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3-3

「……君は暇なのか?」

「うるせぇ! 舐められっぱなしで終わるわけにはいかねえだろ……!」


 格下に舐められる。それは、貴族にとって、もっとも屈辱的なことだ。

 彼からすれば、俺とクレアは格下もいいところ。本来ならば、怯え、震え、そして、頭を垂れるべきだったのだろう。それなのに、俺たちは彼に逆らい、そのうえ、小馬鹿にした。

 ダンテは、それがどうしても許せないようだった。


「早く拾え。それで決闘は成立だ」


 俺は、クレアを一瞥する。


「決闘に勝ったら、君は俺を褒めてくれる?」

「もちろん。頬にキスでどうかしら?」

「最高だ」


 ああ、今日も素敵な日だ。女神(クレア)が、俺に微笑んでいる。

 俺はにやりと笑って、手袋を拾った。


「決闘成立だ。オレが勝ったら、二人そろって全裸土下座だ。もちろん、公衆の面前でな」


 詰め寄ってきたダンテが、俺を見下ろす。

 そんな彼に、憐みの視線を向けた。


「はぁ、品性は金で買えないとはよく言ったものだな」

「それ、私がさっき言ったわ」

「おっと、気が合うね」


 俺たちが微笑み合っていると、ダンテが地面を踏み鳴らした。

 どうやら、目の前で仲睦まじく話しているのが、我慢ならないらしい。


「テメェ……!」

「じゃあ、訓練場でやろうか」


 俺はウインクをして、クレアを連れて去っていく。

 後ろでもう一度、地面を踏み鳴らす音が聞こえてきた。


――――第一訓練場。


 自主的な鍛錬のために解放されているこの場所には、素振り用の木剣や、打ち込み用の案山子が並んでいる。

 広さは九百平方メートルほどで、周囲を分厚い石の壁に囲まれている。

 壁際には、決闘の話を聞きつけた野次馬たちがいた。その中に、クレアの姿も混ざっている。

 そんな彼女に、俺は手を振った。

 ダンテは、そんな俺の態度にますます腹を立てたのか、威嚇するように拳を鳴らした。


「ずいぶん観客が入ったな。ちょうどいい、この場で即土下座させてやるよ」


 そう言って、背負っていた大剣(・・)を抜く。

 全長は二メートル近く、刃渡りは三十センチほど。ダンテは、そんな鉄の塊ともいえる武器を、片手で振り回してみせた。


「それが君の剣か。ずいぶんでかいな」

「支給された剣じゃ、軽すぎて話にならねぇからな」


 ダンテは、得意げな表情を浮かべる。

 彼は、学園でも有数の実力者である。腕力もさることながら、剣の技術も高く、現役の騎士からお墨付きをもらうほど、剣士としては優秀と聞いている。

 対する俺は、鬼畜男爵という名以外、校内ではまったくの無名だった。

 観客たちの中に、俺が勝つところを想像している者はいないだろう。ただひとり、クレアを除いて。


「ふーん。じゃあ、さっさと始めようか」

「チッ……」


 俺が挑発に乗らないせいで、ダンテは面白くなさそうな顔をしている。


「コインが落ちたら、決闘開始だ」


 ダンテは、天高くコインを弾く。

 コインは高速で回転しながら、俺たちのちょうど中心に落ちる。

 その瞬間、ダンテが正面から斬りかかってきた。


◇◆◇

 

 ブランに斬りかかりながら、ダンテはほくそ笑んでいた。

 完全に先手を取った。渾身の力を込め、ブランに刃を振り下ろす。

 かわす猶予はない。となると、剣で受け止めるしか道は残されていないが、ダンテは、刃ごとブランを粉砕する自信があった。


――――呆気ねぇなァ。


 そう思った瞬間、風を斬る音が響き、ダンテの首筋には、刃が突きつけられていた。


「――――は?」

「勝負ありか?」

「くっ!」


 ダンテはブランの剣を弾き、後ろに下がる。

 あり得ないことが起きていた。

 攻撃のタイミングは完璧だった。それでも、かわされたのであれば、まだ分かる。

 しかし、ブランはかわすどころか、ダンテよりも先に剣を振り抜いた。

 常軌を逸した剣速でなければ、あり得ない。そう、あり得るはずがないのだ。


「仕切り直しか? まあ、いいけど」


 ブランが、地を蹴る。 

 次の瞬間、ブランの姿は、ダンテの眼前にあった。

 ダンテがとっさに防御すると、刃と刃がぶつかり合い、激しい火花が散る。


「ぐわっ⁉」


 力自慢のダンテが、思わず声を漏らしてしまうほど、ブランの一撃は重たかった。

 ダンテの体がぐらりと揺れる。ブランは、その隙を逃さない。

 何度も何度も剣を振り、ダンテはそれを懸命に防御する。受け止めるたびに、ダンテの体は右へ、左へと大きく揺れた。

 ダンテは、自分の身に何が起きているのか、まったく分からなかった。

 はたから見れば、ブランは軽く剣を振っているように見える。しかし、体の使い方や、打ち込む角度など、ひと振りひと振りが、すべて理に適った一撃だった。決して腕力頼りの剣ではない。だからこそ、重い。

