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内心ほくそ笑みながら、ラングにあみぐるみを渡す。ラングは、あみぐるみを掲げるように持って、細部まで細かく観察し始めた。
「なんて繊細なんだ……均一で、ほつれも乱れもない……!」
ラングは、これでもかと目を輝かせ、あみぐるみに夢中になっていた。
「……よければ、差し上げましょうか?」
「い、いや、これはお前のウサちゃんだ。もらうわけにはいかない。……だが、その、お前がよければ……これの編み方を教えてもらえないだろうか……?」
ラング=シュゼットの趣味、それは、あみぐるみであったり、絵であったり、お菓子作りであったり、とにかく、可愛いもの全般であった。
彼は、それを頑なに隠している。ただひたすらに剣を振り、主君に尽くす騎士としての生き方と、相反するものだと思っているからだ。
ゲーム本編では、すべてをありのまま受け入れてくれるアリスによって、彼は救われる。しかし、彼女がリンゼルと結ばれたこの世界では、ラングは縛られたままだった。
「ここはこうして……ここで反転させて、この穴に通せば……」
「おお! おお……!」
ラングの部屋に招かれた俺は、目の前であみぐるみの作り方を実践していた。
俺が手順を教えるたびに、彼は湧き上がる興奮を、声で表す。それがなんだかおかしくて、思わず笑いそうになってしまった。
「……それにしても、意外だったな。まさか、ブランが手芸好きだったとは」
――――それはこっちのセリフだよ。
そう言ってやりたいところだったが、ぐっと堪える。
「オレたち、意外と気が合いそうですね」
「……笑わないのか?」
「何をです?」
「普段、威張って、格好つけてばかりの男が、こんなふうに、可愛いものに囲まれて暮らしているんだぞ?」
ラングが、手を広げる。
部屋を見回せば、そこら中に可愛いが散らばっていた。特に目立つのは、枕元のぬいぐるみや、あみぐるみたちだ。つぶらな瞳が、俺たちをじっと見つめていた。
確かに、普段のラングのイメージからは、遠くかけ離れた部屋だ。何も知らずにこの部屋に入り、彼を思い浮かべる者は、俺を除けばゼロと言っていいだろう。
「笑うわけないじゃないですか。何を好きになったって、その人の自由なんですから」
この言葉は、俺の本心だ。何かを好きになることは、誰にでも与えられる平等な権利だ。おかしいとしたら、それを馬鹿にする者だけだ。
「お前になら、話してもいいかもな」
ラングは、どこか縋るような表情で、俺を見つめた。
「……よし、話そう。昨日、何があったのかを」
ラングは迷いを捨てた、真っ直ぐな瞳で語りだす。
ズコットに呼び出されたラングは、職員室のそばにある、剣術教官室を訪れた。
剣術教官室とは、剣術の教師が常駐する部屋のことで、授業のとき以外、ズコットは基本この部屋にいた。
「よく来たな、ラング」
部屋に入ると、ズコットは神妙な面持ちをラングに向けた。
ラングは、度々この部屋を訪れていた。しかし、これほどの緊張感を覚えたのは、今日が初めてだった。
「オレを呼び出したってことはまさか――――そういうこと、ですよね?」
「ああ、そうだ。そういうこと、だ」
ズコットは、テーブルの上にあるものを置いた。
ラングは、歓声を上げながら、それに顔を近づける。
「す、すごい……! 本物の〝ノーブルレーヌ〟だ……!」
〝ノーブルレーヌ〟とは、スイーテニア王国において、古くから存在する羊毛のブランドである。そこから発売されたこの毛糸は、最高級の羊毛が使われた、数量限定の商品であった。
「よく手に入りましたね……!」
「騎士団時代の伝手を借りてな。少々骨が折れたが、なんとかなった」
「さすがです、ズコット先生……!」
ズコットは、「よせよせ」と言って、照れたように鼻の下を掻いた。
ラングとズコットは、いわゆる趣味友達であった。雑貨屋で遭遇し、それ以来、共に〝可愛い〟について語らう関係であった。
ここ最近、彼らは手芸に興味を抱いていた。どうせのめり込むのであれば、なんとか高級毛糸を手に入れたいと願ったのが、この話題の始まりだった。
「早速始めましょう……!」
「まあ待て、貴重な毛糸だ。ちゃんと指南書を読みながら――――」
ズコットの言葉を遮るように、廊下から、誰かが駆ける足音が聞こえてきた。
「……不届き者め」
がたっと立ち上がったズコットが、廊下へ飛び出していく。
規律を重んじる騎士団に所属していた彼は、ルールを守らない者を決して許さない。故に、〝廊下を走らない〟というルールを破った者が、彼に怒鳴られているところは、よく見られる光景だった。
だから、ラングも気にしなかった。
――――彼の悲鳴が、聞こえるまでは。
「き、貴様! 何をして――――ぐうああぁあ⁉」
「……ズコット先生?」
ラングは剣を取り、部屋を出た。廊下を少し進んだ先、倒れたズコットを見つけ、慌てて駆け寄る。
「ズコット……先生?」
ついさっきまで、楽しく話していた相手が、血だまりに沈んでいた。
胸の傷からは、とめどなく血が溢れ、周囲に鉄臭さが充満している。
ラングは、ただ立ち尽くすことしかできない。何が起きているのか理解できず、思考がぼやけていた。
「ラング⁉」
誰かに、名前を呼ばれた気がした。
それがゼストだと気づいたのは、彼がズコットを抱きかかえたときだった。
「ズコット先生……! 何があったんですか⁉」
ゼストが叫んでいる。向こうから、また誰かが駆けてくる音が聞こえた。
◇◆◇
「――――このあとは、お前も知っての通りだ」
ラングの話は、そんな言葉で締めくくられた。
「可愛いものが好きなことは、オレとズコット先生だけの秘密だったんだ。だから、どうしても言えなかったんだ……」
悔しげに体を震わせ、ラングは目を閉じる。
「くだらない理由だろう? こんな秘密を守るために、犯人と疑われても構わないなんて、間抜けすぎて笑えるだろう? でも……オレには、それくらい大事なことだったんだ」
「笑いませんよ」
少なくとも、俺は絶対に笑わない。
彼がどれだけ悩み、苦しみ、好きを隠し続けてきたか、よく知っているからだ。




