先読みの聖女の去りし後
「先読みの聖女ルシアよ。今日は何故呼ばれたか分かっているか」
貴族たちに囲まれた謁見室で、質素な服を着た女性が国王の横に立った王太子に呼びかけられていた。
8歳の時から30年聖女を勤めているルシアにも、なぜ呼ばれたのか心当たりが無いようだ。
周りの貴族たちも見当がつかないようで、不思議そうにやり取りを見ている。
王太子は続ける。
「そなたは先読みの聖女などと言われているが、そなたの先読みが当たった事など無いではないか」
ルシアも貴族たちも「は? 当たった事が無い?」という顔になる。
「そうだ、王女の馬車が野盗に襲われるとか、穀物庫が水害で水没するとか、みな外れておる」
いや、王女の馬車が襲われなかったのは先読みを聞いて大規模な野盗狩りをしたからだし、穀物庫の穀物は水害の前に別の倉庫に移したから……。先読みが外れたのとはちょっと違うんじゃない?と、謁見室の皆の心が一つになる。
口を開こうとしたルシアを遮って、王太子は更に続ける。
「どうせ、『それは、自分が先読みを告げたから運命が変わったのです』などと言うのだろう? まったくいいご身分だ。一度も当たらなくても聖女様でいられる」
揶揄うような王太子の話し方に、ルシアはむっと口を閉じる。
「だがな、王家はそんなに甘く無い。先読みを騙る役立たずの偽聖女ルシアよ。王家はお前の聖女の任を解き、王都より遠く離れた町で蟄居を命じる!」
ルシアの血の気が引いて真っ白になる。
周りの貴族たちも訳が分からず戸惑っている。偽聖女? 田舎で蟄居しろだと?
彼らの心中を無視して、王太子は高々と断言した。
「我々に、聖女の力など必要無い!」
神の与えた恩寵へのあまりに不遜な言葉に、皆が正気を疑った。
だが、国王陛下も檀の下に控えている宰相も何も言わないという事は、王太子の独走では無いのか。
絶望的な空気の中、ルシアは深く息を吐くと一礼し、よろめく身体でふらふらと退室した。
三ヶ月後、国王の部屋へ手紙を握った宰相がやって来た。
「陛下。聖女ルシアより手紙が届きました。王太子暗殺の日時と場所と手口が書いてあります」
「今ごろ何を言っておる! 王太子は、息子は昨日すでに暗殺されたではないか! もう誰でも知っておるわ!」
興奮する国王に、宰相は冷静に返す。
「陛下。手紙が書かれたのは五日前です。手紙が届くのに五日もかかる所へ、あなたが追放したのですよ」
「あ……」
「聖女の力など必要無いと言って」
「……」
国王はうつむいた。
「そうだ、私が追放したのだったな。それなのに、息子を心配してくれたのか……。聖女ルシアはいつも誠実であった。国のために長年尽くしてくれたのに、何故、役立たずなどと……」
「この30年、聖女ルシア以外の聖女が生まれていませんからね。王太子のような若い人は、聖女なんて眉唾だと思ったのでしょう。でもまさか陛下までその考えに染まるとは」
「……」
「私も、30年も一人で聖女の役目を担ってきたルシアを解放させてあげたいと思ったので、聖女の任を解いて田舎に行かせるとおっしゃるのに賛成したのですが……。今までの働きにに感謝して送り出すのかと思えば、まさか断罪するとは。いくらおだやかな聖女ルシアでも怒るでしょう」
立場上、他の貴族たちの見ている前で王太子の言う事を否定出来なかった。
皆の見てない陰でルシアに謝罪して、ルシアの行く先に不自由が無いよう十分な手配をしてあると伝えたのだが、それくらいで怒りはおさまらなかったのだろう。
「呼び戻すか」
「は?」
「ルシアを呼び戻し、再び聖女の座に迎えよう」
きっと、聖女ルシアは慈悲深い国王に感謝するだろう、と顔に出ている国王に宰相は呆れる。
「はあ? 無理ですよ。たとえ王都に戻せても、聖女ルシアがもう先読みをするわけないでしょう」
全然分かってない、という目で見られて国王は困惑した。
「分からないのですか? 聖女ルシアはあなたたちを見限ったのです。暗殺を止めないくらいに。いえ、ご自分で聖女の力など必要無いと言ったのですから、なら自力で暗殺を止めろとでも思ったのでしょうね」
「何を言ってる。このように手紙を寄越したではないか」
「暗殺された後に届くように、ですよ」
「あ……」
「手紙を書いたのが五日前でも、先読みをしたのが五日前とは限りません。十日前か一ヶ月前か……。もう、こちらが対応できる時間に教える気は無いのでしょうよ」
ルシアの屋敷を用意した町の者も、ルシアに付けた使用人も、聖女ルシアに深く感謝している者たちだ。これからルシアの先読みは、彼らのために使われるのだろう。
「それに、もうこの国に聖女は生まれませんから、これから聖女不在に慣れていかないと」
「なぜお前に聖女が生まれないと分かるのだ?」
やはりこの人は分かっていない、と内心でため息をついて宰相が説明する。
「陛下が証明したのですよ。この国の聖女は、結婚も出来ずに働かされたあげく、追放されると。それを知って誰が娘を聖女にさせます。これからは、娘に聖女の力が現れても誰も教会に報告しません。全力で隠すでしょうよ」
聖女は結婚を禁止されていないが、結婚すると聖女の力が弱くなる者が多い。
聖女ルシアが年頃になった時、先輩の聖女は皆引退し、後輩は生まれなかった。一人しか聖女がいないからと、聖女ルシアは結婚せずに勤めてくれたのだ。
「私のせいで聖女が消えるのか……」
「何を今さら」
宰相はさらっと傷をえぐる。
実は、神殿騎士の一人にこっそり聖女ルシアの新しい住所を教えて、彼が速攻で辞職して追いかけて行った事は国王には内緒だ。
どうやらルシアは、結婚しても聖女の力を失わなかったようだ。
すっかり顔色が悪くなった国王に宰相は言い渡す。
「聖女ルシアに悪い事をしたと思ったのなら、彼女の名誉を回復してください。もう、それ以外あなたに出来る事はありません」
そう言って王太子の葬儀の準備へと戻る宰相を、国王は見送るしか無かった。




