オープニングアクト
心に虚空が出来た日を少年は忘れない。
忘れないというより、忘れられない。
全てを失ったあの日、少年の世界は大きく変貌した。
――我が選びし者よ。お前に力を授ける。すべてを殺す力を。お前が望んでいる唯一無二の力を
熱き日差しが木々を貫いて大地を照り付ける森の中、一人の少年が汗を流しながら周囲を見渡していた。
この少年の名前は陸島鉄明。今年、高校一年生になった髪型がオールバックの少年である。服装は薄い特性の学ランに黒のズボン。そして腰に付けたベルトに一本の刀を下げていた。
「ったく、こんな訓練意味あるのか……?残りのドローンはどこ飛んでやがんだ?」
汗を拭いつつ、陸島は周囲を見渡す。
その最中、陸島は周囲にある成長した木々のせいで過去を思い返していた。
否、正確には思い返されていた。まるで何者かが陸島の脳内にある映写機を強引に回しているかのように。その時、手足に力が自然にこもる。
(五年も経った。三人があの魔女に殺されてから……未だ浮かばれぬ魂になっちまって……俺は何をやってんだ)
目の前の木々を見ているうちにやがて、少年は否応なしに思い返される。かつての惨劇が。少年を変えたあの日を。
――どうして……ねえ起きてよ、死んじゃやだよ
惨劇の日。
日の落ちた夜の世界に響く、雨の音。
森の中、幼き少年の周囲には血の海に沈んだ三人の姿。
その三人の奥に佇む、一人の姿。仮面を付けた者がこちらをただじっと見ていた。その手で三人を、少年にとってかけがえのない大切な人達を殺した者は泣き叫ぶ少年を見ていた。どう見ていたのかといえばそれは仮面を付けていたせいで分からなかったが、ひざを折ってその場にへたり込む少年を見下ろすように見ていたのは確かだった。
「あ……ああ」
目が合った。
仮面の者の目が少年から見えていたわけではなかったが、それでも目が合った感覚が少年にはあった。彼がそれを知覚したとき、顔が青ざめ、震えが走った。次は自分が殺されるとその一瞬で理解したから。
――うわあああぁっ!!
「……くそ。また思い出しやがる」
陸島は俯く。
未だにその光景を思い返さずにはいられなかった。
「特に最近はひどいな……ああ。皆が言っているのか。早く仇を取ってってさ」
先に散っていった者たちの声なき声に陸島は自虐気味に一人で納得していた。
その最中で陸島の耳がかすかな音を捉える。機械の回転音が、複数のドローンが上空を飛んでいるの音を。
「そうだよな。無残に殺されて五年経って何もしてやれなきゃ、そりゃあ怒りたくもなるよな?」
押し出されたような笑顔で少年は拳を握る。
「ああ、悪いがもう少し待ってろ。ここにいつまでも俺はいる気はないさ……!」
口のないドローン達の回転音に陸島は苛立ちを覚えた。
その音が相手をしてみろと言っているように聞こえていたのだ。陸島はドローンの煽りに対し、それを取り出す。
取り出されてのは一本の十手。かつて家族のように親しかった者たちからの最期の贈り物。
「はあああっ……!」
そして少年にとっての武器でもある。
握った十手に力を籠めると木々の枝が数本地面より隆起し、少年はそれらを曲げて形を作る。
「あれくらいは落とせなきゃな」
不敵に笑う少年が見ていた先には木々より高い場所で三機のドローンが宙に浮いていた。
ゆらゆらと動く軌道を見て、少年から見てそれは『捕まえて見ろ』と笑っているように見えた。
(力を身に着けて、早くこの島を出るんだ。皆のために……!)
その手には魔術によって出来上がった弓矢が一つ。
ドローンの狙いを定め、矢に魔力を込める。
(そしてあいつを……殺してやる!)
