6-2
正面から斬りかかる。物は試し、そんな一撃だった。
クレアは、その一撃を切っ先で受け、軌道をわずかに逸らす。それだけで、アリスの剣は空を切った。
アリスに、わずかな驚きが走る。あまりにも捌き方が鮮やかで、何が起きたのか、一瞬分からなかった。
同様に、クレアも目を見開いた。物は試しの一撃など、簡単にかわして、その首に刃をつきつけてやろうと思っていた。しかし、アリスの振りの速さは想像以上で、気づけばとっさに受け流していた。かわす余裕など、どこにもなかった。
「「っ!」」
お互い、すぐに気を取り直し、一度離れる。
そして、今度はクレアから仕掛けた。
ふっと息を吐くと共に、クレアが高速の突きを放つ。今度は、アリスが目を見開く番だった。
「わっ⁉」
アリスは、とっさに体をそらし、突きをかわす。その際、体勢を大きく崩し、慌てて後ろに逃げる。
――――逃がさない……!
クレアは突きの勢いのまま、さらに前へ踏み込む。
「〝迅閃突き(ラピッドペルセ)〟――――」
さらに速い突きが、クレアから放たれる。思わず、アリスは刃の腹でそれを受けてしまった。
鉄球に打たれたような衝撃が走り、アリスの体が後方に大きく吹き飛ぶ。
「ぐっ……」
そして、背中を訓練場の壁に打ちつけ、ようやく止まった。
アリスのもとに、ズコットが駆け寄る。
「アリス、やれるか」
ズコットがそう問いかけると同時に、アリスは勢いよく立ち上がった。
「もちろん!」
彼女がぴんぴんしている様子に、周囲は驚きの声を上げる。
いくら剣で防いだとはいえ、今の一撃を正面から受け止めて、何故すぐ立ち上がれるのか。
その理由が分かるのは、本人の他に、クレアと、ブランだけだった。
「……器用なことをするのね」
クレアが、感心した様子でつぶやく。
アリスは、クレアの突きを防ぐ直前、タイミングよく後ろに跳び、威力を抑えていた。
「それでも、受け止めきれませんでした。さすがクレアさんです」
アリスの目は、まだ輝いていた。
――――来る……!
クレアが身構えたときには、アリスは軽やかに宙を舞っていた。
空中で捻りを加え、勢いを載せた一撃を、クレアに向かって振り下ろす。
「〝回天〟!」
クレアは、アリスの剣を受け止める。その瞬間、ばきっと木剣が割れる音が響いた。
「あっ……」
根本から折れた木剣を見て、アリスは間の抜けた声を漏らす。
先ほどのクレアの一撃が、アリスの剣に深いダメージを与えていたのだ。
誰もがしばらく状況を飲み込むことができず、訓練場は沈黙に支配される。
「……武器の破損は、試合続行不可能と見なす。勝者、クレア=ベルモンド!」
しばらくして、ズコットはそう言った。
◇◆◇
「ま、負けました……」
しょんぼりした顔で、アリスがクレアに頭を下げる。
クレアは優しい笑みを浮かべると、アリスの肩に手を置いた。
「アクシデントさえなければ、勝負は分からなかったわ」
「いえ、それでもクレアさんには届かなかった気がします」
アリスは、しょんぼりした顔のまま、肩を落とした。
アリスの魅力のひとつに、この負けん気がある。その強さは、曲者ぞろいの攻略キャラたちが、こぞって気圧されるほどであった。
「……ブランはどう思う?」
「どっちが勝ってもおかしくなかったと思う。二人とも、いい勝負だった」
「ほら、ブランもこう言ってるわ」
俺たちに慰められて、ようやくアリスは顔を上げた。ただ、その顔はやはり悔しそうだ。
アリスが悔しがる気持ちも、少し分かる。慰めはしたものの、アリスの言う通り、今回の戦いはクレアに分があった。ただ、アリスは、まだまだ成長するようにも見えた。明日になれば、勝敗が逆転することだってあり得る。
クレアも、それを察しているようだった。勝ったというのに、まったく浮かれていない。
この様子では、きっと明日からもっと鍛錬の時間を増やすだろう。
