兆し
それは化け物だった。
目の前に襲い掛かる死に神塚響は祈る様に強く目を閉じた。
そしてその直後伝わってきたのは痛みではなく自分の顔にいきなり付いてきた水滴だった。
「なんだ・・・・これ・・・・血?」
その水滴をなぞった手には真っ赤な血が付いている。
(なんで血が・・・・ああそうか・・・俺は死んだんだな・・・)
「な!!?」
何気なく顔を上げるとそこに移っていたのは響を襲った化け物を体から血を流し止めている男だった。
「!!この血ってあんたの・・・・」
ポタポタと出ている血。響はとっさに気づく、自分の体にかかっいる血は自分のものではなくこの男のものであると。
「大丈夫か?」
「は?」
不意なその男の発言に響は一瞬何を言っているのか分からなかっ。
「な、何言ってだ!!あんたの方がよっぽど・・・・」
不意に感じてきた現実の現象に響は恐怖が漏れ出していた。
「それだけ喋れれば大丈夫だな。」
男はそう言い微笑すると、
「じゃあここでお前とはお別れだ。」
「え?」
不可思議な発言の瞬間、その男の咆哮とともに、まさに一瞬だった。その男は今まで自身で止めていた怪物の首を自らもっていた剣で切り落としたのだ。
ブシャャャャャ!!という血渋きの中で男は優雅に威風堂々と立って
「じゃあな」
と一言をつげた。
すると、響の視界はうねるように回り始めた。
「な!?おい!!待てよ!!」
突然起きてている現象に驚きながらも響は叫んだ。しかしその声が聞こえていないのか男は全く反応しなかった。
そして響の意識はそこでなくなった・・・・
★★★★★★★★★★★
「おいこら・・・・さっさと起きろ・・・・」
だるそうな声が聞こえてくる。なんとも重たいまぶたを開くとそこには1人の男がいた。
何で俺の部屋にこの男がいるんだと、顔見知りの顔なのだがそんな疑問が浮かんでくる。
「・・・・・あ―――・・・」
とりあえず体を起してみる。夏とはいえ朝は寒い。できれば後2、3時間は布団で爆睡したいものだ。
「で・・・・・・なんすか?一真さん・・・・・」
眠たい目をこすりながらとりあえず要件を聞いてみる。
響の眼の前にいるのは命道一真という男だ。特徴はまずイケ面ということだろう。肩まで伸びた茶髪を結っているのも特徴か。
しかし一体何だと言うんだ。時計を見ると8月17日5時30分というそこらへんのお母さんでもまだ寝てそうな時間帯だと言うのに。
「なんすか?じゃねーよアホ・・・・お前が今日は朝6時前からにしてくださいっていったんだろう。たく俺だった寝みーのによ・・・」
ふぁぁ、と大きなあくびをしながら一真は首をコキコキと鳴らしながらいう。
「あ・・・・・」
そういえばそうだ。昨日の夕方だったか・・・・学校帰りの稽古の後に響は一真に今日の稽古を朝にしてくれるように頼んだのだ。
すっかり忘れていた。そう思うとウトウトしながらベットから出る。
さっさと準備しなくては、
一応頼んだのは自分だ。一真を待たせるわけにはいかないと支度を急ぐ。
「んじゃ準備できたら言えよ。それまで仮眠取るから・・・」
仮眠?訳の訳らない事をいう一真の方を振り返る。
すると一真は響のベットに入って寝ているではないか。
「おい・・・・何をしている?」
「仮眠だって言っただろ」
黙っとけと言う感じでシッシと手で響の言葉を払いのける。
申し訳ないとは思うが人様のベットで普通寝ないだろ?そんなやるせない思いをもちながら、
「残念ですけど。もう袴も何もかも準備できてますよ。」
「え!?ウソ!!さっき準備しそうな感じだったじゃん!!」
絶望に満ちた顔で響を見てくる。底まで寝たいのかと少々あきれるところがあるのだが。
「だからそれをもってこようって話ですよ・・・・後は制服と鞄もすでに準備積みですしね。」
そう言いながら響は部屋にあるところに目を映す。
刀だ。黒の鞘、黒の鍔、黒の柄という。ありがちなシンプルな拵えの刀が二振りの刀掛台に掛けてある。
響はその場へ行くと上に掛けてある打刀に手をかける。
先ほどから響と一真の会話。ここまでくれば分ると思うが稽古というのは剣術だ。
響はこの男、一真から剣の教えを受けている。
いつからだっただろうか・・・・明確な記憶はないが本当に小さいころからやっていたのは確かだ。
居合いから斬術・・・・様々な事を一真から習ってきた。
といってもこの師匠は2代目であるのだが・・・・・というのも最初の方はある先生に習っており、響は一真の影響で入門したといっても過言ではない。しかしその初代先生は御年の為今はやめられている。だから一真が今の響の師匠なのだ。
