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3-1 学園へ

 スイーテニア王立学園――――。

 ここ、スイーテニア王国において、もっとも広大な面積を誇り、最新鋭の設備が揃った、貴族のための学び舎である。本校舎は、高貴な白を基調として建てられた、歴史的にも価値のある建物だ。

 白いブレザーを着た生徒たちが、寮から校舎へと向かっている。

 彼らの腰には、同じ形の剣があった。学園から支給されたものであり、制服と共に帯刀が義務づけられた、この学園の生徒である証。

 そんな彼らの流れに沿って、俺たちも校舎へと向かっていた。

 この学園は全寮制であり、生徒たちは、与えられた部屋で寝泊まりしなければならない。

 例に漏れず、俺たちも、昨日から寮で生活していた。

 クレアのために改装した屋敷を、二年も離れることになるのは些か悲しいが、分かりきっていたことだ。文句を言ったところで何も始まらない。

 それに、悪いことばかりでもなかった。

 全寮制という制度が故に、学園の敷地は厳重な警備によって守られていた。

 学園の敷地は高い外壁に囲まれており、その上には、常に騎士が見張りとして立っている。

 そして、外壁の周辺は魔導具によるセンサーが張り巡らされており、部外者が近づくと、警報が鳴り響く。

 近くには騎士団の駐屯地があり、警報が鳴り次第、騎士団が瞬く間に駆けつける。

 そういった警備体制によって、創立以来、この学園は侵入者を許していない。

 なにはともあれ、学園にいる限り、ある程度の身の安全は確保できる。クレアを一番に想うなら、悪くない環境だ。


「制服を着るのも久しぶりね」

「そうだな。よく似合ってるよ」

「あら、ありがとう」


 クレアは、当然とでも言うように得意げな笑みを浮かべる。

 いつの間にか、彼女は俺の誉め言葉を、正面から受け止めてくれるようになっていた。

 それがとても嬉しくて、つい口角が上がってしまう。

 そんな俺たちに、先ほどから蔑むような視線が集まっていた。


――――あれ、ハートレイン家の……。

――――リンゼル様を男爵家に取られたっていう……。

――――よく顔出せたな……。

――――散々嫌がらせしてたくせに……。


 様々な陰口が聞こえてくる。

 しかし、俺たちはそんな声を意に介さず、他愛のない会話を続ける。

 陰口を叩くような連中なんて、どうでもいい。クレアもそう思っているのか、周囲を一瞥すらせず、俺の瞳を見つめている。


「――――あら? クレア様ではないですか」


 ただ、わざわざ進路を塞ぐような輩に関しては、その限りではない。

 俺たちの前に立ち塞がったのは、二人の少女だった。

 片や、金髪の巻き髪。片や、焦げ茶色の癖毛。

 俺たちは、この二人をよく知っている。

 ミルカ=セルドリー、そして、シロン=トーラス。

 どちらも伯爵家の令嬢であり、クレアの元取り巻きである。


「よく顔を出せましたわね。王子殿下の婚約者に、あれだけの仕打ちをしておきながら」


 巻き髪の先端を弄りながら、ミルカはクレアに見下すような視線を向ける。

 クレアがベルモンド家に嫁いだことで、彼女たちの立場は逆転した。

 伯爵家が男爵家に不敬を働いても、この場で彼らを咎める者はいない。


あの子(・・・)の苦しむ顔を見ながら、私たちはずっと心を痛めていたんですよ?」


 シロンは、目を細めながら、クレアをくすくすと嘲笑う。

 クレアはうんざりとした顔で、目を逸らした。あの子――――つまり主人公を苦しめていたのは、この二人だ。彼女が王族の婚約者になった途端、こんなあからさまな手のひら返しを見せられたら、いくらクレアであっても、鼻で笑いたくなるというものだろう。

