妹に全てを奪われた悪役令嬢は復讐を誓う~処刑された令嬢の逆転劇、今度はわたしが全てを奪い返します~
金髪をゆるふわに巻いた優しげな美少女――もとい、わたしの妹が私を見下ろして口元を歪めている。その隣では、わたしの元婚約者で妹の現婚約者である王太子がわたしを虫けらを見るような目で見下ろしていた。
……その隣にいる女の方がよっぽど私よりも悪女だと思いますけど。見る目ないですね。
そんなことを言ったら斬首沙汰からさらし首にランクアップするだろうな、と口を閉ざした。どうせ何を言ったとて、わたしは今日処刑されるのだから意味がない。
「最期に言い残すことはあるか、大悪女」
「……ふふふ、あははっ、そんなのないわよ。何を言っても聞く気などないのでしょう?」
「チッ、最期まで戯言を。……おい、さっさとこの女の首を落とせ!」
処刑人がギロチンに手をかける。こんな死に方は嫌だなぁ、と今更どうしようもないことを心の中で呟いた。
妹に婚約者を略奪されたことを恨んで、妹に毒を盛った罪でわたしは今日殺される。妹は今もこうしてピンピンしているというのに、罪が重すぎやしないかと思う。……妹が王太子の婚約者になった時点で王族に連なる者なのだから王族に対して毒を盛るのと同義であるという主張らしい。
心底馬鹿馬鹿しい。そもそも冤罪だよ、バカ王子。
誰かこのバカを王位から引きずり下ろして、ついでに妹の罪まで暴いてくれないかな、なんて。
「まぁお言葉に甘えて、最期に一言、言わせてもらおうかしら。――地獄に落ちろ、クソ共が」
「っ、さっさとこの女を殺せ!」
ガタン、と無機質な音がして、ギロチンの刃が落とされる。
「さようなら、お姉様。私のために死んでくれてありがとうね」
最期に見えたのは、そう言って口元を歪める妹の顔だった。
〇
「……っ、はぁっ、はぁ、はぁっ、」
目が覚めたとき、そこは柔らかなベッドの上だった。……今までのことは、夢?
「そんなわけ、ないわね」
首を斬られるあの感覚、民衆の罵詈雑言、バカ王太子の叫び声、そしてあの妹の醜い笑顔――全部、この身体に、心に、染みついているのだから。二度と消えない傷のごとく、刻み込まれているのだから。
あれが夢なはずがない。
「じゃあここはどこなのよ」
ひとり呟いてみたが、答えは既に出ている。ここはわたしの実家――ペルシェリー公爵家の自室だ。何年も過ごしてきたのだ、間違いない。
「……教科書が1年のものね。と、いうことはここは……5年前?」
窓脇のサイドテーブルの上の教科書類を手に取る。1年ごとに処分していたから、時が戻ってでもいない限り、1年生の教科書なんて現存するはずがない。署名も私の筆跡だから、他人のものという線も限りなく低いし。
ついでに、一緒に置いてあった授業ノートもパラパラと捲る。
わたしが殺されたのは、卒業パーティで冤罪で断罪されてから1ヶ月後のことだった――すると、ノートの進度から見る限りわたしはちょうどきっかり5年前に戻ってきたらしい。
「時を戻ってくるなんて、何かのおとぎ話みたいね……」
どうして、という疑問は捨て置いた。
5年後、このままだとわたしは妹の手のひらの上で転がされるがままに処刑される。……抵抗せずにそのままこの5年を過ごす? そんな馬鹿なことするわけがない。
「うふふっ、あははははっ、なるほどね。神様がわたしの善行を見ていてくれたということかしら。いえ、どちらかというと妹の悪行にしびれを切らしたという可能性の方が高いでしょうね」
どちらでもいい――今重要なのは、わたしが処刑された記憶を持ったまま、不思議なことに5年の時を死に戻れたことだ。
妹の悪行、王太子の馬鹿な思考回路、ついでに庇ってくれない家族……そのすべてを知っているこの状態なら、できるのではないだろうか。
「復讐してあげましょう」
わたしが味わった苦しみを。屈辱を。悲しみを。全てあの悪女に返してあげるのだ。
目指すは妹を凌駕する大悪女。今度はあなたの手のひらの上で踊らされてなんてあげないんだから――
