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【完結】「君が好きだ」と論理的に証明する ~陰キャの俺が学園一の美少女と付き合っている件について~  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
理由 (Reason) 「なぜなら、俺たちは互いの『隠された欠落』を埋める唯一の存在だからだ」

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3/8

01-02:需要と供給の合致、あるいは編集者 (エディター) という契約

 経済学の基本原理において、需要と供給が一致するポイントを均衡点と呼ぶ。この地点において、取引は最も効率的に成立し、最大の効用を生むとされる。


 俺と天道まなかの関係もまた、この原理に従って進行した。

 ただし、その取引材料が「妄想」と「理屈」という、極めて非生産的な代物であったことを除いて、ではあるが。



  ◇   ◇   ◇



 四月下旬。図書室での遭遇から数日が経過していた。

 俺の日常における「平穏」というパラメータは、著しく低下していた。

 原因は明白だ。

 ストーカー被害である。


 朝、学園の昇降口にて。

 靴箱を開けると、中から二つ折りにされたレポート用紙が滑り落ちてきた。


『第三章のプロット案 (修正版) 。放課後までに確認求む。追伸:あそこの伏線、変えてみたの! 褒めて!』


 差出人の名前はないが、筆跡と文面から犯人は特定可能だ。

というか、靴箱の陰からこちらを覗いている視線を感じる。


 昼、男子トイレにて。

 用を足して個室から出ると、ドアの前に人影が立ちはだかっていた。


「……ここは男子トイレだ。法的にも倫理的にもアウトだぞ」

「緊急事態なの!」


 仁王立ちしていたのは、天道まなかだった。

 彼女は周囲の目 (幸い、今は誰もいない) を気にすることなく、俺にスマホの画面を突きつけてきた。


「見て! 昨日の更新分、感想欄にアンチコメントがついたの! 『主人公の行動原理がイミフ』だって! 悔しい! 論破して!」

「俺にアンチの相手をさせるな。作者なら作品で語れ」

「ううっ……正論……!」


 そして、放課後。夕暮れに差し掛かった頃。

 俺は逃げるように屋上へと向かった。図書室はすでに彼女の縄張り (テリトリー) と化しているため、新たな避難場所を求めての行動だ。

 錆びついたドアを開け、フェンスに寄りかかり、ようやく一息つく。

 風が心地よい。これでやっとカントの続きが聴ける――。


「見つけたわ、リクくん!」


 屋上に、勝ち誇ったような声が響いた。

 目を向けると、そこには息を切らせた天道まなかが立っていた。手には分厚い大学ノートと、コンビニで買ってきたであろう高級プリンの袋が握られている。


「……俺にGPSでも埋め込んでいるのか?」

「愛の力よ! ……というのは冗談で、貴方のクラスの行動予定表を見たの。今日は掃除当番じゃないから、直帰か校内潜伏の二択。図書室にいないなら、静かな場所を求めてここに来る確率が高いと踏んだわ」


