響の最後の夜
「へい!!いらっしゃい!!」
ドンドンガヤガヤザワザワしている中で1人の30過ぎの渋い男が元気のよい声を上げる。
「にーちゃん!!何にするよ!!」
「うーん・・・・じゃぁ大盛りで!!」
その声に乗せられてか響も元気よく声を上がる。
なんともソースの匂いとジュウジュウ焼ける音が食欲を引きたてる。他にもイカ焼きやたこ焼き、周りを見れば綿あめを持っている子供までいる。
「はいよ!!500円だ!!」
「あざーす!!」
そう言うと響はポケットから500円玉をとりだすとオヤジに手渡す。
近場の椅子にすわると、さっそく輪ゴムで止められた発泡スチロールふたを開けると先ほどのソースの匂いと香り立つ青シソの香りが鼻をくすぐる。
「いただきまーす!!」
響は勢いよくB級グルメ王者の一角、YAKISOBAを吸い上げる!!
「いや~久々の焼きそばはうまいっすね~」
一息ついて、周りを見ればやはりと言うべきか周りには屋台が並んでおり夜の景色に輝いている。
8月18日の夜の7時半の今日は出雲のとある祭りの日だ。あれから1日たったわけだが、たいして異常もなかったので学校に行き、少しの間は稽古を中止するということだったので、急きょこの祭りに行くことになったのだ。
とは言うもの、今日のメンバーの宋田と瑚桃は一度家に帰ってからくるらしくまだ出会っていない。そんな中で小腹がすいたので先に焼きそばをいただいているという訳だ。
そんな訳で学校から直接来ている響は学ランのままという状態で、焼きそばのソースがカッターシャツに飛び散ったら洗濯物が大変ですという状態なのだ。
夏祭りの服装といえば浴衣姿だ。
男子になんか興味はねぇ。むしろ女子にしか眼中にねーよというのが男子のだれもが考えることである中で、例に漏れず響もその1人だ。
「・・・・・はぁ~~」
しかしまぁ今時夏祭りに浴衣で来る女子などそうわいない訳で、この程度の規模の祭りではなおさらといったところだ。といっても絶滅している訳ではなくちらほらと着ている人もチラホラ見える。
その度に響の目線はその女性を追うという困った状態である。
「C・・・・・いや・・・・Dか・・・?」
「死ね変態・・・」
「えが!!」
殺気を感じさせる嫌な声が後ろから聞こえたと思うと頭にゴツンと衝撃が全身に伝わって来る。
「あ、頭の中心に面積の少ない手の側面にエネルギーを集中させて放つコレは・・・俗にいうババチョップ・・・・」
なんか首の方がグキリといった気がするがとりあえずギリギリと機械仕掛けの人形の様に後ろを振り向くと、やはりか、そこには待ち合わせをしていた人物である瑚桃がいるでわないか。
もちろんといった感じだが浴衣では無く、膝が隠れるくらいの短パンに黒のT-シャツというオシャレのへったくれもないラフで動きやすい格好だ。
「すこしは自重したらぁ?あんた・・・・・」
「自重もなにも大したことは言ってないですよぉ!!」
このジャイアンを何とかしなくてはそのうちガチで止めを刺されそうな未来が想像できる。
「まぁ、いいじゃないかぁ健全な男子君なら当然の反応ですよ。おねえさん」
「そーだそーだいいぞいいぞ宋田!!」
ヒョこっと瑚桃の後ろから顔を出してきたのは宋田だ。
「てめぇらの健全は女子からしたら不健全極まりないんだよ」
「うわぁお」
あからさまな驚きを表現する態度に瑚桃もめんどくせ、という表情だが、そんなことはどうでもいいといった感じで視線を戻す。
「ていうか、なんであんただけ先に食べてんのよ」
「いや・・・・遅かったから・・・・・」
「おそいって・・・・そりゃぁあんたが早いだけでしょ」
はいそうですか、ととりあえず適当に流しておこう。とまぁこんな訳でいつものメンバーは揃ったわけだが、約1名いない・・・・連にいたってはいつもの理由だ。
こんな無秩序な所においそれと現れれば女子の餌食になるのは目に見えている。
「て、あれ・・・・・・あれ連じゃね?」
自分で思っていてなんだが、あの真正面からくる白髪のイケ面野郎は連ではないのか、いや何故か気落ちしているが・・・・
「そんな馬鹿なって、嘘ォ!!」
響の視線の先を瑚桃が小馬鹿にしたように見るが一転して態度を驚きフェイスに変貌する。