こうしてわたしの復讐譚が幕を開けたのだった。
〇
翌日。死に戻って早々、わたしは馬車に乗って学園へ登校していた。
「はーぁ、そもそも婚約者を奪った時点で非常識なのよね、アリシアは」
アリシア・ペルシェリー……わたしの妹が行った婚約者の略奪という行為は本来、厳しく処罰される対象である。肉体関係すら持っていたという話だ。賠償金と爵位はく奪は本来なら免れない。そう、本来なら。
婚約者を略奪した妹の行為が責められなかったのは、彼女が「聖女」だったかららしい。この世界では光属性の魔法を使える人間が極端に少ない。魔獣が出たときに討伐を容易にできて、怪我を直すこともできるその属性は非常に重宝されているのだ。よって、うやむやにされた。
ちなみに、毒を盛ったとして処刑が決まったときの言い分である王族に連なる者うんぬんという主張が通ったのも同じ理由だ。わたし相手に毒が盛られたこともあったが、そのときは普通になかったことにされたし。犯人が同じ公爵令嬢で、王太子の婚約者に選ばれたわたしへの嫉妬が原因だったという話だったが、お互いの家の関係性と体面のために秘匿されたのだ。
……理不尽すぎやしないかしら。
「妹を陥れるのって、もしかして思ったより大変なのかもしれないわね……」
どうすればいいのだろう、と考える。手っ取り早いのは王太子との肉体関係があったことを立証することだ。完全なる不貞であり、いくら相手が公爵令嬢の聖女でも罪に問うことができる。
「……ダメよ、これだけじゃ軽いわ……」
王太子が体面を理由に覆せる程度の罪じゃ甘すぎる。もっと、重い罪があの女には必要だ。
そう考えこんでいるうちに、馬車が学園に到着する。公爵家ということもあり、うちの領地から中央までは非常に近いのだ。おかげで寮生活をせずとも通えるのだけれど……
「……寮に入ろうかしら、今回は」
妹が近くにいる生活を送るのは望ましくない。アリバイを仕立て上げられないように、共同生活を部屋ですら強いられる寮に入っておくのは悪くない手かもしれない。数日中に手続きをしよう、と考えこみつつ、御者からカバンを受け取って学園内に入る。
正直これで通算6年目なので、特段代わり映えもしない学園。入って1ヶ月程度の他の同級生は明らかに浮かれて歩きまわっているけれど、正直心が躍ることはない。
あんまり落ち着きがあるせいで浮いてしまうと逆に目立ってしまう。それは困る、とわたしは図書室裏の中庭へと向かうことにした。学園内では従者を連れず、自立自尊の精神を持つことをモットーとされているのが幸いした。復讐計画を立てるには、ひとりきりでないと都合が悪いもの。
「……涼しい……」
木陰は想像以上に快適で、つい眠気に襲われそうだ。……いけない、いけない。そんなことのためにここにひそひそと来たわけではない。
「そう、復讐しないとダメなのよ、復讐を……」
「へぇっ、誰に?」
ぴえっ、と潰れたカエルのような声を出してしまったのも仕方ないと思う。空から突然、ひとりごとに返事が返ってきたのだから。
それも、聞かれたらマズい系のひとりごとに対して。
「だっ、誰ですの?」
「おっと失礼、ルイーゼ様。妾腹の第一王子であり、不遇の身の上だと揶揄されがちなあなたの義兄ですよ」
義兄、と復唱してしまったわたしを見て、目の前の紫髪の男はプッと吹き出した。
「思った以上に驚かせてしまったかな、ルイーゼ様?」
「……これは、失礼いたしました。サフィール殿下がいらっしゃると知らず、不敬を働いてしまったこと、まことにお詫び……」
「あぁ、そういうのいいよ。学園内は自立自尊、身分は関係ないって言われてるだろ?」
俺たちのような上の者は特にそれを示していかないといけないからね、分かるだろ、と手の甲にキスを落とされた。……遊び人って噂はあったけど! いくら何でもチャラすぎない?
婚約者がいるといっても対面だけで関わってこない政略関係にあるわたしにとって、あまりに刺激が強い。実年齢は2歳向こうの方が上といっても、精神年齢は私の方が3歳は上のはずなのにっ……!
