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9-1 決戦

 事件のせいで、今日も休みが続いている。

 校内を巡回している騎士を見ると、どうしても気分が下がる。何も悪いことなどしていないのに、監視されているような気がするからだ。

 授業がなくなった途端、とにかく暇に苦しめられるようになった。時間の潰し方といえば、部屋で自習するか、剣の鍛錬をするか、本を読むしかない。

 出かけるという選択肢もあるけれど、こんな状況で暢気に買いものを楽しむ気分にはなれなかった。

 ひとまず、焼き菓子の詰め合わせを持って、医務室に向かった。

 すると、医務室の前にいる騎士に声をかけられた。


「持ち物を検査させてください」


 言われた通りに手荷物を見せる。騎士はばつの悪そうな顔をした。


「飲食物の持ち込みは――――」

「構わん。彼のことは信用している」


 騎士の声を遮るように、リンゼルが現れる。それでも、騎士たちは渋っている様子だった。


「毒なんて入ってませんよ? ほら」


 箱を開けて、クッキーを一枚口に運ぶ。至ってよくあるクッキーだ。


「もういいだろう。彼を通してくれ」


 騎士が道を開ける。

 リンゼルと共に部屋に入ると、そこには、いまだ目を覚まさないアリスがいた。

 リンゼルは、アリスに付きっきりで、ほとんど休んでいないようだった。


「大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。君は引き続き、捜査のほうを頼む」

「はい。任せてください」


 そう言って、医務室をあとにする。

 それから、ラングのもとへ行ってみたが、姿が見えなかった。一体どこをほっつき歩いていることやら。

 さて、次はどうするか。ひとまず、何か思いつくまで、学園内を散歩することにした。こうしていれば、誰かに会えるかと思っていたが、すれ違うのは騎士ばかりで、なんとも寂しい。

 しばらく歩いていると、図書館が見えてきた。騎士の姿は見えないが、扉が開いている。どうやら、休校中でも解放されているらしい。

 この学園の図書館は、国内最大級の蔵書数を誇る。そのため、館内はとても広く、天井も見上げるほど高い。

 中に足を踏み入れると、やけに静かで、人気がない。というか、司書すらいない。これは、どういう状況なのだろう? まあ、入れるならなんでもいいか。

 そうだ、せっかくだから、新たな小説のジャンルに挑戦してみよう。司書がいないと本は借りられないが、この場で読むことは許されるはずだ。

 近くの本を手に取ろうとしたとき、かつかつ、と誰かの足音が聞こえてくる。

 本棚の隙間から様子を窺うと、愛しのクレア=ベルモンドが、そこにいた。


「やあ、クレア」

「あら、こんなところでどうしたの? ブラン」


 クレアに会えた喜びで、思わず笑みがこぼれる。

 ああ、彼女はいつ見ても美しい。艶やかな銀髪も、薔薇のように赤い瞳も、天性のスタイルも、すべて魅力的だ。

 その姿を視界に収めているだけで、脳が痺れるほどの興奮が押し寄せてくる。


「暇だから、学園内を散歩していたんだ。それより、今朝から姿が見えなかったけど、ずっとここにいたのかい?」

「ええ、そうよ。ちょっと調べものしていたの」

「よかったら手伝おうか?」

「ほんと? じゃあ、こっちへ来てもらえる?」


 クレアは、そう言って妖しく微笑んだ。

 表情ひとつ取っても、やはり彼女は魅力的だ。つい抱きしめたくなるほどの愛おしさを胸に秘め、彼女の背中を追う。

 そこは、図書館の中でも相当奥まった場所にある、古書の区画だった。本の日焼けを防ぐためか、この辺りまで来ると、日の光がほとんど届かなくなる。天井に吊るされた光の魔導具が、辺りを申し訳程度に照らしている。これでは、本のタイトルを読むのもひと苦労だ。


「こんなところで調べものか。一体何について調べていたんだ?」

「古代の剣術について記された本が、どこかにあるらしいのよ。学園もしばらく休みだし、この機会にたくさん鍛錬しようと思って」

「……そっか」


 クレアから鍛錬という言葉を聞くと、「あなたを頼るつもりはない」と言われている気がして、少し悲しい気持ちになる。自意識過剰だろうか? 捻くれた考え方だろうか? それでも、女性に剣を握らせるというのは、男としては情けない話だと思うのだ。彼女が剣を持たずに済むよう、強くあらねばと思うのだ。


「今まで突き技を主流としてきたけど、そろそろ斬撃も覚えたほうがいい気がするの。あなたはどう思う?」

「……クレアは、今のままで十分だと思うけど」


 そう言うと、クレアはむっとした。どうやら、怒らせてしまったらしい。


「す、すまない。君の努力を否定したいわけじゃなくて……」

「違うわ。そんなことで怒ってない。あなたの呼び方が気に入らないの?」

「え?」

「二人のときは、いつも〝ハニー〟って呼んでくれるじゃない」


 クレアは、不貞腐れたように言った。

 ああ、しまったな。


「そうだったね、ハニー」

「そう、それでいいのよ」


 満足げに頷いたクレアは、こちらに背を向け、本棚を漁り始めた。

 ハニーだって? ああ、なんて妬ましい(・・・・)


 そう思って――――〝僕〟は剣に手をかけた。


 君が他人のものになるくらいなら、いっそ、この剣で。


「――――馬鹿ね、あなた」


 クレアが体を捻る。そして、強烈な後ろ蹴りが、僕の腹部を打ち抜いた。


「がっ……⁉」


 踏ん張ることすらできず、背後にあった本棚に背中を打ちつける。その衝撃で、何冊もの古書が、僕に降り注いできた。


「私ともあろう女が、ハニーなんて恥ずかしい呼び方を許すはずないじゃない」

「……そうか、まんまと騙されたよ」


 魔導具の効果が切れる。転写の光が消え、僕は――――ゼスト=カーヴェルンに戻ってしまった。


「はあ、時間切れ(・・・・)か。君たち、毎回こうして本物か確かめ合ってるわけ? 意外と信頼してないのかな?」

「――――おめでたいやつだな。あんたは誘き出されたんだよ」


 忌々しい声がして、僕は振り向く。

 そこには、ブラン=ベルモンドが立っていた。


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