この一見子供の様に見える男、命道一真は当時その先生の唯一の弟子で。その腕前は素晴らしいものだった。何といっても12歳の時にはすでに免許皆伝クラスの腕前だったらしい。
まぁ男の子はそんな姿を見れば憧れるのは自然の事だろう。強い男。それは男子の理想像の一つといっても過言ではないのだから。
「行きますよ。寝ぼ介」
「いやお前に言われたくねーよ」
そんな朝から漫才をしながら近くにある道場に向かう。
ここの道場は響の家か歩いて数分の所に存在する。
さすがに朝だけあって霧が濃い。近場の神社も霧ではっきりと見えないくらいだった。
ブルルと体に震えが走るが体を動かせば何とかなるという根性精神でかんばるしかない。
「ていうか・・・・よく内に入れましたね。」
思い出す様に響は言う。確か玄関には鍵が掛けてあったはずだが・・・・・
「あん?ああ、あれだよおじいさんが開けてくれたぞ・・・・・なんか今日から家族で旅行だから、とか言ってたな」
ああなるほど。と響は思い出す。
そういえば6月位からそんなことを言っていた。
ちなみに響は下宿という形をとっている。なぜそんな形になったかといえば神塚家が三重に引っ越すということになったからだ。
しかし響は高校二年生。中途半端な時であったし、祖父母が島根県のこの地に住んでいたので居候という形で住んでいる。
そんな響の祖父母は家族旅行ということで沖縄に行くらしい。残念ながら響は夏休み後半にある、後期補修(全員強制)があるため行けなかったが実のところは休んでもいいと言われている。
しかし
(さすがに旅行で休むのはうしろめたいな・・・・)
と、こんな真面目な性格が邪魔して行こうにもいけなかったのだ。いまとなってはそれを後悔しているのだが。
まぁといっても久しぶりの旅行らしい。響としては夫婦水入らずで楽しんでもらいたものだ。
「よし・・・・やるぞーーー」
ギュッと袴の帯をしめたところで一真の合図が聞こえる。
「あ・・・・ていうか言ってなかったけど今日は斬術でも居合いでもねーぞ」
「・・・・・・え?・・・・・」
斬術でも居合いでもない・・・・・嫌な感じがしてきた。
大概この一真という男は型稽古というものをしない。つまり斬術でも居合いでもないということは
「え・・・・まさか・・・」
「実践練習です・・・・・・」
そう言いきると一真は一振りの刀を響に差し出す。
それを見て自分が持っていた拵えがシンプルな真剣を刀袋に入れなおす。そして差し出された刀を受けとる。
居合刀だ。刀身を見なくてもそんなことは分ってしまう。
鯉口を切ってゆっくりと鞘から刀を抜き出す。そして響の視線は刀身の刃の部分に目を向ける。
居合刀は簡単に言えば模造刀の一種だ。ただ真剣でも居合刀と呼ぶことがある。様は使い方によっては変わってくるのだ。
真剣ではない普通の模造刀は特殊合金でつくられていることが多いのだが、今響が持っている刀は正真正銘鉄を使った日本刀の構造をもつ刀だ。
波紋こそ有るもののその刃は研がれてすらいない。研ぎさえすればすぐにでも真剣として使える珍しいものといってもいいだろう。
これは刀匠に頼んで打ってもらった物で、先代の時から行っているらしい。理由としては本当の重さで稽古をしなければ意味がないという理由らしい。
「よし、さっさと構えろ」
一真はすでに刀を構えている。その瞬間だ一真の雰囲気が変わる。
剃刀のような鋭い覇気が体から出ているのを感じる。
ゆっくりと響も刀を構える。
「・・・・・・」
隙がない。一真に何度も稽古をつけてもらっているが、毎回そう思う。響だって成長しているはずだ。なのに何処を狙っていいか全く分からない。
日本刀を使った戦いに刀で何度も打ち合うということはほとんどない。
あっても一回かニ回、それが多発するのも狭い空間で切り合うという状況ぐらいだろう。
一撃必殺の一太刀をどちらが先に打ち込むか、それを読み、切り、打ち返すかそれこそが日本剣術において重要な事であり奥義でもある。
刻々と構えの状態は続く。お互い隙を探し、隙を見せない状態そんな中で緊張の糸はどんどん張りつめ、集中力をすり減らす。まさにガマン対決だ。
「!!」
その時だ。ふいに一真の切っ先が右に偏る。
その瞬間響は床を蹴り大きく踏み込む。一瞬見せた隙を見逃すわけにはいかない。
もちろん動いた瞬間に一真も一瞬で反応する。
(遅い!!)
先に反応したのはこちらだ。一瞬ともいえる小さな隙は切り合いにおいて大きな隙だ。
先に動き出した響の体は止まることなく横から切りつける。
(もらった!!)
