4-3
昼休みが終わるまで、そう時間はない。
俺たちは、急いで第二訓練場へ足を運んだ。
ちなみに、第一訓練場は、先日のダンテとの決闘の際、俺が壁を破壊してしまったがために、しばらく使用禁止になってしまった。おかげであの日は、教師にかなりこっぴどく叱られた。
「寸止めでいいよね?」
「ええ」
ゼストが放った木剣を手に取り、数回振って、感覚を確かめる。
いつものように構えてみせると、近くで見ていたラングが「ほう」と感心した声を漏らした。
リンゼルが、ラングに問いかける。
「ラング、お前の目から見て、ブランはどう映る?」
「……これまで対峙したことがない、独特な気配がする。いくらゼストでも、迂闊には飛び込めないな」
学園全体において、ラング、そしてゼストの剣の腕は、五本の指に入る。
そんな実力者に評価されると、どこかむず痒いものがあった。
「君、何者?」
「ただの男爵ですよ」
「とてもそうは思えないけど――――っ!」
ゼストが、突然斬りかかってくる。
俺は、当然のようにそれを受け止めた。
踏ん張るために、互いに地面を踏みしめる。鍔迫り合いは、まさに互角。
押し合いの末、互いに距離を取る。このままでは埒が明かないと判断した結果だった。
今度は、俺から先に斬りかかった。ゼストは俺の刃を弾くが、衝撃で腕が痺れたようで、顔をしかめた。
そうなるように打った。すべて思惑通り。
「ふっ……!」
踏み込みと共に、鋭い突きを放つ。
とっさに刃の腹で受け止めたゼストは、弾かれるように後ろに下がる。
さらに踏み込み、ゼストの首目掛けて剣を振る。
その動きに対し、ゼストの目つきが変わった。
ゼストは、体幹で無理やり体勢を立て直し、とっさに突きを繰り出した。
空気が裂ける音が響く。ゼストの突きは、俺の頬をかすめ、後方へ抜けた。
そして、俺の剣は、ゼストの首に添えられていた。
「――――驚いた。まさか臆せず突っ込んでくるなんて」
「あの体勢では、まともに狙う暇はなかったでしょう? 切っ先の向きを見て、当たらないと判断したまでです」
剣を下げ、薄皮が剥けた頬を撫でる。
当たらないことは分かっていた。それでも、ゼストの突きには、ダンテの大剣なんて目じゃないほどの迫力があった。
「参ったな。負けちゃったよ」
そう言って、ゼストは悔しそうに頭を掻く。
「あなたが最初から本気だったら、勝負は分からなかったかもしれません」
「よく言うよ、君も本気なんて出してなかったくせに」
「さあ、どうでしょう」
そう言って、ここは誤魔化しておいた。
すると、耳障りなほどの足音を立てながら、ラングが近づいてきた。彼は大柄なのもあって、間近で見るとかなり迫力がある。
というか、近い。近すぎる。俺が一歩前に出たら、キスしてしまうほど近い。
「な、何か?」
俺の問いかけに、ラングは何も答えない。
すると突然、彼は俺の手を握り、さらにぐんと顔を近づけてきた。俺はのけぞることで、彼とのキスを回避する。彼のことは人間としては好きだが、生憎、そういった趣味はないのだ。
「――――感動した!」
「へ?」
「素晴らしい実力だ! 流派は⁉ 普段どんな鍛錬をしている⁉」
「い、いや……えっと」
「判断能力も素晴らしい! お前はいい剣士だ!」
「ど、どうも……」
目をぎらぎらと輝かせるラングに、圧倒されてしまう。というか、すでにもう圧倒されているのだが。ああ、のけぞりすぎて、腰が痛くなってきた。
そして俺は、彼の前で剣術を見せるべきではなかったと、後悔した。
ラングは超がつくほどの剣術バカで、実力者との手合わせを常に望んでいる。
彼のルートに行くには、剣術のステータスを上げて、学園の剣術大会で好成績を収める必要があるなど、とにかく剣が中心になる。
一度彼に目をつけられると、隙を見て手合わせを挑んでくるようになる。まったくもって、迷惑極まりない。
「次はオレと勝負しよう! お前の剣をもっと見せて――――」
「はぁ……やめないか、ラング」
リンゼルが、ラングの肩を掴んで引き剥がす。
「止めるなリンゼル! オレは戦う!」
「私はこのバカを説得してくる。すまないが、今日のところは解散としよう」
「ぬおっぉぉおおお!」
リンゼルが、暴れるラングをずるずると引きずっていく。
その様子に苦笑いを浮かべていたゼストが、俺たちのほうへ振り返る。
「生徒会についてだけど、君の実力なら、僕も大歓迎だよ。ぜひ検討してほしい」
「……分かりました」
「それじゃ、クレアもまたね」
爽やかに手を振って、ゼストも去っていく。
残ったのは、俺とクレア、そしてアリスの三人だった。
「……あなたは行かなくていいの?」
「そ、その前に……クレア様と少しお話がしたくて……」
もじもじしながら、アリスはクレアの瞳を覗き込む。
そのいじらしい様子を見ていると、餌を求め、ぴょんぴょこと跳ねる野うさぎが思い浮かんだ。アリスは小柄なわけではないのだが、どうにも小動物のような、可愛らしい雰囲気があるのだ。
「様なんてつけないで? 呼び捨てで構わないわ」
「それなら……クレアさんって呼んでいいですか?」
「ええ……構わないけど」
「わーい! やったぁ!」
アリスは両手を挙げ、全身で喜びを表現した。
クレアは、アリスがはしゃいでいる理由が分からないようで、首を傾げていた。
「私、その……クレアさんとお友達になりたくて」
「お友達って……あなたは散々嫌がらせを受けてきたのよ?」
