02-02:事件編「外的脅威に対する防衛機制 (セキュリティ・プロトコル) 」
システム管理における重要事項の一つに「セキュリティ対策」がある。
外部からの不正アクセス、ウイルス、スパムなど。これらを未然に防ぎ、あるいは撃退することは、システムの健全性を保つために不可欠なプロセスだ。
天道まなかという、極めてバグが多く、かつ希少価値の高いシステム (ヒロイン) を管理する俺にとっても、それは例外ではない。
特に、彼女の外見的魅力に引き寄せられる「害虫 (バグ) 」の排除は、俺の重要な業務 (タスク) の一つとなっていた。
◇ ◇ ◇
現在。全校集会の壇上。
日常編のエピソード披露を終えたまなかは、少しリラックスした様子で次の話題へと移る。
「えっと、次はですね……ちょっとドキドキするようなお話です。リクくんが、私を悪い男の人から守ってくれた時のこと!」
会場の女子生徒から「キャーッ」という黄色い悲鳴が上がる。
男子生徒からは「どうせ惚気だろ」「爆発しろ」という嫉妬の念が飛んでくるが、これは計算済みのノイズだ。
俺は冷静に補足情報を脳内で整理する。
事例2:外部脅威排除。
対象:神宮寺 翔 (じんぐうじ・かける) 。隣町の進学校に通うサッカー部エースにして、読者モデル。スペックだけ見ればSクラスの強敵だ。
しかし、俺にとっては赤子の手をひねるような相手だった。なぜなら彼は、攻略対象 (まなか) の「仕様」をまったく理解していなかったからだ。
◇ ◇ ◇
時間を、五月の連休明けへと戻そう。
季節外れの暑さが続く放課後。いつものように部室で執筆会議を行っていた我々のもとに、不穏な知らせが届いた。
まなかのスマホに着信の音が鳴る。
液晶画面に浮かぶ相手の名前を訝しがりながら、彼女は電話に出た。
「……え? あ、はい。えっと、今からですか? ……分かりました」
通話を終えたまなかの表情は曇っていた。
「誰からだ?」
「神宮寺くん……中学の時の塾の同級生。なんか、駅前のカフェに来てほしいって。大事な話があるからって」
「神宮寺……あの、インスタのフォロワー五万人の?」
「うん。なんかね、最近すごくしつこいの。『君は僕のミューズだ』とか『君の瞳に乾杯』とか、わけ分かんないLINE送ってきて……」
まなかがげんなりとした顔でスマホの画面を見せてくる。
そこには、自撮りのキメ顔と共に、吐き気を催すようなポエムが羅列されていた。
……なるほど。典型的なナルシスト型スパムだ。
「断ればいいだろう。時間は有限だ」
「断ったよ! でも『照れてる君も可愛い』とか言って通じないの! それに、実家同士の付き合いもあるから無下にもできなくて……」
政治的なしがらみか。面倒なバグだ。
「行ってくるしかないかなぁ……。でも、新作のプロット詰めたいし……」
彼女はパソコンとスマホを交互に見て溜息をつく。
俺は即断した。
「同行する」
「えっ?」
「俺もカフェに行く。ただし、別行動の客としてな。もし奴が不適切な挙動 (アクション) に出たら、俺が介入して排除する」
「リ、リクくん……!」
まなかが目を輝かせる。
「SP (エスピー) みたい! カッコいい!」
「違う。俺はただ、スケジュールの遅延を防ぎたいだけだ。さっさと片付けて作業に戻るぞ」
一時間後。駅前のお洒落なカフェテラス。
天道まなかは、清楚なワンピース姿でテラス席に座っていた。
その向かいには、爽やかな笑顔を振りまくイケメン――神宮寺翔がいる。
俺は、そこから二つ離れた席で、メニュー表で顔を隠しながら監視 (モニタリング) を開始していた。変装用に伊達眼鏡をかけ、帽子を目深に被っている。
「やあ、まなかちゃん。来てくれて嬉しいよ。今日の君も、まるで初夏の風のように爽やかで、美しいね」
神宮寺の声が聞こえる。
声量が必要以上に大きい。
周囲の客へのアピールだろうか。
「あ、うん……ありがとう。で、大事な話って?」
まなかは引きつった笑顔で応対している。テーブルの下で貧乏揺すりをしているのが見える。早く帰りたがっているサインだ。
「急ぐことはないさ。まずはこのアールグレイを楽しもう。僕のおごりだ」
神宮寺は指を鳴らして店員を呼ぶ。
