アキラの神隠し
拙作『なんかオレの体が正しく第二次性徴しないんだが?』のサイドストーリーです。まだ読んでいない方はそちらを先に読んでおくことをおすすめします。
私は松田アヤ。16歳。高校一年生よ。
今日は友人の和泉アキラちゃんと、田中ノブヒロくんと小旅行の真っ最中。
アキラちゃんは中学の頃からの友達。
彼女は元々男の子だったんだけど、体が女になってしまう奇病『アロマターゼ過剰症』によって今は女子高生として過ごしている。
ノブっちも中学からの友達だけど…、彼はそんなアキラちゃんにぞっこんの幼馴染の男子。
なんというか、もうこっちがお腹いっぱいになるほどの溺愛ぶりに、ちょっと引くことがある。普段は至って真面目な体育会系の男子なのにね。
「うめーなこれ。ノブのも少し味見させて」
アキラちゃんが当然のように箸を伸ばし、ノブっちの弁当から厚焼き玉子を掠め取る。
「ちょ、肉まで取るなアキラ。残りの飯に必要な配分が崩れるだろ」
文句を言いながらも、ノブっちの口元はどこか緩んでいるわ。
「アキラちゃん、あたしのも食べてみる?そっちの煮物も少しちょーだい。あ、本当だ、おいしい!」
そこへ私が笑いながら加わり、ボックス席は和やかな空気に包まれた。
窓の外には、都会のビル群が嘘のような濃い緑が流れ始めていた。
オレは和泉アキラ。高校一年だ。こんななりだが、一応男だ。大事なことだが、まあそれは一旦置いておこう。
オレは今、いつもの三人で田舎のローカル線に乗って、車窓に流れる自然をながめつつ駅弁をついばんでいる。
なんで俺達がこんなことしてるかって?
アヤの部活の手伝いで、とある村のミステリースポットの取材にいくところなのだ。
数日前の放課後のこと:
「アキラちゃーん、ちょっといいかな?」
「ん?なになに」
「実はさー、うちのミステリー同好会で取材したい場所があってさ、よかったら今度の土日つきあってくんない?」
「なになに?古民家旅館、不思議な事件の噂?すっげー楽しそう!ノブも絶対来たがると思うよ!」
本当はもう一人アヤの部活の部員の人が行く予定だったけど、予定が入って来られなくなったらしく、というわけで急遽オレとノブがついていくことになったのだ。
「ふたりとも、次の駅で降りるよー」
ド田舎の木造の無人駅を降りると、ほぼ人の居ない小さなロータリー、向かいには古びた理容店や薬局、シャッターの閉まった写真店などが見える。
「おー。なんか雰囲気あるなあ。映画とか撮れそうな雰囲気あるよな」
「昭和感やばいよね―。そうだ、写真撮っとこうっと」
「お見ろよアキラ、こっちには電話ボックスがあるぞ。実物は初めて見たかも」
なんだかワクワクしてきた!楽しみだな!
アヤ視点:
「着いたわ。ここよ」
駅から30分。砂利道を歩き続け、ようやく辿り着いたのは、斜面にへばりつくように建つ古びた木造旅館だった。
「はーーー、やっとかー。つーかーれーたー……」
アキラちゃんが玄関先で膝をつく。
「タクシー捕まんなくてごめんねー」
「そうか? このくらい歩きで結構平気だぞ」
ノブっちは涼しい顔で、アキラの首筋に鼻先を寄せ、深く息を吸い込んだ。
「……よし、アキラ成分補給完了。元気100倍だ」
「ちょっ! また吸うな!」
真っ赤になって暴れるアキラちゃんを、「はいはい、いつものね」とスマホのシャッターを切りながら眺めていた。だが、あたしの目には、旅館の屋根から立ち上る、澱んだ灰色の霧が映っていた。
あたし達は部屋に着いて一息ついた後、近所を散歩することになった。
二人の後ろを歩きながら、私は周囲を観察する。
旅館の裏手には竹林があり、その前に古い納屋がある。
ふと、古い納屋の陰から、小さな影が覗いているのが見えた。
真っ赤な着物を着た子供。
(こんなところに子供? いえ、違う、あれは――座敷わらし……?にしては違和感があるわね)
「あ、君、待って!」
アキラちゃんが、導かれるようにフラフラとその影を追いかけていく。
「アキラちゃん、そっちはダメ!」
何か嫌な予感がしてアキラちゃんを止めようとしたけれど、私の声も届かず、アキラちゃんは半開きになった納屋の闇へと吸い込まれていった。
直後、「うわっ?」アキラちゃんの短い悲鳴。
「アキラ?」
弾かれたようにノブっちが駆け出す。
ゾワッ。
急に二の腕や背中に鳥肌が立った。
感じる。この山だわ。……まずいわ。なにか嫌な気配がするわね。
不安になった私もアキラちゃんとノブっちが入っていった納屋へと向かう。
何ごともなければいいんだけれど。
ノブ視点:
「こういう所少し苦手なんだよな…」
少し目を離した隙に、納屋の中に行くアキラを見失った。どこに行った?
