最後の遺書
これは僕の遺書である。
9月31日。24回目の誕生日を終えてから2日が経った。
今日僕は死のうと思う。これが僕にとって、最初で最後の遺書である。
まず始めに宣言しておこう。
幸子を殺したのは僕ではない。僕は無実だ。
僕は無実のまま、愚かな捜査機関によって死刑に処せられるのだ。
疑いをかけられたのは、幸子の絞殺死体が見つかってから2週間後のことだった。
今思い返せば、その時僕の居場所を突き止めた刑事はいくらか口端にうっすらと冷ややかな笑みを浮かべていた。既に鬼の首をとったと思っていたのだろう。現に、刑事は僕に会ったあの瞬間から僕を犯人と決めつけていた。僕の主張など全く聞く気すら見せず。
事件のことを今更説明する必要は無い。
僕の2年半付き合っていたガールフレンドが死んだ。いや、殺された。
首筋には、絞められた跡がはっきり残っており、死後1週間が経過してた。
現金も貴金属も盗まれていない。怨恨による身近な人物の犯行だと断定された。
ただ、それだけのこと。
そして、彼女は両親も兄弟もいなかったから、すぐに容疑者の候補として僕の名前がリストに挙がった。僕の逮捕まで2週間も要したのは、物的証拠が決定的には見つからなかったことと僕が逃げ出したからだ。
僕は取調べで、言葉の揚げ足をとられ彼女を憎んでいたことになり、それが犯行の動機となったと報道された。マスコミは、僕を冷酷な殺人者としてとりあげ、僕のかつての同級生は、「普段は大人しいやつだったのに」といかにもマスコミが喜びそうな証言を残した。
そして、事件は無事に解決したことになった。
国選弁護士は、「一人殺したくらいじゃ死刑にはならないよ。」と下劣な慰め方をし、面会に来た両親は、その瞳にあきらかに恐怖の感情を浮かべていた。
僕はいつからか言葉を発する力を失った。
僕は、あの2週間で幸子を殺した犯人を見つけようとしていた。
ネット喫茶やカプセルホテルを転々としながら、何かしらの手がかりを探していた。
逃げたことで僕に対する疑いは決定的になった。
逃げればそう思われることくらいわかっていた。
ただ、もし僕があそこでおめおめと捕まってしまえば警察は真犯人は別にいると鼻息を荒くしただろうか。そんなことは無い。よく自首してきたと冷ややかな賞賛を浴びせたに過ぎないはずだ。あの時、幸子を殺した人間を見つけることは僕にしかできなかった。
僕は強面の刑事に対して、あるいは人のよさそうな目じりの下がった刑事に対して何度も無実を訴えた。声を失うまで。四方を真っ暗な壁に囲まれるまで訴え続けた。それは無力だった。
僕が哀れなのではない。幸子が可哀想なのだ。自分を殺した人間を見つけてもらえない幸子が可哀想なのだ。幸子を殺した人間は、白日の太陽のもと、どこかでのこのこと生きているのだ。しめしめと思っているのに違いないのだ。そんな幸子が不憫でしょうがないのだ。
僕を捕まえたことで得をした人間がいるのだ。僕を発見した刑事は、上司から誉められ勲章をもらい、僕から偽の自白を勝ち取った取調べ官は、その義務を果たし出世するのだ。
幸子の死がそんなことに使われてはいけないのだ。
幸子の死によって関わった全ての人間が不幸にならなきゃいけないのだ。
だから、ここで僕は自殺する。
僕が自殺することで全ての悪を世に知らしめるのだ。
この事件で利益を得た人間を奈落の底に突き落とすのだ。
僕の死は、罪悪感による死では無い。愛する人を失ったことに対する嘆きの死でもない。
僕の死は私的な死では無い。
僕の死は社会的な死なのだ。
さぁ、真実は放たれた。
僕は、この僕の最後の遺書を読む人に良心があることを、ただ祈る。
幸子、今僕はとってもすっきりした気持ちだよ。
ただ、君と僕との間に生まれてくるはずの子供の顔を見れなかったことだけが残念だ。
かずお
暗い作品になってしまいました。書いているうちにこうなってしまったという感じです。何かアドバイスいただければ幸いです。