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6-4

――――翌日。


 学園の敷地内に、騎士が巡回するようになった。本格的に、調査が始まったらしい。

 彼らを尻目に校舎に向かうと、その入口で、ダンテが俺たちを待ち構えていた。


「……よくのうのうと顔を出せたなァ」


 ダンテは苛立った様子で、クレアに詰め寄ってきた。

 俺はそれを遮るように、間に割り込む。


「ダンテ。君は決闘に負けて、二度と俺たちに近づかないと約束したはずだろ?」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ! そっちから近づいてきたくせによぉ!」 


 ダンテは、そう言って殴りかかってきた。

 俺は、その拳を片手で受け止める。


「ミルカから聞いたぞ……! お前があいつを襲ったんだってな! オレの婚約者に手を出しておいて……ただで済むと思ってんじゃねぇぞ!」


 ダンテが叫んだせいで、登校中の生徒たちの視線が、クレアに集まる。

 事件のことは、すでに学園中に広まっている。ただ、クレアが疑われているという話は、まだ秘匿になっていたはずだ。それなのに、こいつのせいで台無しである。


「決闘のことなんざ知るか……! 落とし前をつけさせてやる!」

「落ち着け。クレアはやってない。誰かが彼女に罪を着せようとして――――」

「オレの女が嘘ついてるって言いてぇのか!」


 息を荒くしながら、ダンテは俺の手を振り払う。

 今の彼に、俺たちの声は届かない。婚約者が襲われたともなれば、俺たちの言葉なんて、すべて言い訳にしか聞こえないだろう。

 そんなとき、騒ぎを聞きつけた教師たちが集まってきた。

 ダンテはひとつ舌打ちすると、俺たちに背を向ける。


「今日の放課後、ミルカが襲われた場所に来い。もし逃げたら、そのときはお前らの部屋に乗り込んでやるからな……!」


 睨みを利かせ、ダンテは校舎の中へ消えていく。

 俺とクレアは、周囲の視線に深くため息をついた。


「行かないわけにはいかなそうだな」

「ええ、そうね」


 こんなにも放課後が来ないでほしいと願ったのは、初めての経験だった。


◇◆◇


 放課後になり、ダンテはすぐに教室を出た。向かう先は、彼の婚約者が暴行を受けた場所である。

 憎きクレアを同じ目に遭わせるべく、ダンテは途中で木剣を拝借した。

 怒りで呼吸が荒くなる。やつらが来るのが待ち遠しい。ブランに手も足も出なかったことなど、すでに頭の片隅へと追いやっていた。

 足音が近づいてくる。ダンテは顔を上げ、木剣を強く握りしめた。


「――――おいおい、愛しの旦那サマはどうした?」


 ひとりで現れたクレアを見て、ダンテは口角を吊り上げた。

 バカな女としか言いようがない。ひとりでどうにかなると思っているのだろうか?

 さて、どうしてくれようか。憎い相手ではあるが、その容姿は一級品だ。叩きのめすだけではもったいない。暴力で脅して、手籠めにしてしまうのもいいだろう。汚れた姿でブランのもとに返してやれば、決闘で負けた鬱憤も、少しは晴れるというものだ。

 舌なめずりをしながら、クレアに近づいていく。もはやミルカのことなど、どうでもよくなっていた。ダンテはもとより、ミルカへの愛故に動いているわけではなかった。自分のモノに手を出されたことが、気に入らなかっただけだ。


「許してほしけりゃ、オレにひれ伏せ」


 ダンテが、クレアを見下ろす。しかし、クレアが顔を上げたとき、その瞳に宿る深い闇を見て、ダンテは慄く。


「な、なんだよ……うっ⁉」


 次の瞬間、ダンテの腹部に激痛が走った。

 クレアの手に握られたナイフが、深々と刺さっていた。生温かい血が、ワイシャツとズボンを伝い、地面に流れていく。


「ぎっ……」


 熱された鉄を押しつけられたような痛みが走り、ダンテは後退する。その際、ナイフが抜けて、傷口からさらに血が溢れ出した。


「あ、あああ!」


 ダンテは傷口を押さえながら、クレアに背を向けて逃走を図る。しかし、恐怖と混乱のあまり、思考がまったく定まらない。痛みがひどい。血が服を濡らす感覚は、ひどく不快で。

 ついに、足がもつれてしまう。思い切り転び、頬に土がつく。

 足音が近づいてくる。クレアが、ダンテのすぐ後ろまで迫っていた。


「ひっ……」


 振り返ったダンテが見たものは、奪った木剣を振り上げる、クレアの姿だった。

 クレアは、何度も、何度も、ダンテに向かって木剣を振り下ろす。

 やがて、ダンテが動かなくなったのを確認して、木剣を投げ捨てた。にやりと笑った彼女の顔には、底知れない邪悪さだけがあった。


◇◆◇


 芸術の授業を終え、俺とクレアは教室に戻ってきた。

 これからダンテに会いに行くことを考えると、やはり憂鬱になる。しかし、ここで放置して、あとで寮に押しかけられるのは面倒だ。

 重い足取りで、第一訓練場の裏手へ向かう。すると、どこからともなく、不快な臭いが漂ってきた。


「これは――――」

「…………血の匂いね」


 クレアと顔を見合わせ、走り出す。目的地にたどり着くと、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 地面に広がる血溜まり。そこから、訓練場の壁に向かって血痕が続いている。

 そして、俺たちを呼び出したダンテ=ラーマウッドが、壁に磔にされていた。


「一体、何がどうなっているの……」


 クレアが、か細い声を漏らす。

 改めてダンテの姿を見ると、手のひらを杭で固定されたその姿は、まるで罪人のようだった。

 急いで人を呼ぶと、すぐに野次馬が集まってきた。

 磔にされていたダンテが、教師と騎士たちによって救出される。どうやら、怪我の具合はひどいものの、命に別状はないらしい。刺された腹も、臓器を外れており、出血だけで済んでいるとのこと。


「まさか、ダンテまで襲われるなんて……」


 クレアは、ダンテが担架によって運ばれていくところを眺めながら、そうつぶやいた。

 すると、気絶していたはずの彼がびくっと体を震わせ、目を開く。そして、クレアと目が合った。


「うっ――――うわぁああ⁉」


 突然、ダンテが悲鳴を上げながら暴れ始める。

 担架を持っていた騎士たちは、慌てて彼を地面に下ろした。


「あいつが……! あいつがオレを……!」


 ダンテが、クレアを指さす。そして、心底怯え切った表情で、這うように逃げ始めた。

 大勢の視線が、クレアに集まる。


――――やはり、な……。


 あれだけの怪我を負っておきながら、ダンテが嘘をついているとも考えにくい。

 予想していたことが当たってしまった。この事件の犯人は、ミルカたちを襲った者と同一とみてまず間違いない。

 そして、犯人の目的は、やはりクレアに罪を着せること。どうやら、上手いことその術中に嵌まってしまったらしい。 


「――――通してくれ」


 野次馬をかき分け、リンゼルたち生徒会メンバーが姿を現した。


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