二人の距離は一瞬にして縮んでいる。初めて奪う一真からの勝利を確信すると心が先走る。
「が・・・・あ!!・・・・はっ!!」
強烈な一撃が肺から空気を奪い取り、そのせいか吐き出すような枯れる声をだす。
その声を上げたのは腕と刀が止まっている響だった。すぐさま分った。あの刀の揺れはこう着状態にあった響を切りかからせ、返すための罠。
そんな罠を仕掛けた一真の刀は柄の尻が響の胸にぶつけられている。この一撃が響の肺の空気を奪い取ったのだ。
その瞬間だ、とどめの一撃を打つために大きすぎる隙を作りだした一真は刀を肩口めがけて振り下ろす。
「グ、ガァ!!」
まずい!!そう思わざるおえない状況で響は無理矢理根性で体を一真にぶつけ刀を振り下ろせないように押し返す。
「おっとっと、あんなバレバレの罠にかかるとはなちーと甘いな」
そんな軽い調子で押し返された一真はバランスを立てなをしながらなも構えなおす。
「ゲホ!!ゲホ!!」
空気が少ない状態で無理矢理体を動かしたからか、息が荒い。それでも一真同様目線を外すことなく構えなおす。
大きく息を吸い酸素を取り込む。
呼吸を落ち着かせなければ相手にリズムを奪われ簡単に入られてしまう。こちらから打つにしてもそれは同じことだし、自身の隙も大きくなる。
「んーー反応と太刀筋、最後の押し返しはいいんじゃねーか」
「そりゃドウモ・・・」
そう言われると自分の攻撃の仕方が評価されているようにみえるが、響からしたら落ち込むところだ。
やったと確信したがその直後にこれだ。一真の言葉は感心する嘘偽りない言葉なのは確かだろうが。結果的に一真には通用しなかったのだから。
「あとは読み合いがちょーと低いな」
そういうと一真は構えを解き刀を鞘に滑らせ時代劇の様に納刀する。
確かに・・・・・そう思いながらとりあえず響も納刀する。
ペタリと響は座り込む。先ほどまで張っていた緊張の糸が瞬時に緩だせいかどっと疲れが出る。
集中を切らさず緊張したことや空気が少ない中で無理矢理体を動かしたこと、何より一真の殺意とも呼べる気迫を受けていたことが原因だろう。
「読み合いか・・・・・」
「俺の剣速がお前より遅いとしよう。同時に打てこめば確実にお前の剣が俺を捕える」
読み合いの重要さ、それを理解しているからこそ響も一真の言いたいことの予想はつく。
「だがそれでも俺がお前の動きを読み切りタイミングを合わせれば返し技としてお前を切ることが出来る。」
年を積んだ老剣士の事を思い出す。
若い剣士と老剣士との戦いでは筋肉、体力、気力と共に劣る老剣士が若い剣士に打ち勝つということは珍しくない。
それは剣に捧げた時間という経験値から来る読みの力だ。
老いているから決して若い者に負けるわけではない。その力は肉体的に劣る老剣士を勝利に導くのだ。
「でもそれってどうやればいいすかね」
とりあえず分りずらい力だ。
経験がものをいうだけあって幼少の事から剣術をしている響も経験が豊富だ。
分ることには分るがイマイチといったところだ。どうしたものか。
「・・・・・レクチャーしてやる」
ゆっくりと腰を落とし一真は構えなおす。
「居合・・・・・・」
何をしだすのか、そう思い一真に集中したその姿は居合いとやばれる剣術の技の一つ。
最近ではゲームや漫画で使われる割りとポピュラーな技だろう。
この技の特徴は不意打ちに対して使えるということだ。もともと昔においては行き成り切りかかられたり、通り道で切られるということもあった。そう言う意味で瞬時に鞘から抜き出し切りかかるという居合は大きな意味を持つ。そしてもう一つ。
「抜刀状態の相手に対して納刀状態の者が立ち向かう上で居合切りは重要な意味を持つ。そしてそれを成功させるためには読み合いが不可欠。これほどまでにこの力を必要とする技はないだろう。」
構えろ。その言葉には先ほどと同じ、いや同じ異常の覇気がその体から感じる。恐ろしいほどの集中力。
響も鞘から抜き刀を構える。
一方は刀を抜き、一方は刀は鞘の中という圧倒的に有利な状態にありながらもうかつに切り込めいない。それは先ほどと同じ、いや居合という状況を考えればなおすごいと言える。
一分、ニ分、三分と時間が流れていく。
その間も目線を外さず、一歩も動かない均衡状態が続く。
無論響は先ほどと同じ手を食わないように警戒をしているが一真も先ほどの様に隙を作る様なことはしない。
(いく・・・・か?)
そう心の中で思ってしまう。行くか、一瞬でもそう思った矢先だ。
「!!?」
気づいた時には刃先が首筋に迫っていた。見事に頸動脈のラインにピッタリと。
確実に行こうと思ったわけではない。そうしようかそんな風に思った瞬間だ。
ストンと響は尻もちを尽きて座り込む。
「ということだ。・・・まぁ今のは極端だったがな」
刀を返し鞘に納刀しながら一真は言う。
これが読み合いの力、居合切りの力。実戦で使うことなどほとんどない居合切りというものは稽古でしたことがなかった為、改めてすごさを感じる。
「てーことで今から読み合いの力を感じ取ってもらうぞ。」
なんでそうなるのだ?いや言いたいことは分るのだが、
「いや今日の稽古って」
「実践練習で分ったことは掴みだけでもやっておいたほうがいい。それに今のままじゃ結果はそうは変わらんと思うが?」
「いや・・・・そりゃそうで・・・・すね・・・」
まぁ確かにそりゃそうだが、なんか癇に障る言い方だ。
「よし、じゃぁお前が今度は居合で俺が抜刀状態状態な」
