11-1 ひまわり
夏季休暇に入り、俺とクレアは、ベルモンド領に戻ってきた。
学園と違って、この辺りの気温は少し高い。ただ、日本の猛暑を経験済みの俺にとっては、まだまだ序の口といったところだ。むしろ、過ごしやすいとさえ思う。こうして外で、アイスティー片手に本を読めるくらいには、快適だった。
一気に半分ほどアイスティーを飲み、庭にいるクレアを見る。
白いワンピースに、黒いリボンが結ばれた麦わら帽子。清楚な少女らしい格好も、彼女にはよく似合っている。
彼女は、初めてベルモンド領に来たときとは比べものにならないほど、穏やかな顔をしていた。クレアにとって、ここは安らげる場所になったのだ。それが何よりも嬉しくて、思わず頬が緩む。
「――――なあに? さっきからこっちばかり見て」
美しく咲いた夏の花々に水をやりながら、クレアは照れ臭そうに笑った。
あの花々は、復学する前に、クレアが花壇に植えておいたものだ。ガーデニングが趣味な彼女は、こうした手入れも自分で行う。もちろん、学園にいる間はできないが、代わりに使用人が面倒を見ることになっていた。クレアは、その使用人に対し、帰ってきて早々深々と頭を下げ、感謝を示していた。
「いや、水を撒く君も素敵だと思って」
「そう? ありがとう」
クレアは、くすっと笑って、嬉しそうにスカートを揺らした。
黒が似合う彼女だが、白だって、十分すぎるほど似合っている。
――――そうだ、結婚式はどうしようか。
この世界にも、結婚式というものは存在し、それに伴い、ウェディングドレスも存在する。
基本的には、やはり白いドレスが選ばれがちだが、黒いウェディングドレスというのも、クレアには相応しいだろう。
ちなみにゲーム本編では、攻略キャラによって、最終的にアリスが身に纏うウェディングドレスの色が変わる。白いドレスを着るときは、リンゼルのルートだけであり、この世界の常識的にも、ドレスの色はかなり自由に選べるようだ。
そうなると、赤もいい気がしてきたな。それか、ここは思い切って青、いや、水色なんてどうだろうか。紫、はたまた桃色? うーん、悩ましい。
「……どうしたの?」
いつの間にか、クレアが目の前にいて、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「い、いや! ちょっと未来のことを考えてて……」
「変なブラン。でもよかった。暑さでぼーっとしてるのかと思ったから」
クレアは、安心したように笑って、自分のアイスティーをごくごくと飲み干した。
「……あと、ウェディングドレスは黒がいいわ」
「え⁉」
思わずぎょっとすると、クレアはおかしそうに口を押さえて笑った。
「ずっと、うわ言みたいに呟いてたわよ? 黒がいいとか、赤がいいとか」
「参ったな……」
欲望が先行しすぎてしまったらしい。
もしや、俺って普段からこうなのだろうか? だとしたら、これまで妄想してきたあんなことやこんなことも、すべてクレアに筒抜けだったりして――――。
いや、余計なことを考えるのはやめておこう。
そのとき、ふと、爽やかな風が吹き抜け、クレアの髪を揺らした。彼女は、ふわりと浮かび上がった麦わら帽子を押さえ、心地良さそうに目を細める。
「ねぇ、ブラン」
「ん? どうかした?」
クレアは俺を見て、それから、頬を緩めた。
「私、今――――すごく幸せ」
周りから音が消えて、クレアの言葉だけが、頭の中に響く。それは少しずつ、俺の中に染み込むように溶けていって、不思議と涙がこぼれそうになった。
あの、絶望の淵にいたはずのクレアが、幸せと言ってくれた。
嬉しくて、愛おしくて、たまらない。
「公爵令嬢として、毎日決められた役目をこなしているときと違って、今は生きているって感じがするの。嫌なこともあったけれど、それでも、今のほうがずっと楽しいわ」
「……君がそう言ってくれることが、俺は何より嬉しいよ」
涙をこらえていると、再びクレアがくすっと笑った。
「ほんと、おかしな人。私がこう言ったら、飛び跳ねて喜んでくれると思ったのに」
「幸せすぎると、逆に動けなくなるタイプなんだ」
「あら、じゃあこれ以上喜ばせたら、どうなってしまうのかしら?」
「頭から煙でも上がるかもしれないよ?」
「ちょっと試してみたいわね」
クレアは、少し俺に待つように伝えると、また花壇へ向かった。そして、何かを持って、俺のもとに戻ってくる。
「これを、あなたに」
そう言って、クレアはヒマワリを手渡してきた。
日光をいっぱいに吸った、大きな黄色いヒマワリは、まるでもうひとつの太陽かのように眩しい。
そうだ。確か、ひまわりの花言葉は――――。
「……こんなこと、あなたにしかしないんだから」
そんなことを考えていると、いきなりクレアの顔が近づいてきて、唇と唇が重なった。
艶やかで、柔らかくて、温かくて。彼女の唇が触れていた時間は、ほんの一瞬。
しかし、この一瞬を、唇の感触を、彼女の体温を、俺は生涯忘れることはないだろう。
「じゃ、じゃあ、先に戻ってるわ」
クレアは、顔を伏せて、屋敷へと戻っていった。
――――これ以上幸せなことが、世の中にあるのだろうか……。
自分で言っておいてなんだが、本当に頭から煙が出そうになった。いや、多分出ていた。
今日もクレアが、可愛すぎて死ぬ。