その反応は宋田も同じといった感じだ。
いやしかし何だか気落ちしたような態度だが何があったというのか、しかし流石といったところか、あんな暗い顔で目立たないためなのか、瑚桃並みのシンプルな服装なのに周りの女子の反応が見え見えだ。
しかし何だ、あのマスクは変装のつもりなのか・・・・
「おーい!!連!!」
宋田がブンブンと手を振る。
「!!」
ビクンと一瞬連が反応したようだがすぐさまいつものメンバーであることに気がつくと猛ダッシュで近づいてくる。
「メシア共!!」
若干半泣き状態だ。
「で・・・・・どうしたの?」
「聞いてくれ響!!俺の姉が、姉が!!」
何だかめんどくさい事になりそうだが、まぁいいとりあえず後でなんかおごらせることにしとくか。
「まぁあれだ・・・姉は暴君というのが世の常だ」
はい、めんどくさいので話しをはしょっておくが連がなんでここに来た理由は姉のパシリで焼き鳥を買って来いという命令を受けたのだ。
(というか弟に焼き鳥カワをかわせるとか、オヤジか・・・)
そんな弟がどういう状況にいるかを分っていて人ごみの中にたたきだすのだから姉の力はすさまじいとしか言いようがないだろう。
そんな連もこのメンバーでいると少しは落ち着くのかマスクをとってとりあえず祭りをエンジョイすることにしたようだ。
「とりあえずさぁ・・・・なんか食べたいんだけどさぁ・・・」
「あ!!連もう俺焼きそば食ったから」
「あ、私、たこ焼き食べた」
「吾輩はイカ焼きを貰ったぜ!!」
宋田はどういうキャラなのかはさっぱりわからないがとりあえずまた連の顔が半泣きにはなっている。
「いいよ!!テメーら!!俺だけ食ってくるよ!!ちょっと待ってろよ!!」
おっちゃん!!焼きそば一つ!!
悔しいのか嬉しいのかなんか微妙な感情でオヤジに注文を言うとそれに対して、
「はいよ」
というなんとも冷静な態度で右から左へ受け流す。それを見ていると温度差に少し同情の念もこもったりこもらなかったりする。
「まぁそれはさておき、何しますか?皆さん?」
「んーーなんかあっちで神楽をするとか言っていたな」
神楽?とりあえずその系のものは須川家で見ることが多いから響からしたら余り新鮮さはわかないのだが。
島根が神話の故郷といわれている様に神楽が有名でもあるが、基本的に出雲市松江市は余り神楽にぶっちゃけると余り興味がない。
石見地方はその分神楽に非常に重要視しているのだ。
「あとは・・・太鼓にカラオケ、ビンゴゲーム」
「ああ・・・・なんかガチで地元の祭りということを実感させるな」
まぁそれでもなかなかビンゴゲームには興味があったりする。ものによってはなかなかいいものを手に入れられたりするのだ。
「それより私は花火よ!!は・な・び!!」
「はいはい分ったから、それは時間がくれまで無理なんです」
夏祭りの名物といえば花火。やはりそれは何歳になっても見たいと思うものだろう。
じっさい花火など久しぶりで響からしてもちょっと期待をしている。
「え~!!ていうか今何時?」
「あん?」
ゴソゴソとポケットから折りたたみ携帯を取り出しパカリと開くとデジタル時計の時間は8時10分という時間帯だ。
「うーんあと20分くらいだな」
「マジで!!くそーーー飯でも食ってやろうかな」
ポリポリ背中を掻きながら瑚桃はうろうろとし始めるとスンスンと鼻を立て、たこ焼きゾーンに向かっていく。
「ていうかもうそんな時間か・・・・・あと一時間くらいだしな・・・・・宋田とかどっか行きたい場所ないの?」
「そうだなぁ・・・オラはそんなに行きたいところもないけど・・・・連、お前早くしねーとねーちゃんに持って帰る焼き鳥無くなるぞ」
「あ・・・・」
そういえばという感じで思い出した連の顔が少なからず青ざめている気がする。
この祭りの終わりは9時過ぎだ。残りは1時間で半からは花火大会だ。客的にも店的にも最後の売り上げをかける時間帯ともいえるだろう。
「悪い、俺少し抜けるわ」
「ておい・・・・お前1人で行ったら・・・」
「大丈夫だ。」
そう一言言うとポケットから白いマスクを取り出す。いやだからそれで変装しているつもりだというのだからおめでたい。