「・・・・はい」
改めてよし!!と気合を入れなおす。
(さてとなんとかやってみますか)
「はいまただめ~」
何度めだろうか、大概に止めてほしい言葉がまたもや聞こえる。
「・・・・うわぁ・・・・・」
いい加減どっと疲れが出てくる。何故こうも成功しないのだろうか、一度も居合切りが成功しない。センスがないとさえ思えてくる。
なんどやっても一真にタイミングをずらされて一太刀入れられる。
「なんで成功しないかなぁ・・・・・」
というか一真がすごすぎるのが原因じゃないのかとさえ思える。
プラスに考えれば質の良い稽古が出来て言えなくもないが・・・・
「いい感じではあるな・・・・・まぁ経験がモノをいうことだからな、掴みをつかめればいいさ」
うんうんと少し満足したように頷く。
そんなもんかと思うが、まぁ師匠がそう言うならそうなのだろう。
思いだしてくるとだんだん腹が立ってくるが流石に連続で失敗している意欲も少しづつ薄れてくる。これが成功しているという状況ならもう一回という状況になるのだが・・・
はぁと改めて気落ちした時だった。
「やっとるな~」
道場の横開きの扉が勢いよく開くと朝から元気のいいハキハキとした声が聞こえてくる。
そんな声はまるで気つけの様に響の気持ちをビシィ!!とさせる。
「ああ・・・おはようございます」
それと同時に響も後ろを振り返るそんな聞き慣れた声の主はすでに道場の中に入ってきていた。
「おはようございます。栄吉さん」
おはようと栄吉の方も元気よく声をかけてくれる。この人の元気にはいつも感心する。小さなころから知っているが風邪などの病気にかかったところなど見たことがない。
そんな人物の名前は須川栄吉。道場に来る前に通った神社で宮司、簡単にいえば神主をやっている人だ。
響は勿論一真は特に知っているといってもいいだろう。何といっても一真は須川家にお世話になっている居候という奴なのだから。
「いや、若者は朝から元気だな、ワシなんか布団から出たくなかったは」
わっははははと笑いながら栄吉はまるで学生の様な事をいう。むしろこちらからしたら何で朝からそこまでテンションを上げれるか教えてほしいものだ。
「お前らそろそろ時間だぞ」
時間?そう思い道場に掛けてある時計を見る。
6時50分、
「あらま、もうこんな時間か」
すでに1時間がたとうとしているという状態だ。
時間が過ぎると言うのは早いものだなと思いつつも同時に自分たちの感覚では30分もしてない気がする。ゲームをしていたら気づいたら3時間以上経過していたみたいな感じだ。
「そうだな・・・じゃぁ今日の稽古は終わるか」
「そうですね」
そろそろ学校に行く準備もしなくてはならない。本来なら2、3時間はできるのだが朝という限られた時間であるならしょうがない。
「あと、響飯もうちで食ってけ、その方が時間が取りやすい」
「え!?いやいいですよ。そこまでしてもらわなくても」
そんな遠慮がちな響に対し栄吉はいいからいいからと楽しそうにいう。
響の学校は家から距離がある。そのため乗り物を使って移動という手段をとらざるおえない。さらに此処には電車も通っていないという場所だ。そんな響のスクールライフをいつもは祖父が送ってくれているのだがその祖父も今家にいない。
そんな状態で送り迎えを昔からの親しい中である須賀家に頼んだというのを響は思い出していた。
といっても送り迎えだけでも迷惑をかけているというのにそのうえ朝食までいただくのはさすがに申し訳ないのだが・・・・・
「というかその方が香澄も動きやすいからな。そうしてくれると非常に助かる」
そうなのか?と疑問が残るところだがまぁそういうことならしょうがないと言えばしょうがない。今日は朝食を御馳走になるとしよう。しかしこれからは朝食の事も考えておかなければいけない。
(おにぎりでも作っておくか・・・)
「あと一真、話がある。」
「・・・・・・」
「?」
すると二人は少しはなれてヒソヒソ話を始める。
何故だろうか、少し栄吉の声のトーンがすこし重々しくなった気がする。一真に話があるといったが一体何なのか、
一真は栄吉の家に住んでいる。その関係か神社の仕事もちょくちょく手伝っているようで、その内容の事だろうかと思う。近々栄吉の神社でも祭りがある。そのお準備についてもいろいろ忙しいようでそのためかもしれない。
とりあえず、そういうことなら自身も手伝うかと、昔から手伝っている響は考える。
考えればお世話になってばかりだし少しぐら恩返しというのも悪くないだろう。
「じゃぁ響早いうちに来いよ」
と、そんなことを考えているうちに話は終わったのか一真は片づけに入っている。
「あ、はい!!」
慌てて響もかたずけを始める。
(しかしさすがにこんな状態で飯を食いに行くのもな・・・)
響の体は今日の稽古で汗だく状態だ。そのせいか最初の方に感じた寒さなどすでに吹き飛んでいる。
(シャワーしてから行くか・・・)
とりあえず一度家には帰らないといけない。ついでに汗も流してすっきりとした状態で朝食を食べたいものだ。さすがにシャワーまで借りるのは忍びないだろう。
そんなことを考えながら響はテキパキトと片づけを終えていく。
「あ、そういえば・・・・」
「ん、わすれもんか?」
出口の辺りで一真は呟いた。
「ああ、いや思い出したんですよ」