ドローン迎撃の最中に脳裏に浮かんだのは、三人を殺した存在。
仮面を付けた男か女かわからない何者かの姿。
「そおらっ!」
決意とともに放たれた一矢には彼の手より魔力が込められていた。
木々を超え、その先にある一機のドローンを貫く。そしてまた一矢がドローンを貫いた。
「最後の一つ……!」
弓矢で構え、狙撃するも最後の一機はそれをひらりとかわした。
残った一機に対し、苛立つ陸島は弓矢を捨て、腰に下げた刀を引き抜く。
「だったらこうだ」
ドローンに向けて、駆ける陸島の足。
その足に魔力を流し込み、踏み出す大地へと流す。足元の地面が魔力によって次から次へと隆起し、それはドローンに向けて上る階段となる。駆ける足は徐々に地を離れ、ついにドローンの前に少年は刀を振り下ろした。
「はぁっ!」
振り下ろされた刀の一閃がドローンを切り裂き、制御を失ったそれは大地に緩やかに落ちて爆発する。
「……よし。今の使い方は悪くないな」
掴んだ手ごたえに陸島は拳を握りしめる。
日々積んでいた経験が確かな形を成している事に充実感を噛み締めていた。
「そっち行ったぞ!鼠川!!」
「わかった!」
一方、同じ森の中で別の場所にて。黒の学ランを着た二人の男子が何かを追いかけていた。鼠川と呼ばれた背丈の低い男子は向かってくる黒い空飛ぶ機体に視線を向けた。機体の周りには四つの輪にいずれにも回る羽が付き、その中心には四角い機械を挟んで小さなノズルが組み込まれていた。いわゆるドローンである。
「そこっ!!」
鼠川は手に持った木製の杖を飛んでいるドローンに向けて振るう。すると彼の周囲に渦巻く水が二つ三つ現れ出でる。それは海上の渦のように縦ではなく真横に飛んで逃げるドローンに向けられ、銃弾のように勢いをつけてまっすぐ放たれた。
「いっけぇぇぇー!!」
渦巻く水の群れはドローンにやがて追いつきその羽を削らんとしていた。しかしドローンはそこで真上に飛び上がる。
「あっ!?」
ドローンはバッタのように勢いよく飛び上がり、鼠川の攻撃は回避された。
「まだだ!!」
一方で彼の近くにいたもう一人の男子。
短い髪を逆立たせた髪型が特徴的な彼の名前は鴉田春一。彼は両手のひらに力を込めて輪を作る。
「真上に飛ぶんだったらぁっ!!」
するとバチバチと紫の火花が彼の両手の輪の中で引きおこり、一つのエネルギー体となったそれを彼は飛んでいるドローンに向けて発射する。エネルギー体は水の群れよりも速い速度でドローンの上を取ると、真下に向かって紫色の電撃を叩き込んだ。ドローンはなすすべもなく焦げた機体を晒しながら地面に落ちた。
「よっしゃあ!!」
「これであと二つ……あ!」
鼠川は視界にひょいと飛び込んでくるドローンを捉える。そしてそれの最後も。
「うぁっ!?」
鼠川は突然の衝撃に襲われる。目を閉じ、両腕で遮りつつ水の魔法でバリアを張る。爆風がドローンを襲った時の余波だ。
「な、なんだ!?」
「ああ、すまない鼠川君。ちょっと強すぎたようだ」
爆風の中から出てきたのは黒縁の眼鏡を掛けたマッシュヘアーの男子。両手に持ったトンファーを腰のホルダーにしまいながら彼は鼠川に近づいてくる。彼の名前は蛇島光。
『あ』と声を漏らして彼は爆風によって巻き上がった砂埃が学ランに所々付いているのに気づくと、一旦そこで止まってやれやれと言いながらはたいていた。そんな彼に鼠川はきらきらとした視線を送る。
「いや……でもすごいよ今の!!燦央院さんと一緒に修業した成果でしょ!?」
「あ……ああ……そうだ、な」
真っすぐな反応にぎこちない声で蛇島は返す。
「どうしたの?どこか痛む?手当てする?」
「いやいや大丈夫だ何でもないそれより最後のドローンを早く――」
「早口ってことはあれか。ラッキースケベでもかましたか?」
「違う!!そうじゃないっ!!」
駆け付けた鴉田の冷ややかな視線と突っ込みに蛇島の声は荒くなる。
同時に頬も赤い。
「いやいや、これは何かあったよ。そうだろ鼠川?」