 ダンテに、それが分かるほどの力量はない。故に、ただ自分が虫けらのように扱われているという屈辱だけが、蓄積するばかりだった。


「っ――――舐めるなぁあああ!」


 その感情が、むしろダンテを突き動かした。

 怒りが、ダンテから恐怖を取り除く。強い踏み込みと共に、大きく剣を振りかぶる。

 決定的な隙だ。ダンテは、ブランの刃によって斬り裂かれるだろう。しかし、一撃なら耐えてみせる。その代わり、ブランの脳天を叩き割ってやる。

 ダンテは、そう覚悟を決めた。まさか、自分が誘導されていたとも知らずに。

 剣を豪快に振り下ろす。しかし、ブランはそれをあっさりとかわした。

 ダンテの剣が、勢い余って地面を打つ。ブランはこの瞬間を待っていた。


「〝断頭(コルレット)〟――――」


 邪悪に笑ったブランは、ダンテが振り下ろした剣に向かって、己の剣を振る。

 澄んだ金属音が響いたあと、ダンテの柄から斬り離された刃が、まるで斬首された罪人の首のように、ごとりと地面に落ちる。

 ダンテはそれを、呆気に取られた顔で眺めることしかできなかった。


「そ、そんな……嘘だ……」

「まだやるか?」

「うっ……うおぉぉぉおおお!」


 剣の柄を投げ捨て、ダンテは殴りかかる。

 ブランは、大振りの拳を軽々かわす。ダンテは、勢いを殺しきれぬまま躓き、惨めにも壁際まで転がっていった。


「くそぉ……くそぉ……!」


 ダンテは、壁に背を預け、泣きべそをかいていた。

 渾身の一撃が、ことごとく通じない。培ってきた誇りは呆気なく崩れ落ち、こんなはずじゃなかったという嘆きだけが、ダンテの中に渦巻く。


「さあ、そろそろ終わりにしよう」


 ブランは、剣の切っ先をダンテに向けた。

 それは、ダンテの心を完全に砕くに値する一撃――――。


「ま、待て! 待ってくれ――――」

「〝破突ブロッシュ〟」


 ブランの手より放たれた突きが、ダンテの頬を掠め、後ろの石壁を貫いた。

 突き刺さった剣を中心に、壁一面にひびが入る。やがて、分厚く頑丈だったはずの壁が、がらがらと崩れ落ちた。

 支えを失くしたダンテが、茫然としたまま後ろに倒れる。


「今後一切、君たちはクレアに近づくな。この誓いを破るなら……胴体に別れを告げる覚悟をしろ」

「……」

「返事」

「は、はい……」

「いい子だ」


 にこりと笑って、ブランは剣を納めた。


◇◆◇


 観客の注目を一切無視して、俺はクレアのもとに急いだ。

 途中、恨めしそうに睨んでくるミルカたちと目が合ったが、頼りにしていた婚約者があの様子じゃ、もうどうしようもないだろう。


「お疲れ様、ブラン」

「ありがとう」


 クレアの前に立った途端、俺の心臓はやかましいほど高鳴り始めた。


「早く教室に戻るわよ。もうお昼休みが終わってしまうわ」

「あ、うん……」


〝ご褒美〟を期待していた矢先、クレアは何事もなかったかのように踵を返した。

 慌てて彼女の背中を追いかける。

 共に廊下を歩きながら、俺は不安げな表情をクレアに向けた。


「あ、あの……クレア? ご褒美の件なんだけど」

「見事な戦いだったわ。見たことない型だったけど、どこで覚えたの?」

「あれは独学で……というか、その、ご褒美――――」

「まさか、あんなに美しい技があるなんてね。今度私にも教えてくれる?」

「もちろん。でも、その前にご褒美を……」


 焦り始めた俺を見て、クレアは小さくため息をついた。

 突然、ネクタイを掴まれたかと思えば、半ば引きずられるような形で、近くの教室に連れ込まれた。

 そして、クレアは俺の頬に口づけをした。


「っ!」

「……馬鹿ね。人前でできるわけないじゃない」


 頬を赤らめながら、クレアはそっと目を逸らす。

 頬が、燃えるように熱い。その熱で、全身が溶けていくように思えるほど、圧倒的な多幸感が押し寄せてくる。


――――転生してよかった……。


 他ならぬクレアと、この世を統べる神に感謝を捧げた。



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