思い出した?一体何のことだという表情になったのは栄吉もだ。響的にはむしろ栄吉の顔を見て思い出したし、一真より栄吉に聞いてほしいという方が強かった。
「今日変わった夢を見たんすよね~」
「夢だ~・・・」
なんともどうでもいいように一真は再び歩き出す。それに続き響も歩きながら夢の1場面1場面を思い出す。不思議も不思議、今まで一度もあんな夢を見たことがないから印象的に残っている。
「んで?どんな夢だったんだ?」
とりあえず聞いてやるかといった感じで一真は聞いてくる。
「それがですね、八岐大蛇の神話だったんすよ」
八岐大蛇の神話とは出雲地方に現れた八本の首を持つ大蛇を素戔嗚尊が倒したという神話で古事記においてもっとも有名な神話の一つといってもいいだろう。
そんな中で栄吉の家の神社は素戔嗚尊の御霊が祭られている神社。そんな身近な神様の神話を見た響は栄吉をみて、ふと稽古で忘れていた夢を思い出したのだ。
「・・・・・・」
「て・・・・あれ・・・・栄吉さん?」
響が話した直後だ。昔から素戔嗚尊の話を聞くと喜んで話してくれた栄吉だ。当然この話題にも食いついてくると思ったのだが期待に反して黙り込んでいるのだ。
「もしもーーし」
聞こえなかったのか?とりあえずもう一度呼びかけてみる。というより、話を聞いた一真ですら黙り込んでいるとはどういうことだ。いつまなら何らかの反応を見せるのだが。
「あ、ああスマンな・・・・ちょっと考え事をしとった」
栄吉はさっきの黙っていた状態とは一転して、
「それにしても、そんな夢を見たか!!いや~嬉しいな!!」
何とも喜ばしいといった感じで感想をいってくる。何だったんだろうか?と一瞬不安考えたが考え事ということだから先ほどの一真との会話の事だろう。
それにつられるように黙り込んでいた一真も、
「まぁ朝から縁起のいい夢を見れたじゃないか。ていうより急げよ。時間無くなるぞ」
「あ、はい」
ちょうど此処は響の家と神社の分かれ道だ。とりあえず、この話はこんなことだから終わりにして早やいとこ家に帰ることにする。
「―――の――――も―――か・・・・・」
「?」
何だろうか?何か栄吉と一真が言った様な気がする。うまい具合に聞き取れなかったが・・・・・
まぁどちらにしてもさっきの話し合いの事だろうと結論ずけてさっさと準備しなくては、という思いが響を家に向かわせた。
場所は変わって神社および響の家の近くの須川家
そんな仲で一真と栄吉はできたてほやほやの朝食を食べている。もちろんその朝食を作る人物はいる訳で、1人は栄吉の嫁である文江、そして二人の孫娘にあたる香澄だ。
しかしその嫁である文江は響たちの祖父母とともに旅行に行っているわけで実際は香澄がしている。
身長は170センチくらいか、顔はおっとりとやわらいかやさしい顔つきだ。長い黒髪を首元で止めておりそれより下の髪がフワという感じに膨れている。
そんな香澄も二人と同じく朝食をとっている最中だ。
「香澄、塩とって」
「はい一くん」
「香澄や、そこに掛けてある新聞をとってくれんか」
「はいおじいちゃん」
と、こんな風に世話好きで優しいために人付き合いは良く誰とでも仲良くなる存在だ。そんな中でも一真とは特に仲がいい。子供の時から一緒に育ったような者である一真は腹を割って話せる良い相談者であると同時に自身をよく知る理解者でもあった。
なんといっても同じ屋根の下で10何年間も生活しているだけあってこの家には『一真の部屋』というものがある。
ちなみに香澄の両親はすでに他界状態であり、子供のころから祖父母に育てられたおじいちゃん、おばあちゃん子だ。
「そういえば今日響君も来るんでしょ」
「ああ・・・・そうだけど?なんか問題があったか?」
「いやそれは全然いいんだけど、何で?」
道場から帰ってきたと思ったら行きなり今日は響も来ると言うのだ。その場は流したが今更になって不思議に思えてくる。
「うーん・・・・・響んちのじいちゃんばあちゃんがな、旅行中で・・・」
「うん・・・?」
「1人置いてけぼりを食らったからかな・・・」
一真は味噌汁ズズズとすすりながら適当にいう。
「へ~1人置いてけぼりをくらったからか~~」
なるほどと納得したようで、小さな口に白米を運びもぐもぐと食べる。
ん?置いてけぼり・・・・・・香澄の中で妙に引っかかる言い方だ。
「置いてけぼりっ・・・・・・て、え!!!」
ガンと勢いよく机に手をつき香澄は立ち上がる。
するとその衝撃で机の上の料理が少し散らばる。もちろんその行動に一真は味噌汁を飲むのを止め、栄吉も新聞から目を離して香澄の行動になんだなんだという状況だ。
「ど、どどどどどうゆうこと!!?一君!!?」
「はぁ?いや・・・・・そのまんまの意味・・・・だけど・・・?」
他に何か意味があると言うのか。香澄が何に対して反応したかは分らないが他に説明のしようがない。
「だってそれ・・・・・・1人家なんでしょ!!」
「あ・・・・・いやそうだと言ってるんだが・・・・・」
「言い方が悪い!!!いい方が!!」
バン!!と勢いよく扉を開けて現れたの響だった。
一真のいい方ではまるで響がいやがらせ的なノリで置いていかれたみたいだ。
「ひ、響君!!・・・・・だ、大丈夫なの!!」
響を見ると香澄は勢いよくグイ!!と迫ってきている。その顔は響の目の前まで来ている。
響的にはこんなルックスのいい人が目の前まで来てドキドキしてしょうがないのだが。
「いや、あの顔・・・・近いです・・・・」
