9-3
「っ――――ぜぇぇええい!」
ゼストが、気合いの咆哮と共に、正面から斬りかかってくる。それを受け流し、俺は一歩後ろに後退した。
「ブラン=ベルモンド……! お前だけは、お前だけは許さない!」
床が割れるほどの踏み込みから、胸に向かって切っ先が伸びてくる。
冷静に刃で弾くと、赤い火花が散った。
「ずっとクレアが好きだった……! でも、彼女は親友の婚約者で、諦めるしかなかった!」
ゼストは、まるで八つ当たりするように、何度も剣を叩きつけてきた。
「クレアが婚約破棄されたとき! チャンスが回ってきたと思った! 僕のモノにできるチャンスだって!」
剣と剣がぶつかり合い、鍔迫り合いに移行する。
「絶望の淵にいる彼女を救うのは、僕のはずだったんだ……! それを……それをお前がぁああ!」
押し込まれた俺は、さらに後ろに下がる。
ゼストは、素早く距離を詰めてきた。
「クレアは、あんな顔で笑う女じゃなかった! お前のせいで、彼女が壊れたんだ! 返せ……! 僕が愛した、気高いクレアを返せぇぇええ!」
「――――ふざけるな」
ゼストが放った突きをかわし、その顔を剣の柄で殴りつける。
「がっ!」
ゼストの体が、ぐらりと揺れる。すかさず、もう一度顔面を殴りつけた。今度は、拳で。
ゼストは勢いよく後ろに吹き飛び、そのまま本棚に突っ込む。その上に、再び本がばらばらと落ちてきた。
「今だって、クレアは気高く、美しい。それが分からないのは、あんたの目が曇っているからだ」
「なんだと……⁉」
「解釈違いだからって、人を傷つけていい理由にはならないんだよ」
「だ、黙れぇぇえ!」
ゼストは、足元の古書を蹴り上げた。
古書が開き、視界が塞がる。それを払いのけると、すぐそこに切っ先が迫っていた。
首を傾け、刃をかわす。頬に熱を感じ、生温かいものが顎に伝う。
ゼストが剣を引き戻す。そして――――。
「〝三段突き〟!」
剣が三本になったと錯覚するほどの速度で、突きが放たれる。
ゼストの勝ち誇った顔を見る限り、まさに必殺技といったところか。
俺はそれを、すべてかわし切った。
「……は?」
まさか、かわされるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「――――俺が、今日までどれだけ鍛錬したと思ってる」
突きを放った直後、ゼストの頭を掴み、顔面を本棚に叩きつける。
「ぐっ⁉」
衝撃でふらつくゼストは、夥しい量の鼻血を流しながら、顔を上げた。
しかし、その視線の先に、もう俺はいない。
「どこへ――――」
「ここだ」
本棚を足場にして、天高く跳び上がった俺は、ゼストの頭上を取った。
「〝断輪〟――――〝さらに強く〟」
空中で身を捻り、重力と遠心力を味方につけながら、剣を振り下ろす。ゼストは、とっさに剣で受け止める。しかし、俺の剣はそれを打ち砕き、ゼストの体を斬り裂いた。
「ぐっ……くそ……」
鮮血が、辺りに飛び散る。
ゼストは、傷口を押さえながら、ふらふらと後ずさった。
「終わりだ、ゼスト。大人しく投降しろ」
「投降……? ははっ、ははは! まだ終わりじゃない……! この僕が、こんなところで終わるはずがないんだ!」
血を流しながらも、ゼストは折れた剣を構える。
俺は、小さくため息をつき、剣を握り直した。
「お前を殺し! 僕がクレアを手に入れるんだぁあああ!」
ゼストの踏み込みと共に、空気が爆ぜる。
「〝強心突き〟!」
放たれるは、神速の突き。折れた剣であっても、十分な殺傷能力を持つ一撃だった。
だが、それでも、俺には決して届かない。
俺は腰を落とし、ゼストの剣が届くよりも早く、己の剣を振った。
「〝断糸〟――――」
