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「本当に申し訳ないことをした。あれは、恥ずべき行為だった。許されるとは思っていないが……この通りだ」
「リンゼル! 君が頭を下げるなんて……!」
次期国王が頭を下げるなんて行為は、本来あってはならないことだ。
慌てるゼストたちを無視して、クレアは口を開く。
「お二人とも、頭を上げてください」
クレアがそう言うと、二人は恐る恐る頭を上げた。
「確かに、私は嫌がらせなどしていません。ですが、彼らがしたことの責任は、私にもあります」
クレアは、凛とした表情で、言葉を続けた。
「リンゼル様と結ばれることが、私の使命でした。その使命を果たすため、日々努力する中で、周りが見えなくなっていました。……彼らのことは、私が気づき、止めるべきでした」
二人に向かって、クレアは深く頭を下げた。
「度重なる無礼、申し訳ございませんでした」
「……そちらこそ、頭を上げてくれ」
「ですが――――」
「目を見て話そう。そのほうが、分かり合えるはずだ」
クレアが頭を上げる。
その瞳に宿る強い光を見て、リンゼルは感心したようだった。
「強いな、君は」
「そんなことはありません。私ひとりでは、立ち直る気力も、こうして復学する勇気すらもありませんでしたから」
そう言って、クレアは俺を見つめた。
「私がこうして気を確かに持てるのは、彼のおかげです。私を大切に想ってくれる彼のために、恥ずかしくない自分でいることが、今の私の使命です」
――――まさか、そんなふうに思ってくれているなんて……。
にこりと微笑むクレアに、思わず涙が溢れそうになる。目にぐっと力を入れ、涙を堪えながら、俺は大きく頷いた。
「ブラン=ベルモンド……。こうして話すのは、初めてだな」
「はい」
「聞いていた話と違って、ずいぶん好青年に見える」
「ええ。自分でも、身に覚えのない噂ばかりで嫌になります」
肩を竦めておどけてみせると、リンゼルとアリスは、揃ってくすっと笑った。
リンゼルは、再びクレアを見る。
「お互い、真実の愛を知った……ということかな」
「ええ。リンゼル様には申し訳ないですが、私は今のほうが幸せだと思います」
「そうか。私もだ」
「ふふっ、お互い様ですね」
クレアが悪戯っぽく笑うと、リンゼルは無邪気な笑みを浮かべた。
普段の凛とした姿からは想像できない、どこか子供っぽい表情だった。
彼らの関係について、ひとつ思うことがある。
もともと、クレアとリンゼルは似た者同士であった。似ているからこそ、彼らは、決して結ばれない運命だった。
立場に縛られ、自分を殺し続ける日々の中、リンゼルが求めたのは、ありのままを受け入れてくれる、アリスという存在。
クレアにも、そんな人間が必要だと思った。だから、俺がそれになりたいと思った。
「――――ところで、二人とも」
改まった様子で、リンゼルは口を開く。
「生徒会に興味はないか?」
「……まさか、勧誘ですか?」
そう問いかけると、リンゼルが頷く。
スイーテニア王立学園の生徒会は、一般生徒とは一線を画す自治組織であり、規律を作り、統治する役目を担っている。生徒同士で問題が発生すれば、その解決に動き、生徒が学園生活に不満を抱くようであれば、それを教師に伝え、改善を目指す。
高貴な身分の者を中心に構成され、多くの生徒の憧れの的として、君臨し続けている。
アリスという例外を除き、身分だけなら最下層の俺たちが、簡単に入れる組織ではない。
「ですが、私たちは男爵ですよ?」
「そんなことは関係ない。私は、身分で人を判断するのが嫌いだ。生徒会に新たな風が吹くことで、学園全体の雰囲気も変わればいいと思っている」
「リンゼル様の言う通りです! 私の家も男爵ですし!」
何故か自信ありげに、アリスがピースをする。
リンゼルが、身分で差別をする人間ではないと分かってはいたが、まさか勧誘されてしまうとは、夢にも思わなかった。
ううん、と俺が唸っていると、リンゼルが再び口を開く。
「それに、クレアの優秀さは、皆が知っている。私とて、頭脳で君に勝てるとは思っていない」
そう言いながら、リンゼルはこめかみを指で叩く。
言わずもがな、リンゼルは学業でも優秀な成績を収めている。
ただ、それを上回るのが、他ならぬクレアだった。