その一言で香澄も気づいたのか慌てて数歩さがる。フウと息を整えると改めて、
「で!!何でなの!!?」
距離はとったがその声は先ほどと同じ、いやそれ以上に力がみなぎっている気がする。
チラリと時計を見ると既に7時45分を回っている。
「えーとですね・・・」
さっさと誤解を解かなければ、朝食をとれないどころか、遅刻してしまう。
朝から面倒なことが起きるが、とりあえず1日の始まりの朝食は取りたいものだ。
そんなやるせないという思いが響の中を駆け巡っている。
★★★★★★★★★★★★
「あ~も~やだ」
12時30分、「棟胴高校」は昼休みに入りクラス全体がガヤガヤと騒がしくなっている。女子達は机を合わせてお弁当タイムに入り、男子はやれ購買だ、やれ教室移動だで騒がしくなっている。
そんな中で響は今日の疲れを感じながら机にもたれかかる。腹が減って弁当を食べたいところだが、この苦労を思い出し説かなければ箸が進まない気がする。
朝の稽古の後香澄の誤解を解き、時間が足らずして結局朝食は食えずじまい。学校に到着したと思えば担任の悪魔、風下先生に捕まり荷物運びを手伝わされ、一時間目が終われば貸した教科書を返してもらうためある人物を探しに探し、ギリギリスライディングセーフ。
英語担当の芦田先生はジャッジの厳しい審判だ。後数秒遅かったら「アウト!!」と手を上げ宿題を言い渡されるところだった。
その後も無駄に苦労が続き今に至る訳だ。
「・・・・・飯食うか・・・・」
自分で思い出してさらに苦労が重なる気がする。
とりあえず欲望に従うことにするか。腹が減ったら何とやらだ。苦労を思い出すにも腹を満たしてまず心をハッピーにしなくては。
ヒョイと机の横から弁当を取り上げる。黒い包みに入った二段の弁当。今日の朝香澄が持たせてくれたものだ。
(申し訳ないな・・・・)
率直にそう思ってしまう。いくら祖父祖母が居ない状態とはいえ明日も明後日も弁当を作ってもらうのは忍びない。
そんな申し訳なさを感じながら弁当のふたを開け卵焼きから食べてみる。しかしそんな申し訳なさは一瞬にしてバットでスタンドに叩き込んでしてしまった。
「う、うま!!」
食事は人を幸せにすると言うがまさにその通りだ。もちろんいつもの弁当もひけをとらないぐらいおいしいのだが、香澄の料理を初めて食べて驚きである。
(朝食えなかったからな~)
こう思うと一真がうらやましく思える。おそらく料理を教えたのは祖母に当たる文江だろう。ということはダブルパンチでおいしいご飯を食べているということだ。
購買で何とかやりくりしようという決意が揺らぎそうだ。
「あれま・・・・・響今日弁当違うくない?」
次のおがずに手をつけようとした時だ。目の前から女の声がする。名前で呼んでくる位だ、響も声を聞いただけで誰だか分る。
「ちょっとな~」
目線の先には思ったとおりの人物だ。さらに言えばその手に何かが握られている。
白いカッターシャツに赤の斑点、妙に寒気がする模様だ。
机から身を乗り出して女性の手に握られているものを見てみる。
「あー瑚桃さん・・・・・なんで、宋太を鼻血ブーにして掴んでんの」
短髪の瑚桃という女性に握られているのは、1人の男、蓮場宋太だ。大体は想像がつくが、とりあえず聞いてみることにする。ことと次第によっては宋太を救うのか、見捨てるのかを考えねばならない。
「いや酷いよ!!この子!?俺が目の前通った瞬間に顔面グーパンチよ!!どうしてくれんの血まみれじゃん!知ってる!?血を落とすのってスンゲー大変なんだぞ!!」
気を失ってなかったのか、鼻から無様にポタポタと鼻血を出しながら猛反論をぶちかます。
行き成りの大声は耳がキンキンするので控えてほしいが、よく気絶しなかったものだ。
戸田瑚桃は空手をやっている。つまり徒手空拳は凶器レベルの者だ。
しかもこの女、レベルがレベルで全国クラスの腕前だというのだからその一撃を食らったらたまったもんじゃない。そうなってくるとこの一撃に耐えたツンツンヘッドの宋田の耐久力がうかがえる。
「はいはい、イラっとしたの。あんたのそのおちゃらけた態度で私の目の前通ったのが。」
問答無用、回避不能の理不尽な一撃だ。スマン宋太、俺は見捨てる。
こんなところで弁解したらジャイアニズムの如き攻撃が来るのは目に見えている。
と、友人の命を犠牲にした響は瑚桃の最初の質問に戻ることにする。
「いや~うちのばあちゃんじいちゃんが一週間居なくてさ~仲が良いご近所さんに世話になってるから・・・・」
「へ~」
近場の椅子に瑚桃は座ると左手に持っていた弁当を開き始める。そこには電子辞書位の大きさの一段弁当がある。
毎度思うがこんな量で足りるのかという男子と女子の違いを感じる。しかも部活をやっている女子がだ。
「とりあえず早こと食べないと時間が無くなるからこの手を離してくれる?」
「ほらよ」
山賊の様な口調で瑚桃は宋太を話す。ジャイアンの魔の手から解放された外れたのび太は恨めしそうに睨みながら響の隣の席に座る。
「ていうより、連は何処にいるの?」
弁当のフタをパカリと開き宋太は思い出したように言う。
「あ?そんなもんあれだよ・・・・」
今更なにを言っている。高校から一年間付き合っているのに友人の行動も予測できないのか。
「ん?」
響がチョイチョイと廊下の方を指さしているのを宋田はたどるように追っていく。
廊下を見るとそこには数人の生徒がいるだけなのだが・・・・・・・
ドドドドドドド!!!