 そんな態度が気に障ったようで、ミルカとシロンは、顔をしかめながら詰め寄ってきた。


「男爵家風情が……私たちをシカトする権利がありまして?」

「謝罪してください。今なら、地面に頭をこすりつけるだけでいいですよ?」


 二人は、怒気を含ませながらそう言った。

 きっと彼女たちは、こう思っているのだろう――――王子殿下を、男爵家の小娘ごときに奪われやがって。そばにいた私たちは、王族に取り入る道が閉ざされたではないか。欲しいものはなんでも手に入る人生だったのに、あんたのせいで台無しだ。

 我々には、復讐する権利がある――――二人の目は、そう信じてやまない者の目だった。


「……誰が、誰に?」


 対するクレアの目は、見た者すべてを凍らせてしまうような、恐ろしいほどの冷たさを持っていた。

 ミルカとシロンが、恐怖で引き攣った声を漏らす。

 やはり、クレアはこうでなくては。自分を貫くと決めた彼女に、俺は深い敬意を抱いた。


「クレア、二人とも怯えているみたいだ。このくらいにしてあげたらどうかな」


 俺はくすっと笑って、そう言ってみせた。

 それが、彼女たちの怒りに、さらなる燃料を放り込んだ。


「っ! あなた……格下が伯爵家に逆らって、ただで済むと思ってるわけ?」

「そうですよ! 今すぐ頭を垂れなさい!」


 醜く顔を歪めながら怒鳴る彼女たちに対し、俺はわざとらしく肩を竦めた。

 なんて扱いやすく、浅ましい連中だろう。地位にしか縋れず、他に誇れるものがないが故に、自信がなくて攻撃的。そのくせ、いつだって自己保身ばかりで、他責思考。

 ひどく愚かな連中だが、俺にとっては、彼女たちも『アンチェイン』の登場人物である。

 いくら悪役でも、ゲームをくまなく遊びつくしたなら、ある程度愛着も湧くというものだ。だから、彼女たちの公式設定(ウィークポイント)も、よく知っている。


「ミルカ嬢、我々のことよりも……婚約者がいる身で、他の男に言い寄っていた件はどうなりましたか?」

「へ?」


 ミルカは、一切予期していなかった言葉に、目を丸くする。

 公式設定によると、ミルカには、同じ伯爵家に属する婚約者がいる。しかし、彼女はそういった立場にありながら、顔が好みの男を見つけるたび、淫らに言い寄っていた。

 伯爵家と伯爵家、つまりは五分五分の関係で、浮気はまずい。ここで婚約を解消されたら、ミルカの立場はクレアと同等、下手すれば、それ以下になる可能性もある。


「シロン嬢は、領民に対して、税とは関係なく金銭を要求していますよね。あまり褒められたことではないと思いますが……」

「い、いや、それはその……!」


 シロンは、分かりやすく目線を泳がせる。

 まさか、言い訳すらできないとは。あまりの愚かさに、むしろ彼女たちが気の毒に思えてきた。ここまで醜悪な人間性をもつキャラクターを創造した製作陣の気概に、賞賛の拍手を送ると共に、苦言のひとつでも呈したいくらいだ。

 しかし、この世界は、今の俺にとっては現実そのもの。目の前にいる彼女たちは、単なるゲームのモブキャラクターではない。彼女たちが、クレアの気分を害するのであれば、放っておくわけにはいかない。


あなた方の顔を見ると(・・・・・・・・・・)、ついこういったゴシップを思い出してしまいます。こんなくだらない話、私としても綺麗さっぱり忘れてしまいたいのですが……」

「お、覚えてなさいよ……!」

「おや? 覚えていていいのですか?」


 そう茶化すと、ミルカは怒りで顔を赤くした。

 周囲の目を気にながら、二人はそそくさと退散する。俺はへらへらと笑いながら、彼女たちの背中に手を振った。


「驚いた。どこで彼女たちの秘密を知ったの?」

「君のことを調べているときに、ちょっとね」

「悪い人だわ」

「ああ、鬼畜男爵も、あながち間違いじゃないかも」


 ウインクしてみせると、クレアは楽しそうに笑った。


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