幸先不安しかないのだが・・・・・
「大丈夫じゃ、俺がついでに付いていくさ~」
「あっそ・・・」
それならばとりあえずわ安心だろう。この男の逃走経路の確保率ときたら半端じゃない。
伊達にジャイアンから逃げている男ではないのだ。いざとなったら逃げ切ることはできるだろう。
「さてと・・・・」
気づいたら一瞬で最初の様に1人っきりになってしまた。さすがそこまでは腹がすいてるわけでもないし特に舞台で見たいものがある訳ではない。
とりあえず、ベンチに腰掛けて休む事にするが・・・・
(うーん・・・・お土産でも買って帰るかな・・・)
祖母と祖父が不在の中で自分を送り迎えしてくれているのは須川家の人間だ。自分の時間に合わせて送ってくれてるんだからお土産くらい買って帰った方がいいのではないのか、そんな感情がポツリと浮かんでくる。
「とりあえずは財布と相談だな・・・」
響はポケットに手を突っ込むと、安そうな長財布をとりだす。パチンと財布のフタをあけて中をのぞいてみる。
「秀雄が1枚しか・・・・・ない・・・・」
そこには折り目のついてない奇麗なピンの1000円札が一枚だけ入っている。札であることには変わりはないのだが、逆に1000円札1枚だけだと100円玉数枚より金がないと思えるのは響だけだろうか。
それだけ1000円札一枚というのは、金がないという状況を思わせる力があるように思える。
逆に小銭を見ると500百円玉1枚、100円玉3枚、10円玉2枚、1円玉29枚という、合計849円という手持ち。
何故かやたら一円が多いのは響が普段の買い物で端数の数字を出さずにお釣りをもらう形で終わらせるからだ。
店員さんからしたら、面倒くさい客の一人だろう。
「焼き鳥20本が850円・・・・・・焼きそばは1つ550円で二つで900円・・・・」
買えない!!、かえない!!、カエナイ!!、KAENAI!!
小銭だけではどうしても買えない。つまり野口秀雄を生贄にしなくてはならないのだが、改めて1000円札の力は凄まじい。
1000円札ならば、今の響の様に躊躇することが出来る。何といっても札だ。そうそう使いたくはないものだろう。
しかしひとたびそれが小銭になれば、
あ、百円あるからジュース買お~
というノリでバンバン使い始める。
札という形だからこそ使いたくないという抑制力は働くが小銭という手頃さになると湯水のごとく使うのが恐ろしい所だ。
無論単位が高くなればそれに比例して高くなるのは当然といえば当然かもしれない。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!!!」
さぁここで野口さんを無くして須川家の為にお土産を買いおこずかいを無くすのか、
それとも自分の小遣いの為に使わずケチという地位を確立するのか・・・・・・・どちらに転んでも響にはまったくもって徳が無いとしか言いようがない。
ドーン!!、ドーン!!
空に光輝く花が軽快に咲き一瞬空を明るくすると同時にうっすらと漂う煙を見せる。
100発の連続打ち上げ花火が半分が切る辺りか、ビニール袋を片手にベンチに座りながら、響とその一向は少し寒い風に当たりながら空を見上げている。
その様子は誰もが感動の表情を浮かべている。
「んで、俺達は何事もなく焼き鳥を買うことが出来たけどお前は一体何を買ったんだ?」
「ん?何って・・・・・焼きそば4つ」
ビニール袋に入った先ほどと同じ発砲スチロールに入った焼きそばを宋田に見せる。
「うん・・・・・まぁなんで若干悲しそうなのかは突っ込まないようにしとくわ」
先ほどとは変わって響の顔にどよんだ雰囲気を発生している。
1800円・・・・・・思い切って使った結果響の財布はスッカラカン。とても高校生の所持金とは思えない。
とりあずどうやって過ごすか・・・・・死活問題である。
はぁ、と溜め息を落とす。
「とりま、ちょっとトイレ・・・・」
「あっそ」
ハイハイと瑚桃が目線を花火から移さず、まるで小ハエでも払うかのように吐き捨てる。
「・・・・・・」
無言で立ち去るしかできない状況を作り出された響はトボトボと1人、近場のトイレに向かう。