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「……君は暇なのか?」
「うるせぇ! 舐められっぱなしで終わるわけにはいかねえだろ……!」
格下に舐められる。それは、貴族にとって、もっとも屈辱的なことだ。
彼からすれば、俺とクレアは格下もいいところ。本来ならば、怯え、震え、そして、頭を垂れるべきだったのだろう。それなのに、俺たちは彼に逆らい、そのうえ、小馬鹿にした。
ダンテは、それがどうしても許せないようだった。
「早く拾え。それで決闘は成立だ」
俺は、クレアを一瞥する。
「決闘に勝ったら、君は俺を褒めてくれる?」
「もちろん。頬にキスでどうかしら?」
「最高だ」
ああ、今日も素敵な日だ。女神が、俺に微笑んでいる。
俺はにやりと笑って、手袋を拾った。
「決闘成立だ。オレが勝ったら、二人そろって全裸土下座だ。もちろん、公衆の面前でな」
詰め寄ってきたダンテが、俺を見下ろす。
そんな彼に、憐みの視線を向けた。
「はぁ、品性は金で買えないとはよく言ったものだな」
「それ、私がさっき言ったわ」
「おっと、気が合うね」
俺たちが微笑み合っていると、ダンテが地面を踏み鳴らした。
どうやら、目の前で仲睦まじく話しているのが、我慢ならないらしい。
「テメェ……!」
「じゃあ、訓練場でやろうか」
俺はウインクをして、クレアを連れて去っていく。
後ろでもう一度、地面を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
――――第一訓練場。
自主的な鍛錬のために解放されているこの場所には、素振り用の木剣や、打ち込み用の案山子が並んでいる。
広さは九百平方メートルほどで、周囲を分厚い石の壁に囲まれている。
壁際には、決闘の話を聞きつけた野次馬たちがいた。その中に、クレアの姿も混ざっている。
そんな彼女に、俺は手を振った。
ダンテは、そんな俺の態度にますます腹を立てたのか、威嚇するように拳を鳴らした。
「ずいぶん観客が入ったな。ちょうどいい、この場で即土下座させてやるよ」
そう言って、背負っていた大剣を抜く。
全長は二メートル近く、刃渡りは三十センチほど。ダンテは、そんな鉄の塊ともいえる武器を、片手で振り回してみせた。
「それが君の剣か。ずいぶんでかいな」
「支給された剣じゃ、軽すぎて話にならねぇからな」
ダンテは、得意げな表情を浮かべる。
彼は、学園でも有数の実力者である。腕力もさることながら、剣の技術も高く、現役の騎士からお墨付きをもらうほど、剣士としては優秀と聞いている。
対する俺は、鬼畜男爵という名以外、校内ではまったくの無名だった。
観客たちの中に、俺が勝つところを想像している者はいないだろう。ただひとり、クレアを除いて。
「ふーん。じゃあ、さっさと始めようか」
「チッ……」
俺が挑発に乗らないせいで、ダンテは面白くなさそうな顔をしている。
「コインが落ちたら、決闘開始だ」
ダンテは、天高くコインを弾く。
コインは高速で回転しながら、俺たちのちょうど中心に落ちる。
その瞬間、ダンテが正面から斬りかかってきた。
◇◆◇
ブランに斬りかかりながら、ダンテはほくそ笑んでいた。
完全に先手を取った。渾身の力を込め、ブランに刃を振り下ろす。
かわす猶予はない。となると、剣で受け止めるしか道は残されていないが、ダンテは、刃ごとブランを粉砕する自信があった。
――――呆気ねぇなァ。
そう思った瞬間、風を斬る音が響き、ダンテの首筋には、刃が突きつけられていた。
「――――は?」
「勝負ありか?」
「くっ!」
ダンテはブランの剣を弾き、後ろに下がる。
あり得ないことが起きていた。
攻撃のタイミングは完璧だった。それでも、かわされたのであれば、まだ分かる。
しかし、ブランはかわすどころか、ダンテよりも先に剣を振り抜いた。
常軌を逸した剣速でなければ、あり得ない。そう、あり得るはずがないのだ。
「仕切り直しか? まあ、いいけど」
ブランが、地を蹴る。
次の瞬間、ブランの姿は、ダンテの眼前にあった。
ダンテがとっさに防御すると、刃と刃がぶつかり合い、激しい火花が散る。
「ぐわっ⁉」
力自慢のダンテが、思わず声を漏らしてしまうほど、ブランの一撃は重たかった。
