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2-4

「――――すごい、要望通りだわ」


 ステーキを切り分けながら、クレアは笑みを浮かべた。


「気に入ってもらえたようで何よりだ」

「料理はいつからやるようになったの?」

「四歳くらいからだから……もう十年くらいになるね」

「そんな幼い頃から、料理に興味を? ほんと、あなたって変わり者ね」


 クレアが、目を丸くする。

 正確には、前世含めて十五年ほどになる。しかし、それを伝えるわけにもいかない。


「まあ、趣味だからね。練習したつもりもなくて、好きでやっているうちに、いつの間にかできるようになったんだ」


 こんがりと焼き目がついた肉は、内側がほんのり赤く、噛む必要がないほど柔らかい。

 口の中で上質な油がじわりと溶け、甘みが広がる。我ながら、上手く焼けるようになったものだ。


「味付けも美味しいわ。このソースは?」

「赤ワインをベースに、ダイス豆のソースと、砂糖、すり下ろした鉱山にんにくを煮詰めたものだ。お気に召したかな?」

「ええ、とても」


 ステーキをひと切れ口に運び、クレアは微笑んだ。

 ちなみに、ダイス豆とは大豆のことで、そのソースとは、醤油のことである。鉱山にんにくも、鉱山の地域で採れる、鉄分を多く含んだにんにくのことで、前世で食べていたものと、味の違いはほとんどない。この世界には、そういった前世の食材をベースとしたものがたくさん存在している。


「そうだ、食後のデザートはどうかな? とっておきを用意したんだけど」

「ぜひいただきたいわ」


 クレアの目が期待で輝いたのを見て、俺はすぐにキッチンへ向かった。


「――――どうぞ、アップルパイのバニラアイス添えです」


 持ってきたのは、シナモンを利かせた焼き立てのアップルパイ。


「……素敵」


 クレアの視線は、アップルパイに釘づけになっていた。

 こう見えて意外と、彼女は甘党であった。


「リンゴは、このベルモンド領で採れた『ロイヤルガーネット』を使っているんだ。瑞々しくて味が濃いのが特徴で、知る人ぞ知る名産品なんだよ」

「へぇ……! ごめんなさい、初めて聞いた品種だわ」

「仕方ないさ。なにぶん領地が狭いからね。生産できる量もかなり限られているし」


 ロイヤルガーネットは、九割以上がこの領地内で消費されている。それ故に、知らないのも無理はなかった。だからこそ、クレアに食べてもらいたかったのである。


「アイスが溶けないうちに、召し上がれ」

「ええ、いただくわ」


 クレアがフォークを立てると、パイがさくっと音を立てた。

 バニラアイスを少し載せ、口に運ぶ。


「っ……! 美味しい……!」


 クレアの声は、まるで幼い少女のように弾んでいた。

 リンゴのコンポートは、バニラアイスと合うように、少し酸味が残るよう調整した。

 それにしても、心の底から嬉しそうにアップルパイを口に運ぶ彼女は、普段のクールな印象とは打って変わって、非常に可愛らしい。あまりの可愛さに胸がきゅう、と締め付けられる感覚がして、思わず唸り声をあげそうになった。

 さっきから、怒涛のギャップ攻めに悶えている。あまりにも供給過多で、オタクの頭はショート寸前である。


「それにしても、いつの間に作っていたの? 全然気づかなかったわ」

「ディナーのあとに出せるように、ディナーの調理と並行してオーブンで焼いていたんだ。コンポートとパイは、早朝のうちに用意したものだよ」

「そうだったの。ふふ、まるでサプライズされた気分」


 クレアは、感心した様子で柔らかく微笑んだ。

 褒められっぱなしで、なんだかばちが当たりそうな気すらしてきた。この幸せを、独り占めしてもいいのだろうか? ああ、今すぐにでも領民にクレアを自慢して周りたい気分だ。

 くだらない思考を繰り広げながら、何も言えずもじもじしていると、クレアがくすりと笑う。


「あなたって、常に余裕がありそうに見えて、意外と照れ屋さんね」

「まあ、君に褒められると、どうしてもね」

「そうなの?」


 クレアが、不思議そうな顔で覗き込んでくる。


「君に褒められるのが、嬉しくてたまらないんだよ。君に喜んでもらえるだけでも十分なのに、それ以上のものをもらっているからね」

「だったら、もっと褒めてあげてもいいわよ? あなたの照れたところが、もっと見てみたいわ」

「そ、それは恥ずかしいなぁ……。勘弁してもらえないか?」

「いやよ。やられっぱなし(・・・・・・・)は性に合わないの」

「やられっぱなし?」

「……今のは忘れて。こっちの話よ」


 いきなり、能面のような顔になったクレアは、再びアップルパイに向き合った。

 何か、触れられたくないことがあったらしい。


――――っと、忘れるところだった。


「デザートのお供に、紅茶はいかが? 同じロイヤルガーネットを使ったアップルティーを用意しているんだけど」

「あら、リンゴ尽くしね。ぜひいただきたいわ」

「喜んで」


 ティーポットから、カップにお茶を注ぐ。すると、ふわっとリンゴと茶葉の香りが広がった。


「……うん、いい香り」

「さあ、どうぞ」


 カップを渡すと、クレアは十分香りを楽しんでから、口をつけた。


「美味しい……ほんのりとした甘さが絶妙ね」

「これも、お気に召してもらえたかな?」

「ええ、何から何まで、すべて気に入ったわ。ねぇ、他にも作れるスイーツってあるの? 色々食べてみたいわ」

「君が望むなら、毎日用意するよ」

「ふふっ、それは魅力的ね。でも、さすがに太ってしまいそうだわ」

「ははは、でも君なら、食事管理を怠ることはないと思うけどな」

「あら、それはどうかしら? あなたのスイーツの魅力は、私から正気を奪うほどかもしれないわよ?」

「……なんて嬉しいことを言ってくれるんだ」


 俺は、またもじもじする羽目になった。どうやら、クレアのほうが何枚も上手なようだ。


「私が褒めると、面白いように照れてくれるわね」

「もしかして、俺で遊んでる?」

「少しね。でも、すべて本心よ」


 そう言って、クレアはくすくすと笑った。

 俺は降参の意味を込めて、肩を竦めた。そして、自分の分のアップルパイと、アップルティーを用意して、彼女の対面に座る。


「ご一緒しても?」

「ええ、もちろん」


 俺たちは、そうしてしばらく、食後のデザートを楽しんだ。

 食事を終えると、俺はクレアを部屋の前まで送った。


「生活に慣れないうちは、体調も崩しやすい。ゆっくり休んでくれ」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 扉がぱたんと閉まる。

 ひとりになった俺は、幸せを噛み締め、小さく息を吐いた。

 クレアの警戒は、かなり薄れている。まだまだ全面的に信じられている気はしないが、それでも、良好な関係を築けている確信があった。

 しかし、ここで油断してはいけない。前世の失敗を活かし、クレアの中で、もっとも優れた男であり続けなければならない。

 頬を叩き、己に活を入れる。

 浮ついた気持ちを正すように、木剣を手に取った。


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