まるでアフリカのバッファローの群れの走り去る音の様なものがどんどん大きくなってくる。宋田だけでないクラスの人間もなんだなんだとその振動の方に視線を向ける。
「響ーー!!お前後で俺の弁当を屋上に頼む!!」
その音がひと際大きくなった時だった。1人の美少年が廊下を駆け抜けながら恐怖の大声で響に叫んだのだ。
そんな中、響はへいへいと分りきった様な態度で挨拶すると、少年が走り去ったあとにバッファローの音の元凶たる女子高生の群れが、全力で少年を追いかけているではないか。
それを見たクラスの面々もああ、という日常茶飯事ですといった感じに食事や友達との会話に戻って行く。
「あっらーーーー」
思い出したように宋田はイスの背にもたれかかる。いや決してイスラエルの神の名前ではなく。
「そう言えば朝礼前後、休み時間、終礼後は奴はファンクラブの女子に追いかけられるという宿命を背負っていたな」
先ほど走り去った少年の名前は津上連。
響たちの友達にして、学校ナンバーワンのイケ面野郎である。本人は望んでいないがその為に憎たらしい事に毎日女子に追われるというハーレム状態なのだ。
「さてと・・・・・さっさと連の飯を持っててやるか・・・」
とりあえず飯はあらかた食い終わっしこれ以上待たせたら連の食う時間が無くなるだろう。
屋上までの道のり、連の女子どもの邪魔を受けなければよいのだが・・・・・
そんな冗談とは思えない悪寒が一瞬響を襲ったのだった。
「ほらよ」
「いやーサンキュウ響君・・・・」
ハハハと笑いながら連は響から弁当を受け取る。
しかしもったいないことをしたものだ。今日の天気は見事に晴れ温度も夏になのに熱くもなく寒くもなという日向ぼっこができるポカポカという屋上で弁当を食べるにはもってこいの日だ。
なのに教室で食べてしまうとは・・・・・
とまぁ終わってしまったものはしょうがない。そんなことよりも
「大概にしてくれよ来るだけでも一苦労だったんだから」
「そうだぞコノヤロー。私まで付き合わされたんだから」
「・・・・・悲しくなってくるよ・・・」
1人ネガティブになっている人物はほっとこう。今更になってモテ度の差を思い知っているのだ。
というのも来る途中、響の悪寒は見事に的中し女子軍団に見つかり散々な目にあったのだ。とまぁそんなこともあろうかと瑚桃に同席してもらったのが幸いだったのだが。
パクパクと弁当を食べながらも連は主出したように
「そういえば、今日の放課後学園祭の取り決めがあるんだろう響」
「ん?ああ、まぁな」
学園祭の準備、それが今日の放課後にあるのだ。響はクラスの出し物などの統計を生徒会および実行委員に提出しなくてはならない。それだけでなく若干の話し合いもあるのだが。
とりあえずこれが今日響が朝に稽古を移動した理由だ。実際何時に終わるか分ったものではない。去年など夜の8時まで話し合いがあったというのを先輩から聞いた時は心が折れるかとおもった。
「まぁ、早く終わることを祈ってるよ。じゃぁ俺は先教室に戻ってるわ」
了解という声が後ろから聞こえてくる。
というか連と一緒に帰ったらまた女子に捕まるのは目に見えていた。
ガチャリと屋上のドアノブを捻る。
ゆっくり扉を響は開いた。
しかし此処でおかしなことが起きた。
グラリと頭が揺れるのだ。
まるでその場でグルグルと勢いよく回った様に目が周り頭がグラつき気持ち悪くなる。
(なんだ・・・・これ)
これは何だ、響の頭が真っ暗になったと思ったら何かの映像がスライドショーの様にパッパッパッと何枚も現れてくる。
(これは・・・・岩?・・・・それに人と・・・・)
巨大な岩、ハッキリとは分らないが周りに何かがあるように思える。
何だと言うのか、今まで見たことのない様な岩や人そして・・・・・
しかしその後がハッキリとしない、頭の中を黒い霧が埋め尽くす様に映像は消えていき響の意識も眠るように消えてく。
ガタン!!