「赤くなっちゃった、可愛いね」
「……わたしは、王太子殿下の婚約者ですので、お戯れは、あまり……っ!」
揶揄わないで、と遠回しに……いや、かなり直截的にだけれど伝えたらすぐに殿下は離れてくれた。……ふうっ、安心した……
「で、誰に復讐するんだっけ?」
「あっ、ちょっ、そのっ、」
すっかり忘れていた件の問題を取り上げられて、わたしは盛大に焦る。悪女(予定)がこのままじゃ形無しだ。
「ふくしゅう……その、復習です! この前習った魔法式のテストがあるので、授業の復習をしなければならないのです! 決して復讐なんて物騒な話はしていませんわ、殿下」
誤魔化せただろうか、と顔色を伺う。……無理そうだ。余計に関心を駆り立てたのか、王子は私の右手首をおもむろに取った。
「ルイーゼ嬢、デートしようか」
「……お断りします、わたくし忙しいんですの」
「じゃあその魔法式とやらを教えてあげるっていうのはどう? 復習したいならちょうどいいと思うけどな、俺3年の首席だし?」
言葉に詰まったわたしを見て、王子は了承と取ったらしい。手を引いて、歩いていく。
「ちょっ、困ります! わたくし、その、そう、授業に出なければなりませんの」
「入試主席は実技以外授業免除でしょ? 俺もそうだったし、もし必要な授業があったとしても後で先生に口添えしといてあげるよ。一応権力者だから安心していいよ」
「いや、困りますって!」
身分の高い義兄に抵抗することもできず、わたしはまんまと馬車に乗せられる。……どこへ連れていかれるの、これ……
早速災難を引き当てたらしい自分の運のなさに大きくため息をつきたい気分だった。つかないけど。
連れて行かれた先は、個室の王室御用達レストランだった。
「好き嫌いは?」
「特にはありませんけれど……あの、」
「大丈夫、まだお昼には早いだろうし軽めのものにしてもらうよ」
心配しないで、気遣いはできるタイプなんだ、と言った王子に私は諦めを感じ始めていた。気遣いの方向性が違いすぎる。
そもそも勉強会と言っておいて、レストランに連れてくるのはいかがなものだろうか。
男女で2人きりの逢い引きをしていたと噂になればそれはそれで困る状況なのだ。私が不貞で罰せられる。気を遣うならそっちを気にしてほしかった。
「さて、二人になれたことだし。君の復讐相手を教えてよ」
「……ですから、聞き間違えですわ。先ほど申し上げた通り、魔法式の復習をしなければならないのですよ」
あんな簡単な範囲ができないはずないだろう。そう一蹴されて、王子は答えを迫ってくる。人払いはなされているのは幸か不幸か……いえ、どちらでもないでしょうね。
「あの浮気性の弟にかい? 確かに昨日も娼館に通っていたね、あのバカは」
「しょ、娼館……あの、そもそもそんな事実すら知らなかったのですから、違いますわ」
「じゃあ誰だい? あの聖女ぶった妹君とか?」
ごくり、と息を呑んでしまったのが間違いだった。気取られた、確実に。
「へぇ、どうして? 復讐を望むほどのことをされたのかい?」
確信めいた表情で聞いてくるサフィール殿下は、どうやら引き下がる気が微塵もないらしい。……まさか、こんなところで早速ドジを踏むなんて。
どうすればいいのか、と思考を巡らせる。黙っていてもらう? それは難しい、だって聖女側についたほうが利が大きい。わたしが妹に叛逆心を抱いていることを報告すれば、彼は妹に取り入ることができる。聖女に気に入られるということはすなわち、後ろ盾を得るに等しいのだから。
「……サフィール殿下。取引をいたしましょう」
「取引、ね。何のだい?」
「わたしの復讐に協力してくださいませ。この先、サフィール殿下の仰ることに従うとお約束いたしましょう。ですから、このわたしの復讐だけは見逃すことをお許し下さい」
彼が目を瞬かせる。そして、一瞬の逡巡の末に頷いた。
「いいだろう、見逃すだけというのでは釣り合わないね。君の計画に全面的に協力するとしようじゃないか」
