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4-2

「本当に申し訳ないことをした。あれは、恥ずべき行為だった。許されるとは思っていないが……この通りだ」

「リンゼル! 君が頭を下げるなんて……!」


 次期国王が頭を下げるなんて行為は、本来あってはならないことだ。

 慌てるゼストたちを無視して、クレアは口を開く。


「お二人とも、頭を上げてください」


 クレアがそう言うと、二人は恐る恐る頭を上げた。


「確かに、私は嫌がらせなどしていません。ですが、彼らがしたことの責任は、私にもあります」


 クレアは、凛とした表情で、言葉を続けた。


「リンゼル様と結ばれることが、私の使命でした。その使命を果たすため、日々努力する中で、周りが見えなくなっていました。……彼らのことは、私が気づき、止めるべきでした」


 二人に向かって、クレアは深く頭を下げた。


「度重なる無礼、申し訳ございませんでした」

「……そちらこそ、頭を上げてくれ」

「ですが――――」

「目を見て話そう。そのほうが、分かり合えるはずだ」


 クレアが頭を上げる。

 その瞳に宿る強い光を見て、リンゼルは感心したようだった。


「強いな、君は」

「そんなことはありません。私ひとりでは、立ち直る気力も、こうして復学する勇気すらもありませんでしたから」


 そう言って、クレアは俺を見つめた。


「私がこうして気を確かに持てるのは、彼のおかげです。私を大切に想ってくれる彼のために、恥ずかしくない自分でいることが、今の私の使命です」


――――まさか、そんなふうに思ってくれているなんて……。


 にこりと微笑むクレアに、思わず涙が溢れそうになる。目にぐっと力を入れ、涙を堪えながら、俺は大きく頷いた。


「ブラン=ベルモンド……。こうして話すのは、初めてだな」

「はい」

「聞いていた話と違って、ずいぶん好青年に見える」

「ええ。自分でも、身に覚えのない噂ばかりで嫌になります」


 肩を竦めておどけてみせると、リンゼルとアリスは、揃ってくすっと笑った。

 リンゼルは、再びクレアを見る。


「お互い、真実の愛を知った……ということかな」

「ええ。リンゼル様には申し訳ないですが、私は今のほうが幸せだと思います」

「そうか。私もだ」

「ふふっ、お互い様ですね」


 クレアが悪戯っぽく笑うと、リンゼルは無邪気な笑みを浮かべた。

 普段の凛とした姿からは想像できない、どこか子供っぽい表情だった。

 彼らの関係について、ひとつ思うことがある。

 もともと、クレアとリンゼルは似た者同士であった。似ているからこそ、彼らは、決して結ばれない運命だった。

 立場に縛られ、自分を殺し続ける日々の中、リンゼルが求めたのは、ありのままを受け入れてくれる、アリスという存在。

 クレアにも、そんな人間が必要だと思った。だから、俺がそれになりたいと思った。


「――――ところで、二人とも」


 改まった様子で、リンゼルは口を開く。 


「生徒会に興味はないか?」

「……まさか、勧誘ですか?」


 そう問いかけると、リンゼルが頷く。

 スイーテニア王立学園の生徒会は、一般生徒とは一線を画す自治組織であり、規律を作り、統治する役目を担っている。生徒同士で問題が発生すれば、その解決に動き、生徒が学園生活に不満を抱くようであれば、それを教師に伝え、改善を目指す。