そこからの三十分間は、地獄だった。
神宮寺による「自分語り」という名の拷問。
サッカーの試合でハットトリックを決めた話、モデルの撮影でカメラマンに褒められた話、将来は海外で活躍する予定だという妄想に近い計画……。
まなかは「へー」「すごいですね」と相槌を打つマシーンと化していた。
そして、ついにその時が来た。
神宮寺が、ふと真面目な顔を作り、まなかの手を取ろうとしたのだ。
「まなかちゃん。単刀直入に言うよ。僕と付き合ってほしい」
周囲の客が「おおっ」と色めき立つ。
まなかは反射的に手を引っ込めた。
「えっ……あの、ごめんなさい。私、今はそういうの……」
「分かってる。生徒会長とか忙しいんだろ? でも、僕なら君を支えられる。君には、僕のような『華』のある男が相応しい」
彼女は即断でお断りを入れた。
だが、堪えてないのか、理解ができていないのか。神宮寺は諦めない。
「君は宝石だ。でも、今の君は原石のままだ。学校なんて狭い世界で、生徒会とか……あと、なんか小説? みたいな地味な趣味に時間を浪費してる場合じゃない」
ピクリ、とまなかの肩が震えた。
俺の眉も動いた。
踏んだな。地雷を。
「……小説のこと、知ってるの?」
まなかの声のトーンが下がる。
「ああ、聞いたよ。なんか書いてるんだって? やめなよ、そんなの。君の美貌がもったいない。暗い部屋でパソコンに向かうなんて、君らしくないよ。もっと外に出て、僕と一緒に輝くべきだ」
神宮寺は、それが最高の口説き文句だと思っているようだ。
だが、それは致命的なエラーだ。
彼は天道まなかの「外装 (ガワ) 」しか見ていない。彼女の核 (コア) にある、創作への情熱を全否定したのだ。
まなかが俯く。握りしめた拳が震えている。
反論したいが、言葉が出てこない。彼女は自分の趣味が「痛い」という自覚があるから、それを「やめろ」と言われると、正論として受け止めてしまいそうになるのだ。
このままでは、彼女の自己肯定感 (メンタル) がクラッシュする。
介入のタイミングだ。
俺は席を立ち、伝票を持って二人のテーブルへと歩み寄った。
「失礼。相席、よろしいかな?」
俺は神宮寺の隣の椅子を引いた。
「は? 誰だ君は? 今、大事な話をしてるんだけど」
神宮寺が不快そうに俺を睨む。
俺は無視して、まなかを見た。彼女がパッと顔を上げ、救いを求めるような目をする。
「……自己紹介が遅れたな。私は市井理屈。彼女の『管理者 (アドミニストレータ) 』だ」
「管理者? なんだそれ、マネージャー気取りか?」
神宮寺が鼻で笑う。
イケメンだというのに、言動がいちいち鼻につく。
そう感じるのは、俺の思い込みばかりが原因ではないだろう。
「まあ、そんなところだ。ところで神宮寺君、君のプレゼンを聞かせてもらったが、論理的欠陥が三つある」
「はあ? プレゼン?」
俺は指を立てた。
「一、君は『彼女に相応しいのは自分だ』と主張したが、その根拠は『華やかさ』という主観的な指標のみだ。客観性に欠ける」
「な、なんだと……」
「二、君は彼女の趣味を『時間の浪費』と断じた。これは重大な認識エラーだ。彼女にとって創作活動は、自己実現のための必須プロセスであり、それを否定することは彼女の人格そのものを否定することと同義だ」
俺の早口な指摘に、神宮寺は目を白黒させる。
「そ、そんな大げさな……たかが小説だろ?」
「たかが、ではない」
俺は声を低くした。
「彼女の脳内には、君の想像も及ばない広大な宇宙 (カオス) が広がっている。魔法、ドラゴン、世界の崩壊……それらを構築し、制御する演算能力と情熱。それが彼女の真の価値 (バリュー) だ。外見の美しさなど、そのパッケージに過ぎない」
「な、なにをわけの分からないことを……オタクか? 気持ち悪いな」
神宮寺が顔をしかめる。
だが、俺は止まらない。
「三、そしてこれが最大のエラーだ。君は彼女を『宝石』と呼んだ。飾っておきたいと。だが、彼女は静物 (オブジェクト) ではない。動的なシステムだ。彼女は、共に輝くアクセサリーを求めているのではない。自分の暴走する情熱を受け止め、整理し、共に走ってくれるメンテナンス担当を求めているのだ」
