7-2
それから、数日の時が過ぎた。
毎日毎日、生徒会のメンバーと共に、何か見落としがないか探し続けた。しかし、収穫はなし。完全に手詰まりだった。
校内を巡回する騎士の数も、日に日に増えている。しかし、彼らの捜査でも、犯人の目途はまったく立たないようだった。
ただ、幸か不幸か、あれから事件は起きていない。新たな情報が入ってこないのも、犯人に動きがないことが、一番の理由だった。
昼休み、クレアといつものように弁当を食べていると、遠巻きにいくつもの視線を感じた。
「……居心地悪いわね」
「ああ、まったくだ」
揃ってため息をつく。クレアの悪い噂は、時間と共に尾ひれがついて、さらに広まっていた。
今となっては、クレアが廊下を通るだけで、人が避けていくほどに恐れられている。
本人は「歩きやすくていい」なんて言っていたが、いい気分でないのは確かだ。
「ブランさん! クレアさん!」
食事が進まなくて困っていると、相変わらず腕をぶんぶんと振りながら、アリスが駆けてきた。
「あら、どうかした?」
「あの、お昼ご一緒しませんか? よければ生徒会室で」
それが、彼女なりに気を遣ってくれた提案だと気づいた俺たちは、お言葉に甘えることにした。
生徒会室へ行くと、そこにはリンゼルの姿があった。
しかし、ゼストとラングの姿は見えない。
「護衛をつけないのは不用心ではなくて?」
俺が疑問に思ったことを、クレアが訊いてくれた。
すると、リンゼルはバツの悪そうな顔で、指を組んだ。
「その……本来はラングがいるはずだったんだが、さっきズコット先生に呼び出されてな」
「ゼスト――――様は、どうされたのですか?」
クレアが、一瞬言葉に詰まる。
おそらく、幼い頃からの癖で呼び捨てにしそうになり、慌てて訂正したのだろう。
「ゼストは非番だ」
――――そういうのあるんだ……。
「ここ最近、事件の調査と通常業務が重なって、かなり忙しいからな。少しでも息抜きになればと、交互に休みを取ってもらっているんだ。本当は、アリスにも休んで欲しいのだが……」
リンゼルが、困ったようにアリスを見る。
「休むなんてとんでもない! 私はもっとリンゼル様と一緒にいたいです!」
元気を振り撒くような笑顔で、アリスはそう言った。
こんなに素直に言われたら、誰だってつられて笑顔になってしまう。リンゼルだって、口では「仕方のないやつだ」と言いながらも、顔には幸せそうな笑みがこぼれている。
「もしかして、護衛がいなくなったから、ブランを呼んだのかしら」
「うっ」
リンゼルは、まさに図星と言った顔をした。
この男、ゲーム本編でもこんなに表情豊かだっただろうか。これもギャップか。普段の厳格な雰囲気とは違う、砕けた接し方に、作品ファンとして喜ぶ俺がいた。
にやにや笑いたいところだが、さすがに引かれてしまうため、ここはぐっと堪える。
「すまない……不快だったか?」
「とんでもないです。それに、気を遣っていただいているのも分かってます」
そう言うと、リンゼルは控えめに頷いた。
「ここなら、人目を気にせずに済むだろう。これからも、好きに訪ねて来てくれ」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
「……本当なら、君たちが気兼ねなく過ごせる環境を作ることが、私の役目なのだが」
リンゼルは、悔しげに顔を歪め、窓の外に視線を向けた。
彼なりに、事件に進展がないことを、深く悩んでいたようだ。その背中から、どうしようもないくらいの無力感が伝わってくる。
俺たちのことだけじゃない。善良とは言えないが、ダンテたちだって、リンゼルからすれば守るべき対象だ。そんな彼らを傷つけた存在が、この学園のどこかに潜んでいるかもしれない。上に立つ者としての自覚が芽生えている今、これほど屈辱的なことはないのだろう。
「皆さん! そろそろご飯食べましょう? 昼休み終わっちゃいますよ!」
アリスは、手を叩いて空気をリセットする。そのおかげで、リンゼルの顔に笑みが戻った。
「そうだな。アリス、悪いがお茶を淹れてくれるか?」
「はい! お任せあれ!」
元気に言ったアリスが、お茶を用意しようとする。
「あれ? 茶葉がない……」
そう言いながら、アリスが棚を物色し始める。しかし、お目当てのものは見つからなかったようだ。
「あれ~……? ごめんなさい、切らしてるみたいです」
「そうか……」
「私、職員室で先生に分けて貰えるか訊いてきます!」
アリスが慌ただしく出ていこうとするのを、クレアが呼び止める。
「あ、よければ私も――――」
「お構いなく! お二人はリンゼル様と居てあげてください!」
そう言うと、アリスはクレアに耳打ちした。
「ああ見えて、結構寂しがり屋さんなんです」
「アリス……聞こえてるぞ」
「あっ! じゃ、じゃあ行ってきまーす!」
誤魔化すように、アリスは生徒会室を出ていった。
それを見送り、リンゼルは深くため息をつく。
「今彼女が言ったことは、どうか忘れてほしい」
「ええ、もちろん」
思わずにやけてしまっていた俺たちを見て、リンゼルは今一度、深くため息をついた。
◇◆◇
アリスは、早歩きで職員室を目指した。その足取りは、とても軽い。
暴行事件の捜査が滞っていることは、とてもいい状況とはいえないけれど、それでもアリスは、クレアやブランと仲良くなったことが、嬉しくて仕方なかった。
生徒会室から、一番近い階段を下る。このすぐ下が、職員室だ。
「――――アリス」
踊り場まで駆け下りると、突然、背後にクレアが現れた。
彼女はアリスをじっと見つめ、優しく微笑んでいる。
「わっ! びっくしりた……どうかしました?」
クレアは、何も答えない。その代わり、細めた目の奥には、暗く沈んだ瞳が覗いていた。
「っ! あなた、まさか……!」
彼女がクレアではないと気づいたとき、アリスは、胸に強い衝撃を覚えた。
ぐらりと体が傾き、後ろに仰け反る。とっさに、足で踏ん張ろうとして。
「あっ――――」
そうだ、この後ろは階段だ。体が宙に投げ出される。
そのとき、自分を見下ろすクレアの顔が、やけにはっきりと見えた。
その容姿は、確かにクレアのものだった。しかし、この世のすべてを蔑むような、ひどく醜い表情が、クレア=ベルモンドではないことを物語っていた。
――――許せない……!
アリスの中に、明確な怒りが芽生える。憧れの人であり、大切な友人でもある彼女を、こんなふうに利用されたのだ。許せるはずがない。
鋭い視線で、彼女を睨む。
しかし、硬い床が、もうすぐそこまで迫っていて――――。
ごっ。
そんな、鈍い音が響いた。