「なぜ、そこまでのことを……」
割に合わないだろう、という意を込めたわたしに対して、彼はひとつの条件を提示した。
「代わりにお願いを聞いてくれるんだろう? じゃあ、君の復讐を手伝う代わりに、俺の願いを叶えるのを手伝ってほしいんだ」
「……願い、とは何でしょうか?」
「弟を、王座に就く前に引きずり下ろすんだよ。あのバカを王位に就かせたらこの国は滅んでしまうからね」
これは秘密の契約だよ、と彼が私の耳元に手を添えて囁いた。……わたし以上のことを、この人は企んでいる。弟殿下――つまり私の婚約者だ――は既に王位を譲られることが確定した王太子。国家反逆罪として、最悪彼はさらし首級の処刑を受ける。協力してしまえば、わたしも同様だ。
「どうする、ルイーゼ嬢?」
この手を取った先は、地獄かもしれない。過った思いを振り払い、私は彼の手を取った。
「喜んで、お受けいたしますわ」
〇
1週に1度、わたしは彼と話し合うことになった。場所は図書館裏の例の木陰。共用スペースでありながら寂れたそこは、密談にはうってつけだった。
「要は、罪を取り沙汰さえできればあのふたりは共々失墜する」
少なくとも、王座から引きずり下ろしたり、謹慎の身にして一生未婚のままにしたり程度なら簡単にできるだろうと言うのだ。それくらいは分かっている。あのふたりは罪を重ねすぎだ。不義密通に、収賄に、文書偽造――少し探っただけで大量の証拠が出てくる。
「ですが、その程度では駄目なのです」
わたしがあの日味わった苦しみを、あの女に与えなければ。その思いだけが燻っている。
立場のないわたしの訴えで、それほどの罪を負わせるには相当のことが必要になるだろう。難しいことくらい分かっている。
「……ふむ。じゃあ、こういうのはどうだい?」
殺人は、いつ何時であれどきつく取り沙汰される。あの王太子や妹でも、例外なくだ。そう唐突に言った。
「君の妹があの弟を誑し込み、婚約者を略奪するという未来予知をしたという話だったのは間違いないね?」
未来予知、というのは方便だが、なぜ復讐したいのかと尋ねられた先週、わたしはそう取り繕う以外の方法を知らなかった。
彼は、それを利用してやればいいと言う。
「わたしのことを、殺す計画を立てさせて、殺人教唆と殺人未遂を犯させるということかしら」
「手っ取り早いのはそれだけれど……殺人の計画さえ取ってこれればそれで充分だろ。わざわざ殺される危険を背負う必要はない」
そう庇い立てしようとする彼にわたしは首を振った。そんな生ぬるいことを言っていられないからだ。
「あなたは王太子を、わたしは妹を。手っ取り早いでしょう?」
「……なら、俺でいいんじゃないかな。殺されに行く相手は」
ゆるりと首を振った。この人は殺されてはいけない人だと、短い間で分かってしまった。この国に今王位を継げる人間は王太子と彼のただ二人。もし彼がいなくなれば、王太子が王位を継ぐ以外の未来が無くなってしまう。彼は王に相応しい人間だ。国のことを考え、国のために弟を失墜させようと考えている。そしてそのうえで、わたしの命を心配してわたしを助けようとすらする。
「あなたは、この国に必要な人間ですから。駄目ですよ。……わたし、殺されてやる気なんてないですし。わたし、あの妹が不幸になるのをこの目で見るまでは死ねませんもの」
そうか、と彼は力なげに笑った。
〇
3年が経った。具体的にどうするかを考えること自体は、案外簡単だった。むしろ、わたしがそれを実行する体力の方が不安なくらいだった。
わたしを殺す計画を、わたしたちで企てた文書をあのバカ王太子にこっそりと渡し、それを使ってわたしを殺させる。不慮の事故で死んでしまえば、妹アリシアとの婚約は問題なく執り行えるという甘言も添えた文書だ、あのバカが使わないはずがない。
妹と共に、わたしは護衛として聖女巡業に付き合わねばならない時期がある。魔法の技術が高いわたしは適当な兵よりもよっぽど強いからだ。その時に、わたしを殺すように妹に王太子から助言してもらうのだ。そうすれば王太子は殺人教唆、妹は殺人未遂。加えて両者に不義密通の罪を負わせることができる。