「え? だって、クレアさんがやったわけじゃないでしょ?」
クレアは、きょとんとしている。
はたから聞いていて、思わず噴き出しそうになった。
アリスは、相手が欲しがっている言葉を理解し、嫌味なく言うことができる。
それは、ゲームとしての仕様――――つまりは選択肢のおかげかもしれない。しかし、本編が終わったこの世界で生きるアリスに、今や選択肢なんてものは存在しないだろう。
今の言葉は間違いなく、主人公が自分自身で考え、発した言葉だ。
「あなた……ちょっとブランに似てるわね」
「「え?」」
俺とアリスの声が重なる。
意味が分からず目を丸くしている俺をよそに、アリスはぱっと花が咲いたような笑顔を見せる。
「本当ですか⁉ じゃあ、クレアさんとも仲良くなれるってことですよね!」
「ふふ、そうかもしれないわね」
クレアが、楽しそうに笑っている。その表情は、年相応の可愛らしい女の子そのものだ。
俺はそのことに少し驚いて、それから、安心して頬を緩めた。
主人公と悪役。本来相容れないはずの二人が、ただ普通に話している。『アンチェイン』のファンであれば、それがどれだけあり得ないことか分かるはずだ。
しかし、運命というしがらみの外であれば、彼女たちはただの少女のように笑い合える。
それは、この世界がどこまでいっても現実であることを表していた。
「私のことは、アリスって呼んでください!」
「……分かったわ、アリス。これからよろしくね」
「はいっ!」
手をぶんぶんと振りながら、アリスが去っていく。
優しく手を振って見送ったクレアは、小さくため息をつく。ちょっぴり呆れたような、それでいて嬉しそうな様子だ。
「リンゼル様が彼女に恋をした理由、少し分かった気がするわ。彼女は、色んなしがらみを越えて、人と繋がる力がある」
「ああ、そうだな」
すべてを知ったうえで、俺はそう言った。
俺は、クレアに自分の素性を話すつもりは一切なかった。
この世界に生きる者の人生が、誰かに作られたレールの上を、ただ走り続けているに過ぎないのかもしれないなんて、話したところで誰も信じないし、誰も幸せにならない。
今日も、明日も、俺は俺として、ブラン=ベルモンドとして、生きていく。
自分が歩む道は、自分で切り開く。人生に、決まりきった運命なんて存在しないのだから。
「昼休みが終わる。そろそろ戻ろうか」
「ええ」
クレアの手を取り、教室へ戻った。
◇◆◇
放課後――――立ち入り禁止となった第一訓練場の裏手で、ミルカとシロンが顔をしかめていた。
「どうして……どうしてあの女が生徒会に……!」
ミルカが、ヒステリックな声で言う。
二人は、クレアとブランが生徒会室に出入りしているのを見てしまった。
そして、リンゼルたちと楽しげに話しているところも。
訳が分からなかった。だって、リンゼルたちは、すべての嫌がらせがクレアの仕業だと思っていたはず。
今更誤解が解けたのか。それとも、二人が許したのか……何も分からない。ただひとつ、事実としてそこにあるのは、ミルカとシロンよりも、クレアのほうが王族に近いところにいるということだ。
噛みしめすぎて、奥歯が砕けてしまいそうなほどの屈辱が、二人にのしかかる。
「……私たちにこんな仕打ちをして、許されると思ってるのでしょうか」
「まったくですわ! このままにしておけるはずがない……!」
ミルカが爪を噛む。
しかし、どうすればいいのだろうか。頼みの綱だったダンテが敗北し、一生クレアに近づくことはできなくなってしまった。
彼女たちが律儀にそれを守るのは、決闘によって決まったことを破ると、罪に問われてしまうからだ。
そうこう頭を悩ませているうちに、ひとつの足音が近づいてくる。
「――――あなた、どうして」
ミルカが目を見開く。
足音の主は、クレアだった。
クレアは、どこまでも暗く、冷たい瞳で、二人をじっと見つめる。
――――ちょうどいいですわ……!
ミルカはほくそ笑む。こちらから近づけないのであれば、向こうから近づいてもらえばよかったのだ。
本当に、馬鹿な女だ。こんなところに来なければ、痛い目をみずに済んだものを。
「わざわざ私たちのもとに現れるなんて、覚悟はできていて?」
ミルカとシロンは、腰の剣に手を添える。
せっかくだ、自慢の銀髪を刈り取ってやろう。そして、顔に深い傷をつけてやる。醜くなった彼女を見て、あの忌々しいブラン=ベルモンドは、一体どんな顔をするのだろうか。
二人は、じりじりと距離を詰めていく。
しかし、クレアは目を細めるばかりで、一歩も動こうとしない。
「っ……! なんとか言いなさいよ!」
ミルカが踏み込んだ瞬間、クレアは背に隠していた木剣で、そのこめかみを殴りつけた。
鈍い音がして、ミルカが崩れ落ちる。
「え……? は?」
シロンは、目の前で起きたことを、まったく飲み込めずにいた。
友人が、頭から血を流して倒れている。ぴくぴくと痙攣していることから、死んではいないようだが、とても放っておける状況には見えない。
しかし、シロンのような女が、友のために動くなどあり得なかった。
「ひっ……!」
シロンは、一目散に逃げだした。
ミルカなど知ったことか。勝手に突っ込んでいった彼女が悪い。自分には関係ない。
ひたすら言い訳を並べながら、とにかく走る。
ただ、嫌な気配が、一瞬にして距離を詰めてきて――――。
彼女の意識は、ここで途切れた。