 無駄に論理的だ。その思考力をなぜプロット構築に活かせないのか。

 俺は諦めた。フェンスに後頭部を委ね、腰を据える体勢を取る。


「……何の用だ。俺は忙しい」

「嘘ね。貴方の脳内スケジュール帳は『暇』で埋め尽くされているはずよ」


 まなかは俺の隣に当然のように腰を下ろした。スカートを気にすることなく、あぐらをかきそうな勢いだが、ギリギリで女の子座りに収まる。

 彼女はプリンの袋を俺に押し付けた。


「はい、これ賄賂。契約更新の手付金だと思って」

「契約した覚えはないと言ったはずだが」

「細かいことはいいの! それより見て! これ!」


 彼女が開いたノートには、以前俺が指摘した赤字に基づき、全面的に書き直された第二章の原稿があった。

 俺は溜め息を吐きつつ、視線を落とす。


 ……ほう。


 驚いたことに、文字の密度が以前とは段違いだった。

 ただ詰め込んだわけではない。

 段落の構成、台詞と地の文のバランス。

 そして何より「読みやすさ」が劇的に向上している。


 俺が指摘した「主人公の動機の弱さ」については、過去のトラウマ回想を短く挿入することで補強されていた。


 さらに「魔法体系の矛盾」については、あえて「例外的な現象」として定義し直し、それを物語のフック (謎) として再利用している。


「……どう? 頑張ったでしょ?」


 横から覗き込んでくるまなかの顔が近い。

 上目遣い。期待と不安が入り混じった瞳。

 俺はノートを閉じた。


「六〇点だ」

「えっ……低っ!?」


 まなかが「ガーン」とショックを受ける。


「前回がマイナス一〇〇点だったことを考慮すれば、驚異的な成長率だ」

「あ、そういう計算? じゃあ褒め言葉?」

「構成は及第点。だが、まだ文章に無駄が多い。形容詞の重複、接続詞の乱用。これらを剪定 (カット) すれば、もっと鋭くなる」


 俺はつい、批評家モードで早口にまくし立ててしまった。

 しまった、と思った時には遅い。

 まなかは目を輝かせて、メモを取っていた。


「なるほど……『鋭くなる』か……。リクくんの言葉って、冷たいけど温かいのよね」

「意味不明だ。オクシモロン (撞着語法) はやめろ」

「本当のことよ。学校のみんなは私を『すごい』って言うけど、中身なんて見てない。外側のキラキラした部分しか見てないの。でも、リクくんは違う」


 彼女はペンを止め、遠くの空を見上げた。

 夕日が彼女の横顔をオレンジ色に染める。その表情は、どこか寂しげで、ひどく美しかった。


「私の汚い字も、痛い妄想も、全部見て……その上で『直せ』って言ってくれる。否定するんじゃなくて、より良い形にしようとしてくれる」


 彼女は、俺の方に向き直った。


「私ね、小説を書いている時だけが、本当の『天道まなか』になれる気がするの。優等生の仮面を外して、好き勝手に世界を作れる場所。……でも、一人じゃ限界だった。私の世界は広がりすぎて、収拾がつかなくなってた」


