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9-2

――――昨日のこと。


 俺は、ズコット先生が殺害された現場を訪れた。

 休校中ということもあり、周囲に人気はない。検証(・・)には、ちょうどいい状況だ。


「よし……っ、うわああああああああああ‼」


 大きく息を吸って、思い切り叫ぶ。それはもう、耳が痛くなるほどの大声だ。

 息が続かなくなったところで、叫ぶのをやめる。そしてしばらくすると、第二訓練場のほうから、クレアが歩いて来た。


「もう叫んだ?」

「ああ。その様子だと、聞こえなかったみたいだな」

「ええ、静かなものだったわ」


 検証というのは、〝ズコット先生の悲鳴が、どこまで届くか〟というものだった。

 もっとも犯人である可能性が高い男――――ゼストは、事件が起きたとき、こう言った。


――――訓練場にいたら、悲鳴が聞こえてきて……。


 この発言、よく考えてみれば、おかしなところしかない。

 第一訓練場なら、犯行現場のすぐ近くにあるし、悲鳴にも気づけるだろう。ただ、俺が壁を壊したせいで、あそこはまだ立ち入り禁止になっている。

 次に近いのは、第二訓練場だ。とはいえ、第二訓練場は、現場から相当離れた場所にある。どれだけ大声で叫んでも、まったく声が届かないことは、今証明された。

 訓練場は全部合わせて四つ存在するが、第二訓練場から聞こえなかったということは、これ以上遠く離れた訓練場から聞こえるか検証する必要がないことは、自明だろう。

 これで、ゼストの発言が嘘だったことがはっきりした。


「二人とも、ちょっといいか?」


 リンゼルが現れ、手招きする。その背中についていくと、騎士が何かを持って、俺たちを待っていた。


「彼らに確認してもらった。ブラン……お前の言う通りだった」

「……そうですか」


 顔をしかめるリンゼルを横目に、騎士からひと振りの剣を受け取った。

 これは、ズコット先生の遺留品である。剣を鞘から引き抜こうとすると、ざりっという音がして、強い引っ掛かりを覚えた。それでも、無理やり引き抜くと、刃は赤黒く染まり、鉄錆の匂いを放っていた。


「ズコット先生は、この剣で貫かれたとみて間違いなさそうね」

「ああ……」


 ずっと疑問だった、凶器の所在。あのとき、ゼストの剣も、ラングの剣も、どちらも汚れている様子はなかった。殺人が起きてから、俺たちが駆けつけるまで、大して時間はかかっていない。少なくとも、血を拭き取る時間なんてなかったはずだ。

 そうなると、犯人はどこかに剣を隠す必要があった。そして、思い出したのだ。学園から支給された剣は、すべて形状が一緒であることを。それは、教師であっても例外ではない。

 犯人は、血に塗れた自分の剣と、ズコット先生の剣を入れ替えたのだ。


◇◆◇


「――――それだけで、僕が犯人だと?」


 剣を構えながら、ゼストは小馬鹿にするように笑った。


「君の推理は穴だらけだ。確かに、訓練場にいたって話は嘘だ。でも、それだけで犯人と決めつけるのは、早計じゃないかな?」


 それに――――。

 ゼストは、くすくすと笑いながら、反論を続ける。


「凶器を入れ替えたから何? この剣がズコット先生のものだって証拠でもあるのかな? 学園支給の剣は、すべて同じ形状なのに?」


 どうせ当てずっぽうだろう? ゼストの顔は、そう言っていた。

 よほど俺に見破られたことが許せないらしい。ならば、その腐り切った精神ごとへし折ってやる。


「あんたは知らなかったみたいだな。ズコット先生が、中子(タング)にマークを刻んでいたことに」

「……は?」


 ゼストが目を丸くする。

 ズコット先生は、中子(タング)にマークを刻んだのは、最近だと言っていた。

 だとしたら、ゼストが知らなくても無理はない。

 ちなみに、ラングの剣は、すでに確認済みだ。

 ゼストが剣を新調しているとも考えにくい。剣を紛失した場合、学園に申請を出して、新たな剣を用意してもらわなければならない。それ以外の方法で、学園の剣を入手するには、盗みに入るしかないわけだが、そういった痕跡は一切なかった。


「その剣を分解すれば、あんたが剣を入れ替えたって証拠が出てくるわけだ。なんなら、今確認してみるか?」


 ゼストは苛立ちを露わにした顔で、剣を握り直す。

 もし、冤罪なのであれば、この場で剣を分解すればいい話。それをしないということは、やはり今やつが持っている剣は、ズコット先生のものということだ。


「根拠なら、まだまだあるぞ?」


 俺が疑問に思ったことは、何故ズコット先生だけ殺害されたのか、ということ。

 ミルカ、シロン、ダンテ、そしてアリス。この四人の被害者と、殺害されたズコット先生の違いは何か。

 それはきっと、クレアの姿で犯行に及んだかどうかである。


「あんた、ズコット先生に素顔を見られたんだろ」


 ゼストが、息を呑む気配がした。顔は平静を装っているが、一瞬泳いだ目からは、焦りが感じられた。

 俺はまず、変化の魔導具には、何か制限があると仮説を立てた。

 ゼストは、クレアに罪を着せたがっていたはず。なのに、どうして目撃証言が被害者のみに絞られていたのだろうか。もっと多くの人間の目に触れていれば、早々にクレアは逮捕されていただろう。

 そこで俺は、クレアの姿で歩き回れない理由――――〝時間制限〟があるのだと考えた。

 そして先ほど、ゼストが「時間切れ」と言ったときに、仮説が正しかったことが証明された。

 変化の魔道具に、時間制限があると言うことを前提において、ズコット先生殺害までの流れをおさらいしよう。

 まずゼストは、アリスを突き落としたあと、急いで逃亡した。

 しかし、走って逃げているところを、ズコット先生に捕まってしまったのだろう。

 そして、ズコット先生の目の前で、変身が解けた。クレアに化けていたのが、自分だと知られてしまった。

 だから、殺した。

 彼を生かしておけば、自分が捕まってしまうから。


「突きで殺したのも悪手だったな。焦ったせいで、身体に染みついた技が出てしまったんだろうけど」


 クレアは、ゼストと領が近く、幼い頃からの知り合いだと言っていた。つまり、幼少期に習ったのは、クレアと同じ突きを主体とした剣術だったはず。

 以前手合わせしたとき、彼が使っていた剣術は、学園で習う斬撃主体のものだった。

 しかし、決着の瀬戸際。ゼストがとっさに放った一撃は、クレアの技とよく似ていた。


「騎士が、傷口からクレアを疑い始めたとき、あんたにも同じことができるって思った。疑いが芽生えたのは、そのときだ」

「……なるほど、なるほど。やっぱり、計画にないことはすべきじゃなかったね」


 ゼストは、深く深くため息をついた。

 そして、開き直ったかのような表情で、くつくつと笑いだす。


「確かに、僕は罪を犯した。でも、大人しく捕まるつもりはないよ」


 ゼストは、俺に切っ先を向け、じりじりと近づいてくる。

 クレアが剣を抜こうとするが、俺はそれを手で制した。


「すまない、クレア。ここは俺に任せてくれ」

「……分かったわ」


 クレアが、俺たちから距離を取る。

 こいつの相手が務まるのは、俺だけだ。これは、同じ女を愛した(・・・・・・・)俺たちの、避けられない戦いなのだ。

 剣を構える。途端、一切の音が消え、ぴんと張り詰めた空気が、辺りを支配した。


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