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「――――すごい、要望通りだわ」
ステーキを切り分けながら、クレアは笑みを浮かべた。
「気に入ってもらえたようで何よりだ」
「料理はいつからやるようになったの?」
「四歳くらいからだから……もう十年くらいになるね」
「そんな幼い頃から、料理に興味を? ほんと、あなたって変わり者ね」
クレアが、目を丸くする。
正確には、前世含めて十五年ほどになる。しかし、それを伝えるわけにもいかない。
「まあ、趣味だからね。練習したつもりもなくて、好きでやっているうちに、いつの間にかできるようになったんだ」
こんがりと焼き目がついた肉は、内側がほんのり赤く、噛む必要がないほど柔らかい。
口の中で上質な油がじわりと溶け、甘みが広がる。我ながら、上手く焼けるようになったものだ。
「味付けも美味しいわ。このソースは?」
「赤ワインをベースに、ダイス豆のソースと、砂糖、すり下ろした鉱山にんにくを煮詰めたものだ。お気に召したかな?」
「ええ、とても」
ステーキをひと切れ口に運び、クレアは微笑んだ。
ちなみに、ダイス豆とは大豆のことで、そのソースとは、醤油のことである。鉱山にんにくも、鉱山の地域で採れる、鉄分を多く含んだにんにくのことで、前世で食べていたものと、味の違いはほとんどない。この世界には、そういった前世の食材をベースとしたものがたくさん存在している。
「そうだ、食後のデザートはどうかな? とっておきを用意したんだけど」
「ぜひいただきたいわ」
クレアの目が期待で輝いたのを見て、俺はすぐにキッチンへ向かった。
「――――どうぞ、アップルパイのバニラアイス添えです」
持ってきたのは、シナモンを利かせた焼き立てのアップルパイ。
「……素敵」
クレアの視線は、アップルパイに釘づけになっていた。
こう見えて意外と、彼女は甘党であった。
「リンゴは、このベルモンド領で採れた『ロイヤルガーネット』を使っているんだ。瑞々しくて味が濃いのが特徴で、知る人ぞ知る名産品なんだよ」
「へぇ……! ごめんなさい、初めて聞いた品種だわ」
「仕方ないさ。なにぶん領地が狭いからね。生産できる量もかなり限られているし」
ロイヤルガーネットは、九割以上がこの領地内で消費されている。それ故に、知らないのも無理はなかった。だからこそ、クレアに食べてもらいたかったのである。
「アイスが溶けないうちに、召し上がれ」
「ええ、いただくわ」
クレアがフォークを立てると、パイがさくっと音を立てた。
バニラアイスを少し載せ、口に運ぶ。
「っ……! 美味しい……!」
クレアの声は、まるで幼い少女のように弾んでいた。
リンゴのコンポートは、バニラアイスと合うように、少し酸味が残るよう調整した。
それにしても、心の底から嬉しそうにアップルパイを口に運ぶ彼女は、普段のクールな印象とは打って変わって、非常に可愛らしい。あまりの可愛さに胸がきゅう、と締め付けられる感覚がして、思わず唸り声をあげそうになった。
さっきから、怒涛のギャップ攻めに悶えている。あまりにも供給過多で、オタクの頭はショート寸前である。
「それにしても、いつの間に作っていたの? 全然気づかなかったわ」
「ディナーのあとに出せるように、ディナーの調理と並行してオーブンで焼いていたんだ。コンポートとパイは、早朝のうちに用意したものだよ」
「そうだったの。ふふ、まるでサプライズされた気分」
クレアは、感心した様子で柔らかく微笑んだ。
褒められっぱなしで、なんだかばちが当たりそうな気すらしてきた。この幸せを、独り占めしてもいいのだろうか? ああ、今すぐにでも領民にクレアを自慢して周りたい気分だ。
くだらない思考を繰り広げながら、何も言えずもじもじしていると、クレアがくすりと笑う。
「あなたって、常に余裕がありそうに見えて、意外と照れ屋さんね」
「まあ、君に褒められると、どうしてもね」
「そうなの?」
クレアが、不思議そうな顔で覗き込んでくる。
「君に褒められるのが、嬉しくてたまらないんだよ。君に喜んでもらえるだけでも十分なのに、それ以上のものをもらっているからね」
「だったら、もっと褒めてあげてもいいわよ? あなたの照れたところが、もっと見てみたいわ」
「そ、それは恥ずかしいなぁ……。勘弁してもらえないか?」
「いやよ。やられっぱなしは性に合わないの」
「やられっぱなし?」
「……今のは忘れて。こっちの話よ」
いきなり、能面のような顔になったクレアは、再びアップルパイに向き合った。
何か、触れられたくないことがあったらしい。
――――っと、忘れるところだった。
「デザートのお供に、紅茶はいかが? 同じロイヤルガーネットを使ったアップルティーを用意しているんだけど」
「あら、リンゴ尽くしね。ぜひいただきたいわ」
「喜んで」
ティーポットから、カップにお茶を注ぐ。すると、ふわっとリンゴと茶葉の香りが広がった。
「……うん、いい香り」
「さあ、どうぞ」
カップを渡すと、クレアは十分香りを楽しんでから、口をつけた。
「美味しい……ほんのりとした甘さが絶妙ね」
「これも、お気に召してもらえたかな?」
「ええ、何から何まで、すべて気に入ったわ。ねぇ、他にも作れるスイーツってあるの? 色々食べてみたいわ」
「君が望むなら、毎日用意するよ」
「ふふっ、それは魅力的ね。でも、さすがに太ってしまいそうだわ」
「ははは、でも君なら、食事管理を怠ることはないと思うけどな」
「あら、それはどうかしら? あなたのスイーツの魅力は、私から正気を奪うほどかもしれないわよ?」
「……なんて嬉しいことを言ってくれるんだ」
俺は、またもじもじする羽目になった。どうやら、クレアのほうが何枚も上手なようだ。
「私が褒めると、面白いように照れてくれるわね」
「もしかして、俺で遊んでる?」
「少しね。でも、すべて本心よ」
そう言って、クレアはくすくすと笑った。
俺は降参の意味を込めて、肩を竦めた。そして、自分の分のアップルパイと、アップルティーを用意して、彼女の対面に座る。
「ご一緒しても?」
「ええ、もちろん」
俺たちは、そうしてしばらく、食後のデザートを楽しんだ。
食事を終えると、俺はクレアを部屋の前まで送った。
「生活に慣れないうちは、体調も崩しやすい。ゆっくり休んでくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
扉がぱたんと閉まる。
ひとりになった俺は、幸せを噛み締め、小さく息を吐いた。
クレアの警戒は、かなり薄れている。まだまだ全面的に信じられている気はしないが、それでも、良好な関係を築けている確信があった。
しかし、ここで油断してはいけない。前世の失敗を活かし、クレアの中で、もっとも優れた男であり続けなければならない。
頬を叩き、己に活を入れる。
浮ついた気持ちを正すように、木剣を手に取った。




