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6-1 事件

「剣とは何か! それを今からお前たちに教える!」


 剣術の教師――――ズコット=ベアウルスは、教卓を両手で叩き、そう言い放った。

 がっちりとした体躯に、蓄えられた髭。目つきは鋭く、顔面に無数の傷がある。それは、彼が歴戦の戦士であることを表していた。

 選択授業のひとつである剣術は、毎回多くの生徒が受けている。

 今日も例に漏れず、教室内は人で溢れていた。

 授業内容は、まず座学から始まり、そのあと実戦へと移る。


「剣をよく知らない者に、剣を握る資格なし! 集中して聞くように!」


 ズコット先生の、暑苦しい声が響く。


「まず、剣の構造から説明するぞ!」

「あのー、先生。それ、もう一年のときに教わってますけど……。というか、前回の授業でもやりましたよね……?」


 眼鏡をかけた男子生徒が、おずおずとそう言うと、ズコット先生が教卓を叩く。


「復習だ! 基礎を忘れるべからず! そうだろう⁉」

「は、はあ……」


 俺たちは「またか」とため息をつく。

 彼、ズコット=ベアウルスは、退役軍人であり、現在は自分の工房を持つ武器職人である。

 そのため、やたらと剣の構造について語りたがる悪癖があるのだ。この授業も、去年から何回受けたか分からない。

 さすがのクレアも、この時間ばかりは、俺のため息を咎めない。


「剣とは、大きく分けて(ヒルト)剣身(ブレイド)に別れている。そして、この二つを繋いでいるのが、中子(タング)と呼ばれる部分だ」


 ズコット先生が、黒板に剣の絵を描く。

 そして、刃の端、複数の穴が並んでいる部分を示す。


「ここには、剣を打った者の銘が刻まれる。まあ、学園が支給している剣は量産品だから、工房の銘しか入っていないがな」


 分解してみろという指示を受け、俺は手順通り剣を分解する。

 彼の言う通り、中子(タング)の部分には、確かに有名な工房の名が刻まれていた。

 この確認も、もう何度目になるか分からない。


「ちなみに私は、最近ここにクマちゃん(・・・・・)のマークを自分で刻んだ。どうだ、可愛かろう?」


 ズコット先生が、自身の剣の中子(タング)を掲げる。そこには、クマの顔が彫られていた。


「見えないところに刻むからこそ、オシャレなんだ! お前らも真似していいぞ!」


 ズコット先生は、がははと豪快に笑う。どう見ても、可愛いクマちゃんが似合う男ではない。むしろ、彼自身が熊のような風貌をしている。


「……確かに、可愛いわ」


 クレアが、ズコット先生の中子(タング)を、羨ましそうに見つめていた。


――――今度、俺も彫ろうかな……。


 座学が終わり、学園指定の運動着に着替えた俺たちは、第二訓練場へ移動することになった。

 ズコット先生を待つ間、隣にいるクレアに視線を向ける。

 運動着の彼女は、少々刺激的な姿だった。

 コットンと撥水生地で作られた白い服には、赤色のラインが差し色で入っている。

 現代の日本でいう、体操着に極めて近いデザインである。

 問題は、薄着が故に、クレアの豊かな胸元が目立っていることだ。

 さっきから男子の目線がちらちらとクレアに向けられている。俺からすれば、とても許せることではない。


「ブラン、落ち着いて? 私は大丈夫よ」

「……俺は嫉妬で狂いそうだよ。今すぐ、低俗な輩の目を潰してやりたいくらいにね」


 俺が憎しみから歯ぎしりしていると、クレアはそれをくすっと笑った。

 こっちとしては笑いごとではないのだが……。まあ、彼女が楽しそうなら、それでいいか。


「あ! クレアさん! ブランさん!」


 頭の上で、大きく手を振りながら、アリスが駆け寄ってきた。

 俺たちが悪目立ちしているせいで、アリスに注目が集まってしまう。しかし、彼女はまったく意に介さず、俺たちに笑いかける。


「相変わらず元気ね」

「えへへ、そうですか?」


 アリスの天真爛漫な笑顔に、クレアもつられて笑顔になった。


「あなた、剣も優秀だと聞いてるわ」

「はい、結構自信あります!」


 アリスは、まったく否定する素振りを見せず、むんと胸を張ってみせた。


「それなら、あとでお手合わせ願おうかしら?」

「もちろんです!」


 クレアは余裕そうな態度で、微笑ましげにアリスを見ている。

 俺は、どちらが勝つか、はっきりと予想できなかった。

 アリスが、リンゼルのルートを攻略済みということは、剣術のステータスがかなり高いことは確かだ。クレアに並ぶほどの実力があってもおかしくはない。


「集まったな! では、まずは素振りから! 百回終わったら、次は試合だ!」


 あとからやってきたズコット先生が、そう告げる。

 俺たちは訓練用の木剣を手に取って、一斉に素振りを始めた。



――――振り抜いた木剣が、対戦相手の剣をはじく。


 その衝撃で、相手の剣が天高く舞い上がった。


「あっ⁉」


 武器を失った相手に対し、俺は木剣の切っ先を突きつけた。


「ま、参った……」

「どうも」


 木剣を下げると、試合を見ていた者たちがどよめく。


「さすがね、ブラン」

「……お褒めに預かり光栄だよ」


 不意に褒められた嬉しさから、うっかり変な声が出そうになった。

 クレアはすっくと立ち上がると、木剣を携え、訓練場の中央を見据える。


「そろそろ、私も行こうかしら」

「ああ、頑張って。応援してる」

「ありがとう。期待以上のものを見せると約束するわ」


 クレアは、剣術においても上位の成績を収め続けている。

 試合ともなれば、相手を容赦なく打ちのめしていく。その様は、見ていた者たちに冷徹で恐ろしい印象を与えた。

 そんなクレアが出てきたことに、周囲が再びどよめく。

 痛い目を見ると分かっていて、前に出たがる者などいない。


――――ただ、ひとり。目をきらきらと輝かせながら、クレアの前に立つ者がいた。


「よろしくお願いします! クレアさん!」

「ええ、よろしく。アリス」


 気づけば、周囲の注目はすべて二人に集まっていた。はたから見れば、因縁の戦いといってもおかしくはない組み合わせだ。

 俺も、この組み合わせには興奮を覚えている。主にファン的な意味で。


「では、始め!」


 ズコットが宣言すると、二人は互いに一礼して、剣を構えた。

 その瞬間、空気がぴんと張り詰める。

 そこにあったのは、達人同士の探り合いだった。

 クレアの構えは、突き技を主体にした構え。

 対するアリスは、体の正中線上から、真っ直ぐ相手に切っ先を向ける王道の構え。

 剣の心得がある者であれば、すぐに分かる。この二人の実力は、生半可ではないと。

 先に仕掛けたのは、アリスだった。


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