俺も、負けてはいられない。
間もなく授業が終わり、教室に戻ろうとしたときのこと――――。
「クレア=ベルモンド。少しいいか?」
ズコット先生に呼び止められ、クレアが足を止める。
「お前に訊きたいことがある。すまないが、生徒会室まで来てくれ」
「……分かりました」
クレアが了承した瞬間、俺はとっさに口を開いた。
「俺もついていっていいですか?」
なんだか、嫌な予感がする。
アリスも、何かを察知したようで、クレアの隣に並んだ。
「わ、私も! 生徒会のメンバーですし……!」
「……分かった。来い」
ズコット先生の先導のもと、生徒会室に向かう。
窓際のデスクには、神妙な顔をしたリンゼルがいた。
彼の背後には、ゼストとラングが控えている。室内には、ただならぬ空気が流れていた。
「……一体、どういう状況ですか?」
困惑しながら、クレアが問いかける。
すると、ズコット先生が口を開いた。
「先週、第一訓練場の裏手で、ミルカ=セルドリー、そして、シロン=トーラスが暴行に遭った」
俺たちは、揃って息を呑んだ。
そしてすぐ、俺は何故呼び出されたのか、理解してしまった。
「――――まさか、クレアを疑っているのですか?」
溢れそうになる怒気を抑えながら、そう問いかける。
「昨日意識を取り戻した彼女たちが、クレア=ベルモンドに襲われたと言ったのだ。話を聞かないわけにもいかんだろう」
ズコット先生の言葉に、俺は疑問を抱く。
クレアに襲われた? そんなはずはない。学園にいる間、俺とクレアは、ほとんどの時間を共に過ごしている。二人を襲撃する暇なんてなかったはずだ。
そのとき、クレアが口を開いた。
「彼女たちは、私のことをよく思っていませんでした。私に罪を着せるために、そのようなことを言ったのでは?」
「――――それは、君にも言えることじゃないのか?」
そう反論してきたのは、ゼストだった。
「君の未来は、彼女たちによって潰されたようなものだ。恨みによる暴行の線を追うのは、間違ったことじゃないと思うけど」
クレアが押し黙る。恨んでいないと言い切ることは難しいだろうし、そもそも、そう言ったところで、罪を逃れるための嘘だと思われたら、どうしようもない。
今は下手に反論するより、冷静でいることに努めたほうが、いくらか建設的だ。
「それに、彼女たちが君に罪を着せるにしても、ここまで体を張った真似は、なかなかできないと思うけどね」
「よせ、ゼスト。彼らもそれは分かっているはずだ」
リンゼルが制止すると、ゼストは「失礼しました」と言って、口を閉じた。
本当なら、今すぐにでもゼストを殴り飛ばしてやりたいところだ。
しかし、客観的に見れば、クレアが疑われる要素がすべて揃ってしまっている。被疑者として名前が挙がるのは、はっきり言って当然だろう。
「この件は、教師と騎士団で協力し、捜査を進める。生徒会にも、協力を頼みたい」
「ええ、もちろん。では、クレアの事情聴取に関しては、私たちに任せてもらえますか?」
「いいだろう。何か分かれば報告を」
ズコット先生は、リンゼルとの短いやり取りを終え、そのまま生徒会室を出ていった。
「あ、ズコット先生……!」
そんな彼を、ラングが追いかける。
何か個人的な用があったのだろうか。しばらくしても、彼は戻ってこなかった。
「……今後の話をしよう」
リンゼルが、そう切り出す。
「先に言っておく。我々生徒会は、君を犯人だとは思っていない。ゼストも、あくまで現状考え得る可能性を話しただけだ」
リンゼルがそう言うと、ゼストはクレアに向かって、申し訳なさそうに頭を下げた。
クレアは、それに対して首を横に振る。
「私が一番に疑われるのは当然です。それより、何故リンゼル様は、私を疑わないのでしょう?」
もっともな疑問だった。
ここまで疑わしい要素が揃えば、生徒会だって敵に回るとばかり思っていたが――――。