「ああ、うん。でも人のアレコレというか……そういうデリケートなのはちょっと避けたいというかさ」
「ああもう!それより最後の一つ――」
蛇島の声を遮るように遠くで何かが爆発する音が響いた。
「……これ、爆発音だね」
鼠川は二人を見た。
「ああ。でも俺らがここにいるってことはさ……」
「彼だな」
三人は爆発のあった方角に視線を向けた。
すると足音と共に森の中から一人が三人の前に出る。
「相変わらずというか、すごいよね」
鼠川は近づいてきた彼にどこか引きつりながらも彼の強さに感心していた。
「ああ。なんやかんやドローン破壊したの今ので合わせて六つ目だろ?陸島」
続いて蛇島が彼のドローン撃破数について確認する。
「そうだな」
陸島は見向きもせず短く返答し、三人の隣を歩いて過ぎていく。
「かーっ。またあの技で切り落としたんか?ほんと魔法使うの上手いよなあいつ」
「うむ。上手いというか応用してるというか……」
刀を鞘に納め、去っていく陸島の背中を三人はじっと見ていた。
熱き日差しの照り付ける中、彼らのいた森は日本本土ではなく離れた小島の中にあった。
「ここにいましたか。陸島君」
「ん?」
一方、陸島と呼ばれた男は三人よりも先に森を抜けた先の道で一人の女性と出会っていた。
「なんですか校長先生」
校長先生と呼ばれた短い銀髪に顔にしわの見える女性は老婆というには背をまっすぐに伸ばし、黒いビジネススーツとロングスカートを着ていた。
名前は佐倉京香。陸島たちが通う高校の校長。
「腕前、上げましたね」
「ええ。色々と学んでは振るっていますので」
「その調子なら、島から出て研修に向かっても大丈夫だとは思います」
「……何か御用ですか?」
陸島は顔をしかめた。
その様子に校長はしょんぼりとした顔つきを見せる。
「相変わらずムスッとしてますね。貴方」
「暑いんでね。おまけにこの暑さの中で動けば尚の事です」
「そうですねえ。水はしっかり飲んでくださいね」
校長は笑って水分補給をするように伝える。
「……そうそう。この島に来てからしばらく経ちますが、どうですか?目的には届きそうですか?」
先ほどの顔つきから一変して瞬時に目の色を変えて、校長は陸島に問う。
目の色は特段何らかの感情を向けているわけではなかったが、その目は何かを探る色をしているようだった。
「来た頃に比べれば多少は。早く力を身に着けて、外の世界に出たいですね。それが俺の目的達成のための……次のステップですから」
「そうですか。目的のために邁進するのは良いことです。貴方の場合、少々気になりますが」
「……ところで、何か御用ですか?」
険しい顔つきの陸島に対し、校長はスーツから取り出したスマートフォンを取り出して操作をする。
「ええ。実はですね――」
しばらくして陸島のポケットが震える。
「あの……いったい何を――」
スマートフォンが写した画面を見たとき、陸島は驚いた。
「……これは?」
「ええ。次の決闘の相手です。無論、受けるも受けないもあなた次第ですが。今のあなたには、関係ないと思うのでしょうけど」
「どういうことですか……校長先生?」
「どういうことも何も……それが彼女の決断ということですよ」
画面内の文字をじっと見る陸島。そこに間違いがないかを探るように目をじっと凝らす。
(何考えてんだアイツ?俺と決闘をするだと?どういうつもりだ……?)
妙なざわつきが陸島の胸中を駆け巡る。
夏の暑い日。一つの分岐点が確かに差し迫っていた。
「……まあいいさ。来るなら来い。力を身に着けるなら出来るだけ多く戦った方が得ってもんだ。あいつらへの手向けも早い方がいい」
陸島は不敵に笑った。
何故、彼らは魔術を振るえるのか?
陸島はどうして力を求めるのか?
その先に彼は何を見ているのか?
全ての答えを知る術は、過去にある。
時は三か月以上前の四月まで遡る。
プロローグとなるオープニングアクト、如何だったでしょうか?
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