 彼女の手が、俺の制服の袖を掴んだ。

 そして、この上なく真剣な顔を向ける。


「お願い、リクくん。貴方の『理屈』で、私の『感性』を導いて。私を、最高の作家にして」


 それは、懇願というよりは、魂の叫びに近かった。


 俺は彼女の手を見つめた。

 震えている。

 学園の至宝と呼ばれる彼女が、俺のようなモブに縋りついている。


 滑稽な構図だ。

 だが、不快ではなかった。


 俺の中にある「未完成なものを完成させたい」というエゴ。

 それが、彼女の熱量に共鳴しているのを否定できなかった。

 加えて。正直なところ、認めたくはないが……。

 彼女の紡ぐ物語の続きを、少しだけ読んでみたいと思っている自分がいた。


「……条件がある」


 俺は観念して口を開いた。

 まなかがパッと顔を上げた。


「条件?」

「一、学校内では他人の振りをすること。俺の平穏なモブライフを脅かさないこと」

「えー、つまんない。でも、極秘ミッションみたいで燃えるかも。承諾!」

「二、編集会議は放課後の個室、もしくは人目につかない場所で行うこと。カフェや教室を使う場合は、カモフラージュを徹底すること」

「ラジャー! 変装セット用意する!」

「三、俺の論理的指摘 (ロジカル・アドバイス) には従うこと。ただし、最終的な決定権は作者 (お前) にある。俺はあくまでナビゲーターだ」

「……うん! 分かった!」


 まなかは満面の笑みで頷いた。

 そして、俺の手を両手で包み込んだ。


「ありがとう、リクくん。……ううん、相棒 (バディ) !」

「相棒はやめろ。編集者 (エディター) でいい」

「じゃあ、マイ・エディター! これからよろしくね!」


 こうして、奇妙な契約は成立した。

 需要 (書きたい女) と供給 (直したい男) 。

 利害の一致によるビジネスパートナー。


 ……の、はずだった。

 しかし、俺はこの時、重大な計算ミスを犯していた。

 人間関係における「情動」という変数。

 このやっかいなものは、論理で制御できるほど単純ではないということを。


 それからの日々は、まさに嵐のようだった。

 放課後の部室棟にある空き会議室が、我々のアジトとなった。

 生徒会長権限で「文芸部 (仮) 」という名目で占拠したのだ。

 部員は俺とまなかの二名のみ。


 ここでは、学園のアイドル・天道まなかの姿はない。

 ジャージ姿で、黒縁眼鏡をかけ、ポテチを齧りながらキーボードを叩く「干物女」がいるだけだ。


「ねぇリクくん。ここ、主人公が覚醒するシーンなんだけど、必殺技の名前が決まらないの。『エンド・オブ・ワールド』と『ジェネシス・バースト』どっちがいい?」

「どっちも却下だ。既視感がすごい。もっとシンプルに、現象そのものを名前にしろ」

「うう、厳しい……じゃあ『世界崩壊』?」

「直球すぎる。……『臨界点 (クリティカル・ポイント) 』はどうだ?」

「!! それだ! 採用!」


 そんなやり取りを繰り返しながら、日々を過ごす中で。

 俺は、彼女の意外な一面を次々と発見していった。


 例えば、集中すると周りが見えなくなること。

 例えば、甘いものを食べるとIQが三〇ほど下がること。

 例えば……俺の言葉一つ一つに、一喜一憂する素直さを持っていること。


 ある日の夕方。

 俺が提案したプロット改変案が功を奏し、彼女の小説がランキングでジャンル別一位を獲得した時のことだ。


「やった……やったよリクくん!」


 彼女は椅子から飛び上がり、俺に抱きついてきた。


「うおっ!?」


 突然の接触。

 柔らかい感触と、温かい体温が俺の胸に押し付けられる。

 論理的思考が一瞬で蒸発した。


「一位だよ! すごい! 夢みたい!」


 彼女は俺の首に腕を回し、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 俺は両手を宙に彷徨わせながら、必死に平静を取り戻そうとした。


「お、おい、離れろ。密着率が高すぎる。酸素供給に支障が出る」

「だって嬉しいんだもん! リクくんのおかげだよ! ありがとう!」


 彼女は俺を見上げた。

 至近距離にある瞳。

 そこには、一点の曇りもない信頼と、喜びが満ちていた。


 ドキリ、と心臓が跳ねた。

 不整脈か? いや、医学的な異常ではない。これは――。

 俺は慌てて彼女を引き剥がした。


「……成果が出たのは、君の執筆能力が向上した結果だ。俺はただの触媒に過ぎない」

「またそうやって理屈ばっかり! 素直に『おめでとう』って言ってよ!」

「おめでとう。……これで満足か?」

「うん! へへ、リクくんに褒められた!」


 彼女は嬉しそうにVサインを作った。

 その笑顔を見た瞬間。

 俺の脳内にある「契約条項」の一部が、書き換わっていくのを感じた。

 『ビジネスライクな関係』という項目に、『※ただし、彼女の笑顔を守ることは優先事項とする』という例外処理が追加されたような。


 危険だ。

 これは非常に危険な兆候だ。

 編集者が作家に感情移入しすぎると、客観的な判断ができなくなる。

 俺は自分を戒めるように、眼鏡を押し上げた。


 だが、世界 (リアル) は俺の心の整理を待ってはくれなかった。

 我々の「秘密の会議」は、あまりにも頻繁に行われ過ぎていた。

 人の口に戸は立てられない。

 学園内で、不穏な噂が流れ始めたのは、その数日後のことだった。



  ◇   ◇   ◇



 現在。全校集会の壇上。

 俺はスピーチを続ける。


「以上が、我々が接触を持ち、頻繁に会うようになった経緯である。それは純粋な創作活動におけるパートナーシップであり、そこに不純な動機は一切存在しなかった」


 会場の空気は、最初の険悪なムードから一変し、どこか物語を聞くような静けさに包まれていた。俺の語る「ビジネスパートナー説」は、意外なほど彼らの腑に落ちたようだ。


 だが、まだ足りない。これだけでは、「なぜ付き合っているのか」という核心部分の説明がつかない。むしろ、「じゃあなんで恋人のフリなんかしてるんだ?」という新たな疑問を生むだけだ。


 ここからが、論理の飛躍 (ジャンプ) だ。

 俺はマイクを持ち直し、隣のまなかに視線を送った。

 彼女は小さく頷く。その目は「任せたよ、相棒」と言っていた。


「だが、世界は我々の高尚な関係を放ってはおかなかった。外部からの圧力 (プレッシャー) が、我々に関係性の再定義 (リ・ディフィニション) を迫ったのだ」


 俺は言葉を紡ぐ。

 次の章、すなわち「カモフラージュとしての恋人関係」がいかにして構築されたか。

 そして、その偽りの関係が、いかにして真実へと変質していったか。


 ここからが、このプレゼンの――そして俺たちの恋物語の、本当の山場 (クライマックス) だ。



 -つづく-

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