「弟の側近の中に、俺と通じている者がいる。グレイって奴さ。そいつから渡してもらうことにするよ、弟はあいつを相当信頼しているようだしね。筆跡は限りなくあのバカに寄せておいたから、本人はそれをそのまま利用しようとするだろう」
「ありがとう、サフィール様」
内容はこうだ。山賊に襲われて、命からがら馬車を走らせ、いつもと違う崖路を通ることになった。そこで山賊に挟み撃ちされ、妹だけが人質に取られる。もちろん山賊集団はすべて、王太子の仕込みにするよう書いてある。
そして、身代金目的の誘拐をしようとしているように見せかけた山賊たちの手によって、わたしの乗る馬車は、御者と共に証拠隠滅のために崖下に突き落とされるのだ。
もちろんこんな計画をまともに実行したらわたしは死んでしまう、確実に。だから3年もの時間を立案から今まで必要としたのだ。
「……死ぬなよ」
「この程度で死ぬように見えまして?」
大丈夫、とわたしは拳を握りしめた。魔力を訓練を繰り返して増やし、崖下に落ちても風魔法で自身を受け止められるだけまで練習した。御者だって救えるほどに、成長したはずだ。
「見えないけれど、だから心配なんだよ」
彼がわたしの髪を一束取って、口付けた。
「……お戯れが、過ぎますわ」
「お守りだよ、死なないようにってね」
チャラチャラしているように見える彼は、本当はとてもやさしい人なのだ。この3年でわたしはそれを深く知ってしまった。週に一度会って話し込む――それだけの関係性と言ってしまえばそこまでだけれど、今までで自分のことを一番深く見てくれた相手だった気すらする。
高鳴る胸に気付かないふりをして、わたしは彼の手を優しく振り払った。……復讐で、手を染めるのはわたしだけでいいもの。そんなわたしが、彼といるなんて許されないもの。
「では次会うときは、お互いの願いが遂げられていることを願っていますわ」
「……あぁ、そうだね。君の復讐が遂げられることを祈っているよ。俺のためにもね」
〇
一週間後。わたしは妹と、巡業のための旅路へと出発した。
あと数時間で、例の崖の方へとわたしたちは向かうことになる。そこが妹の運命の分かれ道になる、いや、してみせる。
「ねぇお姉様」
「どうしたの、アリシア」
「……今回の計画を立てたのは、お姉様でしょう?」
ふふふ、と妹が微笑んだところで山賊たちが馬車へと襲い掛かっていた。妹の言葉の真意は読めない。けれど、何かが失敗しているのだ。まずい。まずい――
動く間もなく、馬車は例の崖路へと追い詰められていく。
「おい、出て来いよ! 聖女様だけだ、他は馬車の中にいろ!」
山賊は馬車の中から妹だけを引きずり出した。計画に、忠実に――
妹の口元は、あの日のように歪んでいる。……何か、企んでいるのだ。このままじゃ、本当に殺される……!
「お姉様も出てらして。ねぇ、いいでしょう? 実の姉なのです」
共犯の山賊たちは、不思議そうにしながらも妹の言葉に了承の返事をした。……出ていかざるを得ないわね。
崖路にひとり、両手を上げたまま馬車から降りる。首元には山賊に剣を突きつけられている。
「下がってくださいませ、山賊の皆様。お姉様は、わたくしの手で殺しますから」
聖女の笑みをそのままに、アリシアは私に向かって歩み寄ってくる。
「お姉様の割に、頭が回りましたのね。でも残念。ここでお姉様は死ぬのです」
アリシアの手が唐突にわたしの頬に触れた。
「光よ、わたくしに力を与えなさい。この者を糧にして」
魔力が吸いだされていくのが分かった。……っ、何てことを。聖女の光属性と言うのはこんなことができるの……⁉
焦って手を振り払うものの、一瞬で大量の魔力が吸いだされてしまっていた。普段の4分の1ほどしか残っていない。
「可哀想なお姉様。あぁ、本当に馬鹿なのね」
