8-3
「……お前に会えてよかった、ブラン=ベルモンド」
ラングが手を差し出す。俺はそれを、強く握った。
「今日はありがとうございました。絶対に、事件を解決してみせます」
「ああ、オレも全力で協力しよう。なんでも言ってくれ」
ラングから手を握り返される。その瞳には、力強さだけが宿っていた。
――――それにしてもこいつ、手の力が強すぎる。加減というものを知らないのだろうか。
「……あの、すみません」
俺の言葉をよそに、ラングは話し続ける。
「かけがえのない友とは、お前のような者のことを言うのだろうな」
「あの、そろそろ手を」
ラングの手の力が、ますます強くなる。
「そうだ、事件を解決したら、二人で手芸屋にでも行かないか?」
「いだだだ! あの! 手! 離して! 俺の手が、壊れる!」
「む、すまん」
俺が声を上げると、ラングはやっと手を離してくれた。たかが握手で、先ほどの決闘よりもハラハラすることになるとは。
「いかんな、どうもすぐ周りが見えなくなる。オレの悪い癖だ」
「はは……。じゃあ、俺はそろそろ行きます」
「ああ。またいつでも遊びに来てくれ」
ラングに見送られ、部屋を出た。
ふと空を見上げると、橙がどこまでも広がっていた。冷たい風が体を吹き抜け、思わず身震いする。
もうこんな時間か。気づかぬうちに、かなり時間が経っていたようだ。
ラングが正直に話してくれたおかげで、手掛かりがまた少し増えた。ただ、今日手に入れた情報だけでは、ラングの疑いが完全に晴れるわけではない。あれがすべて作り話で、ズコット先生を殺し、逃げる間もなく立ち尽くしていた可能性はゼロではない。
――――冷静に考えろ……。
ファンとして、ラングを信じたくなる気持ちを律し、俺は状況を整理する。
まず、犯人はアリスを階段から突き落とし、下の階へ逃走した。それから、ラングの話が本当であれば、犯人はズコット先生に呼び止められ、その場で殺害したことになる。
現場の近くにいたのは、ゼストとラングだけ。単純に考えれば、どちらかが犯人である可能性は高い。ただ、ゼストの証言によると、悲鳴が聞こえ、クレアとすれ違ったと言っていた。つまり、第三者がいないとも限らない。
「そういえば、あのとき……」
よくよく状況を思い出していると、ひとつ、引っかかる点があった。
それを皮切りに、やけに筋の通ったシナリオが、頭の中に浮かんでくる。
『アンチェイン』から男を学ぶため、ひたすらに鍛え上げた分析力が、ようやく役に立つときが来た。
このシナリオを確かなものにするには、いくつか確定させなければならない情報がある。
俺はすぐに校舎へ向かった。
◇◆◇
クレアは、学園の医務室に向かっていた。
医務室の前には、護衛の騎士が二人立っている。
「持ち物を検査させてください」
そう言って、騎士がクレアのボディチェックを始めた。
犯人は、変化の魔導具を持っている可能性が高い。ここにいるクレアが本物か調べるためには、こうすることがもっとも手っ取り早かった。
チェックが終わり、クレアは医務室に足を踏み入れる。そこには、いまだ目を覚まさないアリスと、その手を握るリンゼルの姿があった。
「ごきげんよう、リンゼル様。お見舞いに来ましたわ」
「クレア……ありがとう」
リンゼルは、少し疲れを感じさせる表情で言った。
「もしや、眠らずに看病を?」
「ああ……どうしても心配でな」
「もう、いけませんわ」
クレアは、呆れたようにため息をついた。いずれ一国の主となるはずの彼が、看病のせいで体調を崩したとなれば、さすがに苦言を呈さずにはいられない。その様子に、ばつが悪い顔をしたリンゼルは、視線をアリスのほうへ逃がした。
「まだ、目を覚ましませんか?」
「いつ起きてもおかしくないそうだが、こればかりはどうにもな……」
クレアは、椅子に腰かけ、アリスの顔を覗き込む。
頭に巻かれた包帯からは、少々痛々しさを覚えるものの、その顔色は決して悪くなかった。
ほっと胸を撫で下ろし、リンゼルと目を合わせる。
「アリスは……一体誰に突き落とされたんだろうか」
リンゼルは、ぼそっとつぶやいた。硬く握られた拳には、静かな怒りが宿っている。
クレアも、彼と同じだった。アリスは、すべてを失ったクレアにできた、唯一の同性の友人だ。過ごした時間は短くとも、彼女の痛ましい姿を見るだけで、犯人への怒りがふつふつと湧き上がってくる。しかも、犯人は、わざわざクレアに化けて犯行に及んだのだ。
まるで、クレア=ベルモンドの人生が汚されているかのようで、クレアは心底腹を立てていた。
しかし、犯人に繋がる情報は、まだほとんどない。
このまま犯人が見つからなければ、いずれクレア本人が拘束される。
ただ、焦りはない。何故ならば、クレアには彼がいるから。彼ならきっと、この事件を解決してくれる。何故だか、そんな確信があった。
「――――失礼します」
医務室の扉が開き、彼、ブラン=ベルモンドが姿を現す。
その顔には、どこか達成感のようなものがあった。
「ラングのこと、何か分かったか?」
「はい。細かい点は省きますが、事件が起きる直前まで、ラング様はズコット先生と話していたようです」
ブランが詳しく説明する間、リンゼルは腕を組み、深く考え込んだ。
残念ながら、ラングを被疑者から外せるほどの情報ではなかった。
「リンゼル様、協力してほしいことがあります」
「それは、事件に関することか?」
「はい……!」
ブランが力強く頷き、リンゼルが席を立つ。
「分かった。なんでも言ってくれ」
リンゼルが、深く頷く。
「ありがとうございます。じゃあまずは――――」
クレアは、ブランの自信に満ちた顔を見て、改めて確信する。
やはり、彼は特別な人だ。彼がいれば、何があっても大丈夫だと、心から信じられる。
クレアの視線に気づいたブランが、首を傾げる。
「どうかした?」
「……いいえ、なんでもないわ。それより、私にもできることはない?」
「それなら、もう一度犯行現場についてきてくれないか?」
「犯行現場? あそこはもう、捜査が済んでいるはずじゃ……」
「まあまあ、すぐに分かるよ」
そう言って、ブランは悪戯っぽく笑った。