ダンテの体がぐらりと揺れる。ブランは、その隙を逃さない。
何度も何度も剣を振り、ダンテはそれを懸命に防御する。受け止めるたびに、ダンテの体は右へ、左へと大きく揺れた。
ダンテは、自分の身に何が起きているのか、まったく分からなかった。
はたから見れば、ブランは軽く剣を振っているように見える。しかし、体の使い方や、打ち込む角度など、ひと振りひと振りが、すべて理に適った一撃だった。決して腕力頼りの剣ではない。だからこそ、重い。
ダンテに、それが分かるほどの力量はない。故に、ただ自分が虫けらのように扱われているという屈辱だけが、蓄積するばかりだった。
「っ――――舐めるなぁあああ!」
その感情が、むしろダンテを突き動かした。
怒りが、ダンテから恐怖を取り除く。強い踏み込みと共に、大きく剣を振りかぶる。
決定的な隙だ。ダンテは、ブランの刃によって斬り裂かれるだろう。しかし、一撃なら耐えてみせる。その代わり、ブランの脳天を叩き割ってやる。
ダンテは、そう覚悟を決めた。まさか、自分が誘導されていたとも知らずに。
剣を豪快に振り下ろす。しかし、ブランはそれをあっさりとかわした。
ダンテの剣が、勢い余って地面を打つ。ブランはこの瞬間を待っていた。
「〝断頭〟――――」
邪悪に笑ったブランは、ダンテが振り下ろした剣に向かって、己の剣を振る。
澄んだ金属音が響いたあと、ダンテの柄から斬り離された刃が、まるで斬首された罪人の首のように、ごとりと地面に落ちる。
ダンテはそれを、呆気に取られた顔で眺めることしかできなかった。
「そ、そんな……嘘だ……」
「まだやるか?」
「うっ……うおぉぉぉおおお!」
剣の柄を投げ捨て、ダンテは殴りかかる。
ブランは、大振りの拳を軽々かわす。ダンテは、勢いを殺しきれぬまま躓き、惨めにも壁際まで転がっていった。
「くそぉ……くそぉ……!」
ダンテは、壁に背を預け、泣きべそをかいていた。
渾身の一撃が、ことごとく通じない。培ってきた誇りは呆気なく崩れ落ち、こんなはずじゃなかったという嘆きだけが、ダンテの中に渦巻く。
「さあ、そろそろ終わりにしよう」
ブランは、剣の切っ先をダンテに向けた。
それは、ダンテの心を完全に砕くに値する一撃――――。
「ま、待て! 待ってくれ――――」
「〝破突〟」
ブランの手より放たれた突きが、ダンテの頬を掠め、後ろの石壁を貫いた。
突き刺さった剣を中心に、壁一面にひびが入る。やがて、分厚く頑丈だったはずの壁が、がらがらと崩れ落ちた。
支えを失くしたダンテが、茫然としたまま後ろに倒れる。
「今後一切、君たちはクレアに近づくな。この誓いを破るなら……胴体に別れを告げる覚悟をしろ」
「……」
「返事」
「は、はい……」
「いい子だ」
にこりと笑って、ブランは剣を納めた。
◇◆◇
観客の注目を一切無視して、俺はクレアのもとに急いだ。
途中、恨めしそうに睨んでくるミルカたちと目が合ったが、頼りにしていた婚約者があの様子じゃ、もうどうしようもないだろう。
「お疲れ様、ブラン」
「ありがとう」
クレアの前に立った途端、俺の心臓はやかましいほど高鳴り始めた。
「早く教室に戻るわよ。もうお昼休みが終わってしまうわ」
「あ、うん……」
〝ご褒美〟を期待していた矢先、クレアは何事もなかったかのように踵を返した。
慌てて彼女の背中を追いかける。
共に廊下を歩きながら、俺は不安げな表情をクレアに向けた。
「あ、あの……クレア? ご褒美の件なんだけど」
「見事な戦いだったわ。見たことない型だったけど、どこで覚えたの?」
「あれは独学で……というか、その、ご褒美――――」
「まさか、あんなに美しい技があるなんてね。今度私にも教えてくれる?」
「もちろん。でも、その前にご褒美を……」
焦り始めた俺を見て、クレアは小さくため息をついた。
突然、ネクタイを掴まれたかと思えば、半ば引きずられるような形で、近くの教室に連れ込まれた。
そして、クレアは俺の頬に口づけをした。
「っ!」
「……馬鹿ね。人前でできるわけないじゃない」
頬を赤らめながら、クレアはそっと目を逸らす。
頬が、燃えるように熱い。その熱で、全身が溶けていくように思えるほど、圧倒的な多幸感が押し寄せてくる。
――――転生してよかった……。
他ならぬクレアと、この世を統べる神に感謝を捧げた。




