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7-1 新たな被害者

「……なるほど、またクレアの偽物か」


 神妙な面持ちで、リンゼルがデスクに肘をつく。

 俺とクレアは、あれからすぐにリンゼルたちと共に生徒会室に向かった。


「犯行があったときには、俺たちはまだ教室にいました。ダンテを襲うのは不可能です」

「ああ、分かっている。今回は、授業が終わってすぐだったこともあり、クレアがブランと共にいるところを見た者は大勢いる。しかし、言いにくいのだが……」


 リンゼルが顔を伏せる。

 クレアのアリバイは証明されているものの、すでに学園内では、彼女が犯人という噂が広まりつつあった。野次馬がいる前での、ダンテの怯えた態度。そして、以前ミルカたちが絡んできたときも、今朝ダンテが絡んできたときも、大勢の生徒がその様子を見ていたことで、クレアには動機があると認知されてしまっていた。

 やはり、たとえアリバイが証明されようが、人は信じたいものしか信じないようだ。


「人目が気になるようであれば、しばらく休学するという手もある」

「ご冗談を。私は逃げませんわ」


 リンゼルの提案を、クレアは間を置かずに突き放す。

 当然だ。クレアが逃げるはずがない。


「学園にいなければ、私自身の手で犯人を明かすことができなくなります。必ず、不届き者を成敗してみせますわ」

「……頼もしいな。では、引き続き協力してもらおう」

「ええ、喜んで」


 すると、ゼストが事件記録に目を通しながら、口を開く。


「ダンテの傷についてなんだけど、的確に急所を外してあったみたいなんだ。運よく外れたにしては、ちょっと無理がある感じでさ」

「犯人が被害者を生かしたのは、やはりクレアの仕業だと証言してもらいたいから、ということか」


 ゼストとリンゼルが、深く考え込み始める。


「だとすると、犯人はどうやって、クレアさんがやったように見せかけたんでしょうか……?」

「変装じゃないのか?」


 アリスの疑問に、ラングが答える。


「いや、変装した程度で、クレアの美貌を再現することは不可能です」


 俺は、すかさずそう言い切った。すると、クレアが俺の腕をぺしっと叩く。


「ちょっと、今はふざけてる場合じゃ――――」

「心外だよ、クレア。俺はふざけてなんかいない。事実を述べているだけだ」

「うっ……」


 クレアの顔が赤くなる。

 そんな彼女も大変魅力的だが、からかうつもりは本当になかった。

 アリスが、俺に賛同するように手を挙げる。


「はい! 私も、変装でクレアさんを再現するのは難しいと思いますっ!」

「……まあ、ブランとアリスが言うなら、そうなんだろうな」


 リンゼルが、困惑気味に頷いた。どうやら、分かってくれたらしい。


「……どうしてこんな辱めを」


 クレアが、不機嫌そうに顔を逸らしてしまった。


「じゃあ、変装じゃないとして、他に方法ってあるのかな?」

「俺は、魔導具を使ったんだと思います」

「魔導具?」


 ゼストが目を丸くする。

 魔道具の主な用途は、日本における家電的な立ち位置だが、中にはゲームの世界らしく、超常的な力を引き起こすものもある。つまり、他人に変身できる魔導具があっても、なんらおかしくはないということだ。

 本編中に出てきたわけではないため、現状はまだ仮定でしかない。『アンチェイン』はかなりやり込んだが、実際にこの世界で生きてみると、ゲームのように簡単ではないと実感させられる。俺には、まだまだ知らないことがたくさんあるということだ。


「なるほど……それならあり得るな。ブランの線で、教師にも報告しておこう」


 今日のところは、これで解散となった。

 結局のところ、犯人に繋がる情報は、まだ何も得ていない。

 寮に戻った俺は、図書室で借りてきた魔導具に関する本を読み漁っていた。

 今のところ、変身の魔道具に関する記述はない。ただ、技術自体は存在しているようだ。

 光の魔術を利用した、転写の魔道具というものがある。壁に絵柄を転写して、華やかにするための装飾用魔導具だったらしい。

 というのも、現在は使用が禁止されているらしく、実際に使用されているところを見たことがないからだ。犯罪者が逃亡を図る際、壁の模様を自身に転写して、身を隠すために使ったことで、流通が禁止になったそうだ。

 ただ――――この魔導具が取り締まられるより以前の研究資料曰く、この魔導具を用いて複雑な模様を転写する研究は、佳境を迎えたとある。希少な素材が必要で、目玉が飛び出すほど高価ではあるものの、人の姿を転写することは、不可能とは言えないということだ。


「あら、何を読んでいるの?」


 シャワーを浴びたクレアが、俺が座るソファーの隣に腰かけた。

 ふわりと、花の香りがする。彼女が使っているシャンプーの香りだ。


「魔導具について調べてたんだ」

「ああ、姿を変えるっていう」


 クレアが、俺の読んでいた本を覗き込む。

 彼女の香りが、さらに強くなった。


「転写の魔導具の応用……確かにそれなら――――って、どうかしたの?」

「いや、なんでもない」


 目を閉じ、天を仰ぐ。クレアを心から愛する者にとって、この状況は刺激的すぎた。

 ほんのわずかに、クレアから距離を取る。駄目だ、あまり状況が変わらない。

 俺が悶えている間に、ふと、クレアが真剣な顔をしていることに気づく。


「……私って、そんなに恨まれるようなことしたかしら。犯罪者に仕立てられるような、強い悪意をぶつけられるほど、悪いことをしたのかしら」


 クレアは、本を眺めながら、ぼそっとそう言った。

 どこか切なさを感じているような声色に、胸が締めつけられる。


「君の行いをよく思わなかった人は、どこかにいるかもしれない。それでも……君は胸を張って、生きていていいんだよ」


 クレアが、顔を上げる。その瞳は、わずかに揺れていて、それを隠すかのように、彼女は再び顔を伏せた。そして、丘の上で眠ったときのように、頭を俺の肩に載せる。


「……こんなに優しい人が夫じゃ、私、どんどんわがままになっちゃうわ」

「……いいじゃないか、それで」


 気の利いた返しができずに困っていると、クレアがくすっと笑った。

 また、シャンプーの香りがした。


「クレア、頭に触れてもいいかな?」

「急にどうしたの?」

「君を撫でたいんだけど、駄目かな?」

「……仕方ないわね。特別よ?」


 お許しが出たということで、そっとクレアの頭に触れる。

 優しく、ゆっくり、浅く髪を梳くように撫でる。彼女の髪は、まったく引っ掛かりがなくて、力を入れていないのに、指がするりと通り抜ける。まるで上質な絹糸だ。触れているだけで気持ちがよくて、ずっとこうしていたくなる。


「ふふっ、少しくすぐったいわ」

「嫌かい?」

「いいえ、とても落ち着く」


 クレアは気持ちよさそうに目を細め、もっと撫でろと言わんばかりに、頭をさらに近づけてきた。その様子は、まるでブラッシングをねだる猫のようだったが、そんなことを口にすれば、きっと彼女はむっとしてしまう。それはそれで見てみたいところだが、今はこの時間を長く続くことを選びたい。


「……どんな状況でも、私は絶対に負けない」


 クレアが、目を合わせてくる。彼女の瞳は、もう揺れてはいなかった。


「あなたと一緒なら、どれだけ辛いことがあっても、きっと乗り越えられるわよね」

「ああ、保証するよ」


 もう一度、彼女の頭をゆっくり撫でる。俺の想いが、この手を伝わって、少しでも届くように。


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