納屋の中は暗闇だった。寒気がする。
俺はお化けが出そうな雰囲気にビビりつつ、恐る恐る中をくまなく探す。
「おい、アキラ!何があった!返事しろ!」
返ってくるのは、カビ臭い納屋の空気が震える音だけだ。
外の夕暮れが嘘のように、ここだけが異様に暗い。お化けだの幽霊だの、普段なら鼻で笑うような迷信に、今は心臓を鷲掴みにされている。
どこだ? この狭い納屋のどこに消えた?
奥にある古い農具の影、積み上がった藁――どこをかき分けても、アイツの"匂い"が見当たらない。
俺は途端に焦燥感を覚えた。
「……っ、またかよ」
脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。
朽ちた廃屋の窓際。スローモーションのように宙を舞う、小さかったアキラの体。
あの時、俺が伸ばした手は、あと数センチ届かなかった。
アキラを池から引き上げた時の、あの泥水のように冷たかった体温。俺の背中で熱を出して、今にも消えてしまいそうにぐったりしていたアキラの重さ。
「俺はアイツを守るって、あの時誓ったのに……!」
手が震える。
あの日、和泉の家の前で親たちに怒鳴られながら、俺は「納得いかねえ」と思っていた。
でも、本当は自分自身に一番腹が立っていたんだ。
『二度と、あいつの手を離さない』
そう決めて、中学でも高校でも、ストーカーと言われようが側に居続けた。アイツに何が起きようとも、俺が守ればいいだけだと思ってた。
なのに、また目を離した。
俺の腕の中から、アキラが消えた。
「アキラ!! 出てこい! 冗談だろ、おい!!」
叫び声が暗闇に吸い込まれていく。
ただ、自分の無力さと、アキラを連れ去った「何か」への殺意に近い執着だけが、暗い納屋の中で膨れ上がっていた。
アキラ視点:
着物の子供に誘われるまま、暗い洞窟の奥へと進んでいた。
「おーい、どこ行くんだよ」
不思議と怖さはなかった。ただ、奥に祀られた「壊れた神棚」を見た時、胸が締め付けられるような寂しさが伝わってきた。
(誰にも思い出してもらえなくて、寂しかったんだな……)
無意識に手を伸ばした瞬間、指先から熱が吸い取られる感覚。
視界がぐにゃりと歪み、気づけばオレは巨大な岩の前に立っていた。
その岩からはなんだか神聖な気配が宿っている気がした。
古いしめ縄が、今にも千切れそうにその岩を縛っている。
子供がその岩を指差し、悲しげに首を振る。
「これ、解いてほしいのか?」
コクリと子供が頷く。
オレは岩を見上げると、背伸びをして、しめ縄に手を伸ばそうとする。
くそ、もうちょっと背が高かったらな。
そう思いつつ、ふらつく体を支えようと岩に手を触れた瞬間―――
しゅるり、ボトッ。
何故か、しめ縄がほどけ落ちた。そして―――
ズドドドドッ!
足元から地響きが鳴り、岩の下の地面から「黒い煙」が溢れ出す。
「うわ!なんだこれ、え……あ……っ」
(暗い。寒い。淋しい)
それは、煙というよりも、ここにいた"何か"の数百年分の「孤独」そのものだった。
オレの意識は急速に冷えていき、最後に叫んだのは、一番信頼しているアイツの名前だった。
―――ノブ!!