さようなら、と妹の手がわたしをトンと押した。体が崖下に落ちていく。
あ、死ぬ。
そう思ってしまったせいで、風魔法の展開が遅れた。どんどん落ちる速度が上がっていく。
「……こんな、ところで……!」
死なないと、約束したのだ。最後まで足掻いてみせる。風魔法を展開し、自分の体を包むように柔らかく纏わせる。予定よりも範囲が小さくなってしまったから、無事に生き残れるかは賭けだ。
ガサガサガサッ、と木々の中に体が投げ出された。体中が切れて痛い。上半身を守ろうとしたからか、足が異様に痛かった。たぶん、折れている。
「死んで、ない、帰ら、ないと――っ、」
生き残らないと。あの妹の未来の糧になんてなるものか。あの王太子に王位をくれてやるものか。
……サフィール様に、生きるって約束したんだから。
思いは空しく、意識は次第に遠ざかっていく。目の前がほとんど見えない。
ギロチンで首を落とされるよりも案外、この死に方の方が苦しいのかもしれないなぁ。
「……ゼ! ……イーゼ! ……きろ、ルイーゼ!」
サフィール様が、わたしを呼んでいるような気がした。……死ぬ間際まで、思い出すなんて。自嘲してわたしは目を閉じた。
〇
「……生きて、る……?」
手を握って開いてを繰り返す。足はジンジンと痛いし、体中擦り傷ができているからヒリヒリする。……悪運の強いわたしはどうやら死なずに済んだらしい。
「というか、ここはどこなのかしら」
自室ではない、いやに豪華な寝室でわたしは寝かされていた。人を呼びつける用のベルが枕元に置かれていたので、試しに鳴らしてみた。誰が来るのだろうか、と待ち構えていたわたしの前に現れたのはサフィール様だった。
「サフィール様……? では、まさかここは王城……?」
「俺の離宮だよ」
どうして、という言葉が出そうになって飲み込んだ。助けてくれたのだ。あのとき聞こえた気がする声は本当にサフィール様だったのかもしれない。
「……君が死ぬかと思って、肝が冷えたよ。君の妹はずいぶん性格が悪いな」
「勘付かれると思いませんでした。わたくしの失態です。……あの子はわたしを殺すくらい、虫けらを殺すのと同じようにやってのけるような人間ですもの」
君が復讐を望むのもよく分かったよ、と吐き捨てたのち、彼は唐突にわたしを抱きしめた。
「さ、サフィールさま……⁉ 何を、」
「生きていて、よかった。はは、馬鹿みたいだよ。失いそうになってから気づくなんて、馬鹿みたいだ」
何を言っているのか分からないよ、と訴えてもそれ以上サフィール様が私に何かを語ることはなかった。
サフィール様がほどなくして出ていき、同時にわたしはひと月ほどの療養生活を命じられた。相当な怪我だったらしい。この国唯一の光属性持ちが妹であるせいで治してもらうこともできないからだ。
なぜ離宮に連れてこられたんだろう。その答えはほどなくしてサフィール様から教えられた。妹と王太子はわたしがあの崖の下で死んだと思い込んだままらしい。
事故の真相究明をしたのちに葬式を、とふたりが嘆き悲しむふりをする猿芝居が進んでいっているよ、と教えてくれた。反吐が出そうだな、と眉を寄せたら同感だと言われた。
あれからひと月が経ったかどうかといったころ。わたしたちはこの国の王により、真相究明を兼ねた場に――いいえ、妹たちの断罪の場へと召喚されることになった。
「……な、なぜお姉様が生きているんですの……⁉」
「くそっ、しくじったのかアリシア!」
暴かれる前に自分の所業を言ってしまってどうするんだ、と呆れつつも査問会が始まった。
「ルイーゼ・ペルシェリー。其方が、妹であるアリシア・ペルシェリーに、魔力を奪われたうえで崖下へ突き落とされたという証言に間違いはないか?」
「はい、陛下。ここに証拠もございます」
