陸
こんなに優しい気持ちになったのは初めてかも。ねぇ、ずっと一緒にいようよ。そうすれば毎日こうしていられる。
うん。私も同じ気持ち。
翌日はすっきりした目覚めだった。
女性は寝つきが悪く、普段ならベッドに入り三十分以上意識がある。しかし昨夜はごろごろしていた記憶がない。よっぽど疲れていたようだが、そのおかげで充分な睡眠をとれたのかもしれない。それに、とても幸福な夢をみた気がしていた。
だが、リビングを見て驚いた。少年を寝かせるために敷いた布団には、誰の姿もなかったのだ。
その日の夜。駅からマンションまでの道を歩いている途中だった。街灯の下に、あの少年が立っていたのだ。
「お姉さん」
女性は少年を見て思わず駆け寄る。
「起きたらいなくなっていたから心配したのよ!」
「約束したからさ。一日だけって」
「それはそうだけど……あんなに朝早く出て行かなくても」
「だって、お姉さん誘拐犯になっちゃうでしょ? 誰にも見つからないように帰らないと」
少年は女性を見上げ顔を傾けた。その仕草が妙に色っぽく、心臓が早鐘を打った。
「どうして今日もここにいるの?」
「お姉さんにお礼を言いにきた。そういえば言ってなかったと思って」
少年の屈託のない笑顔に罪悪感を覚えた。相手はまだ子どもなのに、邪な気持ちを抱いてしまったから。
「それならこんな時間に来なくても」
「だってお姉さん仕事してるじゃん。昨日と同じくらいの時間なら会える確率高いでしょ」
「だからって子どもが一人きりでいたら危ないわ。今日は家まで送っていくから」
「それはだめ! まぁいいや。昨日はありがとう。じゃ、お姉さんも気をつけて帰って!」
「あ! ちょっと!」
少年はひと息に話すと、振り返ることなく暗闇の中へ消えた。
結局、少年が誰なのか、どこから来たのか分からずじまいだ。彼を一人で行かせてしまったことに胸が痛んだ。
しかし翌日、また少年が立っていた。次の日も、また次の日も。そのたびに少年を心配するが、本人はどこ吹く風だった。