ユキ(アキラママ)視点:
私は和泉ユキ。除霊が家業だった実家の梢梠家の末娘。
今日は日曜日。私の息子、いえ娘かしらね、我が子のアーちゃんは友人たちと一緒に旅行に行っているそうで、少し家の中が淋しいわね。
「……はい。和泉です。あらアヤさん、何かあったのかしら?」
アーちゃんの親友の松田アヤさんからの電話です。なにやら山奥の旅館でアーちゃんが行方不明になったとのこと。心配ですわね。
しかもあの山。もしかしてアーちゃんったらまた魅入られたのかしら。
場所を聞いて合点がいった。あそこは古い土地神が、忘れ去られ、歪みかけている場所。
アーちゃんの、あの「無自覚に神を癒やす力」に惹かれ、連れ去られたのでしょう。
現地へ着くと、そこには半狂乱で山を駆け回る、アーちゃんの幼馴染のノブヒロくんがいた。
「ノブヒロさん、落ち着きなさい」
私は着物姿のまま、神の通り道を辿る。山の木々が、私を避けるように道を開ける。
辿り着いた広場。そこには、霊力の塊に包まれ、眠り続けるアーちゃんがいました。
アーちゃんの精神はまだこちら側にあるようです。少しホッとしました。
私は目を閉じ手を合わせ、この土地神の御心を感じ取ります。
「……そういうことね」
この土地神、寂しさのあまりアーちゃんを自分の「依代」……いえ、自分の「身代わり」にしようとしている。
まずいわね。神の魂と混ざりかけている。アーちゃんを引き戻すには、強烈な「こちらの世界への未練」が必要だわ。
「ノブヒロさん、アーちゃんに接吻しなさい。そうすれば目覚めるはずよ」
「せっぷ、なんですかそれ?」
「バカねノブっち、接吻よ。キスよ!」
「ええっ!? お、おばさん、何を……!」
「いいから早く! 時間がないの。アーちゃんが『生き神』としてあちら側に固定される前に、あなたの『執着』でこちらへ繋ぎ止めなさい!」
アヤ視点:
あのあと、あたしはアキラちゃんの家に連絡したら、なぜかアキラちゃんのお母さんが来た。
着物姿でとてもきれいな方。どこかアキラちゃんに似てて、でも奥ゆかしくて凛として素敵な雰囲気の方だわ。
ユキさんに付いて獣道のような道をかき分けて山の奥へ進む。
あとから村の消防団の方も付いてきてくれている。
サッ、サッ
何故かしら?ユキさん、着物なのに歩き慣れている?
というよりも、木々が避けているような?
たどり着いた先にはぐったりして動かないアキラちゃん。
「アキラ!!」
アキラちゃんを心配そうに抱きかかえるノブっち。
ユキさんはしばらくアキラちゃんの様子を確認すると、少しホッとしたような顔をして、目を閉じて手を合わせています。
いったい何をしているのかしら?
ユキさんは目を開けると山の何かを見つめて「そういうことね」とつぶやき、ノブっちに言います。
「ノブヒロさん、アーちゃんに接吻しなさい。そうすれば目覚めるはずよ」
ええええ?どういうこと?!
ノブ視点:
ユキさんの言葉はしばらく理解できなかったが、アキラの顔色がどんどん青ざめていくのが分かった。
このままじゃ、こいつが消えてしまう。そんな気がした。
「……すまん、アキラ」
俺は泥だらけの膝をつき、冷たくなったアキラの唇に、自分のそれを重ねた。
(行かせない。神様だろうが何だろうが、こいつは俺のもんだ……!)
心臓が壊れるほどの熱量を込めて、深く、深く、自分の印を刻み込むように。
アキラ視点:
"私"は暗闇にいた。暗い。淋しい。寒い。そんな感情が心へ入り込んでくる。
そこへ、一条の光が差し込んだ―――
光の向こうで誰かが"私"の名を呼んでいるような気がする。
"私"は光へ手を伸ばす。誰かが"私"の手を取った。
"ノブ"?
じゃないな誰だ?この人。
"私"はそのまま彼に抱かれて、キスされた。
「わああああああ!!!!」
オレは咄嗟にそいつの頬を叩く!
「なにしやがる!!!」
「……痛ってぇ……」
頬を押さえて涙目になっているノブ。
背後で腰を抜かしているアヤ。
そして、満足げに微笑むお母さん。
「……え? オレ、なんでここで寝て……ノブ、なんでお前、口押さえてる?まさかさっきのって……」
夕暮れの山に、オレの(少し高くなった)叫び声が虚しく響き渡った。