そう言って突きつけたのは、準備していた3年間で用意した録音機だ。魔木から作った魔紙に音声を焼き付ける魔法式を書きつけておくことで記録を可能にする魔道具である。アイデア自体は元々存在したものの、魔道具を作るには膨大な時間とそれ以上に膨大な魔力が必要とされるから今まで実現されていなかったものである。それをわたしとサフィール殿下の二人がかりで作り上げた。ちなみに今回の音声は、馬車の中からずっと録っておいたものだ。破損もほぼなかったおかげで、こうしてダメ押しに証拠を出すことができたのだ。
「なるほど、本当らしいな。――そして、愚息よ。テオドール・パラディス、お前のことだ。この文書にルイーゼ嬢の暗殺計画が記されているが……今回のことを企んだのはお前で間違いないな?」
「父上、俺はそのような姑息なことはいたしません! この女が企んだのです、このルイーゼが! 自身の妹に嫉妬して!」
バカな奴、と隣でサフィール様が呟いたのが聞こえた。そして、拡声の魔道具に口元を近づけた。何かを証言する気らしい。
「父上、私に発言を許してくださいませんか?」
「許す、話してみよ」
「弟の筆頭騎士であるグレイ・アンレットからの勇気ある証言に加え、不義密通の証拠を提出したいのですが、よろしいですか」
周囲が一気にざわついた。殺人を企てたのに加えて、不義密通。婚約者のいる男にとってこれは相当なスキャンダルだ。それもその男が王太子なら余計にそうだ。
「不義密通、だと? なるほど、そこまでの馬鹿だとは思わなかったな。よい、続けろ」
「グレイによると、殿下は2ヶ月前の夜にアリシア嬢を自室に呼び出し、計画書を見せて姉の殺人を教唆したうえで、不義密通に当たる行為に及んだと証言しております。加えて、娼館に秘密裏に通っていた際の金銭出納帳もここにございます」
ついでにこれも、と渡したのは王太子が様々な記録を誤魔化すために賄賂を贈った金額記録だ。出所が国費である時点でそもそもこれだけでも重罪は免れないというのに、どこまでもサフィール様は王太子を陥れる気らしい。この怒りの矛先が自分だったらと震えあがってしまうくらいには中々恐ろしいことをする。
「……確かに受け取った。以上のことから、テオドール・パラディスとアリシア・ペルシェリーには厳罰を与えるものとする。異論がある者は!」
異論を唱える者などいるはずがない。当人たちは冤罪だと喚いているが、判決が覆るわけもない。
「では、テオドール・パラディス。お前には、王位継承権の剝奪と【塔】への無期限拘留を命じる。アリシア・ペルシェリーには、殺人にその聖女の力を利用したという大いなる罪に基づき、魔力を制限した上での【塔】への無期限拘留を命じる」
連れていけ、と陛下が仰った瞬間に、喚くふたりを衛兵たちが拘束して【塔】へと引っ張って連れていく。貴族用の独房が並ぶその施設に入れられるのは相当の重罪を犯したものだけだ。……わたしが毒を盛ったとして前に拘留されていたのもあの施設の地下である。
「スッキリした?」
「思ったよりかは。どちらかというと重荷が外れたと表現する方が正しいかもしれません」
サフィール殿下にぽつりと返事をすれば、無言で頭を撫でられた。ほっとする気持ちのままわたしはそれを振り払うこともなく、連れていかれるふたりの背を見つめていた。
これでようやく終わったのだ、と息をついたときだった。
「父上。このような悲報が相次ぐ中では、国民たちも我々も気が滅入ってしまっていることでしょう」
突然サフィール様が陛下にそう語りかけた。聖女と王太子、両方を失ったのだから当たり前だけれど何を言い出すんだと私は目を見開いて隣の彼を見る。だが、わたしの圧をものともせずに彼は話し続ける。
「ですので、ここでこの国を明るい方向へと導く第一歩として輝かしい知らせをすべきだと思いませんか?」
「何を望むのだ、サフィールよ。よい、言ってみろ」
にこりと食えない微笑みを浮かべたサフィール様は衝撃の一言をそこで発した。
「私、サフィール・パラディスと、今回王太子と婚約が解消される運びとなった悲劇の令嬢、ルイーゼ・ペルシェリーの婚約を許可していただけませんでしょうか」
……婚約? わたしと、サフィールが?
