6-3
「私の知るクレア=ベルモンドは、そんな馬鹿な真似はしない」
リンゼルの瞳が、真っ直ぐクレアを捉える。
今、彼が言ったことは、すべて主観でしかない。しかし、そこには強い力があった。
リンゼルには、王たるに相応しい生まれついての才がある。
しかし、以前の彼は、自分の存在価値に疑問を抱くほど、どこか危うい人間でもあった。
アリスという少女と、出会うまでは。
今や彼は、揺るぎない自己を手に入れた。だからこそ、言葉に説得力が生まれたのだろう。
何度も言うが、リンゼルが言ったことは、あくまで主観だ。しかし、その言葉には、真実であると思わせてくれるほどの、無条件で信じたくなるほどの、強い力があった。
「それに、君にはブランがいるだろう。とてもじゃないが、ブランが君から目を離すとは思えないな」
リンゼルが茶化すように言うと、場の雰囲気が少し和んだ。
犯人はクレアではない。それは、この場にいる者全員の共通認識。
「じゃあ……本当の犯人は、一体誰なんでしょうか?」
俺が考えていたことを、アリスが口に出す。
クレアはやっていない。それは間違いない。
しかし、ゼストが言った通り、ミルカたちが重傷を負ってまで、クレアに罪を着せようとしたというのは、いささか無理がある。彼女たちにそんな度胸があるとは、到底思えないからだ。
「捻らず考えるなら、ミルカとシロンに恨みを持つ者かな。罪を逃れるために、クレアのふりをしたっていうのが、僕の考えだけど……」
「そうね……。私には、不本意ながら動機があるわ。それを利用されたと考えるのが筋かしら」
具体的な名前が出ることはないが、容疑者の特徴が絞られていく。
ただ、なんだろうか、この違和感は――――。
「うーん……。外の結界に反応がないことを見るに、外部犯の可能性は考えにくいですよね。やっぱり、学園の人間による犯行でしょうか?」
「ああ。生徒、あるいは教師……騎士による犯行の可能性もゼロではない、か……。とりあえず、学園の関係者から調べてみよう」
リンゼルは万年筆を手に取り、デスクに置かれた羊皮紙にメモをとる。こんなときだが、彼の字が大層綺麗なことに、思わず感心してしまった。
ぴたり、とリンゼルの手が止まる。そしてそのまま顔を上げ、俺とクレアを交互に見ると、口を開いた。その顔は、どこか申し訳なさそうだった。
「すまない。肝心なことを言い忘れていたな……。君たちも事件の捜査に加わってくれないだろうか? 今はとにかく人手が足りない。信用できる君たちが協力してくれたら、我々も心強いのだが……」
リンゼルの誘いに対する答えは、もう決まっていた。
それはクレアも同じようで、俺たちは同時に深く頷いた。
「もちろんです。私の名を騙る不届き者を、野放しにしておくわけにはいきません」
「俺も、協力します」
「ありがとう、助かるよ。続きはまた放課後にしよう。みんな、授業に戻ってくれ」
ということで、この場は一時解散となった。
――――昼休み。
いつも通り、中庭で弁当を食べながら、俺は考え込んでいた。
先ほど感じた、妙な違和感。それを突き止めるために、事件の流れを、最初から確認する。
ミルカとシロンが襲われたのは、金の日の放課後。
ちなみに、金の日というのは、『アンチェイン』における金曜日のことである。
二人は、第一訓練場の裏で、クレアに襲われた。
凶器は木剣。二人は執拗に殴打され、全治三ヶ月以上の怪我を負った。
すでに教師が聞き込みを済ませており、目撃者はいないことが分かっている。
「――――ブラン、どうかした?」
「ん? ああ、ごめん。事件のことを考えていた」
「そう……。ごめんなさい、こんなことに付き合わせて」
クレアが目を伏せる。
彼女の表情がやや沈んでいるのを見ると、より犯人への怒りが募っていく。一刻も早く、犯人を捕まえなくては。
俺は密かに闘志を燃やしながら、クレアに優しく語りかける。
「君のせいじゃないさ。それより、絶対に犯人を捕まえないとね」
「ええ……許しておけないわ」
クレアはふっ、と息を吐き、気合いを入れた。俺の闘志が伝播したのだろうか。クレアは、力強い瞳で剣を振るう素振りを見せた。
それを見て、先ほどの違和感の正体に気づく。
「――――そうだ。なんで木剣なんだろう」
「どういう意味かしら」
「いや、なんで殺さなかったんだろうって……」
我ながら物騒な発想だ。しかし、妙に気になる。犯人が、ミルカとシロンに強い恨みを持っているのなら、木剣で殴打するだけで気が済むだろうか? 仮に〝少し懲らしめてやりたい〟という、軽率な感情による犯行なら、明らかにやりすぎだろう。
殺さないにもかかわらず、わざわざリスクを背負ってまで襲撃するからには、明確な動機がないと不自然だ。
――――何か、別の目的があるのか?
「……ひとまず、今日の放課後、リンゼル様にも相談してみよう」
「ええ、そうしましょう」
考えがまとまるほど、まだ情報は集まっていない。
俺は思考を中断し、サンドウィッチを口に運んだ。
「――――なるほど、確かにブランの言う通り、些か違和感があるな」
放課後、生徒会メンバーと共に事件現場を調べることになった。そこで俺は、リンゼルに違和感のことを話した。
ちなみに今、この場にいるのは俺の他に、クレア、リンゼル、ゼスト。その他の二人は、念のため聞き込み調査を継続している。
「ミルカたちの証言によると、犯人は校舎のほうから来て、ここで二人を殴りつけたみたいだね」
ゼストの説明をもとに、犯行の一連の流れをイメージする。
犯人は、近づいてきたミルカを、横なぎのひと振りで頭を殴り飛ばす。
その様子に怯えたシロンが、背を向けて逃亡。犯人はそれに追いついて、後ろから頭を殴打。
気絶した二人を、殺さない程度に痛めつけ、この場を去った。
「こんなに人気がなかったら、目撃証言がないのも納得ね」
――――目撃証言?
その言葉で、はっとする。
「もしかして……クレアに罪を着せるため?」
「え?」
「犯人は、クレアに罪を着せるために、あえて彼女たちを生かしたんじゃないか?」
クレアを隠れ蓑に使ったのではなく、クレアに罪を着せることが、そもそもの目的だとしたら。
「待て、それはおかしくないか? 目撃者がいるところで犯行に及んだほうが、より証言が確かなものになるだろう」
「それができない理由があるのかもしれません。たとえば、よく見れば偽物とバレてしまう程度の変装だった、とか」
まだ肝心なところが不透明だが、ミルカたちへの怨恨による犯行より、このほうが考えとしてしっくりくる。
もし、この推理が正しければ、犯人はクレアに相当強い恨みを持つ者ということになるが――――。
「……あなた、なんだか探偵さんみたいね」
「え?」
「こんなときにごめんなさい。でも、あなたの真剣な顔、かなり素敵よ」
そう言って、クレアはくすっと笑った。
俺は、自分の顔をぺたぺたと触る。自分でも気づかないくらい、集中していたらしい。褒められたのは嬉しいのだが、少し恥ずかしくもあった。
「……こんなときに、呑気に話している場合かい?」
ゼストの小言をよそに、クレアがつぶやく。
「ねぇ、探偵さん。もし、あなたの推理通りなら、きっとまずいことになるわ」
「ああ。……犯人は、さらにクレアへ疑いがかかるように、もう一度犯行に及ぶ」
まだまだ分からないことだらけだが、これだけは、確信を持って言うことができた。