響は階段から足を踏み外した。それと同時に下まで転がり落ちていく。
★★★★★★★★★
・・・・・大丈夫ですかね・・・・・
・・・・・まぁ何とかもってはいるが・・・・・・それよりお前の方は・・・・
・・・・何とも言えないですね・・・・
うっすらと声が聞こえてくる。
今まで何があったのだろうか記憶がさっぱり浮かんでこない。
(そういえば・・・・)
思い出せる記憶は確か連に弁当を届けたあたりだ・・・・それから何があったのだろうか・・・・
(とりあえず、なんで寝てるか分らないが、早く起きないと昼休みが終わってしまうな・・・)
というか寝ている時間は案外短い様で実際はクソ長い。休みの日など気づいたら昼過ぎだったという部活などで久々に休みが取れた者からしたら目が飛び出すような出来事だ。
「ん・・・・・あー」
「響・・・」
目覚めの声を聞いたのか、聞きなれた声が響の耳に届く。
なんだこれ、朝のデジャブかと思うがとりあえずなんでこの声が聞こえるのだろうか。
二人の男が響に近寄ってくる。
1人は、一真そしてもう1人は栄吉だ。
「??」
一体どういうことなのだろうか。此処は学校のはずだ。なのになぜこの2人がいるのか、というより何で自分は寝ていたのだろうか・・・・・
頭が混乱状態になるなかで、しかし頭の中は妙にすっきりしているのだが。
とりあえず最初の疑問をぶつけてみることにしよう。
「なんで・・・・一真さん達が・・・・」
「お前・・・・覚えていないのか・・・・・」
「覚えてない?」
後ろの栄吉の一言に首を傾げる。やはり自分が寝ていたことには何か理由があるのだろうか。やはりそこだけスコップで掘り起こされたように浮かんでこないのだ。
「いったい・・・・何があったんですか・・・・」
「お前は・・・階段から落ちたんだよ」
「あ・・・」
一真にそう言われて記憶がフラッシュバックしてくる。
そういえばそうだ。連に弁当を届けた後か、屋上の階段を降りるとき何か目まいがしたと思ったら確かそこで意識が無くなった気がするのだ。
「てことは、此処は保健室すか?」
いやしかし、さっきから思っているが何で畳に布団なのか、保健室にこんな場所はあったという記憶はないのだが。しかし何分保健室に世話になったことがほとんどないために覚えてないだけかもしれない
「いや保健室じゃないし・・・・というか」
保健室じゃないとしたらどこなんだ?困った様に一真は頭をポリポリと掻いているが・・・・・
「此処は栄吉さんの家だよ・・・」
「は?」
いやいやいや、確かに保健室ではない気がするがだからといって学校にいたことは事実だ。それがどういう訳で栄吉の家にいると言うのだろうか。
そんなことを思っていると、響の顔にオレンジの光が差し込んでくる。眩しくて手をあてながら光の元を見ると、障子の隙間から漏れ出した、太陽の夕焼けの光だ。
ということは時間はすでに夕刻ということか、まさに寝ている間に時間が一気に過ぎていたという訳だ。
「お前が、倒れてから1時間位は保健室におったんだが、目が覚めんということでワシが迎えにきたんじゃ」
「そんなことが・・・・」
失った記憶の場面は分ったが、それ以降にそんなことがあったとは、
しかし一体何があったのだろうか、あんな突然気分を害するとは・・・・・最近体調を崩すようなことも起きてないし、そんなことをした覚えもない。
それに何かを気を失う瞬間に見た気がするが・・・・・それだけで内容までは思い出せない。
うーんと布団の中で考え込んでいると、
「とりあえず、今日は帰って寝ろ。いろいろ疲れがたまっとるのかもしれんし、飯の時は呼びに行くから」
「はぁ、スンマセン」
疲れか、確かにここ最近妙に肩が重い気がしたが・・・・・まぁ疲れなら休めば何とかなるし、ここは栄吉の御好意に甘えるとしよう。
「て、あ!!!」
しかし、此処であることを思い出す。
そう言えば今日の放課後にある学園祭の準備をすっぽかしているでわないか。
どうしようどうしようどうしよう!!
ボサボサツンツンの頭をガシガシと掻きながら考え込む。その姿を見て二人も戸惑っているようだが・・・・・・もうここまで来たらしょうがない奴らが何とかしてくれるだろう。
はぁ・・・・・・なんで気なんて失ったんだろうか・・・
「はぁ・・・・・ツカレタ・・・・」
9時半、月明かりが部屋を照らしだす中響はチューチューとゼリーを吸っている。
しかし何が悲しくて9時半になんか寝ないといけないんだか。というのも響が倒れたと聞いた香澄が超絶心配して食事から何まで管理下に置かれるという監視体制を敷かれたためである。(このゼリーもその為)
なんとか寝る時間帯には家に帰ってくれたが、将来あの様子じゃ確実に一真は尻に敷かれるなと思いつつ布団に入る。
というか日頃のあの様子を見たら、一真が香澄に好意を寄せていることくらい丸見えなのだ。
彼女の前で妙にテンぱったり、重要な所で噛み噛みになったりと上がり症が丸見えなのだ。
かくいうその思いもちょっと鈍感というか完全に友達だとしか思っていない香澄には届いていないわけで、1つ屋根の下で何も起こらないの香澄の連に対する態度と連の行動に移さないヘタレ度が原因している。
(このヘタレ度をもとに響は命道改めヘタレ道と言っている)
「はぁ~今日見たいドラマがあったのにな~~ガチショック」
もうあきらめよ。どういう仕組みか分らないが香澄の包囲網はクモの糸の様に広がっているのだ。
さらに追い打ちをかけるなら明日は確実にクラスメイトにしこたまいわれる運命にある。
もうこの気持ちは睡眠という行為で忘れるしか手はない。
(そういえば)
ふと明日の事を思い出す。
明日は市で祭りがあるはずだ。ちょうどいいことに明日の稽古も休みにしてくれたし、楽しむことにする。
「・・・・・よーし!!!明日は楽しむぞ――!!!!」
寝る前に一言明日の決意を大声で叫ぶ。
「響く―ん!!!何!!どうしたの!!!??」
「やっべ!!」
窓の外から香澄の声が聞こえる。本当にどういう包囲網なんだ。