかったじゃない」
そうかもしれない・・・・・
言われて初めてかんじることができた。香澄のために自分は一生懸命考えていた。
それは今も同じた。自分は響のために理解しようとしているはずた。
結局考えるしかないのだ。それが今の自分にが響を助けるための第一歩なのだから。
「ありがとう・・・・香澄・・・・・」
「・・・・・うん」
一真は、生活面ではないところで香澄に助けられた。そして同時に香澄も初めて一真を助けるるとができた。
どちらも一歩前へ進むことができたのだ。
「ところでさ・・・・・・」
そんな中、不意に一真が話題を変える。
「ん?」
「なんで抱きついているの?」
自分の悩みのせいで今まで気にしなかったが、香澄が抱きついているというこの状況を理解してしまうと、さっきから心臓バックンバックンである。
そんな一真の気も知らないでか、香澄は先ほどの恥ずかしさも消えていて、ああと何でもないように離れると
「一君を元気付けようとやってみただけだよ」
「・・・・・・はい?・・・・・」
「実際全く効果がなかったけど、まぁいいや。私的には一君が相談してくれたことが嬉しかったし元気取り戻した感じだから」
「そ、そうですが・・・・・」
無邪気に笑顔である香澄とは180度代わり一真はなんとも悲しそうな顔だ。
嬉しさと悲しさで対義語が完成しちゃってたりする。