8-1 ラングの秘密
ズコット先生の死は、すぐに学園全体に広まった。
安全のため、学園は生徒に対し、一週間の休校を言い渡した。学生寮の周りには、騎士が護衛として配置されているため、比較的安全が確保されている。そのおかげか、帰省も許可されているものの、ほとんどの生徒はまだ残っている。
「ふわぁ……」
あくびを噛み殺しながら、俺はブレザーに袖を通す。
窓際で本を読んでいたクレアが、俺を見て首を傾げる。
「珍しく眠そうね。夜更かしでもしてたの?」
「ああ……ちょっと、ラング様に会うための準備をね」
俺は、懐に〝例のもの〟が入っていることを確かめる。
ひと晩でこれを作るのは、なかなか骨が折れる作業だったが、なんとか間に合った。
「そういうことなら、私だって手伝ったのに」
クレアは、少し不満そうにして、足を前後にぶらぶらと動かした。
彼女は、こういう子供らしい一面を、俺にだけ見せてくれる。それが、何よりも嬉しい。
「気持ちは嬉しいけど、これは俺ひとりでやらなきゃいけないことだったから」
「そう……」
「それより俺の分まで、アリスのお見舞いを頼んだよ」
「ええ、分かってるわ。そっちも、何かあれば連絡を」
「分かった」
クレアに向かって、ひとつウインクをした。
三年生の寮へと足を運ぶと、そこには、木剣を握りしめ、一心不乱に素振りをしているラングの姿があった。
その姿は、すべての邪念や雑念を振り払おうとしているかのようで、鬼気迫るものがあった。
そして、ひどく自分を責めているようでもあった。
「――――ラング様」
ラングは、ぴたりと素振りを止めた。額にかいた汗が、頬を伝って落ちる。訓練用のシャツは、まるで雨でも降ったのかと思うほど濡れていた。
一体、いつから鍛錬していたのだろう。一時間や二時間程度では、こうはならない。
「……なんの用だ」
「昨日のことで、お話を伺いたいのですが」
「言っただろう。話せることは何もないと」
ラングは、リンゼルを突き放したときよりも、強い口調で言った。全幅の信頼を置き、命を懸けて守ると誓ったリンゼルが相手でも言えないのだ。知り合ったばかりの俺に、簡単に打ち明けてもらえるはずがない。
しかし、それでは困るのだ。
「話していただけないのであれば、力ずくで聞き出します」
「……なに?」
素振りを再開しようとしたラングが、俺を一瞥する。
「正気か、お前」
「もちろん。クレアの疑いを晴らすためなら、俺はなんでもしますよ」
こうなることは分かっていた。だから、俺は木剣を握りしめ、ラングに向かって手袋を投げつける。
「俺が勝ったら、昨日何があったか、すべて話してもらいます」
「……お前が負けたときは、何をしてくれる?」
「肩でも揉みましょうか?」
「舐めているのか……!」
ラングは、ぎりっと奥歯を噛みしめ、眉間にしわを寄せる。それは、獰猛な肉食獣の威嚇のようだった。
しかし、こんなことで怯んでいられない。
「俺が負けたときの話なんて、どうでもいいでしょう? あなたは、どうせ決闘を断れないんですから」
「っ……」
再び、ぎりっという音が聞こえる。
ラングは、騎士から成り上がった家系だ。父は騎士団の重役で、大勢の部下を先導し、責任から逃れられない立場にある。騎士道を重んじ、決して逃げ傷を作らないという教えが染み込んだ彼に、決闘を断るという選択肢はない。
「……いいだろう。お前の挑発に乗ってやる」
ラングは、そう言って俺の手袋を拾い上げた。
互いに木剣を構える。
ダンテと決闘した際は、真剣を用いた。それに比べ、今、俺たちが構えているのは、葉すら斬れない貧相な武器。だというのに、ラングが放つ威圧感は、これまで対峙してきたどんな相手よりも強大だった。
地面が爆発したような音が鳴り、ラングが一気に距離を詰めてくる。
大抵の剣士は、この迫力に圧倒され、今まさに彼が振り下ろそうとしている一撃で終わっていただろう。しかし、俺はその初撃を読み切った。
真っ直ぐ振り下ろされた木剣に、横から弾くように刃を当てる。
ラングの斬撃は、何よりも真っ直ぐで、力強い。正面から受け止めれば、剣も体も叩き割られる。ただ、そういった斬撃は、横からの衝撃に弱い。
木剣同士がぶつかる音が響き、ラングの剣が逸れる。
目を見開き、ラングは一瞬驚いた顔を見せる。その隙を突いて、俺は木剣を切り返し、ラングの胴に鋭い一撃を叩き込まんとする。しかし、こんなところで終わるラングではない。
振り抜いた剣をすぐさま引き戻し、俺の一撃を受け止める。無理な体勢で受け止めたため、ラングの体がぐらりと揺れた。逆に言えば、それだけだった。
「……やるな」
「ラング様こそ。今のを防がれるとは思ってませんでしたよ」
「それはこちらも同じこと。オレの初撃を防いだやつはいても、反撃までしてきたのは、お前が初めてだ」
互いに距離を取り、仕切り直す。
胴に当たらずとも、体勢さえ崩してしまえば、そのまま勝利に繋がる道筋が見えていた。
しかし、結果はどれも不発。そして、同じ戦法は二度と通じないだろう。
ひと呼吸で息を整え、俺たちは再びぶつかり合う。剣を打ちつけるたびに、強烈な衝撃が駆け抜け、骨の芯まで痺れる。
打ち込み、かわし、受け止め、斬り返し――――弾き、突き、受け流し、打ち込み、潜り、打ち込み、受け止め、また斬り返す。
何度も何度もぶつかり合い、気づけば俺たちは、互いに笑みを浮かべていた。
「やはり……剣はいいな」
鍔迫り合いになったとき、ラングがぼそっと言った。
「こうしてぶつかり合っている間は、何も考えずに済む」
その顔は、とても楽しそうで、それと同じくらい、悲しそうだった。
押し合いの末、俺たちは結局、また距離を取っていた。
「ブラン=ベルモンド。お前という対等な剣士と出会えたことに、心から感謝する。だが、ここまでにしよう」
ラングが剣を下ろす。それに合わせて、俺も剣を下ろした。
これ以上の戦いは、どちらかが致命的な傷を負う。いくら情報を聞き出すためとはいえ、そこまでするつもりは、毛頭なかった。
「悪いが、昨日のことは誰にも話すつもりはない。たとえ、それでオレが疑われようともだ」
「……そうですか。残念です」
そう言って、肩を落とす。まあ、こうなることも予想していた。
だから俺は、徹夜してまで〝例のもの〟を準備したのだ。
俺は、ブレザーを直すふりをして、懐に入れていた〝これ〟を落とす。
「なっ……なんだ! そのウサちゃんは⁉」
ラングが、分かりやすく取り乱す。
〝例のもの〟とは、このウサギのあみぐるみのことだった。
姉に叩き込んでもらった編み物の技術を駆使して作った、俺の最高傑作である。
「おっと、失礼」
わざとらしく言って、あみぐるみを拾い上げる。すると、ラングが恐る恐るといった様子で近づいてきた。
「お、おい……それは一体」
「ああ、俺の趣味ですよ。よく作るんです」
「なに⁉ ちょ、ちょちょ、ちょっと、見せてくれないか⁉」
――――釣れた。