俺は一息ついた。
まなかが、ポカンと口を開けて俺を見ている。
その瞳が、次第に潤んでいく。
俺は神宮寺に向き直り、冷徹に言い放った。
「結論。君のスペックは高いが、彼女との互換性 (コンパチビリティ) はゼロだ。アンインストールを推奨する」
「お、お前……ふざけるな!」
神宮寺が立ち上がろうとした。
その時だ。
「……その通りよ」
まなかが、静かに、しかしはっきりと声を上げた。
「えっ? まなかちゃん?」
まなかは立ち上がり、俺の隣に並んだ。
そして、俺の腕をギュッと抱きしめた。
「神宮寺くん、ごめんなさい。私、宝石になんてなりたくない。私は……」
彼女は俺を見上げ、ニッと笑った。
「私は、混沌 (カオス) を撒き散らす『魔王』でいたいの。そして、それを制御できるのは……世界でこの人、リクくんだけなの!」
「ま、魔王……?」
神宮寺が完全に引いている。無理もない。
「だから、貴方とは付き合えません。私の世界観についてこれない一般人 (モブ) に、用はないわ!」
まなかはビシッと神宮寺に指を突きつけた。
その姿は、痛々しいほどに中二病全開だった。
だが、俺の目には今までで一番輝いて見えた。
「行こう、リクくん。ここには私たちの求める『聖域』はないわ!」
「……了解した。撤収 (ログアウト) する」
俺は伝票 (神宮寺の分も含む) をテーブルから回収し、二人で颯爽とカフェを出た。ここは俺のおごりにしておいてやろう。背後で神宮寺が「な、なんなんだあいつらは……!」と叫んでいるのが聞こえたが、もう関係ない。
カフェを出て、少し歩いた公園のベンチ。
まなかは興奮が冷めやらない様子で、俺の肩をバシバシ叩いてきた。
「すごかった! リクくん、すごかったよ! あんな早口で論破するなんて!」
「……疲れた。無駄なカロリーを消費した」
「でも、嬉しかった」
彼女は急にしおらしくなる。
ベンチに座る俺の隣に、ちょこんと座った。
「私の小説のこと……あんなふうに言ってくれるなんて、思わなかった」
「事実を述べただけだ」
「『脳内宇宙』とか『真の価値』とか……。私、自分の趣味が恥ずかしいことだって、ずっと思ってた。でも、リクくんはそれを『価値がある』って……」
彼女の目から、ポロリと涙がこぼれた。
「ありがとう。私、やっぱりリクくんじゃなきゃダメだ」
彼女は俺の肩に頭を預けてきた。
夕暮れの公園。
俺は、まなかに少しだけ身体を寄せて、彼女の重みを受け止めた。
「……勘違いするな。俺はお前の執筆効率を維持するために行動しただけだ」
「うん、分かってる。リクくんは照れ屋さんだもんね」
「違う」
「違くないもん。……大好きだよ、マイ・エディター」
その言葉は、風の音よりも小さく。
しかし俺の胸の奥深くに突き刺さった。
◇ ◇ ◇
現在。
まなかの語りが終わる。
「……というわけで、リクくんは私の中身を、一番分かってくれてるんです!」
彼女は顔を赤くして、でも誇らしげに胸を張った。
会場からは、特に女子生徒からのため息交じりの拍手が起こる。
「やばい、今の話ちょっとキュンとした……」
「中身を見てくれるとか、最高じゃん」
男子生徒たちも、神宮寺という共通の敵 (イケメン) が撃退された話にはスカッとしたようで、「やるな、眼鏡」という視線を送ってくる。
俺はマイクを取り、補足する。
「訂正は……今回はしないでおこう。概ね事実だ」
俺の言葉に、まなかが嬉しそうに微笑む。
「ただし、『魔王』発言については、黒歴史として認定し、議事録からは削除することを推奨する」
「ああっ! それは言わないでよ!」
まなかが慌てて俺の口を塞ごうとする。
その微笑ましいやり取りに、会場全体が温かい笑いに包まれた。
これで、第二の証明も完了だ。俺たちは、外的脅威に対しても揺るがない強固な防衛ラインを構築している。
だが、真の試練は外からではなく、内側からやってくるものだ。
次なる事例は、我々自身が招いた最大の危機 (インシデント) 。
あの「ノート流出事件」について語らねばなるまい。
あれこそが、我々の絆を「最強」へと昇華させた、決定的な転換点 (ターニングポイント) なのだから。
-つづく-