「どういうこと、」
そうわたしが問いただす前に、陛下がそれに返答してしまう。
「許そう。慶事がひとつくらいなくては気が滅入るというのも確かだ。それに、其方は今回の件に大きく貢献したというのもあるからな」
王族の婚約がこんなに簡単に決まっていいはずがない。ということは、サフィール様は既に根回しを済ませていたということだ。
「わたし、いいとは言って……!」
「後で話すから、許して」
周りはすっかり歓声に包まれてしまった。わたしひとりではもう止めることなんてできないほどに。
悲劇の令嬢と救国の王子の婚約だ、と盛り上がってしまったこのビッグニュースは今日のうちには城下にも広まっていくだろう。
「……恨みますよ」
「出し抜いたことには謝罪しておこうかな」
ベッと舌を出して悪びれたようにふるまう彼の様子は明らかに面白がっていた。形ばかりの謝罪にわたしは肩を落とすことしかできなかった。
〇
ほどなくして、わたしたちは歓声の中離宮に帰ってきた。
「言い分を聞こうじゃありませんか、サフィール様」
「出し抜いたことは謝罪しただろ」
「いやいやいやっ、婚約とは本来、了承を互いに取ってからすべきものでしてね……!」
頬を膨らませて怒るわたしを宥めながら、サフィール様は椅子に座り、向かいにわたしも座るように言った。仕方なく席に着くと、サフィール様は食えない笑みを浮かべてわたしに驚くべきことを告げる。
「了承自体はしてくれたじゃないか、3年前に」
「はい?」
「言っただろ、『この先、サフィール殿下の仰ることに従うとお約束いたしましょう』って、あのときに」
……まさか、まさかだ。復讐を見逃す代わりにと懇願したあのときのことを持ち出しているのだろうか。
「そ、それは今回に関することじゃ……!」
「この先って言ったでしょうに。約束を違えるのは貴族としてありえない、って昔言ってなかったっけ」
おもむろに立ち上がった彼が私の手を取って口付けた。
「サフィール様、ちょっと戯れが過ぎます……!」
「婚約者の逢瀬なら問題ないでしょ。それと、サフィールって呼んでね。これからは」
婚約者なんだから、と彼はわたしの耳元に囁いた。いつかに似たようなことをされた覚えはあるけれど、圧倒的に状況が悪い。
「あはは、真っ赤だ」
「ひぇっ、」
サフィール様がわたしの両頬を包み込むように手を当てて、優しくキスを落とした。
……え、どうしてこうなったんでしょうか。
胸のときめきとドキドキが、わたしの心が既に彼に奪われていることを教えてくれる。ダメ押しである。嫌って言えない状況なのがサイアクだ。喜んでしまっている自分がいる。
……あの日、ギロチンの刃が落ちる瞬間まで、私は自分が幸せになる未来なんて想像したことがなかった。ただ、妹を。王太子を。私からすべてを奪った人間たちを不幸にすることだけを考えていた。
だから、復讐が終わった後に残るものなんて何もないと思っていたのだ。
憎しみが消えたら、私は空っぽになるのだと。
……けれど違った。
「……サフィール」
「なぁに」
「ずるい人ですよね、あなたは」
知ってるよ、と彼はけらけらと笑った。即答されて思わず呆れてしまった私は悪くないと思う。
昔から、わたしはずっとこの人に惹かれていた。軽薄そうに見えるその奥にある優しさに。誰よりも周囲を見ていて、国のことを考えていて、誰よりも私を見ていてくれたその真っすぐさに。
「わたし、悪女ですよ。妹を、陥れた悪女です」
「じゃあ俺も同罪だ。……それにね、君が本当に悪女ならそんなことを気にしたりしないさ」
じわりとにじんだ涙を彼が拭ってくれる。その手つきさえ優しくて、本当にこの人は、と余計に涙が出てきてしまう。
「悪女になろうと、復讐をしようとしていた君も全てひっくるめて君が好きなんだ。君が死にそうになっているのを見て、好きだって気づいてしまったんだ。手放せないと、思ってしまった。……隣にいて、これからの未来を一緒に歩んでほしいんだ」
ふたりならきっとこの先も、進んでいける。そう彼はわたしの頭を撫でた。
「わたしが悪いことしようとしたら止めてくださいね、悪女ですからね、わたし」
「逆も止めてくれよ。俺がこの国にとって悪い王になったときは、君が止めてくれ」
ははっと笑った彼につられて、わたしも笑いを零した。
かつては想像していなかった。復讐の先に幸せなんてないと思っていた。そこで、終わりだと。
絶望しかない未来だった。妹に奪われ、王太子に踏みにじられ、何もかも失ったと思った人生だった。
でも、今わたしはここにいる。
愛してくれる人の隣で、生きている。
「サフィール」
優しい春の風が窓から私たちを包むように吹き抜けていく。
「愛しています」
「……俺もだよ、未来の王妃様?」
ぱちくりと目を瞬かせる。そして次の瞬間、頬が一気に熱くなる。
「気が……っ、気が早いです!」
「あはは、じゃあ婚約者様かな?」
揶揄う彼にはきっと一生勝てないなと思いつつも、以前のように手を振り払うことはしない。
だってわたしはもう知っている。復讐だけがわたしの人生じゃないんだと。未来は希望に満ちているのだと。
誰かを憎むためではなく、誰かを守るために生きる未来もあるのだということを。
――これは、処刑台から始まった私の復讐譚。
そして、愛を知るまでの私と彼の物語。
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