俺の刃は、ゼストが突き出した剣を、至極当然の如く砕き割る。
床に剣だったものが散らばる。その中には、クマのマークが刻まれた中子があった。
「そ、そんな……」
「さあ――――」
終幕だ。
「――――〝断星連撃〟」
すれ違いざまに、十二の斬撃が、ゼストの全身を斬り刻む。
遅れて、彼の全身から、血が噴き出した。
「ク……レ、ア……」
ゼストは、冷たい視線を向けるクレアに、震える手を伸ばす。
しかし、その手は届くことなく、膝を折ると同時に、ぱたりと床に落ちた。
「……手も足も出ないとはね」
力なく座り込み、ゼストはそう呟いた。
「勝敗は決した。もう、抵抗するな」
これ以上動けば、出血はひどくなり、命に関わる。
ゼスト自身、それは分かっているはずだ。
「……ゼスト。何故、こんなことをしたの?」
「――――君への愛故だよ、クレア」
ゼストは、クレアを見て、恍惚とした表情を浮かべた。彼は、痛みなど感じていないかのように、ぺらぺらと話し始める。
「僕は、君を犯人に仕立て上げて、孤立させたかった。周りに誰もいなくなって、やがてはブランまで君を見捨てる。……そして、孤独に絶望する君を、僕が救い出すつもりだったんだ。ついでに、君を傷つけた連中にも、復讐したかったしね……ははっ」
ゼストは、血に塗れたシャツの胸元を握りしめる。
そして、どこか焦点の合わない目で、クレアを見つめた。
「でも……もし、それでも僕のものになってくれないなら――――」
ゼストが、シャツを剥ぐ。彼の胸元には、宝石が埋め込まれていた。それは赤黒く光り、どくんどくんと、鼓動に合わせて脈打っている。
「これが何か分かる? ふふっ、転写の魔導具と一緒に手に入れた、爆撃の魔導具だよ」
ゼストは、勝ち誇った顔で言った。彼の興奮に合わせ、魔導具の脈動が、激しくなる。
「起動する条件は、僕の心臓が止まること。ふはは、僕がしぶとくてよかったね。何も分からないまま、粉微塵になっちゃうところだったよ。範囲は……そうだなぁ、半径二百メートルくらいって言ってたっけ。爆発したら、図書館だけじゃない。辺り一帯吹き飛んじゃうね」
でも、君が悪いんだよ――――。
ゼストの目が、愚者を見るものに変わる。
「君が僕のものにならないから、みんなまとめて死ぬことになるんだ。全部全部、君が悪いんだよ」
ゼストは、いつの間にか砕けた刃を握りしめていた。
武器と呼ぶには、あまりにも頼りない、ナイフよりも小さな刃。しかし、自身の首を掻っ切る程度であれば、十分な道具だった。
刃が、喉の皮膚に触れる、その瞬間。
「――――〝光速突き〟」
ゼストの喉が裂けるよりも速く、クレアが繰り出した突きが、小さな刃を弾き飛ばした。
痺れる手を見て、ゼストは唖然とする。
「……思い出したわ。幼い頃、あなたは剣の試合で負けそうになると、卑怯な手を使って、盤上をひっくり返そうとする癖があったわね」
今も変わってないみたいだけど――――。
クレアは、そう言って、ゼストに蔑むような視線を向けた。
「あんたが犯人だって分かった時点で、色々調べてもらったよ」
リンゼル主導のもと、ゼストの身辺調査をしたところ、彼がカーヴェルン家の財産を使って、改造された転写の魔導具を購入していることが分かった。そして、それと一緒に、爆撃の魔導具を購入したことも。
「……まだだ。まだ、僕のシナリオは終わらない」
ゼストは、怒りに打ち震えながら、図書館に設置された時計を睨む。時刻は、正午に差し掛かっていた。
「クレア……君のために、君をもっとも苦しめた連中を殺してあげる」
「……何を言っているの?」
「爆撃の魔導具はひとつじゃないってことさ」
そう言って、ゼストは不気味なほど清々しい笑みを浮かべた。