「確かに……クレアは優秀ですし、頭もいいですし、美人ですし、気品も申し分ないですけど」
そう言うと、クレアが咳払いしながら、俺の脇腹をつつく。
しかし、俺はそれをまったく意に介さない。当然のことを述べているだけだからだ。
「俺まで誘うのは何故です? 少なくとも、あなたが望む人材ではないと思いますが」
「……昨日の決闘について聞いた。ダンテ=ラーマウッドに勝ったそうだな」
その話に反応したのは、端で聞いていたラングだった。
「ダンテに勝った……⁉ 本当なのか⁉」
「アリスからそう聞いた」
アリスが、こくりと頷く。
どうやら、彼女はあの決闘を見ていたらしい。
「し、信じられん……やつは、この学園でも十指に入る実力者だぞ」
ラングから疑いの眼差しを向けられ、少々居心地が悪くなる。
「現状、生徒会のメンバーは、ここにいる四人だけ。そのうち、ラングとゼストには、護衛としての役割をこなしてもらっている。ただ、人数が少ないせいで、休みを与えてやれないんだ」
「……リンゼル、お言葉だけど、僕らは休みなんていらないよ」
「分かっているよ、ゼスト。しかし、人員が足りるに越したことはないだろ?」
「どうかな。信用できない人間が増えたところで、負担になるだけだと思うけど」
ゼストが俺を一瞥する。疑うような、警戒するような視線だ。
「っ! あの……!」
クレアが反論しようとする気配を察して、それを制止する。何か言いたげなクレアに、俺は頷いて見せた。
大して関係も築けていないうちに、信用なんてできるはずもない。自分がゼストであれば、同じように警戒するだろうと思った。
それに、生徒会に入ることが、必ずしも良いことばかりではないとも考えていた。
生徒会としての仕事をしている間、俺もクレアも、リンゼルのこと、そして他の生徒のことを第一に考えなければならない。万が一、クレアの身に危険が迫ったとして、すぐに助けに行けない状況ができてしまうかもしれない。
それならば、しがらみのない立場のままで、クレアの身を守ることだけを考えていたほうがいい。
「――――ブランさんは、信用できる人だと思います」
そんなとき、突然アリスが口を開いた。
断る気でいた俺は、アリスに対して咎めるような視線を向ける。
しかし、アリスはそれにまったく気づかず、言葉を続ける。
「クレアさんの顔を見れば分かります。ブランさんは、強くて、優しくて、頼りになる人です」
アリスから期待の眼差しを向けられ、思わず顔が引き攣る。
――――じゅ、純粋すぎる……!
頭を抱えそうになった。
しかし、アリスとはもともと、こういう人物だったということを再認識した。
どこか抜けていて、人を信じやすいがゆえに、損もしやすい。加えて、根っからのポジティブ思考で、大抵のことは心意気でなんとかする。
そんな前向きで明るい性格は、多くの者の心を惹きつける。かくいう俺も、そのひとりだった。『アンチェイン』をプレイしているときから、彼女には好感を持っていたし、それは今でも変わらない。
「アリスまで……。はぁ、仕方ない、そこまで言うなら試してみようか」
諦めたようにため息をつきながら、ゼストは俺を見つめる。
「ダンテを倒した実力とやらを、僕に見せてくれないか?」
「……は?」
「まだマグレって可能性もあるからね。実際にこの腕で試してみたいんだ。構わないだろう?」
「い、いや、そもそも生徒会に入るとは限らないっていうか――――」
俺の言葉を遮るように、クレアがテーブルを叩いて立ち上がる。
「マグレだなんて言い方は心外だわ。ブラン、やっておしまいなさい!」
「ええ⁉」
「なぁに? 私のお願いを聞いてくれないの?」
「くっ……それは反則だよぉ……」
クレアの願いを断るという選択肢は、ない。まったくない。あるはずがない。
彼女がイエスと言えばイエス、ノーと言えばノー、やれと言われたらやる。それが俺の使命である。
「……分かりました。実力を示せばいいんですよね?」
「うん。君が生徒会に入るに相応しいのか……見極めさせてもらうよ」
ゼストは、俺を下から掬うように見たのち、ニヒルな笑みを浮かべた。
クレアに背中をぽん、と叩かれる。頑張れ、と言われているかのようで、胸が熱くなった。
クレアに恥を欠かせないためにも、負けるわけにはいかない。