 高貴な身分の者を中心に構成され、多くの生徒の憧れの的として、君臨し続けている。

 アリスという例外を除き、身分だけなら最下層の俺たちが、簡単に入れる組織ではない。


「ですが、私たちは男爵ですよ?」

「そんなことは関係ない。私は、身分で人を判断するのが嫌いだ。生徒会に新たな風が吹くことで、学園全体の雰囲気も変わればいいと思っている」

「リンゼル様の言う通りです! 私の家も男爵ですし!」


 何故か自信ありげに、アリスがピースをする。

 リンゼルが、身分で差別をする人間ではないと分かってはいたが、まさか勧誘されてしまうとは、夢にも思わなかった。

 ううん、と俺が唸っていると、リンゼルが再び口を開く。


「それに、クレアの優秀さは、皆が知っている。私とて、頭脳で君に勝てるとは思っていない」


 そう言いながら、リンゼルはこめかみを指で叩く。

 言わずもがな、リンゼルは学業でも優秀な成績を収めている。

 ただ、それを上回るのが、他ならぬクレアだった。


「確かに……クレアは優秀ですし、頭もいいですし、美人ですし、気品も申し分ないですけど」


 そう言うと、クレアが咳払いしながら、俺の脇腹をつつく。

 しかし、俺はそれをまったく意に介さない。当然のことを述べているだけだからだ。


「俺まで誘うのは何故です? 少なくとも、あなたが望む人材ではないと思いますが」

「……昨日の決闘について聞いた。ダンテ=ラーマウッドに勝ったそうだな」


 その話に反応したのは、端で聞いていたラングだった。


「ダンテに勝った……⁉ 本当なのか⁉」

「アリスからそう聞いた」


 アリスが、こくりと頷く。

 どうやら、彼女はあの決闘を見ていたらしい。


「し、信じられん……やつは、この学園でも十指に入る実力者だぞ」


 ラングから疑いの眼差しを向けられ、少々居心地が悪くなる。


「現状、生徒会のメンバーは、ここにいる四人だけ。そのうち、ラングとゼストには、護衛としての役割をこなしてもらっている。ただ、人数が少ないせいで、休みを与えてやれないんだ」

「……リンゼル、お言葉だけど、僕らは休みなんていらないよ」

「分かっているよ、ゼスト。しかし、人員が足りるに越したことはないだろ?」

「どうかな。信用できない人間が増えたところで、負担になるだけだと思うけど」


 ゼストが俺を一瞥する。疑うような、警戒するような視線だ。


「っ! あの……!」


 クレアが反論しようとする気配を察して、それを制止する。何か言いたげなクレアに、俺は頷いて見せた。

 大して関係も築けていないうちに、信用なんてできるはずもない。自分がゼストであれば、同じように警戒するだろうと思った。

 それに、生徒会に入ることが、必ずしも良いことばかりではないとも考えていた。

 生徒会としての仕事をしている間、俺もクレアも、リンゼルのこと、そして他の生徒のことを第一に考えなければならない。万が一、クレアの身に危険が迫ったとして、すぐに助けに行けない状況ができてしまうかもしれない。

 それならば、しがらみのない立場のままで、クレアの身を守ることだけを考えていたほうがいい。


「――――ブランさんは、信用できる人だと思います」


 そんなとき、突然アリスが口を開いた。

 断る気でいた俺は、アリスに対して咎めるような視線を向ける。

 しかし、アリスはそれにまったく気づかず、言葉を続ける。


「クレアさんの顔を見れば分かります。ブランさんは、強くて、優しくて、頼りになる人です」


 アリスから期待の眼差しを向けられ、思わず顔が引き攣る。


――――じゅ、純粋すぎる……!


 頭を抱えそうになった。

 しかし、アリスとはもともと、こういう人物だったということを再認識した。

 どこか抜けていて、人を信じやすいがゆえに、損もしやすい。加えて、根っからのポジティブ思考で、大抵のことは心意気でなんとかする。

 そんな前向きで明るい性格は、多くの者の心を惹きつける。かくいう俺も、そのひとりだった。『アンチェイン』をプレイしているときから、彼女には好感を持っていたし、それは今でも変わらない。


「アリスまで……。はぁ、仕方ない、そこまで言うなら試してみようか」


 諦めたようにため息をつきながら、ゼストは俺を見つめる。


「ダンテを倒した実力とやらを、僕に見せてくれないか?」

「……は?」

「まだマグレって可能性もあるからね。実際にこの腕で試してみたいんだ。構わないだろう?」

「い、いや、そもそも生徒会に入るとは限らないっていうか――――」


 俺の言葉を遮るように、クレアがテーブルを叩いて立ち上がる。


「マグレだなんて言い方は心外だわ。ブラン、やっておしまいなさい!」

「ええ⁉」

「なぁに? 私のお願いを聞いてくれないの?」

「くっ……それは反則だよぉ……」


 クレアの願いを断るという選択肢は、ない。まったくない。あるはずがない。

 彼女がイエスと言えばイエス、ノーと言えばノー、やれと言われたらやる。それが俺の使命である。


「……分かりました。実力を示せばいいんですよね?」

「うん。君が生徒会に入るに相応しいのか……見極めさせてもらうよ」


 ゼストは、俺を下から掬うように見たのち、ニヒルな笑みを浮かべた。

 クレアに背中をぽん、と叩かれる。頑張れ、と言われているかのようで、胸が熱くなった。

 クレアに恥を欠かせないためにも、負けるわけにはいかない。


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